時間は午後8時を回るころ。
サンフランシスコを暖めた太陽はようやく落ち切り、魑魅魍魎が跳梁し跋扈する闇が街を覆う。
街中は闇を払拭するかのような色とりどりのネオン電光に照らされ、猥雑な空気が充満していることだろう。
俺たちはアパートメントの地下階にある駐車場で車に乗り込み、目的地であるトラヴィス空軍基地へ向かって進発した。
今回、俺が知り合いの故買屋から調達した
全長5メートル、幅2メートルのフルサイズボディはあちこちが凹み傷つき錆が浮きと、お世辞にも立派とは言えない。内装もそこまで凝った造りではなく米連の前身であった合衆国らしさが反映された
だが、この車の長所はそんな外観や内装には無い。
こいつの真骨頂は、機関に搭載された排気量五リッターV8エンジンである。
圧倒的なパワー、トルク、
ここまで言えばだれでも分かる。
ワゴン車の皮を被った
元が盗品なためオリジナルの木目調サイドデカールは剥がされてしまっており、さらには地味な黒一色に全塗装済みだ。
「パッと見、霊柩車よね。」とはアスカの談である。乗る前から不吉なことを言うのはやめていただきたい。
発売当時は大人気で市中に出回った玉数も多いので、一世紀近く経った現在でもそれなりの数が残っているとは先の故買屋店主の言。
実際、見た目は悪いし、ハンドルの反応性も米連車らしく大味だが、俺からすれば有り余るパワーと積載量、低価格が売りのこれ一択だった。
SUV?あんなもんはフルサイズモデルでもない限り、帯に短したすきに長しだ。かといってフルサイズは価格が高いので予算面から除外せざるを得ない。
経費を落とすとき、経理課の彼女らの目が怖いからな。節約は大事である。
運転席のアスカが木目のハンドルを操り、車を地下駐車場から出した。歩道との段差もあるが、柔らかいサスペンションはまだ機能を果たしており、不快な突き上げは無かったのが嬉しいところである。
このまま彼女の運転で、俺たちはサンフランシスコ市中を経由し基地を目指す予定だ。
俺はと言えば、助手席でドローン操作と周囲警戒を担当している。アスカなら運転しながらでもできるが、ここに手の空いた人間がいるのだから、俺がやった方が効率が良い。
俺が運転席に座らないのは、単純に見た目がガキだからである。
東洋人は年齢が見た目で分かりにくいらしいが、さすがに外見年齢15歳程度の少年が運転するのは一発で
ドローンは等距離を保ったまま、この車を中心として追従するようにしてある。
エマは後部座席で大人しく置物になる役割をこなす。静かに携帯端末でも弄っていてくれれば良い。
今回、出発前に俺たちはいずれもそれなり程度の変装を行った。
アスカは普段の女学生然とした恰好ではなく、自身の対魔忍スーツと似た桜色のセーターとタータンチェックのスカートを着込み、季節感のある装いだ。
義肢は当然というべきか戦闘用のものを装着しているが、さすがに金属部品むき出しでは街中で目立つ。
民生用の義肢は人肌に近いデザインのため、金属部を見せないのが大半だ。逆説的にメタリックな義肢はそれだけで、特殊用途であると見做される。
要らぬ注意を引かぬため、アスカはセーターの袖口から見える黒のロングレザーグローブと、同色のタイツで素肌を見せないようにしていた。
パっと見はどこぞのお嬢様が事故を起こしたか何かで車屋から借りた代車に乗っている、みたいになっていることだろう。
アスカの整った顔立ちや服装からお嬢様感がどうしても抜けないのはもう仕方ない。出自は本物のお嬢様だしな。
エマはゆったりとした白のTシャツとジーンズだが、夢魔という極上素材のせいか色気が半端ではない。
町中を歩けば、通りがかった十人中九人の男が振り向き、あと一人の男は
アスカがハンドルを切り、車は819オーシャンアベニューを東に向かった。
けばけばしいカラーリングの路面電車がゆっくりと走っているのを尻目に、アスカは車の流れに合わせ街を通り過ぎていく。
「ふふ。バイクの方が操作する楽しみはあるけど、こうやって車でゆったり流すってのも良いわね。」
「私は車派だから、バイクはどうも苦手だわ。シートベルトが無いと不安でさ…。」
エマの言うこともわかる気がする。
俺は必要に駆られればどちらでも乗るのだが、バイクのあの身軽さと、頼り無さはまさしくコインの裏表だ。
「車乗った後だと、背中がスカスカで落ち着かないことあるあるよね。とは言っても、私の場合は風を纏うから事故ってもケガすることはないんだけど。」
「バイクの楽しみって風を体で感じることだと聞くけど?」
不思議そうに首をかしげるエマに、肩をすくめて返すアスカ。
「人によるんじゃないかな?私がバイクに乗るのは、かっ飛ばすためだもん。空気抵抗を減らして速度を上げるのも、風を使う理由だし。」
風遁使ってバイク乗るなよ…。マダムにバレたら大目玉だぞ?
