さっき出掛けたばかりのクレイドルが、足早に戻って来た。
声をかけるまもなく、階段を上がって行く。かなり急ぎの様だが……何かあったか?
少しして、部屋から下りてきたクレイドルは、武装していた。黒鷲の兜、黒灰色のマントに赤闇色の鎧と籠手。ラウンドシールドを肩担ぎにして、金属製の黒い鞘をしたロングソードを帯剣している。
「クレイドル、気を付けてな」
クレイドルは、こちらを見ると軽く手を振り、宿から出ていった。
ふむ。とアルガドは頷き、グラスを磨き始めた。
急ぎ、冒険者ギルドに戻ると、我が姉上が揉めていた──リリンと……。
「数体のコボルト討伐なら、リリンさん一人で大丈夫でしょう。一人で行って下さい。弟を巻き込まないで下さい」
「ちゃんとした数は不明って事は、こうしてる間にも増えている可能性はあるんだよ? コボルトリーダー出ない内に、討伐しなきゃダメでしょ!」
「そうなったらそうなったで、戻って来たらいいじゃないですか。報酬は貰えるのですよ!」
アカン。これを仲裁しなければいけないのか?
「姉さん。この依頼持ちかけたのは、俺なんだよ。リリンは頼りになりそうだと思ったから、頼んだんだ」
嘘である。依頼を決めたのは俺ではあるが、リリンは自分と組んだらどうかと提案してきて、俺がそれに乗ったのだ……睨まれた。キッとした目付きのミザリアスさんに睨まれた。
「……クレイは、常設依頼を受けると私に言ったわよね。なのに、何で危険な討伐依頼を?」
ジト目止めて。さて……どう切り抜けるか?
「姉さん、これは必要な事なんだよ。この帝都で、俺が冒険者だと認めてもらうには、体を張らないといけない……そう思ったんだ。だから、この討伐依頼を許可してくれないか」
邪神の加護、発動! 無い事無い事云う邪神の加護。通用してくれ!
「そこまでいうなら、もう私は止めないけど……リリンさん! くれぐれも気をつけて下さいね!」
「う、うん……」
姉の剣幕に圧されたリリンが、頷く……通用したか、邪神の加護──なるべく、昼食までには帰って来るようにと、釘を刺されたが。
まあ、いい。コボルト討伐といくか。リーダーが出てなければいいがな……。
コボルトの目撃情報は西街道。西門から出て、街道沿いを歩く。
昼前の街道は、のんびりとした雰囲気だ。旅人や、行商人や農夫の、馬車やら荷台とすれ違う。
いくら平和に見えても、魔物や魔獣は湧く。一つズレたなら、血が流れる状況になってもおかしく無いんだよな……。
「目撃情報は、ここからさらに西ってなってるわね……あの林まで行って見ましょうか?」
リリンが指し示す先には、林が広がっている。
「そうだな。人目に付く所には、集まらないだろう」
人目に付けば、直ぐに討伐隊が向かって来る。という事くらいには頭が回るんだよな。コボルトやオークは。
「よし、こちらから出向くか。場合によっては奇襲を考えておこう」
あいよ、とリリン。投擲用の、ハンドアクスの出番はあるか?
放物線を描き、ハンドアクスが飛ぶ──こちらに背を向けているコボルトの頭部に、ハンドアクスが食い込む。
ほぼ同時に、倒れるコボルトの横にいるコボルトの首筋に、リリンの短刀が突き立った。
コボルトの集団は八体。その内二体を、奇襲にて屠った──「あと、六体! 一気に仕留めるよ!」
リリンの声。“
鎧、籠手、兜の隙間から、茨が浸食してきた……茨の棘が、身体に食い込み……痛ってえぇぇ! この痛み、親不知が虫歯になった時の痛みと同じだ! それが、全身に広がって……痛えぇぇっ!
鎧の間からは、血が滲み出ている! 出血状態ってこういう事か!!
〈あっははは! それ起動したんだねえ!
いかにも楽しげな邪神の声。成長?! これが成長したら、どうなる?!
