馬車で、二時間ほどの道のり。黒壁回廊よりも遠い。一時間の移動で、小休憩。実質の移動時間は、二時間半といった所だ──黒壁回廊監視拠点ほどではないが、それなりに、施設が整っているらしい──レンディアがいうには、要塞。といった雰囲気だそうだ。
「止まれ」馬車から降り、入り口に向かおうとすると、即座に止められた……おう、物々しいな。
レンディアではなく、グランさんが衛兵の相手をする──「ギルドからの依頼だ。衛兵の救助を受けた」
グランさんが、依頼状を衛兵に差し出す。
衛兵が依頼状を確認し、グランさんに返す。
「手数だが、詰所に行って、依頼状を見せてくれ。そうすれば、出入りは許可されるだろう」
ん。とグランさんが頷く。ピリピリとした雰囲気だな。
グランさんを先頭に、詰所に向かう。
「私が前に出ない方がスムーズに進むのよ。余計に手間がかかりそうだからね」
レンディアが囁くように言う。まあ、確かにな……。
「ギルドに依頼を出さなくても、衛兵が救助に出向けばいいんじゃないか?」
「う~ん。ここら辺は、依頼主に話を聞かないと分からないわよ……何となく、理由は分かるけどね」
なるほどな。何か訳ありか……。
「おっと。お嬢かい……久し振りだな。依頼を受けてくれたのかい」
詰所にいたのは、レンディアの顔馴染みの、古参の衛兵。名を、キールという。
「衛兵の救助と聞いていたけど、ギルドに依頼を出した理由は?」
「ああ……それな。要は、突っ張った若手に灸を据える意味でもあるんだよ……馬鹿馬鹿しいけどな」
吐き捨てるように、古参の衛兵さんが言った。
「古参連中が付いての訓練だったんだがな。若手連中、それを嫌ってな。勝手に潜ったんだよ……馬鹿げてるだろ?」
「馬鹿げてるわね。全滅しているかもよ」
レンディアが、呆れた様に言う。
「だな……もしそうだとしても、身分証だけでも回収して貰いたい。頼む」
悲痛な表情で、頭を下げるキールさん。
「ええ。分かったわよ……出来る事をやるわよ」
またしても、不敵な笑みを浮かべるレンディア。頼もしいな、この面構え。
要するに、身内に対しての事構えだという事なのだ。『お前ら、いざと言う時にはこういう事になるぞ』と。
「救助対象は五名。リーダーは、エルランって奴だ。それと、こちらからも救助部隊を出している。今から行けば、入り口近くで合流出来るはずだ」
「分かったわよ。宿を取り次第、直ぐ向かうわ」
レンディアが振り返る。それでいい? という確認だ。
構わない、と俺達。宿を取るために、シェーミィが駆けていく。
荷を置き。早速、“武人の練武場”に向かう。すれ違う衛兵達の、顔は明るくない。
仲間がダンジョンに潜り、消息不明と来た。そりゃあ心配だよな……。
“武人の練武場”の入り口が見えてきた。
入り口には、十人ほどの衛兵。あの人達が、先行隊か──
「冒険者の手は借りない。帰れ」
おおう。いきなりの歓迎だな。気の強そうな、衛兵が食ってかかって来た。まだ少年の面影を残した、栗色の髪をした衛兵だ……歳は、十五、六といった所か?
