う……うん?──目を覚ますと、馴染みのある応接室だ。邪神、つまり俺の父上の応接間。
純白のテーブルクロスがかけられた、漆黒のテーブル──その上に御座るは猫。純白の猫だ。
いや……耳と尻尾の先端は金色。瞳は赤色。という事は……?
「主様でございます」
テーブルの横に、執事のデルモアさんが立っていた。丁寧に、一礼をしてくれる……「ええと?」
「分かりかねます。何しろ、主様のする事なので……」
「にゃーん」
純白の猫が鳴く。にゃーんではない。
デルモアさんが、ティーセットを用意してくれている……その間に、猫となった我が父上を見る。
テーブルに横たわり、「うにぃ~いぃぃ」と鳴きながら、背を伸ばしている。
でかいな。優に百センチは越えているぞ……。
ふあ、と一息付くと、我が父はてしてしと毛繕いを始めている。
「うなんな」
父上が鳴く。うなんな、ではない。
お茶の準備を終えたデルモアさんに、お茶を淹れてもらう……うん、いい薫りだな。
渋みの中に、甘い味わいのお茶……これ、ただの一級品じゃないな。
多少残っていた眠気がすっかり消えた。
目の前の父上は、ミルクの入った器に顔を突っ込んでいる。猫化した邪神の扱いに慣れているんだな、デルモアさん……。
「主様からの、贈り物がございます。どうぞ、お確かめを」
デルモアさんが差し出してきたのは、茨の装飾が施されている、少し細長い箱。どれ、と箱を開けると……箱の中には、茨状の鎖に、鮮血の様な色のルビーが繋がっているネックレス……。
呪物鑑定、発!動!──くそっ! やっぱりか!
“
外殻の発動中は、常時痛みを伴う出血状態となり、出血の量によって身体強化がもたらされる(長期使用は危険)。
解除には「血と苦痛は去った」と唱えればいい──
ろくでも無いな……出血量に応じて、身体強化って、つまり「痛えよぉ~!!」状態になるって事か?! 長期使用は危険て……そりゃそうだろ!
まあ、いい……ちょっと気になる事がある。
呪物鑑定出来たという事は、
「お気に召した様で、何よりでございます。お茶のお代わりをどうぞ」
デルモアさんがお茶を入れ換えてくれた。うん、美味い。気持ちがだいぶ、落ち着いた。まあ、この呪物は気に召してないが──「にゃあう」
ミルクを飲み終えた父上が、俺の前でちょこんと座り、俺を見上げている。
にゃあう、ではない──
カーテンの隙間から差し込む陽射しに、目が覚めた──朝か。早朝の魔力制御できなかったな。
朝食後にするか……ミザリアスさんが朝食にやって来る前に、顔を洗っておくかな。例のネックレスは箱ごと、机の上に乗っていたが、あえて見ないようにした。
下に降り、奥の二人掛けのテーブルに座る。朝食までは、少し早いのでお茶を頼んだ。
さて、帝都の今後の予定はどうするかな……正直、帝都観光を中心にしたいんだよな。
帝都美術博物館に、港区の貿易船。皇妃の庭園……等。二、三日では回れないほどの観光スポットがあるんだよなあ。
冒険者ギルドの依頼も、疎かに出来ないしな(最低、一週間に一度は依頼を受けないと、ペナルティ有り)まあ、これはどうとでもなる。
適当な常設依頼をこなせばいいのだ(清掃、薪割り。近隣の農村での収穫の補助等)。茶を啜りながら、ぼんやりとしていると……ミザリアスさんがやって来た。
今日の朝食は、ソーセージに目玉焼き。付け合わせは、青菜の塩茹で。チーズと丸パンに、玉葱のスープに酢漬け野菜。
「ええと、目玉焼きは固めでお願いします」
「私も、それで」
ミザリアスさんも、同じ注文。テーブル向かいに座り、機嫌良さそうで何よりだ……うん。
「あいよ。姉弟仲良く、いい事だ」
アルガドさんの言葉に、んふふー、と微笑むミザリアスさん。
正直言うと、何処に地雷があるのか分からないんだよな……我が姉は。
「昨日の夜は、何処に行っていたんですか?」
微笑みながら、圧を持って聞いて来た。もう、地雷を踏んでいたらしい……。
“
だから、微笑みながらの無言のジト目は、止めて頂きたい。
食事をしながら、帝都での行動を話す。しばらくは観光。その合間に、常設依頼をこなしたいとミザリアスさんに告げる。