ああっ、クソッ! さっさとこの痛みから開放されるには、コボルト連中を始末しないとな!
「死ねぇっ!!」
「おっと!」
コボルトの突き出してきた短槍を、バックラーで弾きながら、その胸元にバトルハンマーを叩き付ける──グシャリ、と骨が砕け肉が潰れる感触──即死の手応え。
もう一体のコボルトが、錆びたロングソードを振り上げるが、リリンはその頭部に“
ドワーフの膂力での、打撃武器の一撃。並みの魔物、魔獣では到底耐えきれる訳も無い。
「さて、クレイドルはどう──「死ねぇ!!」」
クレイドルの様子を見ようとしたところ、絶叫のような雄叫びが聞こえた。
あまりにも異質な風景。出血状態のクレイドルが、全身を血塗れにしながら、コボルトを蹂躙していた──「痛ってええぇああぁっ!!」
もはや、雄叫びではなく悲鳴に、聞こえる。血塗れのクレイドルの姿に、リリンは鳥肌が立った。
(コボルトにやられた?! いや、違う……身体から、血が滲み出ているんだ!)
出血状態のクレイドルは、ひたすらコボルトを斬り付けている。
動く度にその身体から血が迸り、地面を血で濡らす──もはや、本人の血なのかコボルトの返り血なのか分からないまでに、クレイドルの身体は血塗れになっていた。
最後の一体の首を跳ね、クレイドルは即座に、“
「血と苦痛は去った……」
解除と同時に、茨は消えていく。そして傷も消えていった……地面に膝を付くクレイドル。
「クレイドル、大丈夫?!」
地に膝を付き、肩で息をするクレイドルに駆け寄るリリン。
(なかなかの、効果だが……消耗が、ちと激しいな……初っぱなから使う、代物じゃないな)
出血状態は解除されたが、血の匂いは残っている。今の自分の姿は、どうなっているんだろうか?
「クレイドル、大丈夫?!」
リリンの声。随分焦った感じだ。それもそのはず。今の俺の状態は、全身血塗れの上に、膝を付いている。
失血で、軽く目眩がしている……貧血状態か?
「大丈夫……じゃないな。少し休ませてくれ」
「わ、分かった。コボルトの討伐証明はあたしが取るから、休んでて!」
リリンの言葉に甘えておこう……まずは浄化だな。血生臭くてうんざりする。
二度の浄化で、身体から血生臭さが消えた。干し果物を出し、食べる。
(街に戻ったら、肉料理だな……)
街に到着。念の為、もう一度浄化を使う。リリンがいうには、もう血の匂いは無いとの事だが、念の為だ。
ミザリアスさん──我が姉は、勘強いからな……。
「肉料理と言えば、何処か心当たりの店は?」
「なら、あそこだね。“豚と鶏亭”、かなあ」
“豚と鶏亭”か。確か、朝陽食堂の大将のメモにも書かれていたな。
安価で豚肉と鶏肉が食べられる店。前世でいうところの、焼き肉屋といった所か。
「でも、店が開くのは夕方からだから、まずは昼食かな」
「だな。さて、どこで食べるか……」
リリンの言葉に頷く。宿でもいいが、食事処にしたいな。
「取りあえずは、討伐依頼の報告が先だ」
ミザリアスさんに拗ねられると厄介だ。昼までに戻れと言われているからな……。
ギルドでの討伐依頼の報告。コボルトの討伐証明は、左耳ではなく尻尾となった(リリンが、コボルトの頭部を吹っ飛ばしたのが原因)。
「はい……確かに、確認いたしました。少々、お待ち下さいね」
コボルトの尾を、トレーに乗せた受付嬢が下がっていく。
今だ身体は重く、頭はぼんやりとしている……貧血の症状だろうか?
早く、食事がしたい……肉だ、俺の身体は血肉を求めている。血を補給しないと……受付前で、深々と椅子に腰掛ける。
“
リリンが、受付と何やら会話をしているのが見えた。幸いにも、ミザリアスさんの姿は見えない──少し、眠るか……血が流れすぎたからな。それにしても、疲れた……。
ロリドワーフの初出っていつなんだろうか?