今、俺達は叱られている。何も悪い事してないのに。コボルト討伐をきちんと終えたのに──何故、こうなったか。
リリンが口を滑らせたからだ。
ギルドに入った瞬間、ミザリアスさんが足早に近付いて来て、怪我は無いか、大丈夫か、と色々聞いてきた。ここまではよかったが……。
リリンが──「何の危なげもなかったよ。ただ、クレイドルが全身血塗れになってて、驚いたけど」
リリンの話を聞いた瞬間、ミザリアスさんの目がくわっ、と見開かれた。
「血塗れ?! クレイ、どういう事ですか?!」
そのまま、俺とリリンの腕を掴み、カウンターを通り過ぎて、ギルド奥の個室に向かったのだ。
そして説教のお時間。何も悪い事してないのになあ……。
一通り、説教が終わって、ほっとした束の間……“
「それ……呪物ですよね」
ミザリアスさんも分かるのか?
「うん……そうだけど。役に立ったよ?」
邪神の加護、発動しろ! 今が、その時だ! 我が姉を説得してくれ!
「こんな! こんな物を身に付けるなんて、姉として許せません!」
なぜか激昂し、テーブルを乗り越えて掴みかかって来る姉。邪神の加護、発動せず! 肝心な時に発動しないな!
「リリン! 人を、人を呼んでくれ!」
慌てて、部屋から出ていくリリン。
俺を押し倒し、
そうはさせじと抵抗する俺──なんだ、この状況。
というか、重い! とても人の体重じゃない──“
「何をやっているのですか……あなた方は」
リリンが連れて来たのは、ギルドマスターのシュウヤさんだった。
今の俺の状況は、腕ひしぎに入ろうとするミザリアスさんに対して、手首を片方の手でロックして耐えている最中だ。俺の腕を折ってでも、奪いとる気が満々だ。
こんな事させないで! とはミザリアスさんの言い分だが、ぜひとも止めていただきたい!
「二人とも、止めなさい……ミザリアス君、その手を離しなさい」
ちなみに、
呆れたように、シュウヤさんが言う。その後ろにはリリンが立っているのだが、うつむき、肩を震わせている……笑っているな?
俺をこんな目に合わせた元凶が! 顎髭が揺れているのが、腹立つ!
「ふむ……呪物、ですか。クレイドル君、呪物が身体から離れない、でなければ、何らかの状態異状を感じるという事は?」
「いえ、無いですね。全く」
流血と苦痛の茨の外殻を、弄びながら答える。まあ、茨の外殻は出血状態になるが……。
ふうん、とシュウヤさんがソファにもたれ掛かる。その隣に座るは、我が姉、ミザリアスさん。機嫌斜めな様子だ……。
今は個室から、ギルドマスター室に移動している。
騒動の原因を聞かれ、それが呪物の使用にあると云う事を、シュウヤさんに話した。
「極……稀に、呪物に適性を持つ人がいますが、クレイドル君もそうだとはね。ふむ……」
何か考える様に、目を閉じるシュウヤさん。
俺の横では、リリンがお茶請けに出されたクッキーをパクついている。元凶が!
「周囲に、何らかの悪影響を与えるような呪物は、身に付ける事を禁止します。そして、クレイドル君が呪物に適性を持っている事は、ここだけの話ですよ……他言無用。副ギルドマスターのライザには、私から話します」
うむう、とミザリアスさんは不満げだが、ギルドマスターの決定には、さすがに異議を唱えられないか……。
「はいはーい」
とリリンが、軽い返事をする。本当に大丈夫なんだろうな?!
シュウヤさんとの話し合いを終え、改めて受付に行き、コボルト討伐の報酬を貰い、リリンと報酬を山分けした。
少し遅くなったが、昼食をどこで取るかと話していると、ミザリアスさんがやって来た。
「クレイ、呪物の事は一旦置いておきます! でも、お姉ちゃんはまだ、認めていませんからね!」
ぷんすか、と怒る我が姉だが、俺の腕を折ろうとしていた雰囲気は、もう感じられない。
「今から昼食を取りに行くんだけど、ミザリアスさんも、一緒にどう?」
髭についている、クッキーの欠片をはたき落としながらリリンがのんきに云う。
ミザリアスさんは、もう昼は済ませたそうで、残念がっていたが、正直ホッとした。
呪物についての説教が始まったら、たまらないからな……。
しぶしぶ、といった感じでミザリアスさんが受付に戻って行った。
「リリン、夕食は“豚と鶏亭”で肉を食うから、昼は軽めにしないか?」
出血による脱力感は治まってはいるが、やはり血肉の補給は必要だ。たらふく肉を食わないと。
「そうだね~、じゃ、屋台通りに行こうか。馴染みの、いいお店があるんだよ」
屋台通りか。朝陽食堂の大将メモにも、いくつかおすすめの店があったな。
「屋台か。よし行こう」
屋台通りに入ると、食欲を刺激する香りに包まれた。広い道路に上手くスペースを使って、屋台が立ち並んでいる。
猥雑さはあるが、その中に秩序を感じる……この雰囲気あれだ。いい居酒屋にある、自治作用てやつだ。騒がしいが、客が乱れたり、荒れたりしない店。
屋台通りは、そんな雰囲気に満たされている。
テーブルに着き、食事をしている衛兵達もちらほらいるのも、自治作用に一役かっているのだろうな……。
「クレイドル、こっちこっち」
先を行くリリンに着いていくと、他の屋台と比べ、キッチンカーぽい、少しオシャレな感じの屋台があった。
外に出ているメニューを見る。野菜を中心にしたサンドイッチ各種か……ふむ。軽く食べるには、いい感じだな。
「マリーさん、ちょっと遅いけど大丈夫?」
リリンが、屋台の奥に声をかける。
「ああ、リリンちゃん。大丈夫よ~」
うん? 何か、聞いた事のある口調……奥から現れたのは……おネエさんだった。
艶のある茶色の髪を高く結い上げ、薄化粧にパッチリとした目と、長い睫毛のおネエさん。四十半ばくらいだろうか?
