「ふむ。帝都に行くのか」
くいっ、とオウルリバーの炭酸割りを口にするラザロさん。摘まみは、マリネの酢味噌和えの玉葱添えだ。
まだ早いので、朝陽食堂にいるのは俺達とラザロさんだけ。
「冒険者ギルドに、わしの同期の鑑定師がおる。ミラーという名じゃ。わしの名を出せば、少しは良くしてくれるじゃろう」
酢味噌和えを、何とも美味しそうに口にするラザロさん。気に入ったようで何よりだ。
焼き鳥丼を、貪るシェーミィ。豚丼を、物珍しそうに見つめ、微笑みながら口に運ぶレンディア。気に入った様だ。
グランさんは、豚バラ野菜炒め定食を頼んでいた。豚汁付き。パンではなく、米だ。
真面目な顔で、米だな……これは米だ。と呟いている。
「はいよ、クレイドル君お待ち」
俺が頼んだのは、チキンソテー。付け合わせの塩茹での野菜に、酢漬け野菜。米もパンもなし。
チキンの照り焼きお願いします、と注文したなら、「出来るよ」と、大将がニヤリと笑った。
表面の焦げ模様と甘辛のソースの香りが、何とも食欲をそそる──早速ナイフを通す。一瞬の弾力を感じるも、すんなりとナイフが通った。上手い焼き加減だな──うん、美味い。口の中に肉汁が広がる。いや、さすが大将。
「あー、何その料理! 大将ー、私も同じのお願い!」
焼き鳥丼をまだ平らげない内に、シェーミィが注文する。あいよ、と大将が苦笑する。
「よぉ、今晩は」
ドルヴィスさんが、やって来た。いらっしゃいとの大将の声に、ラザロさんの横に座る。
「好きだねえ、それ。まあ、分かるけどな。大将、蜂蜜酒と鶏野菜炒め頼むよ」
あいよ、と大将。
「メニュー、増えてるな……焼き鳥丼に豚丼に、マリネの酢味噌和えもか」
壁に掛けられているメニュー表を、改めて見たドルヴィスさんが言う。
追加のチキンソテーを、目を細めながらパクついているシェーミィ。すでに食事を終え、黒ワインを傾けているグランさん。
「私も、酢味噌和え頂戴。えーと、玉葱で。あと、果実酒炭酸割りね」
レンディアの注文に、あいよ、と大将。俺は……どうするかな?
オウルリバーのロックをちびちびやっていると、大将が話しかけてきた。
「前に、酢味噌和えに他の食べ方があるって言ってたね。帝都に行く前に教えてくれないか?」
確か、言ったな……まあ、あれだ。
「簡単なものなんですけどね。茶碗に、軽く米をよそったら、酢味噌和えを乗せ、その上から出し汁をざっ、とかけ回すんです」
「なるほどな……うん、美味そうだ。酒の〆によさそうだな」
うんうん、と頷く大将。酒の〆だと? ラザロさんとドルヴィスさんが、早くも食い付いた。
「ふむ。酒の〆のう……大将、あとでそれをもらおうか。黒ワインを頼む」
「酒の〆の酢味噌和えか。俺も、あとからもらうよ。エール頼む」
分かったよ。と言いながら、厨房に引っ込む大将。
「クレイドル君。酢味噌和えの出汁漬け、今試してみたが、美味いな。出汁は少し薄めの方がいいね」
早速試したか。酢味噌和え自体が濃いからな。
「出し汁じゃなくても、お茶でもいいと思います」
なるほどな、と大将。まあお湯でもいいけど。
結局、皆は酢味噌和えの出汁漬けで〆た。メニューに入る日も近いだろう……。
早朝、夜明け前。薄暗い部屋から、煙草盆とタオルを手に、静かに出る。
いつものように、酒場の裏手から裏庭に出る。
一服後に、魔力制御といくか……“西砂”の煙が夜明け前の空に溶けていく……。
魔力制御を終える頃には、すっかり陽は上がっていた。さて、顔を洗って部屋に戻るか。
レンディアとグランさんはすでに階下に降りていたが、シェーミィはまだ眠りこけていた。
ベッドに横たわり、う~くぅぅるる~、と喉を鳴らし、あくびをしながら体を伸ばす──「シェーミィ。おーい、朝だぞ」
「……うぅ~ん」
ベッドに腰掛け、てしてし、と顔を拭うシェーミィ。やっぱ、猫だな……降りてるぞ、と声をかけ部屋から出る。
朝食までは、まだ早く、お茶の時間だ。
「今日の朝食は、鶏皮野菜炒めと鶏肉の雑炊に酢漬け野菜だよ」
お茶を運んで来たルーリエちゃんが言う。何の不足も無い、朝食だ。
「ん、ありがと」レンディアが、銅貨五枚をチップとして渡す。
「ありがとうございます」
と看板娘が恭しく、一礼して厨房に戻って行った。
「……やはり、クレイドルとの態度違うな」
うん? グランさんを見るレンディア。何でもないから、気にしないでヨシ!
