邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第114話 改めて紹介状巡り “ロディックの店”と“青葉の鋼(スティールオブリーブス)

 

 

 

ふと、目が覚める。多分、夜明け前だろう。魔力制御に慣れた身は、早朝前には目が覚める──ラーディスさんが言ってたな……眠気は、全くない。清々しいほどだ。

カーテンの隙間から見える外は、今だ暗い──昨日は、“黒牛亭(こくぎゅうてい)”で野菜料理と焼き飯を堪能したんだったな。

 

アルガドさんから聞いていた通り、野菜煮込みと根菜シチューは、旨かった……あと、焼き飯。

焼き飯の具材は、細かく刻んだベーコン、玉葱、人参。味付けは塩と香辛料と、何か……あっさりとしていながらも、決して薄くはない、絶妙な味付け。

「油の量と火の強弱が、ポイントなんだよ」

焼き飯のコツを、何となく聞いてみたところ、ルータスさんが、少し教えてくれた。

ふむふむ、とミザリアスさんがメモを取っていたのが印象的だった。それを見たルータスさんが、「具材は、出来るだけ細かく刻んだ方がいいな」

とアドバイスをした。作るつもりなんだろうな、ミザリアスさん──

 

さて、魔力制御の時間だ。そのあと冒険者ギルドに顔を出して、改めて紹介状巡りだ。急ぎって訳ではないが、早めに済ませておくべきだろう……そうだ、ラーディスさんにも顔を見せておこう。聞きたい事があるからな……よし、魔力制御といくか──

 

魔力制御を終え、裏庭から宿内に戻る。厨房で忙しなく働いている従業員さん達を、横目に見ながら部屋に戻る。

二度寝するには、目が冴えているので、煙管を一服する。お茶を頼むのはそのあとだな。

一人部屋が、やけに広く感じる……早く馴れないとな。カーテンを開き、換気のために窓を少し開ける。冷たい風が、一瞬吹き込んで来た。

煙草の煙が、風に散る──すうっ、と一吸い。口の中で煙を転がし、ふうぅっ、とゆっくり吐き出す。

しばし、ぼんやりする時間。一服終えたら、下に降りるかな……。

 

朝食には、少し早い時間。宿内にいる客もまばらだ。さて、朝食までお茶でも飲むか。

「すいません。お茶をお願いします」

少し離れた所で、こっちを凝視していた店員さんに声をかけた。

駆け出して来た店員さんに少し引きつつも、お茶を頼む。

「え、ええと……お茶、以外のご注文は、大丈夫でしょうか?」

「いや、お茶だけで充分ですよ……朝食の時間になったら、教えて下さい」

ひゃいっ、と店員さんが答え、パタパタと厨房に向かって行った……何ぞ?

 

思った通りだ……酔客のあしらいに手馴れている女連中がのぼせている……まあ、仕方ないな。クレイドルの容姿、あれはなかなかに怖いものだ。

「おい、しっかりしろ。他の客にだらしないとこ見せるんじゃあない。いいな?」

全く……俺が茶を運ぶか……。

ティーセットを、クレイドルに運ぶアルガドの背に店員達が非難めいた言葉を浴びせるが、アルガドはびくともしない。

 

「朝食まで時間はある。ゆっくりと茶を楽しんでてくれ」

アルガドさん直々に、お茶を運んで来た。そういえば聞きたい事があったな。

「ありがとうございます……アルガドさん、ミルデアという人、知ってますか?」

ふむ? とアルガドさん。

「ああ、知っている。同郷だ。リクネリ村というとこでな、獣神王国の領内だ」

「確かリザード族は名前の前に、出身地の一文字入れるんですよね?」

「そうだ。そうすれば、同族同士で縁が出来るからな。名乗らない者もいるが、そういう奴は訳ありとみて、追及しないのが暗黙ってやつだ」

なるほどな。話を聞くに、同族同士の繋がりを大事にする種族らしいな。

 

「さて、仕事に戻るとするか。朝食は、ベーコンエッグにポテトサラダ。丸パンにチーズ。酢漬け野菜だが、何か注文はあるか?」

「……そうですね。ベーコンは軽めに炒めて下さい。あと、卵は半熟でお願いします」

分かった、とアルガドさん。厨房へと戻って行った。

今日の予定は……まずは紹介状巡り。そのあと、ラーディスさんを訪ねてみようか。適度に温くなっている、茶を啜る。

 

ミザリアスさんがやって来たのは、朝食が運ばれて来る少し前だった。

奥のテーブルに座っている俺を直ぐに見つけ、正面に座った。

「私も朝食お願いします。ベーコンは軽めに炒めて下さい。卵は、半熟でお願いしますね」

俺の正面に座ったミザリアスさんが、店員さんに注文をする。

機嫌良さそうなミザリアスさんと、明るく楽しい朝食の時間だ──店員さんや、他の宿泊客の視線を感じるが、無視だ。

 

今日の予定を聞かれたので話す。まずは紹介状巡り──“ロディックの店”に“青葉の鋼”。紹介状は無いが、“新緑の庭”も覗いて見る事を話す。

そして、“魔導卿”ラーディスさんにも顔を見せる事も。

「ふうん。ラーディスさんと知り合いなのですか?」

食後の一服。アイスティーを飲みながら、ミザリアスさんがいう。うん? ラーディスさんを知っているのか?