白の長袖のシャツを袖捲りにした、エプロン姿の引き締まった身体付きの、おネエさん……この世界のおネエは、皆こんな体しているのか?
「軽く食べたいんだけど、何がある?」
「ん~ん、そうねえ。サンドイッチなら出来るわよ。ハムにベーコン、チーズにレタスってとこね」
「じゃ、ベーコンチーズのサンドイッチ。果実水もお願い」
俺は……うん。ハム、チーズにレタスかな。早速、注文を……おっと、ギルドから兜付けっぱなしだったな。
「ハムチーズレタスをお願いします。あと炭酸水を」
兜を脱ぎ、注文をする……おネエと目が合った。 少しの沈黙。そして……。
「ち、ちょっと! リリン、この子何?! な、なんなの?!」
おネエは、慌てて襟を正し髪繕いをすると、奥に引っ込んで行った。注文、通ったよな……?
「あ~、そうか。あたしはドワーフだからそうでもないけど、同じ人族ならクレイドルの容姿は、目に毒よねえ」
うんうん、と納得したように一人頷くリリン。
いや、エルフにも、ちょっとおかしくなった人いるんだよ……“
屋台前の、テーブル席に着いた。ちゃんと注文は通っていたらしく、五、六分ほどで、注文したサンドイッチが来た。ハムチーズレタスのサンドイッチ。
この世界でいう平パン。まあ、食パンだ。それをトーストにして、具を挟んで斜めにカットして二つに分けたサンドイッチ。
ハムとレタスが、はみ出ていて食べごたえありそうだ。
ざくり、と口にすると、最初にバターの薫りがした……うん、何の文句も無いサンドイッチ。美味いな。
ハムとチーズ、レタスの歯触りがとても良い。ハムの焼き加減もよく、少量のマスタードの風味が、サンドイッチをいい味わいにしている……それはそうと、さっきから、マリーさんの視線を感じているのだが……。
「うん。いいくらいの腹具合になったわ」
果実水を飲み終えた、リリンが腹を叩きながらいう。
「ごちそうさま。おいしかったです」
「んふふ~、ありがと。お姉さん嬉しいわ」
バチリ、と力強いウィンクを放ってくるマリーさん。
「改めて紹介するね。この人はマリエンヌさん。皆、マリーて呼んでるよ」
「初めまして、クレイドルといいます」
「クレイドル君ね。これから、ヨロシクね~」
マリエンヌさんの、握手に応じる……がっしりとした感触。この人、
「はあ~、白磁みたいな綺麗な肌……スベスベしてて……悔しいっ」
手の甲をなで回されたあげく、つねられた。解せぬ。
「マリーさんね、夕方になると屋台たたんで、繁華街のお店開けるのよ」
「そ。“
すごい店名だな……
「……ちょっとむさ苦しいけどね……」
リリンの微かな呟きが聞こえた。
「もうお店の子達が、開店準備してる頃合いだから、行くわね」
俺達が、マリエンヌさんと話している間に、屋台は店員さん達に片付けられていた。マリエンヌさんを呼ぶ声。その声に答え、俺達にいう。
「いつでもいいから、お店に来てね~。サービスするわよ~」
バチリ、と力強いウィンクを放ち、マリエンヌさんはひらりと身を翻し、店員さん達と合流しに行った。
「リリン、マリエンヌさん、何か体術やっているんじゃないか?」
「うん、確か……“柔心流”って言ってたね」
やはりか。何となく、城塞都市のミランダさんと似た雰囲気してたんだよな。
一旦宿に戻り、荷物を置いて着替え、冒険者ギルド前で待ち合わせる事にした。リリンは、実家に戻るそうだ。
よし、焼肉の時間だ……。
“豚と鶏亭”の場所は意外にも、住宅街の側だった。煙の苦情が来にくいような場所にある。
「意外だな。繁華街にあると思ってたんだが」
「うん、普通はそうだよね。この店は、一般の人達に、安価で美味しいお肉を食べて貰いたいから、こんな場所にあるんだって。だから家族連れも多いよ」
老舗らしい立派な建物。広さを感じる造りだ。
看板が、良い。看板に描かれているのは、デフォルメされた豚と鶏が踊っている絵。
「今の時間だったら、混んでないよ。入ろうか」
リリンが、ウキウキと引き戸を開け、入って行く……おお、肉を焼く薫りが、煙りとともに迎えてくれる……失った血をたっぷり補給させて貰うとするか。