「……何を、した」
ヘルマスターが、唸るようにいう。怒りを抑えているのだろう……今だ、青筋が立っている。
「彼の気配を消し去った。気配だけでなく、吐息の音。体臭。足音、全てをな」
暗黒術の、“
クレイドルは、グランがヘルマスターの気を引いている間、ゆっくりと近付き、腕を斬り落とすつもりだったが、ヘルマスターの直感的な回避で、蛇の鞭を切り落とすにとどまった──同時に、剣を振る動きで効果は消えた。
「こざかしや! 毛無し猿どもが!!」
両手のひらを、大きく振るヘルマスター。蒼白の炎が、ヘルマスターの頭上に浮き上がる。
グランさんが、盾を構え、腰を落とす。ヘルマスターの術を受け止めるつもりだろう──しかし、大丈夫か……「ガアァァアアッ!!」
ヘルマスターが叫ぶ。左腕、右肩に矢が突き立っている。蒼白の炎が消えていた。
にしし、とシェーミィの笑い声が聞こえた。術の行使を妨害したんだな。
今、勝機──〈んふふふっ、そいつを殺すんだ。いい事あるよ~〉──ここに来て、邪神の声。激励のつもりか!?
スケルトンキラー(鋼造りのショートソード)を、引きずる様に下段構えにし、喚くヘルマスターに向けて駆ける。
「下郎! 推参なり!!」
ギッ、とヘルマスターが、睨み付けて来た。推参なり、とは古風だな……んふっ、ふふふっ──よし、殺そう──ヘルマスターと、目が合った。爬虫類の瞳に驚きの色が浮かぶ……フェイスガード越しに見えるクレイドルの瞳は、赤く瞬いていた──「貴様!? 邪し──」
ヘルマスターを、深く袈裟斬りにする。確かな手応え。返す剣でヘルマスターの首をはねた──その首は、目を見開いたままだった。
「おー、お見事ー」
ぱっちぱっち、と間の抜けた拍手をするシェーミィ。さっきまでの緊張感が、ゆるりと解けていく……あっちも終わったか。
「ヘルマスターの術の妨害、上手かったな。さすがだ」
グランさんが、剣を収めながらいう。
「グラン達に、完全に気を取られていたからねー、私の事、全然眼に入ってなかったよー」
にひひ、と笑うシェーミィ。
ヘルハウンドから、魔石と耳と尾。ついでだからと、毛皮を回収するそうだ……毛皮を、シェーミィが鼻歌混じりに剥いでいる。なかなかに、刺激的な光景だ……。
「シェーミィ、それ済んだら、宝箱の確認お願いよ」
俺が斬り落としたヘルマスターの首を、無造作に素材回収袋に入れる、レンディア。
「クレイドル、ヘルマスターから、魔石を回収して」
おおう……確か、心臓より少し下の位置だったな。人と同じく二足歩行の悪魔から、魔石を取り出す作業は、なかなかに、ヘヴィな仕事だぜ……。
手早く、三匹のヘルハウンドの皮を剥いだシェーミィ。早いな……。
「猟師の家の生まれなんでねー。クレイドル、浄化してー」
血がうっすらと滲んでいる毛皮を、広げるシェーミィ。綺麗に剥いだものだな……「浄化」
うむ、上手く出来た。血生臭さも消える。
三枚の毛皮を重ね、くるくると巻き、革ひもで手早く束ねるシェーミィ。
「私の、回収袋に入れようか」
あーい、とシェーミィがグランさんに毛皮を渡す。素材回収袋って便利だ……ある程度の“収納空間”の魔力付与がされているんだよな……。
基本、冒険者ギルドからのレンタル。大、中、小あり、それぞれ一週間に金貨一枚、銀貨五枚、銅貨五枚、だっけか。
新人がよく言われるのは、素材回収袋は金を貯め次第、早く買った方がいい……と。
冒険者ギルド、商人ギルド、魔術師ギルドのみでの販売。ギルド加入者以外の購入は、基本出来ない。購入金額は、レンタル料金の約三倍。それを高いと見るかは、個人次第だ。
「んー、罠は無しねー。じゃ、開けるよー」
少し慎重な手付きで、シェーミィが宝箱を開けた──おお?
「髪飾りに、ネックレス。短刀……ね。魔力感じるわね。ラザロさんのとこに持っていくわよ」
まじまじとお宝を見詰めるレンディア。ラザロさんとこでの鑑定が楽しみだな……うん?
