邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第108話 覇王の兵站街道 帝都ミルゼリッツへ

 

 

ふと、目が覚める──同居人達の寝息が微かに部屋に響いている。カーテンの隙間から、微かに外が見える──まだ、暗い。

眠気は無く、頭はスッキリとしている。昨日の事を思い出す──“湖畔の庵亭”で炭火焼き料理に魚介類料理、貝の汁物。そして、山葵の葉漬けをたっぷりと堪能した。

店仕舞いの時間になり、お暇しようとした所、誰が言ったか「朝陽食堂に行こう」という事になった。

 

飲めや食えやの朝陽食堂の中で、大将に明日から帝都に行くと告げたなら、帝都の食処を色々教えてくれた。

「……クレイドル君、帝都は広いよ。中央区に港区、君の好きそうな料理を出す店が、きっとある。楽しみにしてな」

大将から、お勧めの店を書いたメモを渡された。 その中の“新緑の庭”という店が気になった。

「大将、この新緑の庭という店は、どういう店なんですか?」

「ああ、菓子店だね。店頭販売もしているし、店の中でも食べられるんだけど……まあ、あれだ、男一人だと気まずい店って感じだね」

あ~分かる。だがね大将。俺はそういう店に居座る事が出来る男なのですよ。

「まあ、それはともかく、本当に美味しい。菓子もお茶も。その分、少しお高めだけどね。帝都に行くと、そこで必ずお茶を買うようにしているよ」

なるほど、覚えておこう。帝都第一日目は、食べ歩きになるかもな……。

 

「大将ー、果実酒炭酸割りお代わりに、ネギ焼鳥と鶏茸炒め、お願いー」

シェーミィが注文をする。まだ食うか。湖畔の庵亭で、散々飲み食いしておきながら──「大将、酢味噌和えの出し漬けを頼む」

「あっと、こっちにもな」

ラザロさんとドルヴィスさんだ。酢味噌和えの出し漬けは、〆に定着したのかな?

「あいよ。ちっと待っててな」

厨房に戻って行く大将。メモを見ながら、帝都の事を考える。

帝都廻りか……色々な縁が出来るかな。

 

 

さて、夜明けまでまだ時間はある。魔力制御の時間だ。タオルと煙草盆を手に部屋から出て、いつもの裏口に向かい、厨房の喧騒を背に裏庭に出る。

いつものベンチに胡座をかく。ふう、と一息。

冬風が、爽やかに流れていくのを感じる──静かに目を閉じ、深呼吸を一つ、二つ……いいぞ。

体の中心から、じわりと魔力が広がっていくのを感じる──魔力が五体隅々まで行き渡り、循環していくのを感じながらの深呼吸……不意に、沈み込む感じがした。ずぶり、と深みに踏み込んだような感触──沼。人を引きずり込む沼地。そのイメージが浮かんだ……魔力制御をしているだけなんだが!?

いや……こういう時こそ、冷静にならないとな……鼻で吸って口で吐く。一つ、二つ、深呼吸──よし、もう大丈夫だ……朝陽が昇るまで、時間はある。それまで、魔力制御の時間だ……。

 

 

直に冬という事もあって、やはり風は冷たい。

煙管の煙が、陽光に照らされながら空に溶けていく──出発は、昼あと。レンディアはそのまま残り、実家で過ごすとの事。シェーミィは、帝都経由で故郷の獣神王国に里帰り。グランさんは、帝都の暗黒騎士団支部で業務。俺は二、三日観光でもするかな──煙管を深く吸い込み、深く吐く。

ふわりと舞う白煙を、何となく目で追う──

 

「朝食が済んだなら、ギルドに行って移動登録してくるといいわよ」

炭酸水を含むレンディア。そういえば移動登録があったか。会えれば、ギルドマスターのリンベルさんに、挨拶しておきたいな。

「はいよ、お待たせ」

女将のナジェナさんが、食事を運んで来た。

ベーコンと青菜炒め、厚切りチーズに丸パン。玉葱のスープと酢漬け野菜。これぞ朝食。

「クレイドル、ルーリエに良い物ありがとね」

とナジェナさん。寝る時も身に着けていたそうだ。喜んでくれて、何よりだ。

 

