温暖なサンフランシスコの陽光を大きく取り入れるため、この学生用アパートには全室に南向きの大きな掃き出し窓がある。
エマによって破壊される危機を無事乗り越えた窓は、その向こうに大きな朝陽を見せていた。セイロンのいる首都から遅れること数時間、西海岸のサンフランシスコにもようよう朝がやってきたということだ。
ぐっと体感温度が上がり、11月末ではあっても南国ということを実感する陽の温かさである。
まだ早朝と言っていい時間帯だが、人々はすでに活発に活動を開始しており、世界がまるで脈動を始めたような活気を感じた。これは俺が対魔忍であり、周囲の気配に敏感であるのも一つの影響ではあるのだろう。
隣の部屋の学生が起床後のシャワーを浴びる音。階上の学生が朝食を作る音。外をランニングする中年夫婦の息遣い。通りを行く青果を積んだトラックの音や、近所の動物園から聞こえる動物の朝鳴き。そういった音色が夜闇に包まれモノクロームだった世界へ色付けをしていくような感覚である。
俺とアスカはそれぞれ彼女に名乗り、今後の行動方針について打ち合わせていた。
俺たちが対魔忍である事を知り恐怖感があったようだが、それよりも数時間前に物理的に叩きのめされたサイボーグの方が怖いようだ。子供向けの怖い話に出てくる鬼よりも目の前の危険人物の方が明確な危機といったところだろうか。
その割に『対魔忍』をインスタントな悪口のように使っていたのが気になる部分ではあるが。
エマは俺たちに質問しつつ、朝食となったハンバーガーにかぶりつく。
「とりあえず、私はアスカたちのボスがいるDSO本部に行けばいいのね?…あら、おいしい。」
俺やアスカも同様にポテトやハンバーガーを食べつつ、頷く。我ながら割といい出来である。アスカもニコニコと食べていた。
「ほんとにおいしいわね。ジャンクだけどこういうの好きだわ。
エマ、そうしましょう。ここは安全だけど、長期潜伏向けじゃないわ。無関係の学生たちの目も多い。私と彼だけなら十分だったんだけどね。本部に行けば、社会保障番号なんかも含めてあなたを別人にすることができるのよ。」
アスカの言葉を俺が引き継ぐ。
「いわゆる証人保護プログラムというものだ。君の両親は共同体にいるし、特務機関"G"もさすがにそこまでは入り込めないだろう。だから特務機関"G"が狙えるのは現状、君しかいない。この証人保護プログラムは君の経歴や個人情報をクリーニングし全く新しい別人として過ごしてもらうものだ。そのままウチで働くもよし、別人として生きるも良しだ。」
エマは首を傾げた。ピンとこない表情である。
「それだけど、特務機関"G"は私が予知能力を持っているのを嘘だったって知ってるのよね。それってつまり特務機関"G"にとっては私は魅力的な存在にならないと思うんだけど。そこまで連中を気にしないといけないの?」
彼女の疑問はもっともだ。俺はコーヒーを一口飲んだ。
豆は昨夜挽いたもので少し酸化しているが、
「理由は二つある。
一つ目は、君を匿っているのが俺たちDSOだということ。特務機関"G"は相手が俺たちだとは知らないが、君のバックにいた何者かを狙っている。
君を手中にできれば、そのままバックの存在である誰か、つまり俺たちDSOを特定することができるんだ。だから連中は君を狙うし俺たちとしては君を奴らに渡す、という選択肢はなくなった。
二つ目は、Nomadの存在だな。君のいた娼館ナイトメア・プレジャーだが、あそこはNomad系列だった。」
「だった?」
俺の言い方が気になったのだろう、エマが羽を揺らして聞いた。
「だった、だ。昨夜、君の襲撃時にヘスティアによって焼かれてな。もう存在しない。」
「嘘…。ジャクリーンやミレーユ、ボスの"ドラゴン"は無事なの?」
ジャクリーンとミレーユは同僚の娼婦仲間だ。どちらも人間族。エマが仲良くしていたのを無線ピアス越しに聞いたことがある。
"ドラゴン"は従業員にそう呼ばせているだけで、彼自身はオーク種の経営者である。
Nomadの下部組織としてナイトメア・プレジャーを運営する下級幹部といったところだろう。
"ドラゴン"というニックネームは、彼の腹部にある龍を模した刺青によるものだ。エマや他娼婦へのあたりも柔らかく、オークと聞いて一般市民が思い浮かべる生殖猿という脳足りんではない。
ヘスティアがナイトメア・プレジャーを燃やした時、彼ら従業員の脱出は確認している。
すぐに消防が駆け付け、近隣への延焼も最低限だったとのこと。
