少し寝過ごしたか……外は白み始めている。とはいえ、魔力制御に遅すぎる事はない……そのあとに一服かな。
窓を開け、外気を取り入れる。冷気が、身を引き締めた──「よっし」
階下に降り、いつもの奥テーブル席に着く。朝食はそろそろだろうな……っと、我が姉、ミザリアスさんがやって来た。
「おはよう、クレイ」
ニコニコと機嫌良さそうで何よりだ。ミザリアスさんが、席に着くのを見たアルガドさんが来た。
「よう、お二人さん。朝食は?」
今日のメニューは、豚肉と豆のトマトシチューに丸パン。チーズと酢漬け野菜。との事。
おお、シチューか。寒くなってきたしな。早速注文する。
「今日は少し忙しくなりそうですよ?」
ミザリアスさんは、器に残ったシチューを、割った丸パンで拭いながら言った。
いい食べ方だな。俺もそれに習う……忙しくなるとは?
「
うええ……マジか、ムカデかあ~。分類的には節足動物だったっけか? 討伐に駆り出されないよな?
「初級のCランク以上は、ギルドから声がかかりますよ。受ければ、昇格の機会に繋がりますからね?」
口元を紙ナプキンで拭いながら、ミザリアスさんが笑顔でいう。
あ、駄目だ。これ推薦される感じだ。
「中級に昇格出来る機会ですよ? 最近組んだリリンさんと行動すれば、危険は半減すると思いますよ?」
ミザリアスさんに、引きずられる様に冒険者ギルドに到着。ギルド内はかなり賑わっている。
──甲殻ムカデか。厄介だな──冬の風物詩とはいえ、面倒だ──色々聞こえてくる……ムカデ出現は、風物詩なのか?
ギルドマスターのシュウヤさんが、二階の踊場から冒険者達に告げる。
「すでに聞いているでしょうが、明け方前に衛兵から報告がありました。甲殻ムカデの群れが、湧いて出たと。速やかに討伐しなければいけません。初級のCランク以上は、是非参加して頂きたい。報酬は帝都から出ます」
おおう……冒険者達から、感嘆の声が上がる。高額な報酬が約束されたようなものだからな……くいくい、と袖を引かれ、振り返る。武装したリリンだ。
「行くよね?」
愛嬌を見せながら、聞いてくるリリン。う~ん……仕方ない。ミザリアスさんの手前もあるからな。
「ああ、装備を整えてくる。討伐申請を頼む」
はいはーい、とリリン。
武装を整え、“
使う機会が無いといいがな……はあ、ムカデかあ~。まあ、仕方ない。
「おう、クレイドル。気を付けてな」
「はい。昼食は、魚でお願いします」
フェイスガードを引き下ろし、アルガドさんに頼む。
「いい魚を仕入れておくぜ。楽しみにしてな」
アルガドさんに手を振り、宿から出る。
ギルド内は、冒険者達の熱気に溢れている。開け放した出入り口から流れてくる冷たい風を跳ね返すほどだ。
「監視中の衛兵からの報告によると、甲殻ムカデは帝都南の、丘の向こう側の林から湧いているとの事です」
シュウヤさんが踊場から、現状報告をする。
「数は多数。丘を越えられれば、街道に降りて来て付近の村、そして帝都間近まで迫って来るでしょう。その前に、殲滅して下さい。南門の周囲と、街道沿いには衛兵を配置するそうです。あなた達を通り抜けた甲殻ムカデは、衛兵に任せて下さい」
皆、真剣に耳を傾けている。シュウヤさんに口を挟む者はいない。
それだけ、信頼されているんだろうな。
初級のDランク含む以下は、ギルドで待機。後方支援だ。
副ギルドマスターのライザさんの指示を受け、職員と共に綺麗な布と回復ポーションの準備をしている。お、あの四人組……確か、“
「では、皆さん。くれぐれも気を付けて。無茶はしないように」
静かに通る声で、俺達に告げるシュウヤさん。
「帰ったら、宴会です」
シュウヤさんが、微笑みながら云う。
よおおっし! と誰かが叫び、それが広がる。やがて、皆がギルドから悠々と出ていく。その数、二十名ほど。
「クレイ」
ミザリアスさんに声をかけられた。機嫌良さそうに微笑んでいるが、圧を感じる……何ぞ?
