邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第117話 “囀ずり亭(ソングバード)”とギョウサイさん

 

 

 

ロディックさんと、しばし世間話。メルデオさんとカリエラさんの弟子時代の話等を、色々と聞いた。

露店の片付けを終えた店員さん達に、声をかけられたロディックさんと別れる。

「いつも、ここに露店を出しているから、いつでも遊びにおいで」

荷台状になった露店を、店員さん達が引いて行く。ロディックさんは、のんびりとした歩調でその後を追って行った。

 

周囲を見回すと、ほとんどの露店は引き上げの準備を終えている。やがてこの広場も静かになるのだろう……さて、時刻は夕方。夜にはまだ早い時間だ。夕食はどうするかな。

ギルドに戻ったら、ミザリアスさんに捕まるだろうし……嫌なわけでは無いが、人目が、まあ、少々、気になるんだよな。一旦、宿に戻るか……。

 

ロディックさんの露店で買った、マフラーと手袋を部屋に置き、カウンターに座った。

「よう。お帰り」

「ええ、ただいまです。取り合えず、お茶をもらえますか?」

「おう。ちょっと待ってな」

アルガドさんが、カウンター内のキッチンに向かう。宿内の喧騒が心地いい……。

利用客の大半は、商人ぽいな。商談のような会話が、たまに聞こえてくる。

普段着に見えるが、おそらく冒険者らしい一団も多い。それらの喧騒を背に聞きながら、お茶が来るのを待つ。

 

「お待ちどう」

アルガドさんが、ティーセットを出してくれた。二杯分ほどのティーポット。いや、カップに注がれている分を合わせると、三杯分か。香草茶の薫りが、気持ちを穏やかにする……美味い。冬風にさらされた身に心地よく沁みる。

「夕食はどうする? 今日は鯵の揚げ焼きに青菜炒め。玉葱のスープだ」

鯵! そうか、帝都は港がある。新鮮な魚介類を普通に仕入れる事が出来るんだよな。うん、決まりだ。

「それを、お願いします。茶を飲んでからでいいですか?」

「おう、構わないぞ。パンか米、選べるが?」

いや……米一択だろう。マイ箸、出番だ!

「米でお願いします」

「よし、分かった。少し待ってな」

食いぎみに、米を主張した俺に苦笑を浮かべる、アルガドさん。いや、仕方ないですよ。

元来、俺は米の国の人間ですからね──納豆は憎んでいるが……。

鯵の揚げ物に、米か……うん、いいぞ。活力が湧いて来るな。

 

久しぶりに食べた魚の揚げ物、いや美味かった。揚げ物と米の親和性は、最高だ。甘酢ソースのようなタレが、何とも合っていた……。

「すいません。炭酸水下さい」

口内に残る油分を炭酸で流すのだ。それで食事は終了となる。

 

 

「いい酒場教えてくれませんか?」

炭酸水を飲み終え、アルガドさんに尋ねる。

「そう、だな……色々あるが、黒牛亭の向かいにある、“囀ずり亭(ソングバード)”を勧めておくか」

名前からすると、鶏肉メインだろうか。

「色々な酒を置いていてな、酒好きには堪えられない店だ。つまみも豊富だし、店名から分かるように、鳥料理を中心に扱っている。お勧めの店の一つだ」

なるほど。焼き鳥とかあるだろうか……。

「今日はそこに行ってみます。ご馳走さまでした」

夕食代、銅貨四枚をカウンターに置く。安い。

「おう。あまり飲み過ぎるなよ」

アルガドさんに手を振り、宿から出る。そういえば、朝陽食堂の大将から貰った食べ歩きメモを、あとで再確認するか……。

 

 

 

陽はとうに暮れ、もう夜。夜風が冷たくなってきた。本格的な冬が来るのも、間近だろう……。

(寒くなると、あちこち痛む人が増えるだろうねえ……商売繁盛になる季節だね)

コツ、コツリと太めの杖を手に、夜の道を歩む男性。

灰色のローブを纏った、頭を綺麗に剃り上げた、五十代の初老の男性。少し陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていた。しかし足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている──男性は、盲人だ。

 

按摩と鍼灸の腕に長けた、中級Bクラスのベテラン冒険者。盲人というハンデをものともしない、腕利き。帝都で暮らす者ならば、知らない者はいないほど、名を知られている人物。

最も、市民からしたら、按摩と鍼灸の腕を良く知られている。今も、揉み治療を終えて、帰路についている途中だった。

(一杯やって、宿に戻るかねえ……うん?)

前方からやって来る、妙な気配。視覚が無い代わりに得た、様々な感覚に響いて来た気配は──(人、でもなく……“魔”でも無い……何やら、業を感じるねえ……)

チキ……無意識に、杖の鯉口を軽く抜いていた。杖は、仕込み杖だ。

 

 

(うん? あの人……盲人みたいだな)

頭を綺麗に剃り上げている、灰色のローブを纏った初老の男性が、両目を閉じて杖をついて歩いている。

中肉中背の、五十代に見える初老の男性。陽に焼けた肌は、健康的に見える──男性は目を閉じていたが、足取りはしっかりとしており、何の不自由も無いように杖をついて歩いている。

(何の危なげもない、雰囲気だな……)

足取りもしっかりとしていて、困っている様子も見えない。

のんびりとした歩調で歩く。囀ずり亭まで少しだ。灰色のローブを纏う人とすれ違う──「こんばんわ」

 

すれ違い様に、声をかけられた。反射的に挨拶を返す──「はい。こんばんわ」

チキ……と仕込み杖を納める。

(さて……どんな人だろうかねえ? 足取りからは、囀ずり亭に向かっているようだが……ううむ?)