朝食後の、お茶の時間。ルーリエちゃんが運んで来た。胸元には梟のカメオのネックレス。よう、似合っとる。

「ふん。そのカメオがクレイドルのプレゼントね。よく似合ってるわよ」

うへへへ、と顔を赤くしてグネグネと蠢くルーリエちゃん。

「梟かー、グレイオウル領の象徴よねー」

果実水をクピクピと飲む、シェーミィ。改めてカメオを見ると、それなりの値をしただけあるな。値段は言わんけど。

「クレイドル、荷造りは済んだのか?」

グランさんが、ルーリエちゃんからお茶のお代わりを貰いながら、尋ねてきた。

「冒険者ギルドに、顔を出したあとで済ませます。大した荷物はありませんから、直ぐ済みますよ」

「むう……お昼あとに、出発するんですよね」

ルーリエちゃんが拗ねだした。まあ仕方ない。こればかりは。

「グレイオウル領と帝都は近いから、戻ろうと思えば直ぐよ」

ルーリエちゃんを宥めるように、レンディアが言った。むむう、とルーリエちゃん。

「昼食はここで食べるよ。出発はそのあとだからね」

ルーリエちゃんに告げる。ここの食事も食べ納めになるな。

「……うん。分かった。楽しみにしててね!」

にこり、と微笑み、ルーリエちゃんは厨房に戻って行った。

「さてと、冒険者ギルドに行くか」

グランさんが、茶を飲み干し、席を立つ。

 

「はい、移動登録ですね……グレイオウル領から、帝都ミルゼリッツ……と」

登録は済んだ。さて、ギルドマスターのリンベルさんは、と……「おや、“碧水の翼”の面々が、何用だい?」

咥え煙草ならぬ、咥え煙管のリンベルさんが喫茶室から出てきた。

「皆の移動登録なのよ、リンベルさん」

俺達に付いてきていたレンディアが、答える。自分以外のパーティーメンバーが、帝都に移動するという事を、 リンベルさんに告げた。

「ふうん……なるほどね。出発はいつだい?」

「昼過ぎには、出るつもりですが」

リンベルさんに答える。ふむ、とリンベルさん。

「クレイドル、出る前に顔を見せな。帝都の冒険者ギルドに、紹介状書いといてやるよ」

おう。またしても紹介状か……縁は繋がるものだな。

 

昼食まで自由行動。グランさんはブレイズハンドに、剣を受け取りに行くそうだ。レンディアとシェーミィは、部屋でダラダラと過ごすらしい。

ふむ……俺はどうするかな? オウルレイクを見納めとして、その周囲をぶらつくというのも、悪くないな……あっと、酒造所に行くのを忘れていた。オウルリバー五年物を購入していたのだが、いつの間にか空になっていた……不思議な事に。

うむ。オウルリバーを買っていこう。

 

商店街通りをぶらつきながら、オウルレイクに出る。いつ見ても、荘厳だな……そういえば、湖の精霊と大地の精霊を祀る祠があると聞いたな。せっかくなので、お参りでもしようか……。

 

「供物? まあ、基本何でもいいんだが、普通は果物、酒。あとは菓子かな。供物料を払うって事もあるが、これは一般的じゃねえな。御領主が祭事の時に払うくらいだな」

なるほど。自分用も合わせて、オウルリバー五年物を三本購入。醸造所の親父さん曰く──「供物を捧げる時にゃ、管理人に一言言っときな。後から回収されるからよ」──との事だ。

 

果樹園に寄り、供物用の果物詰め合わせを購入。あとは自分用のブルーベリーパイを一切れ。

大地と湖の精霊の祠の場所を教えてもらい、早速向かう事にする。それぞれ反対方向だ。まずは近くの、大地の精霊の祠に向かう事にした。

 

ちょっとした林道を抜けると──そこに祠はあった。祠と云うにはこじんまりとした感じだと思ったが、なかなか立派だな。やや、小さめの社といった感じだ。その周囲は、岩が多目の石庭の様になっている。参拝者は、俺以外には誰もいない。祭壇には供物がいくつか……祭壇の前には、賽銭箱があった。先の転生者が教えたのだろうか? それとも、元々か?

まあ、いい。供物を捧げて、賽銭箱に銅貨三枚ほど。よし、せっかくだからここは……二礼二拍一礼、といこう。

 

参拝を済ませ管理人室に向かい、供物を捧げた事を伝えた。礼をいう管理人さん。お爺ちゃんといったくらいの年齢の人だ。少し世間話をして祠を後にする。さて、あとは湖の精霊の祠だな。ここから丁度、反対側の湖の向こう側。少し距離があるな。まあ時間はある、のんびり行くか……。

 

オウルレイクの南側。小川に沿って整備された舗道をしばし進むと、何人かとすれ違う。参拝の帰りだろうか。家族連れに、老夫婦っぽい雰囲気の人達等。会釈を返しながらしばらく進むと、見えてきた──湖の精霊の祠だ。

大地の精霊の祠と同じ様に、社然とした造り。祭壇に賽銭箱。祠周囲をぐるりと小川が囲んでいるのが、何とも云えない良い雰囲気だ。祭壇に供物を捧げ、賽銭箱に銅貨を三枚。

川のせせらぎの中、二礼二拍一礼で参拝を済ませる──「あの……少し、よろしいでしょうか?」声をかけられ振り返る。大地の精霊の祠の管理人さんと同じ服、というか制服を着た、清楚な感じの女性。二十歳少しくらいだろうか。何ぞ?

