魔力制御を終え、食堂へ。いつもの奥のテーブル席に着き、お茶を飲みながら一服中。朝食まで、まだ時間はある。
ぷかり、と煙管を吹かす……そろそろ、葉煙草を補充しないとな。あとで、ロディックさんの店に行ってみるか。
「クレイドル、朝食はどうする?」
お茶のお代わりを持ってきてくれた、アルガドさん。
「今日の朝食は何です?」
「炙り魚と青菜の雑炊。玉葱と大根のサラダにゆで卵だな。それと、酢漬け野菜だ」
おお、ゆで卵か。久し振りだな。
「それで、お願いします」
注文を終えた矢先、我が姉。ミザリアスさんが宿にやって来た。
お茶を飲みながら、ミザリアスさんとしばしの世間話。しばらくは依頼を受けず、帝都を観光する事を話す。
その際、帝都の案内書的な物はないかと聞いたところ──「あれ? どこかで貰いませんでしたか?」
と言われた。あるのか、案内書……。
「冒険者ギルドにも置いていますし、商人ギルドにもありますよ。もちろん、無償です」
ニコリ、と笑うミルザリスさん。
あとで、冒険者ギルドに寄るついでに、貰うか……。
「じゃ、お姉ちゃんはギルドに行ってきます。また、あとでね」
明るく手を振りながら、我が姉は去って行った。
う~ん。このあとの予定は、どうするかな……ロディックさんの露店で煙草葉を探し、ロディックさんの息子さんが継いだ店。レドック商会だっけか? そこに、冬物を見に行くか……。
「今まで、何の煙草葉を使っていたんだい?」
煙管片手に、ロディックさんが聞いてくる。
「“深風”に“西砂”ですね」
「ふうむ。なかなかにいい煙草葉だな。初心者向けでありながら、馴染んだなら手放せない葉だよ……さて、何があったかな。ちょっと待っててくれ」
屋台裏に潜り込むロディックさん。
まだ朝早いにも関わらず、露店広場は賑わっている。冬間近の空気も関係無い、と云わんばかりの熱気だ。
とはいっても、本格的な冬も間近。人々はそれなりに着込んでいる。
「よし、これだ。“月光”と“朝日”」
差し出された二つの紙袋。月光に朝日か。
「月光は、口当たりは少し辛めなんだが、吐き出す時は、爽やかな味わいになる。朝日はその逆だね。試してみるかい?」
「ええ、ぜひ」
用意してくれたテーブルに、持ち歩いている煙草盆と煙管を出し、月光と朝日を試す……。
「じゃあ、この二つ下さい」
新しい煙草葉を手に入れる。二つとも、なかなかにいい味わいだった。
大人の味……という感じで、好きな味だ。
「ありがとな。銀貨一枚に銅貨六枚だね」
一つ、銅貨八枚か。手頃だな。銀貨二枚を出し、ロディックさんから釣りを受け取る。それから、少しの世間話。
「レドック商会で、冬物を少し買おうと思っているんです」
「もう冬が近いからね。上着の一、二枚はあったほうがいい。帝都は北寄りで海沿いだから、北風が強いよ」
ロディックさんが、ぷかりと煙管を吹かす。
ロディックさんと別れ、露店広場が中央広場に出る。さて、どうするか。このまま、レドック商会に行くか、昼前に小腹を満たすか……いや、小腹を満たすには、まだ早い。
レドック商会に行ってみようか。厚着より、上着がいいな。
なら、コートだ。帝都の冬はなかなかに寒いらしいからな。
改めて、レドック商会の前に立つと、なかなかの店構え。外観から察するに、三階建てで、奥行きがある造りになっている様に見える。
一、二階は店だろうな。三階は、事務所らしい──店の前には、大きな黒い看板に銀文字で、レドック商会と記されている。
黒看板に銀文字は、流儀なのだろうな……よし、入るか──店内は、市民。冒険者。お供を連れた、着飾った貴族。様々な客層からは、独特の喧騒を感じる。
いいな、この雰囲気。さて……衣類コーナーはどこだ?
「何か、お探しですか?」
店内を見回していると、声をかけられた。二十歳半ばくらいの、清楚な感じの女性の店員さん。目が合うと、少し驚いた様な顔をした……何ぞ?
「冬物の衣服を、探しているんです」
なら、こちらへどうぞと案内される──いいコートがあればいいが……さて。
一瞬、女性服売場に案内されかけるハプニングが起きたが、紳士服売場に無事到着。
「気になる物があれば、お声がけ下さい」
仄かに顔を赤らめながら、下がっていく店員さん。
なるほどな、客と距離を取る店か。落ち着いて見て回る事が出来るな……まずは、上着から見てみるか。
パーカーにジャケット。ハーフコート、ロングコート、か。お手ごろ価格から、それなりのお値段がする物まで色々だな……ふむ。
色々あるが……無地の物は好きじゃない。といって、ワンポイントのロゴ付きもなあ。デザインは良いんだが、無地の物がほとんどだ。
それなりのお値段がする品を、見てみると──最低でも、銀貨クラス。金貨クラスもざらにある。品質は良さそうだな……っと。ワインレッド色をしたレザーのロングコート発見。無地ではあるが、なかなかいいな。
お値段、金貨二枚──普通に考えて、お高い部類に入るだろうが、色とデザインが気に入った。ちょっと保留しておこう。
他には……おう、これもいいな。レザーではないが、朱色のハーフコート。シックな花模様が綺麗だな……ううむ。金額は、金貨一枚に銀貨二枚か──よし、買うか。ここで決めないと、この品には巡り会えないだろうからな。
購入したのは、ワインレッドのロングコートと、シックな花模様柄のハーフコート。
支払いは、冒険者ギルドのカードで済ませた。口座の支払い額と、残高が記された領収書を受け取る。カード払いは、初めてだな。
便利ではあるが、ほどほどにしないとな……残高の多さに、少々驚いた。結構貯め込んでたものだな……。
「ご利用、ありがとうございます。またのお越しを、お待ちしています」
案内から、支払いまで世話になった店員さんに、頭を下げられた。
「ああ、いえ。こちらこそ、お世話になりました。頭を上げて下さい」
店員さんの手を取り、頭を上げさせる……邪神の加護、発動か! 油断ならんな!
