繁華街を、グランさんと進む。黒牛亭、
「言っておくが、いい店ではある。それは確かだ。さっきも云ったが、少々クセが強い店なんだ」
クセが強い店か……あのマリエンヌさんの店だというからな。さて、どんな店だろうか?
店に、到着──向かい合う虎と龍の大看板が、店先に掲げられている。
朱色を主にした店は、武術の道場然とした雰囲気を漂わせている。
「酒場ですよね?」
思わず、グランさんに尋ねる。店内から聞こえる喧騒は、道場稽古をしている様に聞こえるんだが……
「もちろんだ。云ったろ? クセがあると」
苦笑しながら、グランさんが云う。
「さ、入るか。基本、肉料理がメインで、揚げ物は一切無いからな」
揚げ物無し、か。何となく、店のコンセプトが分かった気がする……先を行くグランさんのあとを追う。
「二名だ。奥のテーブル席、空いているか?」
手慣れた感じで、グランさんが店員に告げる。
「はい、大丈夫ですよー。二名様、奥テーブルにご案内~」
女性の店員さんが、通してくれた……うん。色々ツッコミ所はあるが、今はスルーだ。
男性の店員さんに、奥テーブルに案内され、席に着く……スルーだ。
「まずは、一杯といったところだな」
メニューをめくるグランさん。さて、飲み物はどうするか……まあ、いつも通りに果実酒系だな。
料理メニューなんだが、グランさんのいった通り、肉メイン。それも、鶏肉中心だ。
鶏ささみの塩茹で甘辛ソースがけに始まり、ささみと青菜の炒めもの。ささみと根菜の煮込みなど──なるほどな、
飲み物を先に注文する──うん。ツッコミ所は、店員の服装、そして体付きだ。
タンクトップ姿のムキムキマッチョ。スリムなマッチョ。 女性、男性問わずの筋肉質な店員さんが、店内を行き交っている……正直いって、むさ苦しい。そういえば、リリンもそう言ってたな。
「あら~、グランちゃん、お久し振りね~」
マリエンヌさんだ。グランさんと顔見知りなのか?
「今日は、友人を連れて来ているんですよ」
グランさんが、俺をマリエンヌさんに紹介する。いや、知っているからな……。
「知っているわよ~。んふふ、王子様~」
バチリ、とウィンクを飛ばして来るマリエンヌさん……王子様? 何ぞ?
果実酒をロック。ポテトサラダに、ベーコンサラダを頼む。グランさんは、オウルリバーの炭酸割りに、鶏むね肉野菜炒め。
「なかなかに、凄いとこだろ?」
グランさんの云う通り、想像以上の酒場だ。
店員皆、男女問わずタンクトップ姿の筋肉質。これ見よがしの腹筋が、普通じゃない……。
シックスパックどころではなく、いくつに割れているか、わからんくらいに割れている店員……正直、キモい。
だが口にはすまい。こういう人らの中には、かなり繊細な人もいるらしいからな……だが、思うだけならタダだ。
最初に運ばれてきた酒で乾杯をする。
「大いなる父君に」
「覇王公に」
互いに笑い、杯に口を付ける。運ばれてきたポテトサラダに箸を伸ばし、一口。こういうのでいいんだよ的な、シンプルな味……マヨネーズあるんだな。
「うん、美味いな。スパイスがよく効いている」
グランさんも気に入ったようだ。
「そういえば少し前に、“豚と鶏亭”にいたろ?」
ベーコンサラダを摘まみながら、グランさんが尋ねてくる。ああ、あの時か……。
「声をかけようかと思ったんですが、他の騎士団の人達と一緒だと見たので、声をかけませんでした」
カリカリではなく、サッと軽く炙ったベーコンを口に運ぶ。
たまには、柔らかなベーコンも悪くないな。野菜は、刻みキャベツと玉葱。
甘酢のドレッシングが、たっぷりとかけ回されている。シャキッとした歯触りが、気持ちいい。
「あの時一緒だったのは、騎士団の見習いでな、たまにはたらふく肉を食わせてやろうと思ったんだ」
グランさんが杯を干し、店員を呼ぶ。
鶏むね肉野菜炒めを運んで来た店員さんに、酒を頼む。果実酒炭酸割りと、オウルリバーのロック。
食事の追加はあとだな……まずは、鶏むね肉を摘まむ。しっとりとした歯触り。
味付けは多分、シンプルに塩と香辛料だろうな。肉も野菜も、ちゃんと味が付いている……塩と香辛料の味付け。
ふと思ったのは、油少な目に調理している感じがした。
「お酒、お待ちどうさま~」
マリエンヌさん事、マリーさんが直々に酒を運んで来た。
「ど~お、このお店気に入った~?」
力強いウィンクをしながら、マリーさんが問うて来た……まあ、正直に。
「まだ、分かりませんね」
きっぱりと云う。料理はいい感じだが、店の雰囲気に対しては、熱気に溢れている事以外には、いまいち分からん。
マッチョがむさ苦しい……そういったら、多分マリーさんは傷付くだろうな。