 

どうやら、二礼二拍一礼をする俺が気になったという。

「その礼をするのは、祭事に関わる人達なのですよ。何かしらの、精霊信仰をお持ちなのでしょうか?」

ええ……意外な事になったな。さて、どう流すか──「いえ、聞きかじりです。精霊信仰は持ち合わせていません。ただ、これが礼儀の一つだと教えられた事があったんですよ」

「そうなのですか。その事を教えた方は、精霊に関わるお仕事をなさっていたのでしょうね」

微笑む女性──すいません。適当です。

賽銭箱、二礼二拍一といい、やはり先の転生者が関わってるな。

お茶でも、との申し出を丁重に断り、祠をあとにする。宿に戻って荷造りだ。

 

 

「おかえり!」

飛びかかって来たルーリエちゃんを、何とかキャッチする。危ない。

「部屋に、お茶頼めるかな?」

「うん、分かった。あ、レンディアさんは出掛けていて、グランさんは戻ってるよ」

部屋には、グランさんとシェーミィか。二人は、荷造り終っているんだっけか。

昼まで時間はある。荷造りはお茶の後だ。

 

「よし、こんなものか」

洗濯済みの衣服類を一まとめにし、携帯食は全部処分する。干し果物は最近買った物以外は処分。持っていくのは、魔道コンロと食器類に、煙草盆と本数冊に衣類くらいだな。すべて、肩掛けバッグに整頓完了──防具を着ければ、何時でも出発出来る。

 

身支度を全て終えて、グランさん、シェーミィと帝都での行動を確認中、レンディアが戻って来た。

「出発準備は出来た? そろそろお昼だから、下に降りるわよ」

いつもの、緑のケープの下は防具ではなく、腰の所を銀細工が施されたベルトで締めた、黒を基調としたワンピースを着ていた。

「実家に戻ってたのか?」

「ん、そうよ。荷物は全部置いてきたのよ。先に降りてるわね」

ひらりと手を振り、レンディアは部屋から出ていった。

「よし、行くか」

グランさんは、新調した黒鞘の剣を帯剣し、以前の剣は背中に背負っている。

「いい宿だったねー、まあ、何時でも戻って来られるよー」

シェーミィが、部屋を見回し大きく伸びをする。

うん……良い宿だった。よし──「行きましょう。鍵は俺が返します」

頼む、とグランさん。シェーミィと部屋から出ていった。俺は改めて部屋を見回し、礼をする。

(お世話になりました)

少しくらい、感傷的になってもいいだろう……。

 

 

昼食の時間。ベーコンエッグにポテトサラダ。玉葱とキャベツのスープに丸パン。そして、酢漬け野菜。うん、いつもと変わらぬ昼食。

昼食後のお茶の時間。会話は、帝都周囲の領の話から、帝都付近のダンジョンの話。依頼の種類は、初級、中級、上級様々との事。

「単純に難易度の事よ。冒険者クラスとは違うのよ」

要するに、難易度はピンキリだという事だ。

 

お茶の時間も終わり、出発の時間だ。そういえばリンベルさんにギルドに寄るよう言われてたな。

「さあ、行きましょうか。夕方くらいには着くと思うわよ……クレイドル、リンベルさんから紹介状預かってるわよ。ほら、これ」

おお、紹介状だ。カリエラさん、ドルヴィスさんとの紹介状合わせて、三通目か……気のせいか、プレッシャー感じるな。

 

 

馬車乗り場。良い馬車を確保出来た。グレイオウル家お墨付きの一級馬車。料金はグレイオウル伯から出ているそうだ……恐縮だな。

「気にしなくていいわよ」

とレンディアが、ケラケラと笑う。そんなレンディアと一緒にいるのは、ルーリエちゃんだ。

「見送り、ありがとう。ルーリエちゃん、またな」

「うん……ネックレス、大事にするから……またね」

ルーリエちゃんと握手をする。ぐっ、と強めに握られた。

「お嬢。そろそろ」

御者さんが、レンディアに声をかける。ん、とレンディア。

「さーて、出発しよー。ルーリエちゃん、またね」

「ルーリエちゃん、世話になったな。ご両親によろしくな」

シェーミィとグランさんが、馬車に乗り込む。

「よし……じゃあ、またな。ルーリエちゃん」

「……ん。体に気をつけてね……じゃ、またね!」

「帝都で会いましょう。いい縁があると良いわね」

ルーリエちゃんとレンディアに手を振り、馬車に乗り込む──外は見ない。改めて黒鷲の兜を被り、フェイスガードを下ろす。

 

(しばしのお別れだ……帝都か。さて、どんな縁があるかな)

馬車は、静かに進み始めた──

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