「人的被害は無いようだ。というより、ヘスティアも君自身を誘拐するついでに無関係な第三勢力を装うために焼いたんだろうな。曲がりなりにもNomadと協力関係にあるのに、"G"の看板ぶら下げて襲撃はできなかったものと見える。」
「そう…。お店が燃えたのは残念だけど、彼女たちが無事でよかったわ。」
「問題は生き残った彼らが上層部であるNomadに君のことを報告しているということだな。流石にエドウィン・ブラックのことは知っているだろう?」
肩と羽を竦めて同意を示すエマ。
「そりゃまぁ。最強の吸血鬼だっていうのは、たとえ半魔でも知ってるわ。人間であっても、多国籍企業Nomadの創始者だし人間界、魔界どっちでも知らない人はいないわよ。」
「そう、奴の部下は当然Nomadにいて、末端組織であるナイトメア・プレジャーからの報告も受けている。何千年もその血脈を磨いてきた魔界貴族ですらそうそう持たない予知能力なんて、行動規模が大きくなる連中のほうが欲しがるものさ。」
特務機関"G"も大きいが、彼らはどれだけ行っても公的組織の一部である以上、Nomadほど自己利益優先の行動はとらない。逆に素直にNomadの方がエマを欲しがる公算は大きかった。
「今回特務機関"G"が動いたのは、Nomad内部でそういう動きがあるのをキャッチして、先にあなたの身柄を押さえようとしたからよ。だから、最高戦力である魔界騎士とまではいかなくとも、その下あたりは出張ってくる可能性がある。そういった連中から私たちはあなたをしっかり守る必要がある、というわけ。」
バーガーを食べ終えたアスカは手についたトマトソースをペロリと舐めた。
エマは咥えたポテトをぴこぴこ動かしながらため息を一つ。物憂げであり、長いまつげが揺れた。
「私一人じゃ特務機関"G"からもNomadからも逃げられないというわけね。あなたたちほんと、厄介なことに巻き込んでくれたもんだわ。……あれ、でも特務機関"G"とNomadは協力し合ってるのよね?」
「その可能性は高い。俺たちが連中に攻勢かけてたのはそこを見極めるためだったが、今回の件でだいぶその点もはっきりしたと見ている。」
「じゃあ特務機関"G"がNomadに対して情報提供はしないのかしら?『
「残念だけど、その可能性は低いと思うわ。」アスカが首を横に振った。
「どうして?」
「特務機関"G"はNomadと協力してるけど、それはあくまで互いの利害が一致してるだけだから。今回の件は"G"の連中、Nomadに協力してもうまみがないし、むしろNomadの対応や保有戦力を見るちょうどいい機会だと思ってるんじゃないかしら。」
それを聞いたエマがジト目でこちらを見てくる。ため息をつき、組んだ足の上で頬杖。
「はぁ……。それって私を出汁にして、
アスカが肩をすくめる。アスカの性格からしてあまりこういうやり方が好みではないのだろう。
実際、DSOも特務機関"G"もその性質はさほど変わらないのが実情である。どちらも公的機関の外局であり、情報工作技術を持ち、実行部隊を抱え、あらゆる選択肢を排除しない、などの点で同質と言える。
違うのは目指す方向性のみと言っていいが、それがゆえに相いれないといったところか。
防衛科学研究室は
対する特務機関"G"は国務省傘下であり、その前身は情報研究局(INR)である。元はCIA同様、米連の対外情報機関であったのだが、台湾危機と半島戦争を経て、より実戦的組織へと変貌していた。
連中の現在の目的は魔界の門の所有と魔界への侵攻と分析されている。戦力拡充に余念がなく、最近はヘスティアやメイジャーなど、極端な機械化を推し進めた強力な
「身もふたもないが言ってしまえばそういうことになる。で、Nomadや特務機関"G"に対しての
そこまで言って、アスカとエマ二人からの冷たい視線に気が付いた。
「ん、二人ともどうした?」
「ちょっと、あなたの言い方最悪よそれ。」
「人をジョーカーにしといてそれはさすがに怒っても良いと思うのよ、私。」
ただ事実を述べただけなのだが。
掃き出し窓はそこからベランダへアクセスできるようになっており、天気のいい日はアスカがデッキチェアを持ち出し、水着で日光浴していたりする。
今はそんなベランダへの窓を開放し、俺は室内に設けたカタパルトからドローンを発進させていた。
トラス構造を用いた発射台は、その上部にあるレーンから順次ドローンを窓の外に放り出す。なんというか、パチンコを見ているようである。
