双子の妹にTS転生した邪悪概念   作:アライ

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人知れずうつろう

「お姉ちゃん……!」

「や、別に愛梨の事が嫌いなわけじゃなくって……」

 

 お前と一緒の中学に行きたくない──言外にそんな事を言われた私の精神は、完膚なきまでに打ちのめされた。

 な、噓でしょう。まさか嫌われていたなんて、そんな、まさか──

 

 私はチョコアイスに付いているクランチの様に、いとも容易く崩れ落ちた。

 

「言い方間違っちゃったね。何というか、これは愛梨を思っての事なの」

「私を、思って……?」

「そうだよ」

 

 私と、ゆー姉が別の中学に行く。

 それが私の為になる事……?

 

 果たしてどういう意味なのか、理解の及ばない頭を何とかこねくり回して思考を続けてみるが、しかし解は全くと言っていい程得られなかった。どういう事なの……。

 

 分からん。

 さっぱり分からん!

 

 私は思考を放棄した。

 こんな時は現実逃避に限る。

 

「ほら。愛梨って私と違って、とっても頭いいでしょ?」

「えっ。……あ、それは……」

「ふふ、分かってるよ。それでね、愛梨はもっといい中学に行けるんじゃないかって」

 

 そう言って、ゆー姉はどこからともなくチラシを取り出した。

 えっと、これは……。

 

 文字がごちゃごちゃしていてすぐには分からなかったが、何やら中学校の名前が列挙されている。合格率、100ぱーせんと……?

 嬉しそうに右手でガッツポーズをする女の子も居る。

 

 紙面の隅を眺めていれば、これの大本であろう公的機関の名前が書いてあった。

 

「はいこれ。帰っている時にこれを配ってる人がいたんだ」

「塾……」

 

 ゆー姉から受け取ったのは塾のチラシだった。

 

 これを学校帰りに直接配布している人が居たのか、知らなかった。

 今日は色々有って帰る時間が遅れてしまったので、ちょうどすれ違う形となったのかもしれない。

 私が帰るときにはそんな人居なかったし。

 

 まあそれはそうとして、このチラシが示す意味はただ一つ。

 

 

 ……私が住んでいる地域の少し東に離れたところ。

 そこに一つの学校が存在している。中高一貫の共学で、いいとこの大学へ進む者達を毎年排出し続けている──いわゆる進学校というヤツだ。

 

 私がどうして知っているか。それは端的に言えば、そこはかとなく学校の先生にほのめかされていたからだ。建前で生きてきた経験から、彼等の言いたい事はすぐに分かってしまった。

 君ならばこの中学も視野に入るだろう。親御さんに伝えてみてはどうかな。

 確か、そんな話をされた様な気がする。

 

「別の中学、かぁ……」

 

 そう言って少しだけ考えてみる。

 私が今通っている小学校のすぐ近くには、そこ(進学校)とは別の中学校が位置している。いわば市立の隣接校であり、冠する名称も一緒である。それだけあって、卒業したほとんどの子供たちはその中学へと進む事になるだろう。

 

 私の友達も。

 そしてゆー姉も。

 

 

 

 

 ……ううむ。

 

「どう?」

 

 そんな私を少し心配そうに見つめるのはゆー姉である。

 かわいい。

 

 ……じゃなくって。

 ゆー姉が私の事を本心から考えてくれているのは確かだ。

 要するに、先を見据えろとの事なのだろう。

 進学校に行ってよく学び、いいとこへ行けという事らしい。

 

 学歴が今後の人生において、どれ程までに影響してくるか知らない私では無い。企業の種類や役職……いや、一番身に染みて分かるのはそこでの基本給だろうか。

 人がどんな人生を歩んできたか、それを知る方法として一番に学歴が用いられる。残酷な話だが、この時点でもう格付けがされているようなものだ。当然だろう、後から付いてくる人柄なんていくらでも偽れる。

 そうと分かれば、辛くて面倒な勉学にも意味が出てくるというもの。

 

 まあそれでも……いい所を出たとしても、ブラックこと外れくじを掴まされてしまう場合が有るかもしれない。大手〇〇会社の△△が社員にパワハラをした~やら、その社員が責め苦に耐え兼ねて自殺した~とか、そんな話は朝のニュースに事欠かなかった。

 せっかく厳しい受験戦争を生き抜いてきたのになんてツイてない奴だ、と当時の私もよく哀れんでいたものである。

 

 しかしそんな未来の可能性はあれど、確実に選択肢と視野は広がるのだ。使えるカードは多いほうがいいに決まっている。

 この社会において、今の私が女であるという点を省いても学歴が不必要と切り捨てる事は出来ない。

 