人とともつかぬ、魔でもない……奇妙な“気”を感じさせる人物とのすれ違い。

(……また会う気がするねえ。今日の所は、宿で一杯やるかね)

ふむ。と頷き、初老の男は足取り軽く宿に向かって行く。

 

囀ずり亭に足を運ぶ。居酒屋の喧騒が心地いい。カウンター席……うん、空いているな。

「いらっしゃい。お一人、ですか……?」

早速、店員さんが声をかけて来た。

「あ、はい。一人だけど……カウンター席空いていますか?」

「はい、空いています! こちらにどうぞ!」

頬を赤く染めた店員さんが、カウンターの端の席に案内してくれた。

「ご、ご注文決まったなら、声をかけて下さい!」

ざっとメニューに目を通す……まずは、果実酒炭酸割り。つまみには、鶏皮葱炒めが目に入った。

「まずは、果実酒炭酸割りと、鶏皮葱炒めをお願いします」

鳥料理や串焼き各種も目に入ったが、最初はこんなところだろう。

「は、はい! 少しお待ち下さいね!」

店員さんが、厨房に駆け込んで行った。何ぞ?

 

 

「うん。美味い」

思わず口に出していた。鶏皮は、湯通ししているようで余分な脂が落ちている。葱は太葱で、鶏皮と同じ様に、少しの焦げ目が付いている。

味付けはシンプルに塩のみ。鶏皮と葱の歯触りがいい──炭酸割りを干し、改めてメニューに目を通す。

さて……やはり串焼きがあるな。鳥刺しもいいな。よし、まずは串焼き五本盛りに鳥刺しといこうか。

酒は、と……うん? 吟醸酒がある……そうか、米がある世界だからな。だが、ちょっと他の酒よりお高いな。銀貨一枚か。日本酒はあまり飲まないが……よし、久しぶりに飲むか。

常温。冷酒。熱燗か──熱燗と思ったが、ここは冷酒だな。

串焼き五本盛りに鳥刺し。そして吟醸酒の冷酒を注文。注文を取りに来た女性は、さっきと同じ人だった。なんか、髪と襟元が少し乱れているんだが……何ぞ?

 

再度、注文を取りに来た女性店員が、誰がクレイドルを接客するかの(男性含む)水面下の戦いを制した事を、クレイドルは知らない。最も、知ったところでという話だが。

ちなみに、店員達が大将に叱責される事になるのは当然だった。

 

 

囀ずり亭(ソングバード)”を後にする。もう少し飲もうかと思ったが、あまり遅くなるのもよくないし、それに夕食後だったので、それほど食べられないと思ったからだ。

串焼き五本盛りは、つくね、葱焼き(いかだ)、鶏皮、玉葱、ハツ──といった内容だった。

大将曰く「盛りはお得。内容はその日の食材次第」との事。鳥刺しは文句無く新鮮で、生姜たっぷりの辛めのソースが、とても合っていた……充分に満足だ。次来る時は、夕食兼飲みといくか。

 

 

「おう、早かったな。囀ずり亭に行ったか?」

「ただいま。はい、軽く食事と酒を頼みました。吟醸酒の冷酒が美味しかったですね。串焼きも良かったですが、あと鳥刺し。なかなかに良かったです」

「吟醸酒に鳥刺しか。合うんだよな。鳥刺しを出すのは、帝都では囀ずり亭と鶏源亭以外は、無いからな」

なるほど。前世でも、しっかりした店でしか出さないイメージがあるんだよな。やはり、鶏源亭はチェーン店っぽいな。

「ああ……そういえば、お前が出ていって少しして、ミザリアス──“姉”が来ていたぞ」

ううん? ミザリアスさんが? 何の用だったのか。

 

「何の用だったんです?」

「いや、夕食を一緒に取るつもりだったらしいが……約束してたのか?」

夕食の約束……してないが。というか、約束したのは必ず朝食は一緒に取る、との決め事があるくらいだ。

「いえ、朝食を一緒にという約束事は、決まっていますけど……すいません、炭酸水下さい」

おう、ちょっと待ちな。とアルガドさん。

 

改めて話を聞くと、単純にミザリアスさんが暴走気味にやって来たという事だった……人騒がせな。

「参ったぞ。何処に行ったか聞かれたが、行き先は聞かなかったと答えたら、睨まれたしな」

苦笑しながら、グラスを研くアルガドさん。

ほんと、申し訳ない……そういえば、囀ずり亭に向かう途中に会った、盲人さんの事を尋ねて見るか……。

 

「杖をついた盲人か。ギョウサイさんだな。中級Bランクの凄腕だ。と同時に、按摩治療と鍼灸治療の名手だよ。帝都の有名人さ」

凄腕の冒険者。按摩と鍼灸の名人……座頭市かな?

道ですれ違った時、一瞬だが微かな殺気を感じたんだよなあ……。

「俺も腰をやりかけた時に世話になったよ。針治療が、あんなに効くとは思わなかった」

明るく笑うアルガドさん。按摩か……機会があれば、試してみるかな?

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