「無茶は駄目ですよ……リリン、クレイの事お願いね」
ニコリと、リリンに圧をかける我が姉。リリンが引きつった笑みで、コクコクと頷いている。
他の冒険者達に混じり、南門を通り抜けて街道を移動する──「冒険者だな? 俺達衛兵は、ここで待機だ。抜けて来たムカデは、俺達に任せてくれ」
街道沿いに展開している衛兵が、先頭を行く冒険者に言った。
「あの人ね、あたし達のまとめ役のレイナルドさん。若手の有望株で中級のBランク、獅子族の凄腕よ」
大剣を背に下げた、重装姿。がっしりとした筋肉質の、猫科の猛獣のしなやかさが見て取れる肉体。
獅子族か……城塞都市のリネエラさんを思い出すな。
「了解した。背後は、頼む」
衛兵に目礼をする、レイナルドさん。何か、武人っぽいな。
レイナルドさんを先頭に進む俺達。
「誰か、丘向こうの斥候を、頼めないか?」
背後を振り向き、レイナルドさんが言う。速やかに、二名の冒険者が丘に向かって駆け出して行った──さすがだな。レイナルドさん、統率に優れているんだろうな……。
進むにつれ、冒険者達の緊張感が高まってきたのか、無口になっている。
斥候が、戻ってきた。手短にレイナルドさんに報告をする。
「今のところ、数は数十ってとこね。あんまり、進んでないわ。林の前でゴチャゴチャしてる感じね」
軽装の、狼族の女性が云う。次いで、同じく軽装の人族の男性が云った。
「魔術で、一まとめに数を減らすのも、有効だと思う……火属性以外でな」
ふうん、と考える素振りを見せる、レイナルドさん。
「火属性は、問題あるのか?」
隣にいるリリンに尋ねる。
「ん~、有効何だけどね、昆虫系は火が付くと暴れるのよ。近くに林があるなら、悪手なの」
なるほどな。ならば、火属性以外の魔術を行使しないといけないって事か……面倒くさいな。
虫相手に、色々考える必要あるか? しらみっ潰しにすればいいだろうが……面倒だ。
「ちょっと、クレイドル!?」
虫だろう? いちいち作戦立てなんか必要ないだろうが──叩き潰せばいいんだよ。
声が聞こえる。誰の声だ? どうでもいい──殺すしかない。虫は……しらみっ潰しだ!
丘向こうに降りて撃退する者と、丘の上で迎え撃つ者の二班に分け、撃退する事に決めた。
魔術師は後方に配置──火属性は、極力使用しない事。そう決めて、冒険者達に告げようとしたところ……「ちょっと、クレイドル!?」
うん!? バトルアクスを背負った冒険者が、勢いよく丘に向かって行った。
その後ろから、ドワーフ。確か、リリンだったか……バトルハンマーを小脇に抱え、先走った冒険者を追って行く──「皆、丘に向かうぞ! 魔術師は後方に付け! 火属性は控えろよ!」
その指示だけで精一杯だった。先走って行った冒険者は誰だ!?
