邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第107話 グレイオウル領での一時

 

「ふむ。帝都に行くのか」

くいっ、とオウルリバーの炭酸割りを口にするラザロさん。摘まみは、マリネの酢味噌和えの玉葱添えだ。

まだ早いので、朝陽食堂にいるのは俺達とラザロさんだけ。

「冒険者ギルドに、わしの同期の鑑定師がおる。ミラーという名じゃ。わしの名を出せば、少しは良くしてくれるじゃろう」

酢味噌和えを、何とも美味しそうに口にするラザロさん。気に入ったようで何よりだ。

焼き鳥丼を、貪るシェーミィ。豚丼を、物珍しそうに見つめ、微笑みながら口に運ぶレンディア。気に入った様だ。

グランさんは、豚バラ野菜炒め定食を頼んでいた。豚汁付き。パンではなく、米だ。

真面目な顔で、米だな……これは米だ。と呟いている。

「はいよ、クレイドル君お待ち」

俺が頼んだのは、チキンソテー。付け合わせの塩茹での野菜に、酢漬け野菜。米もパンもなし。

チキンの照り焼きお願いします、と注文したなら、「出来るよ」と、大将がニヤリと笑った。

 

表面の焦げ模様と甘辛のソースの香りが、何とも食欲をそそる──早速ナイフを通す。一瞬の弾力を感じるも、すんなりとナイフが通った。上手い焼き加減だな──うん、美味い。口の中に肉汁が広がる。いや、さすが大将。

「あー、何その料理! 大将ー、私も同じのお願い!」

焼き鳥丼をまだ平らげない内に、シェーミィが注文する。あいよ、と大将が苦笑する。

 

「よぉ、今晩は」

ドルヴィスさんが、やって来た。いらっしゃいとの大将の声に、ラザロさんの横に座る。

「好きだねえ、それ。まあ、分かるけどな。大将、蜂蜜酒と鶏野菜炒め頼むよ」

あいよ、と大将。

「メニュー、増えてるな……焼き鳥丼に豚丼に、マリネの酢味噌和えもか」

壁に掛けられているメニュー表を、改めて見たドルヴィスさんが言う。

 

追加のチキンソテーを、目を細めながらパクついているシェーミィ。すでに食事を終え、黒ワインを傾けているグランさん。

「私も、酢味噌和え頂戴。えーと、玉葱で。あと、果実酒炭酸割りね」

レンディアの注文に、あいよ、と大将。俺は……どうするかな?

 

オウルリバーのロックをちびちびやっていると、大将が話しかけてきた。

「前に、酢味噌和えに他の食べ方があるって言ってたね。帝都に行く前に教えてくれないか?」

確か、言ったな……まあ、あれだ。

「簡単なものなんですけどね。茶碗に、軽く米をよそったら、酢味噌和えを乗せ、その上から出し汁をざっ、とかけ回すんです」

「なるほどな……うん、美味そうだ。酒の〆によさそうだな」

うんうん、と頷く大将。酒の〆だと? ラザロさんとドルヴィスさんが、早くも食い付いた。

「ふむ。酒の〆のう……大将、あとでそれをもらおうか。黒ワインを頼む」

「酒の〆の酢味噌和えか。俺も、あとからもらうよ。エール頼む」

分かったよ。と言いながら、厨房に引っ込む大将。

 

「クレイドル君。酢味噌和えの出汁漬け、今試してみたが、美味いな。出汁は少し薄めの方がいいね」

早速試したか。酢味噌和え自体が濃いからな。

「出し汁じゃなくても、お茶でもいいと思います」

なるほどな、と大将。まあお湯でもいいけど。

結局、皆は酢味噌和えの出汁漬けで〆た。メニューに入る日も近いだろう……。

 

早朝、夜明け前。薄暗い部屋から、煙草盆とタオルを手に、静かに出る。

いつものように、酒場の裏手から裏庭に出る。

一服後に、魔力制御といくか……“西砂”の煙が夜明け前の空に溶けていく……。

 

