時刻:20時45分
場所:州間高速道路280号線
そのヘッドライトで闇を切り裂いて高速道路を驀進するワゴン車と、その上空を飛翔する航空機。それらにやや遅れて黒塗りの改造セダンが2台。これらが今夜の主役たちであった。
俺たちの乗るワゴン車を、轟音とともにフライパスしたP-51マスタングはその白銀の機首を持ち上げぐんぐん夜空を駆け上がっていく。上昇に切り替えたことでこちらに上面を曝した戦闘機は、サンルーフ越しに全体像がよく見えた。派手な白銀色は月の光をよく反射していた。
かつてのアメリカ合衆国が誇った最強の戦闘機と名高いP-51マスタング。まさか
「あの機体の操縦者はNomadだな。後ろの二台もほぼ確実に。」
「どう、して、わかる、の?」
首が振り子のように揺られているせいで途切れ途切れのエマの疑問に、俺は画像解析を行いつつ応える。
「特務機関"G"ならあんな骨董品は持ち出さない。あんなのNASMに置いとくべき代物だし、持ち出すならそれこそ連中の正式装備の
部隊識別マークも何もない、カウルだけが赤く染められた白銀の機体だった。
先ほどのフライパス時、俺の網膜で記録した機体底面の映像と上面の映像を合成し、3Dモデリングを行う。
同時に本部と接続しっぱなしの回線から、
俺の電脳にもある程度の兵器情報は入っているものの、さすがにあんな昔の機体まで網羅はしていなかったため、本部の記憶端末の力を借りたのだ。
なお、アスカが素で分かったのは彼女のメカオタクなところが多分に影響していると思われる。
「
「さすが戦中機体。こっちの3倍の速度に、現代の
「しかもそれが大量生産されて雲霞の如く空を飛んだんだから恐れ入る。」
主だった紛争が終結し非正規戦がメインの現代では、ガチガチの機甲戦力と正面でやり合う機会は少ない。
だからこそ、Tempestやその発展型のTwisterでもせいぜいが12.7mm機関銃を4門しか装備していないのだ。それで十分という話だからな。
だが、かつての国家間総力戦はまさに桁が違う。
どれだけの鉄量を相手に投射できるか。その一瞬一瞬で敵を確殺するために必要十分な兵装の搭載。ある種シンプルな方向に設計思想が集約されており、大量生産品でもバカみたいな火力を持っているわけだ。
「でもどうする? 仮に
路上の一般車を縫うように回避しつつ、アスカはちらりとこちらを見た。
「地上の2台は重装サイボーグが乗ってるようだし、速度もあまり出ないだろうよ。」
「あっちも違法改造車みたいで、こっちがうまく一般車を躱してるからあまり差が縮まってないけど単純な速度なら少しだけあっちが上ね。」
"シャチホコ"の観測によると、相手は時速190km程度。こちらよりも確かに少し速いようだが、
そのせいであまり距離が縮まらず、予測では追いつかれるまでに5分程度かかりそうだ。
「アスカ、まだイケるだろ?」
挑発的な俺の言葉にアスカは口の端を持ち上げた。
「フフン、まっかせなさい!