 それならば。

 

「私、お父さんとお母さんに話してくる」

 

 ゆー姉から塾のチラシを貰って、両親へと話を付ける事にした。

 

 実を言うと、愛しい姉と離れ離れになるのは辛い。

 めっちゃくっちゃ辛い。

 お姉ちゃんによって浄化された心が、また腐り始めてしまう。

 

 が、こうしてお姉ちゃん本人からも勧められている以上、そうも言えないだろう。

 期待してくれているのだ、この不肖の妹に。

 となれば、世界の破壊を防ぐ為に応えてあげるが世の情けというもの。

 

「そっか、良かった」

 

 そう言えば、ゆー姉は少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 私の願いはすぐに両親に聞き入れられる事となった。

 進学先となる中学は私立。学費と塾の費用で結構なお値段になる筈なのに、割りと即決だった。

 私の心配を察したのか、お金の心配はしなくていいからね、という言葉と共に。

 

 ……少し気になったのだが、父さんは一体何の仕事をしているのだろうか。家族として長い間一緒に居ながら、知らされた事は無かった。まあ、大抵の子供にとって仕事の話なんて退屈な物になってしまうだろうから、気を遣ってそうなるのは別におかしな話では無い。

 でも、この羽振りの良さからそこそこの地位にいるのは間違いなさそうだが……。この若さでポンと簡単に出せるものなのか、私は結構心配である。

 

「うん、お母さんも賛成。でも、ここから塾までちょっと遠いわねえ」

「駅の近くとはいえ、子供の足だけではだいぶ掛かりそうだ」

「よしっ。じゃ、私が送迎するわ!」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 は、早い……。

 トントン拍子で事が進んでいく。

 

 チラシに載っていた塾は家からは遠く、また夜遅くまで続く事も有り、安全性を考慮してお母さんが送迎してくれる事になったらしい。それも毎回。

 が、ガソリン代は大丈夫なのですか……?

 

 私はとても心配になった。

 

「お腹も空くだろうし、お弁当作ってあげるわね~」

「愛梨、こっそり買い食いしちゃダメだぞ~」

 

 そしてお弁当まで……?!

 まさに至れり尽くせりじゃないか……!

 

 私としては別に腹が膨れたら何でもいいのだが、両親はそれでは気が済まないらしい。

 成長期はもっと栄養価が有る物を食べて欲しいとか。

 お弁当作るだけでも相当な時間が掛かるのに、それを(いと)う様子は全く無い。

 

 前世では米を炊くのにも億劫になっていた時期が有るので、私は心底驚いた。

 子供の為に、そこまでしてくれるだなんて──

 

 

 とても、あったかい。

 

「ありがとう。お父さん、お母さん。私必ず合格して見せるね」

 

 お父さんもお母さんも……そして、ゆー姉も。

 私にたくさん期待してくれているのだ。

 

 その期待に応えずして、何の意味が有るというのか。

 

「ふふ、愛梨は自信家ね」

「勢いにのまれない様にな」

 

 チラシに載っていた名も知らぬ女学生の様に両手でガッツポーズをしてみれば、二人が苦笑いしていた。

 自信家かー……。

 まあ、気負わずに行けって事なのだろう。そう言われると、逆に意識してしまうのが人の性というものだが……。

 

 まま大丈夫でしょ、一応は前世で大学を出た身だ。

 中学受験なんて簡単簡単~

 

 この妹、今までと同じ様にパパっと事を済ませてしまいましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に考えていた時期が、私にもありました。

 

 塾に入ってしばらくした頃の話だ。

 

 

 私は少しだけ、

 少しだけ、困っていた。

 

「難しいなコレ」

 

 中学受験、割りと難しい。

 こうしてもう一度受けてみると、抜けている所が多々ある事に気が付いてしまう。

 

 特に社会の科目がキツい。前世は理系に進んで地理を選択したが故に、歴史が完全に虫食い状態になっていた。小学校で学んだまま、そこで終わってしまっている。

 鎌倉幕府の成立年、もう1192年じゃないってマジ?