魔力制御を終える頃には、すっかり陽は上がっていた。さて、顔を洗って部屋に戻るか。

 

レンディアとグランさんはすでに階下に降りていたが、シェーミィはまだ眠りこけていた。

ベッドに横たわり、う~くぅぅるる~、と喉を鳴らし、あくびをしながら体を伸ばす──「シェーミィ。おーい、朝だぞ」

「……うぅ~ん」

ベッドに腰掛け、てしてし、と顔を拭うシェーミィ。やっぱ、猫だな……降りてるぞ、と声をかけ部屋から出る。

 

朝食までは、まだ早く、お茶の時間だ。

「今日の朝食は、鶏皮野菜炒めと鶏肉の雑炊に酢漬け野菜だよ」

お茶を運んで来たルーリエちゃんが言う。何の不足も無い、朝食だ。

「ん、ありがと」レンディアが、銅貨五枚をチップとして渡す。

「ありがとうございます」

と看板娘が恭しく、一礼して厨房に戻って行った。

「……やはり、クレイドルとの態度違うな」

うん? グランさんを見るレンディア。何でもないから、気にしないでヨシ!

 

朝食を食べながら、今日の予定を話し合う。

グランさんは、ブレイズハンドに新しく得た剣の鞘染めを確認しにいくそうだ……俺はバトルアクスの手入れを頼むかな。武人の練武場で、激しく使ったからな。

「グランさん、俺も一緒に行きます」

ああ、とグランさん。レンディアとシェーミィは、ブラブラと散歩するそうだ。

昼に、灰月亭で合流して昼食と決まった。

「昼後は自由時間ね。夕食は……そうねえ」

「久しぶりに、“湖畔の庵亭”に行こーよ!」

おお、湖畔の庵亭か。炭火焼きと魚介類の店。

「いいな。そこにしよう、レンディア」

グランさんが、楽しそうに言う。

「ん。そうね。そうしましょうか」

よし、決まりだ。山葵の葉漬けも久しぶりだ……今から、楽しみだな。

 

「もう、塗りは終わってるよ。あとは乾かすだけだ。明日の朝には、乾ききるだろ」

「明日の、帝都への出発は昼後だから、その時に取りに来ます」

料金を尋ねるグランさんに、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、それは、とグランさん。ちょっとした押し問答の末、折れたのはグランさんだった。

 

「ドルヴィスさん、バトルアクス見てもらえませんか」

おう、と受け取ると、じっくりと眺める。

「兄弟子が、鍛え上げたやつだな……さすが業物だ。刃こぼれ、傷みも無し……ちいっと、柄が歪んでるが、ふん。一、二時間もあれば元に戻せる」

「じゃあ、お願いします」

ああ、任せな、とドルヴィスさん。少し帝都の話をして、ブレイズハンドをあとにする。

「昼近くまで、どこかで時間潰しませんか?」

「そうだな……飲食店街をぶらついてみるか、いい喫茶店あるかもな」

 

男二人、飲食店街をぶらつく。まだ早い時間なので、開いている店は少ない。

「お、看板が出てるな。あそこにしよう」

店先に早くもテーブルが並べられ、日除けのパラソルも広げられている。テラス席か、いいな。

 

「林檎茶のホットとクリームパイのセットを」

時間をかけず、手短に注文するグランさん。ふむ、朝食らしきメニューもあるな。ハムレタスサンド、ベーコンオニオンサンド等。出勤前に朝食をとるような店なんだな。テイクアウト有りか……さて。

「オレンジジュースと焼きチーズケーキのセットをお願いします」

「は、はい……御注文は、以上、でしょうか?」

ウェイトレスさんが、もじもじしながら尋ねてくる……何ぞ?