いや、そうでもないか。そこら辺は図太そうだしな。
「んふふ~、まあ人それぞれよね~。じゃ、ゆっくりしていってね。王子様」
だから、王子って何ぞ? 手を振り、去って行くマリエンヌさん。
「ふふん。気に入られたな」
旺盛な食欲を見せながら、グランさんがいう。
まったく、おネエと縁でもあるのか……ベーコンサラダを片付けてしまおう。追加の注文は何にするかね。
「豚と鶏亭で一緒にいたドワーフは?」
むね肉野菜炒めを平らげ、杯を口に運ぶグランさん。
「ああ、一時的に組んでいるんです。彼女のパーティーも休暇中で、彼女は暇なので俺に声をかけてきたんですよ」
果実酒炭酸割りを飲み終える。料理と一緒に、酒も頼むか。
「なるほどな。女性だったのか。ドワーフは、ぱっと見では分からんな」
グランさんが、店員を呼ぶ。パッツンボブカットの、タンクトップの店員さんがやって来る……。
パッツンボブカットのお姉さん(おネエさんでは無い)にも、王子と言われた。
「……ふふっ」
そして、グランさんに笑われた。何笑とんじゃ……まあ、いい。
店に入った時から気になっていたんだが、店の中に飾られている額縁……。
『健全たる肉体に頑健たる魂は宿る』
『剛よく柔を断ち柔よく剛を制す』
道場酒場かな? 掛け軸も気になるな。
「まずは、お酒と酢漬け野菜、お待ち~。お料理はちょっと、待っててね~」
マリエンヌさんが、酒と酢漬け野菜を運んで来た。
そういえば、マリエンヌさんに聞きたい事があったんだ。
「マリエンヌさん、ミランダさんって知ってます?」
あら。といった感じのマリエンヌさん。酒と酢漬け野菜をテーブルに置き、席に着く。
「もちろん。“柔心流”の姉弟子よ~」
ちょっとツッコミ所があるが、スルーしよう。姉さんの事、知っているの~? とマリエンヌさん。
城塞都市でお世話になった事、オーガの拳亭は、いい店だった事──「体術の稽古をつけてもらった時、地面に叩き付けられ、脳震盪で失神させられました」
オウルリバー炭酸割りを喉に流す。
炭酸の喉ごしと、オウルリバーの香りが何ともいえない美味さを感じさせる。
「ち、ちょっと、脳震盪って何? 何があったの!?」
マリエンヌさんに、脳震盪の経緯をかいつまんで話す。はあ~、とマリエンヌさんのため息。
「姉さんはね~、腕力が尋常じゃないからね~。災難だったわね」
やれやれ、といった感じでいう。獣王の下りは話さなかった。
ちょうど、料理が運ばれて来た。
手羽先と白菜煮込み。鶏つみれと、根菜のシチュー。鶏肉中心のメニューだ。
手羽先は、揚げがよかったな……手羽先を手に取り、身をそぐ様に食べる。
美味い。煮込まれた手羽先に、味が染み込んでいる。
取り皿に、骨を置く。いくらでも、食べられる味だ……「手羽先煮込みか。うん、いい味だ」
グランさんも気に入ったか。よし、シチューを味わおうか。
「食事を思う存分楽しんでね~王子様~」
厨房へと戻って行くマリエンヌさんの、王子様発言は無視だ。さて、シチューのお味は、と……美味い。
鶏ガラの出汁が染み込んだ鶏つみれに、根菜の歯触りと味わいが、シチューの味を引き立てる……。
「食事はこんな所か?」
紙ナプキンで、上品に口元を拭うグランさん。
「そうですね……あとは、もう少し飲みましょうか」
店を変える事も考えたが、面倒だな。
「そうするか。何か適当につまみを頼もう」
注文を頼むグランさん。 さて、何にしよう?
チーズ盛り合わせにトマトスライスと、無難なつまみ。グランさんは黒ワイン。俺は、オウルリバーのロック。
グランさんに近況を聞く。しばらく騎士団から離れていたので、書類仕事が多くて面倒らしい。
「それが済んだら、ある程度暇になるな」
黒ワインを口にするグランさん。
「冒険者活動は出来るんですか?」
チーズをつまむ。減塩か? 小癪な。不味くはないけど、ちと物足りないな。
「ん~、どうかな。見習いの面倒をみないといけないからな」
黒ワインを干すグランさん。“豚と鶏亭”の事といい、面倒見いいんだなグランさん。
休暇中は、帝都観光を中心に過ごすとグランさんに告げる。
「名所巡りか、見る所は多いからな。騎士団や兵士の訓練も見学してみるといい。なかなか見ごたえあるぞ」
実戦形式の訓練を行う際には、市民の見学が許されているそうだ。
「そろそろ、引き上げるか。明日は早いからな」
「いい時間ですね。行きましょうか」
ほろ酔いが、一番だ。よく眠れるからな。店員さんを呼び、会計を頼む。
「今日はありがとね~。また来てね、王子様」
バチリ、と力強いウィンクを放つ、マリエンヌさん。ふふっ、とグランさんの笑い声。
笑え、笑うがいいさ……何だ、王子様って。