 完全にいい国じゃないよこれ。

 

 塾の授業で纏めたノートを流し見て、思わずため息を吐いた。

 生き証人のいない歴史は、流動性があってなんとも難しい。

 

「頑張ってるね、愛梨」

「あ、ゆー姉」

「休憩も必要だよ? ほら、愛梨が好きなの」

「──え。……あっ、ありがとうお姉ちゃん」

 

 突然愛の告白を受けたのかと若干焦ったが、どうやら違うようだった。

 目の前に差し出されるは、湯気が立っている暖かそうなココアが入ったマグカップ。

 私が好きな飲み物である。

 

 疲れた身に染み入る親しみ深い味で、前世でも好んで飲んでいた。

 スプーンで軽く撫でる様にしてかき混ぜながら、カカオの風味を楽しむ──そんな時間が、何よりの楽しみだった。

 

 

 

「あったかいなあ……」

 

 落ち着ける空間が、好きだ。

 心の休まる場所が、大好きだ。

 

 

 至福の時。私は何もかも忘れて、空虚な世界へと想いを馳せる。

 意思という個を捨てそこへと旅立てば、自分が自分で無くなるような──そんな感覚がいつも襲ってくるのである。

 言い表せば、かの偉人が述べた唯ぼんやりとした不安。それに一番近いものだろうか。

 でも、それと違って形容し難い期待の様な思いも含まれている。

 

 あまりにも複雑怪奇。単一の言葉だけでは表せない、雁字搦めになった感情だ。

 

 その思いを何となく胸に抱きながら──私は一体、何者なんだろうかと。

 そう、心へ問いかけるのだ。

 

 私はまだ、それを紐解く事はできていない。

 

「温まった?」

「うん。おいしい……」

 

 身体の芯から温まる様な揺らめく熱によって、私の思考は現実へと引き戻される。

 やはり良い飲み物である。

 

 最近、通学路の近くに有名なコーヒーチェーン店が店舗を構え始めた。

 そのお店にある大人気のメニューに、とろけるホイップクリームを添えたカスタム可能なココアが有るらしい。

 若者受けも良いとの事なので、いつか連れと一緒に行ってみたいものだ。

 

「あまり受験期間中に言うことじゃないかもしれないけど、息抜きも大切だよ」

「息抜き、かぁ……」

「愛梨は何か、趣味とか無いの?」

 

 趣味、か。

 前世の時ならば何も無いというつまらない回答が続いたのだろうが、しかし今の自分は違う。

 

 初めて心の底から楽しいと思えた趣味が、私には存在するのだ。

 

「私の趣味は、ファッション……着飾ることが好きなの」

「お洋服を着るのが好きなの?」

「うん」

 

 ゆー姉の問い掛けに対して、確かな意志を持って答える。

 

 初めは姉妹の区別が付くようにただ何となく着始めただけの物だった。

 でも、何度も習慣的にそれを繰り返している間……私は知ってしまった。

 

 鏡に映る磨き上げられた自分の姿を──

 

 

 恐らく、前の私は自らの姿に自信が無かった故に服への興味がゼロに等しかったのだろう。

 しかし今は、違う。

 

「いつからか、おしゃれをするのが好きになっちゃったの」

 

 ひとつ覗いてみれば、とても奥深い世界が待ち受けていた。

 どの様に自分を美しく見せるか──それはただの見栄に過ぎないのに、並々ならぬ情熱がそこには注がれていた。

 

 服なんて寒さと暑さを凌げればそれで良い。

 そんな格言にも近い私の意地は、瞬く間に塗り替えられる事となったのだ。

 

 優れたとはとても言えないだろう、自身の直感で適当に選んだ服を着てみれば、もう全てが変わっていた。

 果たして目の前に居るのは誰なのだろうか。

 鏡を前にしてそう思えてしまう程に、私という個が移り変わっていった。

 

 突き動かされるようにして一度気取ったポーズをしてみれば、舞台に佇む俳優みたいに目まぐるしく姿が変化していく。

 その時、私は最高に楽しい趣味を知ってしまったのだろう。

 余りにも依存性の高いそれは、劇薬にも近しい存在で。

 

 

 これ以来、私はおしゃれをするのにハマっている。

 

「そうなんだ。愛梨って服の好みが結構多いからそんな気はしてたよ」

「ゆー姉……!」

 

 私の事をよく見てくれている──!

 

 それを聞いた私は、自分でも分かる程に気を良くしていた。

 身近な人が自分という存在をよく知ってくれていること、それが思いの外とても幸せで。

 

 私はいつの間にか、朝まで隠し通すつもりだった白い箱を引き出しから取り出していた。

 ここから始まるは、ちょっと背伸びをしたファッションショーだ。

 

「んん? なあにそれ?」

「ふふん。見て驚かないでよ、ゆー姉」

「え、ええ……」

「じゃじゃ~ん!」

 

 大層な梱包を外してみれば、中から顔を出したのは黒くて伸縮性の有りそうな布地。

 薄く、それでいてよくフィットしそうなフットウェア。

 

 いわゆる黒タイツという奴だ。

 

