邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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幕間 グランドヒルの新人達⑨ 新人卒業

 

魔獣化した猪。改めて見ると、かなり大きい。

「取りあえず、血抜きだな。解体はミストウッズに戻ってからだ」

ランドさんが、(きこり)達に手伝ってもらい、血抜きの準備を始める。器用に猪を縛り上げ、木に吊るし、手早く喉を切り裂くと心臓を突いた……村で解体を見た事があるので、それほど驚きはなかった。

シェリナは、ちょっと嫌そうな顔をしているけど、ジョシュは興味深そうに見学している。

 

「よう。奥は異常無しだ。いたのは鹿や兎くらいだ……血抜きの最中か、姿から見るに、魔獣化してるな」

「ランド達で、仕止めたんですか?」

ジャックさんとフルースさんが戻って来た。

「いや、俺は少々アドバイスをしただけだ。仕止めたのは、リーネ達だ」

紙巻き煙草に火をつけながら、ランドさんがジャックさん達に告げる。

「ふむ、やるな。連携はどうだった?」

ジャックさんの質問に、ランドさんが答える。

「文句のない、動きだった。もう新人とは言えんな」

ぷかり、と煙草の煙を吹き出す、ランドさん。

……うん? ジャックさん達、何の話をしているんだろう?

 

「親方、作業の残りはあとどれだけ残っていますか?」

フルースさんが、樵達に声をかける。伐採作業はまだ終わってないんだっけ……。

「もう一ヶ所で終わりだな。夕方前には終わらせるさ」

樵達の親方さんが答える。ジャックさんが、私達に指示を出す。

「ランド、引き続き、樵達の警護を頼む。リーネ達の側に付いてやれ」

「おう、任せろ……親方、そろそろ昼食の時間じゃないか?」

ランドさんが、親方に尋ねる。ああ、そうだなと 親方。

「よし、昼飯だ。一旦、小屋に戻るぞ。昼飯の準備をしてるだろうからな」

親方の指示に、樵達が手早く道具をまとめ始める。

樵の食事、か……どんな料理だろうか?

 

山菜と茸たっぷりの雑炊と、炙った塩漬け肉。山菜と茸は、荷物番の人達が集めたそうだ。

現地調達の新鮮な具材。味付けは塩。野趣あふれる料理だ。付け合わせには、青菜の酢漬け野菜。

塩と酢が、肉体労働に合うそうだ……うん。確かに合う。塩と酢が、体に染みた……。

「リーネ達は引き続き、ランドと一緒に樵の警護。俺とフルースは、周囲を見回る」

「構わんよ。リーネ達も、それでいいか?」

ランドさんが私達を見る。もちろん、構わない。 シェリナとジョシュも、頷いている。

「はい。よろしくお願いします」

 

 

昼食後のお茶の時間が終わると、早速次の作業場所に移動する事になった。

樵達の先頭は、ランドさんとリーネ。最後尾は、私とジョシュ。

樵の話だと、あと二、三時間で夕方になるそうだ。冬なので、日暮れが早いんだな。

「魔獣化した猪もそうだけど、鹿もなかなか手強いって聞いたな」

ジョシュが言う。そういえば、村で聞いた話だと、基本臆病だけど個体によって、気性が違うとか。あとは、繁殖期の雄鹿は荒くなるそうだ。

「雄鹿の魔獣化は、結構問題になるって聞いたよ」

「何にせよ、気を付けないとね」

そういえば、鹿の繁殖期っていつなんだろうか……。

 

次の作業に着いた。樵達の護衛は、前と同じ位置取り。ランドさんも、それでいいと言ってくれた。

俺、リーネ、シェリナ、それぞれ三方向を監視。後方には、少し離れた所にランドさん。後方から、周囲全体を見渡している──ランドさんの紙巻き煙草の煙が、微かに漂って来る。

樵達の作業は、手際よく進んでいるようだ……このまま、何も無ければいいんだけど。

剣の鯉口を切り、いつでも抜ける様に準備をする。何か、予備の武器も持っていた方がいいかな……。

 

「ランドさん、何か近付いてきます!」

シェリナの報告。生命探知が出来るのか?

「距離は分かるか? 大体でいい」

紙巻き煙草を指で揉み消し、携帯灰皿に入れる。

シェリナが、杖を掲げた──「五十、メートルも無いと思います!」

大体の距離を測る事が出来る……初級訓練をしっかりと受けた証拠だ。

「リーネ、皆をまとめろ。俺が後ろについている」

リーネが頷き、手早く仲間達に指示を出す。

「親方、作業中止だ! 魔獣の可能性がある!」

親方は、即座に作業中止の合図を出し、樵達と後方に下がって行った。

普通の獣なら、人の気配を感じると距離を取る。こちらに向かって来るという事は……。

 

草藪を抜けて来たのは……立派な角を持った、雄の鹿だ。角と体毛は黒ずみ、真っ赤な瞳をしている。一目見て、魔獣化していると分かった。

大きい……体格はともかく、足が長い分だけ猪よりも大きく感じる。

「角と蹄に気を付けろ! 素早さは猪以上だと思え! 直進だけでなく、横の動きにも気を付けろよ!」

ランドさんのアドバイス。鹿は、明らかに私達を邪魔な存在だと認識しているようだ……ジョシュが、ゆっくりと剣を抜き、盾を構える。

「シェリナ、ゆっくりと後ろに回って。猪と同じ様に、補佐をお願い……ジョシュ、落ち着いてね」

シェリナとジョシュが頷く。二人とも、私がいうまでもなく落ち着いている……うん、やれる。私は、ジョシュの少し後方に位置を取る。

魔獣化した雄鹿は、ガッガッ、と地面を蹴る動きを見せている。猪と同じ様に、こちらに突進して来るのだろうか……。

 