「あ、うん。城塞都市での訓練期間中、世話になったんだよ」

へええ、とミザリアスさん。知り合いっぽいなこの感じ。

「ラーディスさんはね、私の後見人なの。冒険者ギルドで働く事が出来たのも、ラーディスさんの口添えがあったからなんですよ」

ふふ、と微笑むミザリアスさん──妙な縁で繋がったものだな……。

 

朝食を終え、ミザリアスさんはギルドに出勤していった。その際に、昼食を一緒に取る事を約束した(させられた)。

「約束しましたよ。お昼前にギルドに来て下さいね!」

ニコニコと、笑みを浮かべるミザリアスさんを見送る。これ、行かなかったら相当に面倒な事になるんだろうな……。

まあ、いい。切り替えていこう……さて、紹介状巡りだが、どちらを先にするか。ロディックの店か、青葉の鋼か。

露店広場が開く時間と青葉の鋼、鍛冶場兼武具店が開く時間は、いつぐらいだろうか?

菓子店の新緑の庭は、ラーディスさんに会いに行く前でいいだろう。手土産を持っていきたいからな。男一人では入りにくい店──朝陽食堂の大将がそう云っていたな……俺は、構わん。

 

取り合えず、宿から出る。風がかなり冷たくなっているな……マントのフードを被る……冬に備え、冬着やマフラーでも買っておこうか。

マントも、もう一つ買ってもいいかな。いや、本格的に寒くなる前に、コートの一つでも……。

ヒュウッ、と冷たく吹き付ける風に、思わず襟首を合わせた。

「冬、かあ~」ボソリ、と呟く。よし、露店広場に向かうとするか──

 

 

露店広場の熱気と喧騒は、寒さを忘れさせるものだった。朝早いというのに、この賑わい。

いや、早いからこそか。掘り出し物やお得な品を求めて、人々が集まるんだろうな──衛兵達の姿も、ちらほら見受けられる。

さて……ロディックの店は、と……確か、あそこら辺に……あった。黒い看板に、銀色の文字で“ロディックの店”、と。

 

遠目に店構えを見る……店主らしい老人が店先に座り、ゆったりと煙管を吹かしている。いつだったか、グレイオウル領で箸を買った店に雰囲気が似ている。

雑貨中心を扱っているように見えるが、さてどうだろうか……まあ、いい。

実際に近くで店を見なければ分からない。紹介状も渡さないとな──

 

「すいません……クレイドルという者です。不躾ですが、カリエラ商会から紹介状を預かっているんです。見てもらえますか?」

単刀直入。店先の老人をロディックだと見込んで、紹介状を差し出す。

要らぬ小細工は、無しだ……とはいえ、不躾過ぎたか?

 

 

ロディックは、煙管の煙を目で追いながら、市場を人の流れを見ていた。

──世の流れは、人の流れ。人の流れは、商いの流れ──御先祖の言葉。

ロディックの家は代々商家。遡れば、覇王公ミルゼリッツの、初代宰相リドックに繋がる家系。

ミルゼリッツが将軍位を得て領地を賜った際に、押し掛ける様にミルゼリッツの元に馳せ参じた。以来内政に大きく関わる事になり、ミルゼリッツが王になった時に宰相に任じられた。ミルゼリッツの冒険者時代からの付き合いだったそうだ──

 

そんな事をぼんやり考えていると、不意に話しかけられた。

うん?と見上げると、フードを被った人物。フードの影で口元しか見えないが……ロディックは息を飲んだ。

(女?……いや、女性の体つきではないが……)

見とれる、というよりも呆然とフードの人物を見つめてしまうロディック。

「すいません……クレイドルという者です。不躾ですが、カリエラ商会から紹介状を預かっているんです。見てもらえますか?」

男の声。静かに通るその声に、ロディックは何となく心が落ち着いた。

「ああ、カリエラからの紹介状か。ここでは何だから、奥に行こうか」

煙草盆に灰を落とし、煙管を片すロディック。

店員に店番を頼み、品物事に綺麗に整理されている荷棚の間を抜けて行く。

 

「お茶を淹れよう。少し待っててくれ」

ロディックさんに、椅子を勧められテーブルに着く。簡易台所に設置されている魔道コンロに火をつけ、手際よく茶の準備を始めるロディックさん。

結構なお歳と聞いていたが、シミ一つ無く、皺が少ない褐色の肌。背筋が伸びた堂々たる体つき。白髪を頭部に結い上げている。

果物のような薫りがしてきた。何のお茶だろうか?

「待たせたね。砂糖は入れない方がいいよ。充分甘いからね」

やはり、果物の薫りだ。いただきます、とまず一口……おお、林檎茶とも違う。柑橘類かな?

