疲れた……疲労に加えて出血。そりゃあ疲れもするな。ポーチから、干し果物が入った紙袋を出し、干し果物を口に放り込む。甘さが体に染み渡る……それにしても、“
解除すると、一瞬で傷と痛みは引くが、この血塗れ状態はそのままなのがな……。
「浄化」血生臭さと同時に、全身を覆う血が消える。よし、もう一度……。
「クレイドル、大丈夫?」
リリンが、明るく話しかけてきた。ふう、と一息付く。
「前よりは、慣れたみたいだ……といっても、少し休ませてくれ」
周囲を見回すと、
参加したいが、今の状況では無理だな。今だ疲労回復には時間がかかる──「クレイドル、休んでていいわよ。素材や魔石は、まとめてギルドに持ち込まれるから」
なるほど。均等に振り分けられるという事、か。
「クレイドル、だったな……少々、いいか?」
背後からの声に振り向く(それだけでも、少し難儀をした)。確か、獅子族のレイナルドさんといったな?……「すいません。今は、だいぶ疲れているんです……あとに、してくれませんか?」
「う~ん。今のクレイドルはあまり余裕ないですよ」
リリンの言葉に、レイナルドはクレイドルを見る……クレイドルは息荒く、肩を上下させ、疲労困憊といった雰囲気を見せている。
「む……すまんな。宴会の時にでも話そう。それと、回収作業は私達に任せておけ。リリンは、彼に付いててやるといい。では、あとでな」
またな、と笑いながら、クレイドル達にきびすを返し、去って行くレイナルド。
その背を見送りながら、クレイドルがいう。
「いかにも、リーダーって、雰囲気の人だな……」
「まーね。前にも言ったけど、回りからも若手の有望株って言われてるだけあるのよ。ベテランも一目置いてるよ」
なるほどな……そんな雰囲気をまとっていたな。
「あと、リリン。“血塗れ”と“暴走”の事は、姉さんには黙っててはくれまいか?」
「え? それは無理よ。むーり」
はあん? 無理って何ぞ!?
「だって、あたしが黙ってても、見られたでしょ? 他の冒険者達に。
……おおう。そう、だった……そりゃ、そうだわな。
「そういう、種族って事に出来ないかな?」
「いや……無理でしょ。昆虫系を見たら暴走して、全身から血飛沫上げる種族って、何!?」
「……むむむ」
「むむむ、じゃないわよ……そうだ、干し肉持ってるけど食べる?」
リリンが、ポーチから紙袋を取り出し、中から干し肉を差し出してきたので、ありがたく受けとる。
塩気が効いていて、なかなかに美味い。魔道コンロで炙れば、さらに美味いだろうが、それは贅沢だな……ゆっくりと、干し肉を噛み締める。
また、血肉を回復しないとな……干し肉の塩気が身に染みる……。
甲殻ムカデの素材と魔石の回収が済んだと、報告を受けた。その頃には、足腰に力が入るようになり、自力で立てるほどには回復していた。
「クレイドル、大丈夫?」
リリンが支えてくれたが、まあ、自力で歩ける。
「ああ……大丈夫だ。さて、街に戻るか」
時刻は、昼になるかならぬかくらいの時間だ。
黒山羊の蹄亭で、昼食を取る事になっているんだよな……ああ、そうだ。魚料理を頼んでいたな。
「一旦、ギルドに戻るんだろうな?」
リリンに尋ねる。疲労の身だが、報告という事では、戻らないといけないだろうな──「ん? 特にそういう事はないよ? 討伐依頼を受けた冒険者は、ちゃんと記録されているから、治療とかが必要だったら、それを優先していいんだよ」
なるほどな……じゃあ、昼食を取って休む時間はあるな。
「街に着いたら、宿に戻るか……宴会まで、時間はあるだろうからな」
干し果物と干し肉で、ある程度の体力回復を得た。
「そだねー、戻ろっか……お姉ちゃんへ、どう話すか考えていた方がいいと思うよー」
う……そうだったな。
「なんだったら、リリンが説明してもいいぞ?」
「なんだったらって何!? 嫌だけど!?」
帝都に到着したのは、昼前だった。昼食には丁度いい時間だ。腹が……減った。
意気揚々と、賑やかに冒険者ギルドに向かって行く冒険者達。
軽傷者はいるが、大きな怪我をした人はいないらしい。いい事だ。
顎と鉤爪は武具の素材に使い、触角は錬金術と、魔術の触媒になるそうだ。
「リリン、俺は宿に戻る。かなり腹が減っているし、何より疲れた。ミザリアスさんに、俺の事を聞かれたらそう伝えてくれ」
「うん。分かった」
リリンとギルド前で別れ、宿に戻る。魚料理、頼んでたな……。
「よう、クレイドル。怪我は無いか?」
「ええ、何とか」
グラスを磨いている手を止め、アルガドさんが尋ねてきた。
「昼は食べるんだろ?」
「はい。その前に、お湯を頼みます」
おう、とアルガドさん。さて、着替えてくるか。
ベッドに横たわりたいが、それをしたら眠ってしまうだろう……寝るのは、食事のあとだ。さて、着替えるか……。
“
どうぞ、と声をかけると、従業員さんが、お湯を運んできてくれて来た。
前にも来た、十代後半の女性従業員さんだ……確か、前にもチップ渡したな。
「ありがとう。これ、取っておいて下さい」
銅貨五枚を渡す……もじもじしながらも、受け取ってくれた。
「ほ、他にご用があれば、いつでも、呼んで下さいね……」
顔を真っ赤に染めながら、去って行った……。
まあ、いい。浄化で身綺麗に出来るのだが、やはり、お湯で体を拭うなりするのは違うんだよな。
シャワーを浴びたいのだが、今はちょっと面倒だ……よし、魚料理が待っているぞ。煮付けだろうか? それとも焼きか、揚げか?