 

「こういう店、よく使うんですか?」

酸味寄りの、オレンジジュースが美味い。焼きチーズケーキの甘さと、良く合っている。

「たまにな。事務仕事を部屋に籠ってやり続けると、気が滅入るからな。重要書類以外を持って、外の食堂や喫茶店で、書類のチェックをする時があるんだ」

グランさんくらいになると、書類仕事もあるんだな。

「林檎茶はホットだな……香りがいい。うん」

騎士だけあって、所作が優雅だな。公式の場に出席する事も少なくないから、貴族としての立ち振舞いも学ばなければならないそうだからな……大変な仕事だよ。

「すいません。オレンジジュースのお代わりをお願いします」

さっきとは違うウェイトレスさんが、かなりの勢いでやって来た。

「私も、林檎茶のお代わりをホットで」

「はい! す、すぐに!」

じりじり、と後退りしながらウェイトレスさんが店内に戻っていく……何ぞ?

 

クレイドル達から、少し離れた四人掛けのテーブルに着いている。女性四人組、年頃は二十歳少しくらいか。クレイドル達にチラチラ目をやりながら、四人は注文の品にほとんど手を付けず、静かに話している──

 

「ね……あの奥の席の」

「うん、分かる……」

「この街の人なのかな?」「右側の黒ずくめの男の人、体格良いし格好いいよね……でも」

「うん、向かいに座っている(ひと)……凄く綺麗だよね──」

 

「よし……堪能した。行くか、クレイドル」

「はい。ここは俺が払います」

セット二つに、飲み物お代わりで銀貨二枚と銅貨四枚か。まあ、こんなものかね。

テーブルに銀貨三枚を置く。釣りはチップだ。

「ふむ、ご馳走になっておこう。まだ少し時間あるな……商店街通りでも歩くか」

「そうしましょう。レンディア達と鉢合わせするかもしれませんね」

 

去って行くクレイドル達の背を、呆然と見送る四人組。

「えっ……男?」誰ともなく、呟いた──

 

 

商店街通りを一回りする頃には、昼近くになっていた。ブレイズハンドに、バトルアクスを取りに行くためグランさんと別れた。

店内は、昼近くだからか客は一人もいない。

カウンター席で、いつもの少年が本を読んでいた。

「ああ、いらっしゃい」

にかっ、と白い歯を見せ、人懐こい笑みを浮かべる。差し入れにと、商店街通りの露店で買った干し果物入りの紙袋三つを渡す。お値段、銅貨六枚。

干し果物は市民にはオヤツ、お茶うけ。冒険者にとっては、水分とミネラル補給の必需品。

「おおー、ありがとう。クレイドルさんが来たら、中に通せって言われてんだ。案内するよ」

店番はいいのかな?

 

「親方、これクレイドルさんから差し入れ」

干し果物を受け取るドルヴィスさん。

「干し果物か。この稼業、いくらあってもいいからな。ありがとよ」

汗だくになるだろうからな、水分とミネラルは必須だろう。あと塩。

じゃあ! と少年が店番に戻って行った。

 

「柄はキッチリ戻しといたぜ。刃こぼれは欠片もなかったが、一応磨いておいた。試しに、打ち込み用の木偶人形、ぶっ叩いてみな」

ドルヴィスさんから、バトルアクスを受け取る。すでに身体に馴染んだ重さ。磨いたというだけあってか。刃が、陽光を照らしている──

 

バトルアクスを橫構えにし、すっ、と腰を落とすと同時に、やや下から木偶人形を斬り上げる──ガカッ──ん? この感触、今までの“断ち割る”とは違う……何というか、“断ち斬る”感触だ──ドザッ。

木偶人形の上半身が落ちた。おぉ~、といつの間にか見物していた職人達から、静かな歓声が起こった。

「お見事。随分、使いこなしているな……ほら、切り口見てみな」

ドルヴィスさんが、木偶人形の上半身を持ち上げ、切り口を見せてきたが……うん、分からん。

「まあ、分からないか……普通、こういう大刃、バトルアクスやグレートソードだのは斬るというより、重量で叩き割る事に特化しているんだがな」

ドルヴィスさんは、切り口を指でなぞる。

「普通は切り口は潰れたようになるんだが、これは見事断ち斬っている。業物を巧く使ってるな」

ニヤリと笑うドルヴィスさん。改めて、バトルアクスを眺める──今後ともよろしく、だな。

料金を尋ねると、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、そういう訳には、と俺。ちょっとした押し問答の末、折れたのは俺だった。職人気質だな……。

礼をいい、店を後にする。よし、灰月亭に戻るか……バトルアクスを肩掛けに歩く俺を気にする視線を感じるのは、気のせいだ。

 

灰月亭に入ると同時に、ルーリエちゃんが駆けて来た。ちょ……危ない! 武器、担いでるんだが?!