朝食を食べながら、今日の予定を話し合う。
グランさんは、ブレイズハンドに新しく得た剣の鞘染めを確認しにいくそうだ……俺はバトルアクスの手入れを頼むかな。武人の練武場で、激しく使ったからな。
「グランさん、俺も一緒に行きます」
ああ、とグランさん。レンディアとシェーミィは、ブラブラと散歩するそうだ。
昼に、灰月亭で合流して昼食と決まった。
「昼後は自由時間ね。夕食は……そうねえ」
「久しぶりに、“湖畔の庵亭”に行こーよ!」
おお、湖畔の庵亭か。炭火焼きと魚介類の店。
「いいな。そこにしよう、レンディア」
グランさんが、楽しそうに言う。
「ん。そうね。そうしましょうか」
よし、決まりだ。山葵の葉漬けも久しぶりだ……今から、楽しみだな。
「もう、塗りは終わってるよ。あとは乾かすだけだ。明日の朝には、乾ききるだろ」
「明日の、帝都への出発は昼後だから、その時に取りに来ます」
料金を尋ねるグランさんに、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、それは、とグランさん。ちょっとした押し問答の末、折れたのはグランさんだった。
「ドルヴィスさん、バトルアクス見てもらえませんか」
おう、と受け取ると、じっくりと眺める。
「兄弟子が、鍛え上げたやつだな……さすが業物だ。刃こぼれ、傷みも無し……ちいっと、柄が歪んでるが、ふん。一、二時間もあれば元に戻せる」
「じゃあ、お願いします」
ああ、任せな、とドルヴィスさん。少し帝都の話をして、ブレイズハンドをあとにする。
「昼近くまで、どこかで時間潰しませんか?」
「そうだな……飲食店街をぶらついてみるか、いい喫茶店あるかもな」
男二人、飲食店街をぶらつく。まだ早い時間なので、開いている店は少ない。
「お、看板が出てるな。あそこにしよう」
店先に早くもテーブルが並べられ、日除けのパラソルも広げられている。テラス席か、いいな。
「林檎茶のホットとクリームパイのセットを」
時間をかけず、手短に注文するグランさん。ふむ、朝食らしきメニューもあるな。ハムレタスサンド、ベーコンオニオンサンド等。出勤前に朝食をとるような店なんだな。テイクアウト有りか……さて。
「オレンジジュースと焼きチーズケーキのセットをお願いします」
「は、はい……御注文は、以上、でしょうか?」
ウェイトレスさんが、もじもじしながら尋ねてくる……何ぞ?