「あ……あ、ありがとうございます!」
店員さんの目が潤んで、顔が真っ赤になっている……何故、お礼を?!
取り合えず宿に戻り、荷物を置く事にする。
冒険者ギルドで、帝都の案内パンフレットを貰い、それから……お昼にするか?
宿に戻ると、カウンターに黒ずくめの男がいた……シャツ。ベルト。ズボン。靴も。漆黒の髪を結い上げている──グランさんだ。
カウンター内で、グラスを磨いているアルガドさんが、俺に気付いた。
「グラン、待ち人が来たぜ」
アルガドさんの言葉に、グランさんがこちらを向き、笑みを浮かべて、手を上げる。
久し振り……というほどでも、無いか。“豚と鶏亭”で見かけたからな。
「荷物を置いてくるので、少し待ってて下さい」
「どうしたんです?」
何か急用でもあるのかと、訊ねてみる。
「いや、大した事ではない。夜にでも飲みに行かないかと思ってな」
お茶を啜る、グランさん。ふむ、飲みの誘いか。
「構いませんよ。ちょっと気になる店を聞いたので、そこに行ってみたいんですけど?」
“
「ああ、あの店か。いい店だが、少々クセがある店だ……いい店だぞ?」
うん? 妙に云い淀むな……まあ、いい店というなら、行ってみたいな。
夕方、ギルド前で待ち合わせという事で、グランさんと別れた。
「クレイドル、そろそろ昼食だが、どうする?」
おう、もうそんな時間か。よし、昼食後に冒険者ギルドに出向くとするか……。
「昼食は、何ですか?」
「ベーコンと目玉焼き。玉葱とキャベツのスープに、丸パンにチーズ。酢漬け野菜だな」
「それで、お願いします。ベーコンと目玉焼きは、固めで」
あいよ、とアルガドさん。ベーコンは、端々にちょいと焦げ目が付くくらいがいいんだよな……目玉焼きは、基本は固め派だ。
昼食を終えた後は、冒険者ギルドに出向くとするか……帝都の案内パンフレットを手に入れる事にしよう。
昼間のギルドは、少し閑散としている。朝方依頼を受けた冒険者が戻って来るのは、大抵昼過ぎから夕方。今の時間は、職員も暇な時間だろう。
「クレイドル君、依頼ですか?」
受付カウンターの奥から、書類を手にしたギルドマスターのシュウヤさんがやって来た。
「ああ、いえ。帝都の案内パンフレットを貰いに来たんですよ」
ふむ、なるほど、とシュウヤさん。カウンターに書類を置き、カウンターテーブル内から、一冊の冊子を取り出し、カウンターに置いた。
表紙に、『帝都観光案内』と書かれ、帝都城のイラストが描かれている。
「基本的な施設や、観光名所の紹介と説明。そして簡略な地図も載っています」
パラパラとめくり、軽く目を通す。結構な情報量がありそうだな。
「お勧めの観光名所ありますか?」
「ふむ。やはり、帝都美術博物館ですね。後は、皇妃の庭園もお勧めです」
帝都美術博物館か。グランさんからも勧められたな。二、三日でも回りきれないとか。
「分かりました。しばらくは、帝都観光を楽しみます」
「早く、帝都に慣れるといいですね」
シュウヤさんが微笑む。それから少し世間話。
帝都の、冒険者ギルドの依頼傾向や、名の知れた冒険者達の事など。
ミザリアス君は奥の資料室にいるが、呼ぼうか? と聞かれたが、用がありますので、とやんわり断り、ギルドから出た。
さて。約束の時間まで、まだ時間はある……宿に戻って、少し昼寝でもするか。
コンコン、とノックの音……ん、もう夕方か。
夕方に起こしてくれと、頼んでいたんだっけな。
「どうぞ」
声をかけると、従業員が入って来た。
「お目覚めですか。何かご入り用のものはありますか?」
そうだな。お湯を貰うかな……。
「お湯を下さい。それと、人が訪ねて来てますか?」
「いえ、誰もいらしていません。お湯は直ぐお持ちしますね」
一礼し、従業員さんが出ていく。さて、寝起きの一服といくか……。
「これ、少ないですけど」
お湯を持って来てくれた従業員さんに、チップを渡す。銅貨五枚……ルーリエちゃん思い出すな。
少々困った顔をしたが、受け取ってくれた。は、いいが、邪神の加護が地味に発動しやがった。
従業員さんの手を取り、銅貨を握らせる。そして、手を握りしめる……「あの……」
十代後半ほどの可愛い系の女性従業員。嬉しい様な、恥ずかしがっている様な、複雑な表情。
邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!
お湯で顔を洗い、下に降りる。さて、そろそろグランさんが来るだろうな。カウンター座り、炭酸水を頼む。
「おう、ちっと待ちな。店のもんに、チップありがとな……ちょっとおかしくなってたがな」
ニヤリと笑いながら、アルガドさんが炭酸水を出してきた。邪神です。邪神のせいなんです。
「遅かったか?」
グランさんが、隣に座る。炭酸水を飲み終えたと同時だった。
「いえ。待っていませんよ。もう行きますか?」
「ああ、ちょうどいい時間だ。行くか」
早速立ち上がるグランさん。よし、行こう。