ケエェェ~ン、と一鳴きした雄鹿が突っ込んで来た。

頭を下げ、角をジョシュに向けて突っ込んで来る雄鹿に対したジョシュは……「ふうんっ!!」

気合いと同時に、雄鹿の頭部を横殴りに盾で跳ね上げた。

その首筋に、剣を抜き打ちに斬り上げるジョシュだったが……少し浅い。首筋を斬り裂かれた鹿は、ジョシュから距離を取った。

でもね──「氷結よ、礫となり、穿て!」

シェリナの術が形を取り、拳大の氷の礫が鹿の体を撃つ──多数の氷の礫を撃ち込まれた鹿が、叫び、怯んだ。

今!──怯む鹿の元に駆け寄り、棍を打ち込む。頭部、首筋、足……確かな手応え。鹿が、膝をついた。

それを見たジョシュが、即座に駆け寄り、その首にロングソードを振り下ろす──鹿の首が切り離され、宙を舞う。

魔獣化した、鹿の討伐完了だ……。

 

リーネ達の戦いを見届けたランド。煙草ケースから紙巻き煙草を取り出す。

(連携が上手くなっているな)

パチン、と指をならし、生活魔法で煙草に火をつける。仕止めたばかりの鹿を、珍しげに見ているリーネ達。

(もう、新人とはいえないな……)

ふぅ~う、と煙を吐くランド。

「親方、こっちは済んだ。作業を始めていいぞ」

おう、と親方が答え、樵達に合図を出している。

「リーネ、ジャック達が戻ったら、鹿を運ぶぞ」

上手く頭を落としたものだな。角は高価で売れるんだよな……煙草の煙が、宙に溶けていく。

 

 

「異常無し。手持ちぶさただったんでな、兎を二羽ほど狩った……おお、鹿を仕止めたか」

「完全に魔獣化していますね」

フルースは死体の側にしゃがみ込み、興味深そうに触れている。

「ジャックさんよ、そろそろ作業はおわるぞ……っと、こりゃまた大物だな」

親方が、倒れている鹿を見て驚く。

「親方、鹿も血抜きをしたいので、人手を貸してくれませんか?」

「おう、構わねえよ。手の空いた奴らがいるから、そいつらを使ってくれ」

 

 

伐採作業は夕方前には終了した。少し休憩して、街に戻るそうだ。

鹿と、ジャックさんが狩った兎の血抜きも済んでいる。木に吊るされた猪と鹿を、樵達が物珍しそうに眺めている。

「魔獣化した動物を見るのは初めてじゃねえが、改めて見ると凄いな」

紙巻き煙草をくゆらせながら、親方が言う。

「熊じゃなくてよかったぜ、魔獣化した熊はなかなか厄介だし、山を相当に荒らすからな」

ジャックさんは、干し果物を口に運んでいる。

 

伐採した木はそのまま放置。明日、もう一度来て回収するそうだ。護衛依頼は、明日まで。

「よし、撤収といくか。お前ら、猪と鹿を運べ」

「助かる。肉は半分分けるよ」

ありがとよ、と親方。樵達が、早速猪と鹿を荷台へと運んでいく。ジャックさんが私達を見る。

「リーネ、ランドから聞いたが、なかなかの戦いぶりだったそうだな。もう、お前らの事を新人とはいえねえな」

何か、嬉しそうにジャックさんが言った。

「常設依頼も、結構こなしていると聞いた。あれを嫌がる新人多いんだよな。受付嬢が感謝してたぞ」

ランドさんが言う。常設依頼は、宿代や食事代を、確実に稼げるから受けているのよね……三、四件の依頼を皆で受けたり、個別に受けたりと地道に稼いでいるだけなんだけど、どうやらギルドからは良く思われているみたいだ……。

 

撤収準備が終わり、俺達は馬車に乗り込む。

俺達三人とランドさんだ。外を見ると、日は暮れかかっている。誰も怪我は無くてよかった……。

「街に戻ったら、猟師に頼んで猪と鹿を解体してもらうんだが、肉と皮は渡していいか?」

リーネに尋ねるランドさん。リーネが俺達に目を向ける。俺もシェリナも頷く。

「そういう事でいいな。猪の牙と鹿の角、あと魔石は俺達の取り分だ」

「牙と角は、何に使えるんですか?」

シェリナが、ランドさんに尋ねる。

「基本は、錬金術と魔術の触媒だ。鹿の角はいい薬になる。あとは、加工して調度品にする場合もあるな」

なるほど。高値で売れるのかな……?

 

 

街に到着後、猟師に解体を頼むため、ジャックさんは人手を借りて、猪と鹿を猟師の所に運んで行った。

「さて、僕らは一足先に冒険者ギルドに戻っていようか。夕食はジャックが戻ってからですね」

フルースさんは、飄々した雰囲気でギルドに足を運ぶ。

「ジャックが戻るまで、茶でも飲んで待ってよう」

ランドさんとフルースさんに先導される様に、私達は着いていく。

 

ギルド内の喫茶室は、それほどの喧騒は無かった。もう夕方だから、他の冒険者達は夕食か酒場に繰り出しているのだろう。

砂糖まぶしの炒り豆を摘まみながら、明日の護衛について話を聞く。

「まあ、今日とそう変わらないよ。伐採した木を運ぶだけだから、早く済むだろうね。最も、魔獣化した獣が出現しなかったらですが」

香草茶を、ゆっくりと啜るフルースさん。

 

明日は、何事も無く済めばいいけど……炒り豆に手を伸ばし、口に入れる。

優しい甘さが、じんわりと身に染みた。

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