走ること十分程度。
「280号線に入ったわ。ちょっとスピード上げるわね。」
州間高速道路である280号線は速度上限が
途端、そのスペックの数割しか発揮していなかったエンジンが爆音を奏で始め、大型魔獣の咆哮じみた排気音を鳴らしてワゴンは一気に加速する。
「きゃっ!?」
上限130キロどころではなく加速する車の勢いに、思わずといった感じで後部座席から小さな悲鳴が聞こえた。
「あーこれこれ。やっぱりこの加速感よね!
アクセルベタ踏みで加速していく車に、嬉しそうにはしゃぎ妙な
「君がV8教信者とは知らなかったよ……。」
彼女は拍子に合わせて右手を振りかざしているが、義肢の力か、左手だけでハンドルを左右に高速回転させているのは異様な光景だった。
相対速度差が大きすぎてほかの通行車がほとんど止まっているように見えるが、アスカはハンドルと忍法の補助も併用し、ボロ車に似合わない器用さで他車を回避していく。
五車線を全部使ってぴょんぴょん移動する様は反復横跳びか、上から見た五線譜のようである。車内はカクテルシェイカーのごとくであるのは言うまでもない。
エマはしっかりベルトをしていたお陰で車内を転げまわることは無いものの、がっくんがっくん首が揺れているのが哀れであった。
しばし夜の高速道を爆走する大型ワゴン車。それに追従して飛行する”シャチホコ”のうち、最後尾の個体が異常を検知した。
仮想化された3Dマップはすでに俺たちの視覚内に展開されているが、そこに
すぐに通知内容を開く。
【後方より優速で接近する複数車両あり。その他の車両と比較し高速であり、それぞれの挙動から該当車両2台は関連性があると判断する。】
「……! アスカ、来たようだ。」
【該当する車両ナンバーは無し。偽造ナンバーの可能性が高い。サスペンションの沈み込みから、重武装サイボーグが同乗している可能性がある。】
「何が?ってのはまぁ、分かってるけど、
【フルスモークのため可視光での車内確認は不可。
「特務機関"G"かNomadか。まだ分らんな。」
現在のこの車両は時速140キロほどで走っているが、それ以上の高速で接近してきている。
追跡車はどちらも黒塗りのセダンタイプだ。その速度、約180キロ。まぁ、ハリウッド映画に出てきそうな、いかにも怪しい車である。
「あなたたちの言ってるの、追手ってことよね?」
情報共有していないエマからの質問に頷く。
「その通り。後方から2台来てるな。……っとぉ? 待て待て?」
突然のことだった。
アラートを発報し、分析を続けていた最後尾の”シャチホコ”が前触れなく通信途絶した。
すぐに周囲の"シャチホコ"がバックアップに入り、最後尾の"シャチホコ"を確認。
送信されてきた映像には、爆発の残滓と飛び散る残骸が映し出されている。
どうやら
当該個体の直前の
機体各部にあるセンサーのほぼ同時の破損が致命傷だった。これが意味するところは、銃撃などによる破損からの墜落ではなく、何かしらの物体の接触により全体が等しく
つまり、飛行中のドローンを一撃で叩き潰す大質量が、後方の空中に存在するということだ。
"シャチホコ"たちが検知したのと、ほぼ同時に爆音が車の上を通り過ぎた。
「こ、この特徴的なバラバラ音…。V12エンジンってことは…」
そしてこの、腹に響く爆音。アスカの美顔が引き攣るのが横眼に見えた。
ドローンからの画像に映るは、夜空であっても輝く白銀の暴れ馬。
「
陸と空から追跡者のお出ましだ。
・サンフランシスコを舞台にしたのは好きな映画の舞台になっていたからですが、ウォッチドッグス2というゲームも同じ街が舞台だそうじゃないですか。事前にロケハンできたし、書く前にプレイしておきたかったよ…。
・地の文や行間の取り方を少し変えてハーメルン風にしてみました。一話当たりの分量減ってるけどどうかなぁ。
・一話分を使って車の調達シーンも書いていたのですが、冗長なので丸々カットしています。(遅れた言い訳)
・車中のアスカの服装は、対魔忍RPGに登場するSR/【バレンタイン】甲河 アスカをモチーフにしています。
布教です。
楽しんで頂けたら嬉しみ。