ロディックさんと、しばし世間話。メルデオさんとカリエラさんの弟子時代の話等を、色々と聞いた。
露店の片付けを終えた店員さん達に、声をかけられたロディックさんと別れる。
「いつも、ここに露店を出しているから、いつでも遊びにおいで」
荷台状になった露店を、店員さん達が引いて行く。ロディックさんは、のんびりとした歩調でその後を追って行った。
周囲を見回すと、ほとんどの露店は引き上げの準備を終えている。やがてこの広場も静かになるのだろう……さて、時刻は夕方。夜にはまだ早い時間だ。夕食はどうするかな。
ギルドに戻ったら、ミザリアスさんに捕まるだろうし……嫌なわけでは無いが、人目が、まあ、少々、気になるんだよな。一旦、宿に戻るか……。
ロディックさんの露店で買った、マフラーと手袋を部屋に置き、カウンターに座った。
「よう。お帰り」
「ええ、ただいまです。取り合えず、お茶をもらえますか?」
「おう。ちょっと待ってな」
アルガドさんが、カウンター内のキッチンに向かう。宿内の喧騒が心地いい……。
利用客の大半は、商人ぽいな。商談のような会話が、たまに聞こえてくる。
普段着に見えるが、おそらく冒険者らしい一団も多い。それらの喧騒を背に聞きながら、お茶が来るのを待つ。
「お待ちどう」
アルガドさんが、ティーセットを出してくれた。二杯分ほどのティーポット。いや、カップに注がれている分を合わせると、三杯分か。香草茶の薫りが、気持ちを穏やかにする……美味い。冬風にさらされた身に心地よく沁みる。
「夕食はどうする? 今日は鯵の揚げ焼きに青菜炒め。玉葱のスープだ」
鯵! そうか、帝都は港がある。新鮮な魚介類を普通に仕入れる事が出来るんだよな。うん、決まりだ。
「それを、お願いします。茶を飲んでからでいいですか?」
「おう、構わないぞ。パンか米、選べるが?」
いや……米一択だろう。マイ箸、出番だ!
「米でお願いします」
「よし、分かった。少し待ってな」
食いぎみに、米を主張した俺に苦笑を浮かべる、アルガドさん。いや、仕方ないですよ。
元来、俺は米の国の人間ですからね──納豆は憎んでいるが……。
鯵の揚げ物に、米か……うん、いいぞ。活力が湧いて来るな。
久しぶりに食べた魚の揚げ物、いや美味かった。揚げ物と米の親和性は、最高だ。甘酢ソースのようなタレが、何とも合っていた……。
「すいません。炭酸水下さい」
口内に残る油分を炭酸で流すのだ。それで食事は終了となる。
「いい酒場教えてくれませんか?」
炭酸水を飲み終え、アルガドさんに尋ねる。
「そう、だな……色々あるが、黒牛亭の向かいにある、“
名前からすると、鶏肉メインだろうか。
「色々な酒を置いていてな、酒好きには堪えられない店だ。つまみも豊富だし、店名から分かるように、鳥料理を中心に扱っている。お勧めの店の一つだ」
なるほど。焼き鳥とかあるだろうか……。
「今日はそこに行ってみます。ご馳走さまでした」
夕食代、銅貨四枚をカウンターに置く。安い。
「おう。あまり飲み過ぎるなよ」
アルガドさんに手を振り、宿から出る。そういえば、朝陽食堂の大将から貰った食べ歩きメモを、あとで再確認するか……。
陽はとうに暮れ、もう夜。夜風が冷たくなってきた。本格的な冬が来るのも、間近だろう……。
(寒くなると、あちこち痛む人が増えるだろうねえ……商売繁盛になる季節だね)
コツ、コツリと太めの杖を手に、夜の道を歩む男性。
灰色のローブを纏った、頭を綺麗に剃り上げた、五十代の初老の男性。少し陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていた。しかし足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている──男性は、盲人だ。
按摩と鍼灸の腕に長けた、中級Bクラスのベテラン冒険者。盲人というハンデをものともしない、腕利き。帝都で暮らす者ならば、知らない者はいないほど、名を知られている人物。
最も、市民からしたら、按摩と鍼灸の腕を良く知られている。今も、揉み治療を終えて、帰路についている途中だった。
(一杯やって、宿に戻るかねえ……うん?)
前方からやって来る、妙な気配。視覚が無い代わりに得た、様々な感覚に響いて来た気配は──(人、でもなく……“魔”でも無い……何やら、業を感じるねえ……)
チキ……無意識に、杖の鯉口を軽く抜いていた。杖は、仕込み杖だ。
(うん? あの人……盲人みたいだな)
頭を綺麗に剃り上げている、灰色のローブを纏った初老の男性が、両目を閉じて杖をついて歩いている。
中肉中背の、五十代に見える初老の男性。陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていたが、足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている。
(何の危なげもない、雰囲気だな……)
足取りもしっかりとしていて、困っている様子も見えない。
のんびりとした歩調で歩く。囀ずり亭まで少しだ。灰色のローブを纏う人とすれ違う──「こんばんわ」
すれ違い様に、声をかけられた。反射的に挨拶を返す──「はい。こんばんわ」
チキ……と仕込み杖を納める。
(さて……どんな人だろうかねえ? 足取りからは、囀ずり亭に向かっているようだが……ううむ?)