『忍法!風神・
以心伝心。
俺の意図を正しく汲んだ彼女は、ベタ踏みのアクセルはそのままに、忍法を発動する。
アスカを取り巻く対魔粒子が目視可能なまでに励起され、まるで彼女自身が青緑色に発光したかのような光景。
「わわっ、風が!?」
突如発生した濃密な対魔粒子にエマが驚きの声を上げる。
ゴォッと車内に発生した大気のうねりはアスカの忍法によるものだ。
車内に荒れ狂う風はそのまま車外へ広がっていき、この車を包みこむ。あたかも小さな風のトンネルが車の周囲に形成されたかのようで、耳をつんざいていた風切り音が消えたことに気づく。
途端に車の速度が一段上がる。
対魔粒子の流れを見るにどうやら進行方向の大気を操作し、車両前方の空気抵抗を低減しつつ後方から車自体を推す力を加えているらしい。
現在、この車はスーパーカー顔負けのレベルで空気抵抗はほとんど無いに等しい状態だ。
車の速度を制限する要素といえば、路面と空気の抵抗とエンジン出力だが、実質そのうちの空気抵抗がなくなったわけだ。
「さ・ら・にィ!これも追加よ!」
アスカの掛け声と同時、バァン、という音が聞こえたのかと錯覚した。
ギシッと俺たちの体重を受け止めた革張りシートが軋む。
メーターを見てもエンジンの回転数は変わっていないのだが、さらに車速が向上したのが身体にかかるGで分かった。回転数はレッドゾーン手前で変わっていないにも関わらず増速するとは……、
「まさか、忍法でエアインテークに圧縮空気を叩き込んでるのか?」
「そのまさかよ!名付けて『風遁・対魔
内燃機関のエンジンの出力を決めるのは燃料噴射量だが、その量は取り込む空気量つまり排気量に依存する。
どれだけたくさんの燃料をエンジンシリンダー内で燃やしても、それと反応するだけの酸素量が無いと燃料が燃えず出力は一定のところで頭打ちとなる。それが排気量という数値になるのだが、同じ体積でも密度を上げてより多くの酸素を圧縮供給してやれば、燃やせる燃料の上限値があがり、比例してエンジン出力も上がっていく。
より多くの酸素を圧縮し過大に供給するというのがターボチャージャーの原理だが、普通は排気エネルギーの一部を用いて、エンジン
その為、アスカは自身の忍法で大気を圧縮し、疑似的なターボチャージャーを実現しているわけだ。
言ってみれば、対魔
エンジンの疲労的には良くないが、どうせこれきりの車だ。後のことはあまり考えなくて良いのだから、問題は無い。
なんという力業か。
そしてなんというネーミングセンスか。
思わず俺の口も笑みの形に歪んだ。
F-1並みの速度で高速道路を突っ走るGTワゴン。
ドローンからの観測情報がアップデートされ、後続2台との邂逅位置は無限遠になった。つまり
目下、俺たちが対処すべきは頭上の戦闘機のみに絞られた。
天井のサンルーフ越しにちらと上空を見るが、単純に距離があるのと暗いせいで肉眼では確認ができなかった。
即時、ドローンの情報を参照する。
ドローンたちは搭載したレーダーでしっかりと敵機の位置を把握していた。
それによると上空2000メートルで宙返りのループ頂点に達したようだ。
これから下降に入り、相対速度をある程度軽減したうえでの射撃、といった魂胆か?
地上を移動する目標を後方から機銃掃射しても、相対速度が約2倍のため射撃可能時間が短くなってしまう。
俺が操縦士なら、宙返りの降下中に目標の斜め後ろ上方から射撃する。こうすることで水平移動する車両に対し角度のある状態でのアプローチとなり相対速度差が低下するからだ。
伝統的なダイブ攻撃である。
戦中よろしくあの機体が機銃に12.7mm弾を装填しているかは不明だが、銃身らしい突起物が両翼にあるのは分かっている。米連国内で骨董品の戦闘機を飛ばすとかいうアホなことをしている連中が行儀よく非武装にしていると期待する方が間違いだ。
ちなみにこの車は防弾装甲など備えていない。弾丸を食らえば、アルミホイルみたいに撃ち抜かれることは避けられない。
【
ドローンから警告。上空から爆音が降ってくる。
「回避って言われてもね、高速道路じゃ横に避けるにも限界あるっつーの! 遮蔽物ちょーだい!」
「"シャチホコ"、敵の発砲光をアラート通知に設定! アスカ、アラートに連動して、敵の発砲タイミングで回避しろ! ある程度は俺が防ぐ!」
「ラジャー!任せたわよ!」
【敵機予想射撃タイミングまで5秒。4秒。3秒。2秒。1秒。敵機発砲。】
ドドドドドドドド……!!