「こういう店、よく使うんですか?」
酸味寄りの、オレンジジュースが美味い。焼きチーズケーキの甘さと、良く合っている。
「たまにな。事務仕事を部屋に籠ってやり続けると、気が滅入るからな。重要書類以外を持って、外の食堂や喫茶店で、書類のチェックをする時があるんだ」
グランさんくらいになると、書類仕事もあるんだな。
「林檎茶はホットだな……香りがいい。うん」
騎士だけあって、所作が優雅だな。公式の場に出席する事も少なくないから、貴族としての立ち振舞いも学ばなければならないそうだからな……大変な仕事だよ。
「すいません。オレンジジュースのお代わりをお願いします」
さっきとは違うウェイトレスさんが、かなりの勢いでやって来た。
「私も、林檎茶のお代わりをホットで」
「はい! す、すぐに!」
じりじり、と後退りしながらウェイトレスさんが店内に戻っていく……何ぞ?
クレイドル達から、少し離れた四人掛けのテーブルに着いている。女性四人組、年頃は二十歳少しくらいか。クレイドル達にチラチラ目をやりながら、四人は注文の品にほとんど手を付けず、静かに話している──
「ね……あの奥の席の」
「うん、分かる……」
「この街の人なのかな?」「右側の黒ずくめの男の人、体格良いし格好いいよね……でも」
「うん、向かいに座っている
「よし……堪能した。行くか、クレイドル」
「はい。ここは俺が払います」
セット二つに、飲み物お代わりで銀貨二枚と銅貨四枚か。まあ、こんなものかね。
テーブルに銀貨三枚を置く。釣りはチップだ。
「ふむ、ご馳走になっておこう。まだ少し時間あるな……商店街通りでも歩くか」
「そうしましょう。レンディア達と鉢合わせするかもしれませんね」
去って行くクレイドル達の背を、呆然と見送る四人組。
「えっ……男?」誰ともなく、呟いた──
商店街通りを一回りする頃には、昼近くになっていた。ブレイズハンドに、バトルアクスを取りに行くためグランさんと別れた。
店内は、昼近くだからか客は一人もいない。
カウンター席で、いつもの少年が本を読んでいた。
「ああ、いらっしゃい」
にかっ、と白い歯を見せ、人懐こい笑みを浮かべる。差し入れにと、商店街通りの露店で買った干し果物入りの紙袋三つを渡す。お値段、銅貨六枚。
干し果物は市民にはオヤツ、お茶うけ。冒険者にとっては、水分とミネラル補給の必需品。
「おおー、ありがとう。クレイドルさんが来たら、中に通せって言われてんだ。案内するよ」
店番はいいのかな?
「親方、これクレイドルさんから差し入れ」
干し果物を受け取るドルヴィスさん。
「干し果物か。この稼業、いくらあってもいいからな。ありがとよ」
汗だくになるだろうからな、水分とミネラルは必須だろう。あと塩。
じゃあ! と少年が店番に戻って行った。
「柄はキッチリ戻しといたぜ。刃こぼれは欠片もなかったが、一応磨いておいた。試しに、打ち込み用の木偶人形、ぶっ叩いてみな」
ドルヴィスさんから、バトルアクスを受け取る。すでに身体に馴染んだ重さ。磨いたというだけあってか。刃が、陽光を照らしている──
バトルアクスを橫構えにし、すっ、と腰を落とすと同時に、やや下から木偶人形を斬り上げる──ガカッ──ん? この感触、今までの“断ち割る”とは違う……何というか、“断ち斬る”感触だ──ドザッ。
木偶人形の上半身が落ちた。おぉ~、といつの間にか見物していた職人達から、静かな歓声が起こった。
「お見事。随分、使いこなしているな……ほら、切り口見てみな」
ドルヴィスさんが、木偶人形の上半身を持ち上げ、切り口を見せてきたが……うん、分からん。
「まあ、分からないか……普通、こういう大刃、バトルアクスやグレートソードだのは斬るというより、重量で叩き割る事に特化しているんだがな」
ドルヴィスさんは、切り口を指でなぞる。
「普通は切り口は潰れたようになるんだが、これは見事断ち斬っている。業物を巧く使ってるな」
ニヤリと笑うドルヴィスさん。改めて、バトルアクスを眺める──今後ともよろしく、だな。
料金を尋ねると、片手間の仕事だ。いらねえよ、とドルヴィスさん。いや、そういう訳には、と俺。ちょっとした押し問答の末、折れたのは俺だった。職人気質だな……。
礼をいい、店を後にする。よし、灰月亭に戻るか……バトルアクスを肩掛けに歩く俺を気にする視線を感じるのは、気のせいだ。
灰月亭に入ると同時に、ルーリエちゃんが駆けて来た。ちょ……危ない! 武器、担いでるんだが?!