人とともつかぬ、魔でもない……奇妙な“気”を感じさせる人物とのすれ違い。
(……また会う気がするねえ。今日の所は、宿で一杯やるかね)
ふむ。と頷き、初老の男は足取り軽く宿に向かって行く。
囀ずり亭に足を運ぶ。居酒屋の喧騒が心地いい。カウンター席……うん、空いているな。
「いらっしゃい。お一人、ですか……?」
早速、店員さんが声をかけて来た。
「あ、はい。一人だけど……カウンター席空いていますか?」
「はい、空いています! こちらにどうぞ!」
頬を赤く染めた店員さんが、カウンターの端の席に案内してくれた。
「ご、ご注文決まったなら、声をかけて下さい!」
ざっとメニューに目を通す……まずは、果実酒炭酸割り。つまみには、鶏皮葱炒めが目に入った。
「まずは、果実酒炭酸割りと、鶏皮葱炒めをお願いします」
鳥料理や串焼き各種も目に入ったが、最初はこんなところだろう。
「は、はい! 少しお待ち下さいね!」
店員さんが、厨房に駆け込んで行った。何ぞ?
「うん。美味い」
思わず口に出していた。鶏皮は、湯通ししているようで余分な脂が落ちている。葱は太葱で、鶏皮と同じ様に、少しの焦げ目が付いている。
味付けはシンプルに塩のみ。鶏皮と葱の歯触りがいい──炭酸割りを干し、改めてメニューに目を通す。
さて……やはり串焼きがあるな。鳥刺しもいいな。よし、まずは串焼き五本盛りに鳥刺しといこうか。
酒は、と……うん? 吟醸酒がある……そうか、米がある世界だからな。だが、ちょっと他の酒よりお高いな。銀貨一枚か。日本酒はあまり飲まないが……よし、久しぶりに飲むか。
常温。冷酒。熱燗か──熱燗と思ったが、ここは冷酒だな。
串焼き五本盛りに鳥刺し。そして吟醸酒の冷酒を注文。注文を取りに来た女性は、さっきと同じ人だった。なんか、髪と襟元が少し乱れているんだが……何ぞ?
再度、注文を取りに来た女性店員が、誰がクレイドルを接客するかの(男性含む)水面下の戦いを制した事を、クレイドルは知らない。最も、知ったところでという話だが。
ちなみに、店員達が大将に叱責される事になるのは当然だった。
“
串焼き五本盛りは、つくね、葱焼き(いかだ)、鶏皮、玉葱、ハツ──といった内容だった。
大将曰く「盛りはお得。内容はその日の食材次第」との事。鳥刺しは文句無く新鮮で、生姜たっぷりの辛めのソースが、とても合っていた……充分に満足だ。次来る時は、夕食兼飲みといくか。
「おう、早かったな。囀ずり亭に行ったか?」
「ただいま。はい、軽く食事と酒を頼みました。吟醸酒の冷酒が美味しかったですね。串焼きも良かったですが、あと鳥刺し。なかなかに良かったです」
「吟醸酒に鳥刺しか。合うんだよな。鳥刺しを出すのは、帝都では囀ずり亭と鶏源亭以外は、無いからな」
なるほど。前世でも、しっかりした店でしか出さないイメージがあるんだよな。やはり、鶏源亭はチェーン店っぽいな。
「ああ……そういえば、お前が出ていって少しして、ミザリアス──“姉”が来ていたぞ」
ううん? ミザリアスさんが? 何の用だったのか。
「何の用だったんです?」
「いや、夕食を一緒に取るつもりだったらしいが……約束してたのか?」
夕食の約束……してないが。というか、約束したのは必ず朝食は一緒に取る、との決め事があるくらいだ。
「いえ、朝食を一緒にという約束事は、決まっていますけど……すいません、炭酸水下さい」
おう、ちょっと待ちな。とアルガドさん。
改めて話を聞くと、単純にミザリアスさんが暴走気味にやって来たという事だった……人騒がせな。
「参ったぞ。何処に行ったか聞かれたが、行き先は聞かなかったと答えたら、睨まれたしな」
苦笑しながら、グラスを研くアルガドさん。
ほんと、申し訳ない……そういえば、囀ずり亭に向かう途中に会った、盲人さんの事を尋ねて見るか……。
「杖をついた盲人か。ギョウサイさんだな。中級Bランクの凄腕だ。と同時に、按摩治療と鍼灸治療の名手だよ。帝都の有名人さ」
凄腕の冒険者。按摩と鍼灸の名人……座頭市かな?
道ですれ違った時、一瞬だが微かな殺気を感じたんだよなあ……。
「俺も腰をやりかけた時に世話になったよ。針治療が、あんなに効くとは思わなかった」
明るく笑うアルガドさん。按摩か……機会があれば、試してみるかな?