「おう、クレイドル。いい魚が手に入ったんでな、煮付けと刺身にしたぞ」
いつものカウンターに座るやいなや、アルガドさんがいった……煮付けに刺身、だと?
「米をお願いします。あと……刺身の種類は、何がありますか?」
冷静に、尋ねる──ワサビに醤油。それがあれば、大陸の食生活は変わるぞ!
「刺身は赤身魚と白身だな。マリネにしようかと思ったが、丁度醤油を仕入れたばかりだから、刺身にした。食べ応えあるぞ……そういや、ワサビって知っているか?」
「醤油と山葵あるんですか!?」
食いぎみに聞いてくるクレイドルに、若干引く、アルガド。
「お、おう。ワサビはグレイオウル領からの直送だ。醤油は、帝都で少数生産されている。港区の飲食店のほとんどで扱っているぞ」
最高だ。味噌もあるからな、醤油も当然か……。
「お待たせ、煮付けに刺身だ。それと、魚の吸い物に、ワカメの酢漬けだ」
大振りの魚。金目鯛っぽいな。身をほぐして、早速一口……締まった身が、口の中でほろっと崩れる。美味い……海の魚は、やはりいいものだ。
「一応、骨は取ってあるが気を付けろよ」
はい、と頷き、吸い物を啜る。具は、ワカメと剥き身の貝。優しく、身に染みる味。魚の出汁に、塩を少々といった味だ……「美味い」
クレイドルの呟きに、アルガドは嬉しそうに微笑む。
「大将、焼き二つに煮付け一つ、お願いしまーす!」
従業員の声。揚げの注文少な目だな……時間かかるからな、あれは。
「おう。焼き二、煮付け一だな。クレイドル、ゆっくりしてけ」
あ~、食ったなあ……山葵はともかく、醤油もあったのは嬉しかったな。
やっぱり、山葵には醤油だな、うむ。
夕方からは宴会か……あまり、気が乗らないな。 行かなかったら、ミザリアスさんが宿に来るだろうし、あとレイナルドさんが、話がしたいと言ってたな……まあ、少し眠ってから考えよう──クレイドルは、大きく伸びをすると、ベットに横たわった……やがて、深淵の闇に包まれる──
ふと、気付く。廊下敷きの、長い深紅の絨毯。レッドカーペットに片膝を付いていた──ここは……深淵の女王の、謁見の場。玉座の間だ……。
「久しいな。我が甥よ」
淫靡さと厳かさを備えた、透き通る様な声……聞き覚えあるぞ。この声は……。
「許す。面を上げ、顔を見せよ」
顔を上げ、女王を見る。床まで広がる、純白のドレス。レース模様の、二の腕まである純白の長手袋。
顔を覆う、純白のベールを被っている。
邪神を思わせる、輝くばかりの長い金髪が床まで垂れている……「この世界に、充分馴染んでおるか?」
「はい。おかげさまで」
ふふふっ、と女王の笑い声が、頭に響いて来る。
「それは、重畳。今日はのう、そなたに贈り物を与えようと思うてな」
いつの間にか、玉座の側に長身の女性が立っていた。肩が露出している、深紅のイブニングドレス姿──漆黒の髪から、短い角が覗き見える。魔族の女性だ。穏やかな顔付きの美女。
「陛下からの贈り物です」
囁く様な優しい声。柔和な笑みを浮かべながら、両手に持った大きな盆を運んできた。盆の上には布がかけられている。
「立ちやれ。布をめくるといいぞ」
女王の声に、立ち上がってしまう。
魔族の女性が、盆を差し出してきた……言われるがままに、盆の上にかけられた布をめくる……ううわ、何ぞこれは……盆の上に乗っているのは、メイスだ。
全長八十センチほどの、濃い夕陽の色をした戦槌。柄は黒檀製。螺旋状で滑りにくい造り。メイスの先端は鋭く、その周囲四方は三角錐に囲まれている。
明らかに、禍々しい造りと雰囲気──呪物鑑定、発動──くそっ、やっばりか!
“
打撃の際に「
「これほどの逸品。ありがとうございます」
そうとしか、言えないんだよなあ……。
「ふふふっ、喜んで貰えて何より。弟がの、そなたに色々と世話をしているのが何やら羨ましくての……まあ、よいわ。いずれ、またの」
妖艶な声の響き。純白のベール向こうから、強い視線を感じながら、意識が途切れるのを、感じた……。