「そう言われてもな……こっちも仕事だ。責任者は?」
グランさんが、大人の対応をする。
「お前達には関係無い事だ。帰れと言った!」
「そういう訳には、いかないんだよ。正式に依頼を受けたのでな……これが依頼状だ。責任者に──」
見せてくれ、とグランさんがいうより速く、衛兵は依頼状を引ったくり、破いて捨てた……ああ、こいつ。今、自分のした事の意味が分かってないな……。
「これは……冒険者ギルドへの妨害と見なされたぞ。今、お前ら衛兵達は冒険者ギルドに、敵対宣言をしたという事になった……」
グランさんが、栗色の髪をした衛兵を、じっ、と見つめる。
チ……キ、とレンディアが刀の鯉口を切る音。
シェーミィが、素早く短弓を下げ構え、矢筒に手を伸ばす。
俺はバトルアクスを、支えとして寄りかかる。
冒険者ギルドの依頼状──すなわち、冒険者ギルドを代表して依頼を受けましたよ。という証明書だ。危険度の低い採取、採掘だろうが、命懸けの討伐依頼だろうが、依頼状の価値と意味は等しい。初級訓練で教え込まれる事の一つ……。
それを、若き衛兵は踏みにじった。ギルドの面に、思いきり泥を塗る行為──流血沙汰には、ならないでくれよ……。
「う……」
若き衛兵が、後ずさる。恐らく、グランさんはかなり怒りを抑えているだろうな。それが、殺気めいた雰囲気に出ているのが、見てとれる──さて、どう収めるかな……。
「どうした? 何があった……お嬢、か。一体どうしたんです?」
駆け付けて来た、年配の衛兵。この場の雰囲気を見て、誰かが古参の衛兵さんに伝えたのか……。
「ふん。冒険者ギルドの、衛兵救助の依頼状を若手が破り捨てたのよ……それが、どういう事か分かるわよね」
レンディアが、若手の衛兵から目を逸らさずにいう。手は、いつの間にか刀の柄に掛かっている……。
「それは……くそっ! お嬢、引いてくれないか。これは、さすがに……」
「引けないわね。冒険者ギルドの顔に泥を塗られて、引けないわよ……この若手達は、ギルドに喧嘩を売ったのだもの。どうして、引けるの?」
若手連中が、明らかに怯えていた。依頼状を破った衛兵の顔から、血の気が引いている。
馬鹿だねえ……若気のいたり、では済まされない事なんだよなあ。全く……。
「……お嬢、頼む。矛を納めてくれ。こいつらは、子供何だ。きちんと躾をする……だから、どうか」
大の大人が、ガキのために頭を下げる、か……全く。
「レンディア、もういいだろ。もし、このガキ供がダンジョン内で、ちょっかいをかけてきたら、その時で考えればいい……今はとにかく、救助だ」
静かな殺気を放つレンディアに声をかける。いや……怖いな。
「……ま、いいわ。私達は今から潜るけど、あなた達はどうするのよ?」
何とか冷静さを取り戻したレンディアだが、声に冷たさが、今だ残っている──「彼らが、邪魔をしたなら、相応の手段に出ると言っておこう」
グランさんの声も、冷たい。まあなあ……。
「場合によっては、後ろから撃つよー」
にしし、と笑うシェーミィ。いや、目が笑っていないのだが……。
「……取り合えず、二手に別れて行動しようか」
若手の指揮を取る、古参の衛兵がいう。
“武人の練武場”は、円形に作られているらしい。半周後、広場があり、そこから下に降りる階段があるそうだ。最下層は、五階。
「信頼していいのよね? 邪魔したなら、相応の手段を取るわよ」
レンディアが呟く様にいう。やはり、根に持っているのだろうか……衛兵隊長が、頷く。
「うん、分かったわ……」
半周の通路。小部屋がいくつか。それを確認しながらの移動──「俺達は右回り。お嬢達は、左回りで頼む」
「ん。構わないわ……広場で合流、でいいのよね?」
「ああ、そうしよう。同時に動いた方が効率的だからな」
救助に向かう古参の衛兵さんが、若手の指揮を取ると決まった。良し、だな。
「手数だが、小部屋も確認してくれ……それと、中にいる“
古参の衛兵さんの頼み。今は、衛兵救助が優先事項……当然だ。
「ん。分かったわよ……皆、行くわよ」
レンディアが先頭をきる。先ほどの、衛兵達とのいざこざは、とうに脳裏から消えているのだろうな──さすがだ。
グランさん、シェーミィが続く。俺は殿だ。
「……では」
古参の衛兵さんに頭を下げて、レンディアの後を追う。
ふう、と衛兵さんのため息が聞こえた……。