丘を目掛け、ザワザワと蠢きながら這い進んで来る
そして、特徴的な頭部。強力そうな顎、その左右には鎌状の鋭い牙。
そして、普通のムカデと違うのは、蟷螂の様な両前足をしている事だ。鎌、というより鉤爪──「クレイドル、牙と鉤爪に気を付けて!!」
後方から、リリンのアドバイス。なるほどな……「分かった」
フェイスガードの中で、獰猛な笑みを浮かべるクレイドル。その瞳に、赤い光が宿っていた──
何を見せられているのか──目の前で、フェイスガードを下げた、鷲を模した兜と黒灰色のマントを身に着けた冒険者が、バトルアクスを振るっている。
バトルアクスが左右に薙ぎ払われる度、甲殻ムカデの体が弾け飛び、千切れて散っていく。
千切れ弾けた甲殻ムカデは、昆虫特有の生命力でもがいているが、ドワーフのリリンが、バトルハンマーで止めを刺している──「レイナルド、俺たちゃどうする?!」
声に、我に帰る──「二手に別れ、左右から挟撃だ!! 真ん中で暴れている、
声をかけてきた冒険者が、おう! と答えると、仲間達の元に戻って行った……イレギュラーな事は起こりえる。
とはいえ……「はっははははっ!!」
高笑いをしながら、甲殻ムカデを散らしていく、黒鷲の兜の男。その補佐をする様に、動くリリン。
ふふっ、何故か笑ってしまった。ただ見ている訳にはいかないな──「ゴオオォオオゥッ!!」
獅子の
己と味方の士気を向上させ、少しばかりの身体強化を与える、種族特性の一つ。
その影響を受けた、冒険者達が歓声を上げる。
(よし、行くか)大剣を引っ下げ、甲殻ムカデの群れ目掛けて突き進む──レイナルドもまた、獅子族特有の獰猛な笑みを浮かべていた。
シィイャアッ! 奇妙な鳴き声を上げて向かって来る甲殻ムカデの頭部を、上段から斬り潰す。
昆虫特有のしぶとさで、直ぐには死なない──うっとうしい事、この上無い……ザワザワと這い寄って来る甲殻ムカデ。
上等だ。片っ端から潰してやる──「ゴオオォオオゥッ!!」
咆哮が聞こえた。同時に、さらに気が昂る……すうぅっ、と息を吐き、呼吸を整える。ワラワラと這い進んで来る甲殻ムカデに対しては嫌悪しか湧かない──(虱潰しだ)
「おおぉぉぉああぁっ! 死ねっ死ねっ、死ねぇぇ!!」
ああ~、滅茶苦茶よ。クレイドル……甲殻ムカデに噛み付かれようが、殴られようが止まらないなんて……かなり頑丈な鎧を身に着けているからって、ねえ?
おっと、半身が千切れた甲殻ムカデが転がって来た──「えいっ」
頭部を、ハンマーで叩き潰す。昆虫系の生命力のしぶとさ。ほんと、うんざりするわよ……。
「おおぉぉぉああぁっ! 死ねっ死ねっ、死ねぇぇ!!」
クレイドルの叫び声が、響く。まったく……狂戦士じゃないんだから。
甲殻ムカデの数が、目に見えて減っているのよね……他の冒険者達が、左右から挟撃しているのも、理由何だろうけど。
まあ、いいわ。今あたしに出来る事は、クレイドルの補佐。
うん、それに専念するわよ──リリンは、鼻唄混じりに、もがく甲殻ムカデの頭部を踏み潰し、千切れかけで蠢く甲殻ムカデに、バトルハンマーを叩き付ける。
だいぶ、減ってきたな……よし、さっさと虱潰しに終わらせるか──
全身から、血飛沫を撒き散らしながら荒れ狂う
最早、甲殻ムカデは数体を残すだけとなっていた──「リリン、だったな。あの……冒険者と組んでいるのか?」
「うん? そうだよ。一時的にだけどね」
レイナルドに話しかけられたリリンが、答える。
数体残った甲殻ムカデは、他の冒険者達に始末されていた。
全身血塗れの、黒灰のマント姿の冒険者はバトルアクスを支えにして、地面に片膝を着いている。
「クレイドルのとこに行ってくるね」
リリンが、小走りに駈けて行った。
レイナルドは、その後ろ姿を見つめながら、軽くため息を吐いた。
(クレイドル……というのか。あとで話をしてみよう)