カタパルトから十分な速度を持って射出されたドローンはその加速度を活かしつつ、折りたたんでいた翼を展開して空に消えていく。
このドローンはうちの開発部に属する
見た目は完全に空飛ぶ円盤で、本体から四方に支持翼とセンサーが一体化したものが伸びている。動力は水素バッテリーだが、空力と飛行用ファンにより長時間の稼働を可能としているのが使いやすいところである。
元から特務機関"G"の機械化兵士を直接支援するためのサポートドローンとして用いられており、特徴的な機能は無音飛行システムとイーグルアイだ。
無音飛行自体は、自身の発する飛行音と逆位相の音を発して相殺するもので、ヘッドフォンなどに採用されているノイズキャンセリングと原理は同様だ。もはや枯れた技術であり目新しいものは何もない。
薬師寺カスタムモデルの特徴に"イーグルアイ2.0"がある。これは鳥瞰分析支援システムイーグルアイ -バードアイビューで周囲をマッピングし上空からリアルタイムな戦場動向を各兵士へ送るもの- を発展進化させたものだ。
より高解像度の映像だけではなく、各波長に対応した受像装置や衛星リンク機能も搭載している。
これらを搭載するため、元モデルが備えていた7.62mm機関銃をオミット。空いた本体下部にカメラや各種センサを増設し、浮いたペイロードで光学迷彩を搭載した。
戦闘力は無くなったものの、情報という現代戦における最強の武器が備わった頼れるメカである。
追加された通信装置などが本体上に立ち上がっているさまが
瑞穂が曰く、光学迷彩は日中でも可視光領域において高い隠ぺい率を誇り、注意深い人間でもなかなか気づかない精度であるのが自慢とのこと。重たい火器を撤去したのだが、光学迷彩が電力を食うため稼働時間はさほど変わっていないのが解決すべき課題だと言っていた。
そんなシャチホコを数機、アパートメントの周囲に配備した。シャチホコはメインオペレーターである俺を中心とし、お互いに一定の距離を保つようプログラムしてある。
それぞれのドローンが配置につきオンラインになっていく。それにつれ、多角的にアパート周辺が映像化、それらは順に画像合成され
この映像は俺や、セカンドオペレータであるアスカの補助脳、さらには本部にもリアルタイム伝送されている。
前線支援システムは文字通り前線を張るオペレータもそうだが、バックオフィスにとっても有益な状況把握の手段となりえる。
シャチホコを展開することで、俺たちは周囲数百メートルを可視化することが可能になったわけだ。カメラは可視光以外にも
アスカは軽く目をつむって外の様子を確認していたようだ。
「大丈夫そうね。」
俺も頷く。
「そうだな、周囲に不審な影もなし。」
「あ、マダムから短文連絡。トラヴィス空軍基地に輸送機を手配してくれるそうよ。時刻は今夜22時。」
俺にも同様に連絡が来た。アスカがわざわざ口に出しているのは、復唱と確認、そしてエマに周知しているに過ぎない。
トラヴィス空軍基地はここから北東方向にある軍用基地だ。ライブラリに保存していたマップを使い、頭の中にざっと経路を組み立てる。
サンフランシスコの中心部を北東に抜け、サンフランシスコ湾をまたぐサンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジを通過。イーストベイエリアの主要都市オークランドをパス、高速道路80号線を北上、といったルートになるな。
距離はせいぜい
「軽く夕食を摂ってから出発しよう。それまでは休んでると良い。」
俺はそう言って立ち上がった。
「どこへ?」
「車を見繕ってくる。」
壁に掛けてあった薄いジャケットと帽子を手に取る。初冬でもカリフォルニアの日光は強い。
「了解。私はその他準備と休憩しとく。シャチホコの制御借りるわね。」
「任せる。また後で。」
手ごろな車があるといいのだが。
薬師寺 瑞穂:対魔忍RPGに登場したレアリティHR/オリジナルキャラクター。化学者として非常に優秀で、留学中に飛び級で薬学博士号を取得した才媛。大学卒業後はDSOに数年間勤務した後、日本に帰国している。ガジェット弄りも好きだそうで、本作では桐生えもん並みのマッド役に。
FSDガーゴイル:対魔忍決戦アリーナで登場した特務機関"G"が運用する前線支援システム。サイボーグソルジャーの外付け観測システムみたいなものなんだろう。
一回で良いから80号線を走ってみたいですね。
布教です。
楽しんで頂けたら嬉しみ。