「お帰り! みんな、部屋に戻ってるよ!」

ガシリ、と俺の腕をホールドして、二階へと連行していくルーリエちゃん。

「危ない、危ないから!」

くっ……意外に力が強い! 一切の抵抗を許さないルーリエちゃんに、部屋に送り届けられた。

 

「もうそろそろ、お昼だから下りてきていいですよ!」

いうが否や、ルーリエちゃんは超スピードで駆けて行った。

「武器、仕舞いなさいよ。危ないわよ」

レンディアがいう。最もだ、全くな。

 

いつものテーブル席、水を運んで来たルーリエちゃんが、昼食メニューを教えてくれる。

「今日はね、ソーセージエッグに玉葱のスープ。厚切りチーズに丸パンだよ」

そして、酢漬け野菜か。いい昼食だな。

「ん。美味しそうね。一つは半熟でお願いよ」

はい、とルーリエちゃん。他に注文はないと分かると、ちょっと待っててね! と厨房に戻って行った。

 

昼食後のお茶の時間。夕食は“湖畔の庵亭”に集合と決まった。それまでは自由時間。

レンディアは、一旦実家に荷物や土産物を置いてくるそうだ。グランさんとシェーミィは、宿を引き払う準備をするとの事。

俺は、ルーリエちゃんとの約束を済ませてからだな……そういう事を考えていると、おめかしを終えたルーリエちゃんが、テーブル近くをうろうろしていた。

「ほら、クレイドル。お姫様来たわよ」

レンディアが、微笑みながらカップを口に含む。にへへへ、ルーリエちゃんが照れ笑う。

 

 

昼過ぎの、商店街通りの喧騒はそうでも無い。 いつぞやの、スカーフ巻きの露店を目で探したが、見当たらなかった。

ルーリエちゃんと手を繋ぎ、店を冷やかしながらのんびりと、オウルレイクを目指す。

そろそろ、本格的に寒くなるそうで、ルーリエちゃんはマフラーを巻いている。

俺も、フードをしっかり下ろす。気のせいか、息が白く見えた。

「ルーリエちゃん、寒くないか?」

「んふー、大丈夫!」

くっ、と軽く手を握られた。

 

オウルレイク果樹園の喫茶店で、デザートを楽しむ。今回は、ブリーベリーパイとアップルパイのハーフを二皿。ルーリエちゃん、お勧めだ。

お茶は同じ、林檎茶のホット。

とりとめも無い話。魔導院に興味がある事や、他の領も、よく見て回りたいとの事──冒険者の話をせがまれたので、少し話してあげた。

 

食事を終え、オウルレイクを一回り。ベンチに座り一息付く。ああ、そうだ……。

「えーとね。ルーリエちゃんにお礼を兼ねて、プレゼントがあるんだ」

ポーチから、小箱を取り出しルーリエちゃんに渡す。

「えっ……いいの?」

「うん。色々良くして貰ったからね。開けてみて」

おずおずと、箱を開けるルーリエちゃん。

中に入っているのは、黒銀に縁取られ、白真珠で彫刻された、枝に止まる梟のカメオのネックレス。カリエラ商会で購入した物だ。

「……ほんとに、貰っていいの……?」

「もちろん」

前もって、ラルフさんとナジェナさんには断りを入れているから、イインダヨ。

ほわ~、とカメオを見つめるルーリエちゃん。

「パパとママの前で、着けたらいいよ」

「うん! 自慢する、ありがとう!!」

どすっ、抱きついてきた。なかなかの衝撃。

 

宿にルーリエちゃんを送り、別れた(相当にごねられた)。

“湖畔の庵亭”には、少し遅れるかな……。

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