「お帰り! みんな、部屋に戻ってるよ!」
ガシリ、と俺の腕をホールドして、二階へと連行していくルーリエちゃん。
「危ない、危ないから!」
くっ……意外に力が強い! 一切の抵抗を許さないルーリエちゃんに、部屋に送り届けられた。
「もうそろそろ、お昼だから下りてきていいですよ!」
いうが否や、ルーリエちゃんは超スピードで駆けて行った。
「武器、仕舞いなさいよ。危ないわよ」
レンディアがいう。最もだ、全くな。
いつものテーブル席、水を運んで来たルーリエちゃんが、昼食メニューを教えてくれる。
「今日はね、ソーセージエッグに玉葱のスープ。厚切りチーズに丸パンだよ」
そして、酢漬け野菜か。いい昼食だな。
「ん。美味しそうね。一つは半熟でお願いよ」
はい、とルーリエちゃん。他に注文はないと分かると、ちょっと待っててね! と厨房に戻って行った。
昼食後のお茶の時間。夕食は“湖畔の庵亭”に集合と決まった。それまでは自由時間。
レンディアは、一旦実家に荷物や土産物を置いてくるそうだ。グランさんとシェーミィは、宿を引き払う準備をするとの事。
俺は、ルーリエちゃんとの約束を済ませてからだな……そういう事を考えていると、おめかしを終えたルーリエちゃんが、テーブル近くをうろうろしていた。
「ほら、クレイドル。お姫様来たわよ」
レンディアが、微笑みながらカップを口に含む。にへへへ、ルーリエちゃんが照れ笑う。
昼過ぎの、商店街通りの喧騒はそうでも無い。 いつぞやの、スカーフ巻きの露店を目で探したが、見当たらなかった。
ルーリエちゃんと手を繋ぎ、店を冷やかしながらのんびりと、オウルレイクを目指す。
そろそろ、本格的に寒くなるそうで、ルーリエちゃんはマフラーを巻いている。
俺も、フードをしっかり下ろす。気のせいか、息が白く見えた。
「ルーリエちゃん、寒くないか?」
「んふー、大丈夫!」
くっ、と軽く手を握られた。
オウルレイク果樹園の喫茶店で、デザートを楽しむ。今回は、ブリーベリーパイとアップルパイのハーフを二皿。ルーリエちゃん、お勧めだ。
お茶は同じ、林檎茶のホット。
とりとめも無い話。魔導院に興味がある事や、他の領も、よく見て回りたいとの事──冒険者の話をせがまれたので、少し話してあげた。
食事を終え、オウルレイクを一回り。ベンチに座り一息付く。ああ、そうだ……。
「えーとね。ルーリエちゃんにお礼を兼ねて、プレゼントがあるんだ」
ポーチから、小箱を取り出しルーリエちゃんに渡す。
「えっ……いいの?」
「うん。色々良くして貰ったからね。開けてみて」
おずおずと、箱を開けるルーリエちゃん。
中に入っているのは、黒銀に縁取られ、白真珠で彫刻された、枝に止まる梟のカメオのネックレス。カリエラ商会で購入した物だ。
「……ほんとに、貰っていいの……?」
「もちろん」
前もって、ラルフさんとナジェナさんには断りを入れているから、イインダヨ。
ほわ~、とカメオを見つめるルーリエちゃん。
「パパとママの前で、着けたらいいよ」
「うん! 自慢する、ありがとう!!」
どすっ、抱きついてきた。なかなかの衝撃。
宿にルーリエちゃんを送り、別れた(相当にごねられた)。
“湖畔の庵亭”には、少し遅れるかな……。