合計6門の重機関銃から弾丸が放たれ、数発に一発の割合で混在する曳光弾がその火線を夜空に描く。
「こんにゃろっ!」
ドローンが敵機の発砲を検知すると同時、アラートに義肢を連動させたアスカの腕がそこだけ別の生き物のようにぎゅんと回転する。風遁の助けもあり、急なハンドル操作にもグリップを失わぬまま、車体が直角に近い角度で進行方向を中央分離帯へ向けた。
加速された思考の中で、直撃弾を判別。3発がそれぞれ、後部ガラスを貫通してアスカへ、次弾がエマへ、最後が右後輪への直撃コース。
俺はというと、アスカの操作とほぼ同時にコンマ1秒以下で九字を切り、対魔粒子を練り上げた。
ズッ……!と励起された黒い対魔粒子が泡沫のように車内を舞う。
『影遁・
俺やアスカ、エマの座席との間にある影や床下の車体の影を素材に対魔粒子を巡らせ影遁を発動。
忍法により泡沫が凝集し、コールタールのような闇が実体化する。流動性を持つ影はそのまま寄り集まってさらに大きな集合体となり、ワゴン車後部に厚さ50mmほどの壁を形成した。
ゴン!ゴン!ゴン!と重苦しい音を立てて影の壁に機関銃弾が着弾するが、影の壁は問題なく防御に成功した。衝撃もほとんどが壁に吸収されている。
アスカの風遁と違って高速性には劣るが、実体を持ちある程度硬度や質量を変化させることができる俺の影遁はこういったときに役立つ。
射線を逸れた車体のすぐ右側を12.7mmの雨が一直線に走り抜けていく。右のサイドミラーが余波で粉砕された。
路面に大穴が開き、射撃に巻き込まれた一般車が数台、弾を受けて爆発するのが見えた。
犠牲者たちが苦しむことは無いだろう。12.7mm弾をソフトターゲットが受ければ、痛みもなく一瞬で粉砕され血煙になるしかない。
射撃タイミングを逸したV12エンジン音が頭上を通り過ぎていく。
射程はおよそ400mでのセッティングか。お互いの速度差から軌道修正も間に合わなかったと見える。そうさせるために発砲と同時にハンドルを切ったのだから目論見通りである。
「あわわわわわ……ぶつかる!!」
進路を変更した車に中央隔壁がぐんぐん迫りくる。後部座席のエマが思わず目を覆う気配。
俺は車体後部の影を操作し前部へ移動させる。
それだけでは量が心許ないので、さらに対魔粒子を励起させ、周辺の影も巻き込む。
俺の呼びかけに応じ、路面のアスファルトから染み出すように沼のような黒が広がった。それはあっという間に
液体でありながら固体の性質を持つこの影遁は、車の重量を支え、あたかもジェットコースターのレールのように橋を空中に架けた。
車は影で作られた斜路を駆け上り、カーブの頂点に達するとそのまま滑り台のようなスロープを下っていく。
束の間の空中走行を楽しんだワゴン車はそのまま高速道路上に着地し、爆走を再開した。
俺はそのタイミングで影遁を解除する。
「これゴキゲンね♪ この道を使って空中のアイツに対抗できないかな?」
「アスカの忍法で毎時430マイルくらい出せるなら可能だが。」
「ざんねん、さすがに無理ね。」
「だろ。車じゃ航空機は振り切れん。」
【
防空識別圏とは、紛争期以降に米連の各主要都市に設定された高度250m以上の飛行禁止区域である。
戦争が身近にあった時代の名残であるがまだまだ現役のそれは、未登録の航空機の圏域飛行を許可していない。無許可で侵入した飛行物体は、ドローンであれ有人機であれ須らく対空砲の撃墜対象である。
もちろんのこと、Nomad所属と思われる戦闘機も例に漏れない。
実質的に戦闘機が俺たちに対して攻撃を仕掛けられるのは、今の
俺たちは、そこを凌ぐ必要がある。
「さて、防空識別圏内で戦闘行動はしないと思うけど……エリアに入るまでにあと一回くらいは攻撃されそうね。30秒後かぁ。」
「あなたたちがいくら対魔忍でも戦闘機相手に車で戦うのは難しいんじゃない? あの戦闘機、ハッキングとかで墜とせないの?」
「実はそれ最初の通過の時にやってみたんだけどね、<<枝>>が張れないのよ。もともと大戦期の機械だからそんな電子化もされてないってのはあるんだけど、どうにも妙な手ごたえでね……。」
アスカがごちている間に、シャチホコから警告表示が来た。
【
敵機の二度目の攻撃が始まる。
・作中時間で10分くらいしか進んでない件。
・いろんな書き方を試してます。毎回変わってごめんなすって。
・『風神・塵旋風』は対魔忍RPGで SR/【鋼鉄の女学生】アスカ が使用するスキル名称より。
効果:自身のSPDを小アップ、敵1体に中威力で攻撃する。
・一応書いておきますが、主人公の忍法はオリジナルです。原作やRPG、アクションには登場しません。
布教です。
楽しんで頂けたら嬉しみ。