部屋中央に、いつの間にか魔方陣が出現していた。柔らかい、白い光を放っている──「帰還陣ね」
ダンジョン踏破後に、必ず発現する帰還陣。一階、出入口付近に転移する事が出来る。
理屈うんぬんは、分かっていない。そういうものなのらしい──「さて……帰りましょうか」
レンディアが、率先して帰還陣に向かう。
ゴ、ゴゴゴ、ゴウン──帰還陣に踏み行った先は、真っ暗な部屋だった。広さは分からない。
直ぐに、重量感のある音が響き、部屋に光が差し込んで来た。壁が動いているのか──ゴゴン……音が止み、目の前には、黒壁回廊の入口が見える。
入口付近には、数名の衛兵が待ち構えていた。剣呑な雰囲気では無い。皆、驚きを見せている。
「踏破、したわよ」
レンディアが、い並ぶ衛兵達に告げる。一拍の静寂。そして──大きな歓声。
碧水の翼が、黒壁回廊を踏破した事。レンディアが無事に帰還した事への、歓喜の声だろう。
黒壁回廊に入ったのが、昼すぎ。今は夕暮れ近くになっている。三、四時間ほどダンジョンで過ごしていたんだな……皆、無事で良かった。
衛兵達の歓声を背に、直ぐに冒険者ギルド支部に向かう。最初に報告するべき事があるからだ……。
「回収品があるわよ……これよ」
レンディアが、四枚の冒険者証を受付に提出した。受付嬢の顔が曇る。これが、何なのか分かったのだろう。
「明日には、捜索依頼が張り出される所でした……碧水の翼が、依頼を達成したと見なされるでしょう。ギルドマスターには、そう報告しておきます……ふう」
受付嬢が、切なそうにため息をつく。まあ、仕方ない事だ……これも仕事だろうからな──
「捜索依頼の書類は、もう作成されているんです。だから、依頼完了という事になります……いかがでしょう?」
「報酬が支払われ、私達の功績になるのなら構わないわ。皆、それでいいわよね?」
皆、頷く。うん、碧水の翼のためになるならば、それでいいのだ。
「はい。では、そのように手続きをします……ご苦労様でした」
深々と、頭を下げる受付嬢。
レンディアとグランさんが、魔物素材を買取りカウンターに持ち込んでいく。
宝箱から回収した物は、シェーミィが預かっていて、それらの品は、ラザロさんにまとめて鑑定してもらう事になっている。鑑定が楽しみだ。
さて。シェーミィと、喫茶室で茶でも飲んで、レンディア達を待っていようと話ていた所、買取りカウンターから、女性の悲鳴が聞こえた──「生首ぃぃいっ~!!」
シェーミィと顔を見合わせる。お茶と茶菓子を運んできた店員も、何事?とカウンター側に目をやっている。
「あー、ヘルマスターの頭ね……」
「……あれ、素材になるのか?」
まあ、お茶を飲みながら、待っていようか……まだ、騒ぎになっているな。
「各種魔石、ヘルハウンドの毛皮、ヘルマスターの頭。占めて、金貨百二十枚に銀貨二十三枚、銅貨七枚ってとこね」
「なかなかの……大金だな」
レンディアの申告に、グランさんが呆れたように呟く。
「ちなみに、一番の高値はヘルマスターの頭だったわよ。あと、ヘルハウンドの毛皮ね」
「上手く剥げたし、クレイドルの浄化もあったからねー」
今は、場所を移して宿舎にいる。夕食の前に、収入の確認をする事になった。その後、一風呂浴びて、酒場で食事。
「配分は、一人当たり金貨三十枚、銀貨五枚で、端数の銀貨三枚と銅貨七枚を、パーティー貯金にしようと思うけど?」
「いいよー」
「うむ、問題ない。私が口座に振り込んでくる。自分の分け前を、口座に振り込みたいなら、ついでにやるが?」
何の問題ないな。グランさんが、担当しているんだったか。
それぞれ、金貨数枚と銀貨だけ取り、あとはそれぞれの口座に、となった──さて、風呂の時間だ。浄化だけじゃ、元日本人としては物足りない。
クレイドルの入浴が、ある騒動を引き起こし、結果クレイドルは、浴場使用禁止。個室のシャワー室のみ、深夜限定で使用可。という事が決まった。
「俺は悪くない。止めなかった仲間が悪い」
とは、本人の言い分だ。