「常設依頼は本来、新入りや低ランクの人達が優先される事は知ってますよね?」
そうなんだよな。常設依頼は新入りが経験を積むためと、危険なく堅実に収入を得るためのもの何だよ。
冒険者ギルドと、初級冒険者の信頼にも繋がる依頼だ。疎かにしていいものではないのだ。
だが、その常設依頼を鼻で笑う初級冒険者達もいるんだよなあ……。
「常設依頼を受ける初級者がいない。でなければ、怪我をした冒険者が休養を兼ねて受ける事も、珍しくないですよ?」
お茶を啜りながら、ミザリアスさんが云う。
宿代を稼げる程度に、受けられる常設依頼を受けながら、しばらく過ごす事にするかな……。
「お姉ちゃんに任せて下さい! 適当な常設依頼を見繕って上げますから!」
むふう、と鼻息荒く張り切るミザリアスさん。
後でギルドに顔を見せると約束して、ミザリアスさんと宿で別れた。
夕食の約束を言い出してきたが、これを受けると今後に響くと思い(束縛の可能性を感じた)、やんわりと断った。
むう、とミザリアスさんは不満げだったが、公私混同はよくないと、説得できた……姉弟とはいえ、受付嬢が冒険者の贔屓はよくないからな。
我が姉と別れたあとはどうするか……一旦部屋に戻り、魔力制御だな。
魔力制御を終え、一服。開け放した窓に、煙管の煙が吸い込まれる様に消えていく──さて、午後の予定はどうするか。まずはギルドに顔を出し次いでに、常設依頼を見てみるか。
そういえば、帝都の観光パンフレット的な物はあるかな?
「冒険者ギルドに行って来ます」
「おう。行ってらっしゃい」
クレイドルを見送るアルガド。灰色のマントのフードを深く被っている、いつもの装い。一つ違うのは、革手袋をしている事だ。
(本格的に寒くなるのは、来週くらいかな)
出入り口からは、少し冷たい風が吹き付けて来る。
アルガドは風を感じながら、出入り口用の、仕切りのカーテンを取り付ける準備をする事にした。
冒険者ギルドに到着。冒険者達が談笑している声が、あちこちから聞こえる。心地いい喧騒──よく考えたら、知り合いの冒険者居ないんだよな……少し寂しい。
気を取り直して、ギルド内を見回すと、ミザリアスさんは見当たらなかった。
何故かホッとする俺がいる……さて、と。まだ朝方だからか、様々な依頼が貼り出されている。
早速、常設依頼に目を通す……待てよ? ある依頼が、目に入った。
討伐依頼──西街道沿いの外れに、コボルト数体の目撃情報。詳しい数は不明。至急の討伐求む。
コボルトリーダーが出現していた場合は、再度ギルドに報告。その場合でも報酬の支払い有り。
報酬額──金貨四枚。
これだな。常設依頼はまた次だ。
“
声に振り返る。そこに居たのは、ドワーフ……女性だ。年齢は……分からない。
栗色の髪と髭。髪には、花を型どった髪飾り。三つ編みにされた髭には、花柄の装飾がなされた髭輪。髪飾りをしているという事は、女性だ。
金属で補強された、頑丈そうな肩当てに、胸鎧と籠手。バックラーを肩担ぎにしている。腰に下げているのは、バトルハンマー……。
「そのコボルト討伐。一人で受けるつもり?」
ドワーフらしい頑健そうな体格。女性らしい愛嬌のある容姿をしている。
「まあ……そのつもりだが?」
ふーん、とドワーフ女性は、俺を見上げる。何ぞ?
「その依頼、あたしと組まない?」
うん? この人もソロなのか?
「今、あたしのパーティーは休暇中なのよ。皆それぞれ、地元に戻っていてね。あたしは帝都生まれ帝都育ちだから、家でのんびりしているのに、飽きたって訳よ」
なるほどな……さて、悪い話じゃないな。帝都で冒険者の知り合いが出来るのは、嬉しいからな。
「よし、組もう。俺は“
へーえ。碧水の翼、ね。とドワーフ女性。
「俺は、クレイドル。よろしくな」
「クレイドル、ね。あたしはリリン。リリン・ウィンターヒル。ウィンターヒルは、屋号。貴族の姓名じゃないからね」
確か、ドワーフは屋号があり、姓名とは別なんだっけか。
「分かった。討伐準備をしてくるから、少し待っててくれ」
はいよー、とリリン。速やかに、冒険者ギルドから出る。
(さて、コボルト討伐か……)
フードの影で、己の瞳が赤く瞬いたのをクレイドルは知らない。