「長い靴下だね……」

「これを明日から着ていきます!」

「えっ?!」

 

 ゆー姉が黒タイツを見て、大層驚いていた。

 これはお母さんに頼み込んで、こっそり買ってもらった一品である。

 

 実はもっと前から目を付けていたのだが、少々早すぎるかと思って中々踏ん切りが付かなかった物。

 だが小学五年生となればもう高学年なので、そろそろ良いだろうという事で冒険してみた。

 

「か、過激なんだね愛梨は……」

「そうかな? 結構着ている女の子は多いって聞いたんだけど」

「そうなんだ……なんかちょっと透けてるね……」

 

 試しに履いてみれば、ゆー姉の率直なる意見が投下された。

 女性の足を美しく見せるタイツ、それの少し透ける版だ。

 

 機能性に優れているわけでも無いのに、どうしてわざわざ透けさせる必要が有るのか。

 そんな問いが投げかけられれば、私の答えはたったひとつ。

 

 

 何か変な気持ちになるからだ──

 

「へぇ……愛梨ってそういうのが好きなんだ。そうなんだ……」

「……! ご、誤解しないでゆー姉ぇ! 私は、変態では……!」

 

 そんな事を心の中で思っていれば顔に出ていたのか、ゆー姉が苦笑いしていた。アカン、間違いなく誤解されている。

 

 ち、違うの。

 私は、変態ではありません──

 

「いや、凄いなって思ったんだよ?」

「……え?」

「愛梨はそういった服を難なく着こなせるから、凄いなって。とても似合ってるよ」

 

 ゆー姉はそう言うと、少しだけ恥ずかしそうにしながら私の足を見つめていた。

 愛しのお姉ちゃんからそうストレートに言われるとこっちまで恥ずかしくなってしまう……!

 

 なんなんだ、この時間。

 

「私はあんまりそういうの似合わないからなあ」

「えっ、そうなの? 私とお姉ちゃんはそっくりなんだから、私が似合うのなら……」

「ううん、これは気持ちの問題なの」

 

 ゆー姉はそういって、私の勧誘を断った。気持ちの、問題かぁ。

 くぅ……お姉ちゃんをファッションの世界へと引きずり込もうと思ったのに、失敗してしまった。

 お姉ちゃんなら色んな服が似合うと思うのになあ……でも、無理強いはいけないか。

 

 私の矜持として、おしゃれは内面と外面が揃ってこそ、という物がある。

 前世が三十路のおっさんだった私としては、キャピキャピ(死語)とした今どきの女子を演じるのは中々に厳しい。厳しいし、精神的なダメージも偶に負ってしまう。

 

 が、ゆー姉は純粋で綺麗な年頃の女の子。私では難しい役も何のそのであろう。

 

 それだけあって、ゆー姉が興味を持ってくれたら──なんて、私は未練がましく思ってしまうのだ。

 気が向いたら、いつでも言ってねお姉ちゃん!

 私はずっと待っている……!

 

「そうなんだ……」

「ふふ、そうなの。……あっ、もうこんな時間」

「ほんとだ」

「ごめんね、勉強の邪魔しちゃって」

 

 そんなこんなで気が付けば、もう夜の九時を過ぎていた。

 わあ、とっても早い。楽しい時間はすぐ過ぎるってよく言われるが、確かに本当だ。ゆー姉との時間は、勉強の時間と比べても倍以上早く過ぎているような気がする。

 

 子供はもう寝る時間だ。

 

「そんな事はないよゆー姉。私にとって、お姉ちゃんは全てだから──邪魔なんて事は絶対無い」

「えぇ……? そ、そうなの……」

「うん!」

 

 私は最上のラヴを以って、愛しのお姉ちゃんへとサムズアップをした。

 いえーい。

 

 お姉ちゃん大好き。

 

 

「……あ、明日も早いしそろそろ寝ようか」

 

 そう言えば、ゆー姉は何やら少し焦り出していた。

 どうしてだろう、分かりませんね。

 

 ……まあ、いいか考えても仕方はない。

 私も、そろそろ眠くなってきたし。

 

 眠りの支度をするとしよう。

 

 

 

「愛梨、ちゃんと寝る前に歯磨きするんだよ?」

「はーい。お姉ちゃんは?」

「もうしたよ」

「……そっか」

「どうしてそんなに残念そうなの……?」

 

 私は悲しみを存分に体現しながら、すごすごと洗面所へ向かうのであった。

 そりゃもう、言うまでも無い。

 

 

 

 あ、黒タイツ履いたままだ。

 

 

 

 

 

 

 


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