「美味しいですね。これは初めてです」

美味いな。何となく、高級品な気がする……。

目を細めて茶を啜るクレイドルを、嬉しそうに見やるロディック。

(おっと、いかん……見惚れるのは、危険だな)軽く咳払いをして、改めてクレイドルに尋ねるロディック。

「カリエラからの紹介状を、さっそく拝見しようか」

「はい。これです」

紹介状にはカリエラのサイン。確かに弟子の筆跡だ。そして商会印。ロディックは中を確認する。

 

(ふむ……)

紹介状には、カリエラ商会の近況報告。クレイドルの事が(したた)められていた。

特に目を引いたのが、スカイライト(蒼天石)が、カリエラ商会の採掘区分で発見された事だ。

(それはそれは……大した運だな)

金貨五万枚という値が付いた事も記されていた。

クレイドルが所属する“碧水の翼(へきすいのつばさ)”がトロル退治をして、ウォーキンス子爵とギルラド子爵から、感謝状を貰った事等。紹介状の最後には〈追伸・クレイドルの顔を注視しないように、特に唇〉と記されていた。

(まあ、確かにな。男女問わず、おかしくもなろうな)

相変わらず、美味そうに茶を啜るクレイドルを見て苦笑する。

 

「確かに、紹介状は受け取った。カリエラの近況も分かったしね。ありがとう」

もう一杯どうかね。とお代わりを注いでくれる。礼をいい、茶を啜る……美味い。

少しばかり、ロディックさんと世間話をする。十年ほど前に息子さんに店を譲り、今を露店をやっている事。たまには仕入れのため、他領に出向く事等──「レドック商会が、今の店名だよ。時間があれば覗いてみるといい。冒険者用の品も多数揃えているからね」

お茶の礼をいい。ロディックさんの店をあとにする。

露店をゆっくり眺めたかったが、早い内に紹介状巡りを終えたいので、次の場所。“青葉の鋼”へと急ぐ事にする……ミザリアスさんの約束に遅れるのが、少し怖いからな。

 

 

案内板を見ると、“青葉の鋼”は露店広場から北側。商店街通りを少し奥に進んだ所、か……。

しかし、風が冷たい。フードを目深に被り道を急ぐ。あ、レドック商会の看板だ。黒地に銀色の文字。ちょっと覗いて見たいが、今日は少し急ぎなので……。

 

交差した緑の葉が付いた枝。それが、“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”の看板だ。流れる様な文字で、店名が書かれている。

店名に入ると……何というか、スティールハンドともブレイズハンドとも違う、雰囲気だ。

棚や台に飾られている武具は、確かに武具店のそれ何だが……ああそうだ、内装だ。装飾品を扱っている様な店を思わせる雰囲気なんだ。

ふと、商品を見る。ブレイズハンドと同じように、初心者向けから上級者向けの商品が、ランク事に分けられ陳列されている。

“当店でお買い求めになった品の修理。サイズ調整は基本無料となります(一部例外ございます)”との注意書──なるほどな。スティールハンドとブレイズハンド両方のやり方を取り入れているのか……「何か、お探しですか?」

おっと店員さんか。若いな。まあ、今の俺が言うのも何だが……緑をモチーフにした感じの、キリッとした制服。顔立ちの整った、十代少しの若い男性、というか少年の店員さんだ。ふと、妙な予感がした……。

 

「ええと、ここの親方に紹介状を持って来たんです。渡してもらえますか」

ドルヴィスさんの紹介状を、店員さんに渡す。分かりましたと微笑み、奥に向かって行く。

店内を改めて見回すと、冒険者らしき人達が数名──冒険者の相手をする店員さん達は、皆十代の少年っぽい。冒険者はほとんど、女性。何ぞ?

 

「親方がお会いになります。どうぞこちらへ」 さっきの店員さんが戻って来た。先導する店員さんに着いていく。

鍛冶場の熱気に、鉄や鋼を打つ音。小気味いい音を立てながら革に鋲を打つ音──これぞ、鍛冶場という雰囲気だな……。

しばらく進むと、事務所の様な場所に通された。

どうぞ、と店員さんに椅子を勧められる。

「親方はすぐに来ます。それまで、お茶をどうぞ」

お茶と同時に、お茶請けを出してくれた店員さんは部屋から出ず、入り口近くで待機している。

 

「ご免なさい、待たせたわね……クレイドルといったわね。ドルヴィスの紹介状、読ませて貰ったわ。私は、ネエラミーナ。よろしくね」

やって来たのは、鍛冶師らしい革のエプロン姿のエルフ女性だ。

すらりとした体型だが、柔な感じはしない。特徴的な、ピンッと長く伸びた長耳。輝く様な銀髪の美麗な顔立ち──とはいえ。ハーフエルフの、レンディアの容姿を見慣れている身としては、「綺麗な人だな」という感想以外は、出てこない……。

「初めまして、改めて名乗ります。クレイドルといいます。お見知り置きを」

フードを上げて、顔を見せる……事務所に広がる沈黙と静寂。何ぞ?

 

「お、おおお……あぁぁっ……!」

ネエラミーナさんが、俺の顔を凝視しながら、両手を差し出してフラフラと近付いて来る。

……これと似たような状況あったな。素早く、フードを被り直す。

「あぁぁっ……」

ネエラミーナさんが、未練がましい唸り声を上げる。あああ、ではない。

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