朝食を終え、お茶の時間。ミザリアスさんに、今日の予定を聞かれる。
「報酬を受け取ったあとは……そうだね、帝都観光でもしようかな」
香草茶を啜る……ほんの少し、香辛料の薫りがする。冬向けに、体が暖まるように淹れたんだな。悪くない。
「帝都観光なら、お姉ちゃんが案内しますよ!」
妙に嬉しそうにいう、ミザリアスさん……いや、仕事は?
「有給休暇を取ればいいんです! 仕事なんていつでも出来ます!」
いや、アカンて。公私混同はダメでしょうに……。
結局、宿から引きずり出される様に、冒険者ギルドに向かった。
「駄目ですよ」
ミザリアスさんは、ギルドに入るやいなや、受付カウンター正面で書類仕事をしているギルドマスターのシュウヤさんに、有給休暇の申請を申し入れたのだが、当然の如く許可されなかった。
「弟が、帝都観光をしたいと言っているんですよ!?」
あくまで、食らいつくミザリアスさん。おお、もう……周囲の視線が、痛い。
「公私混同です。休みの日にでも案内すればいいでしょうに。今は、
シュウヤさんによると、魔物討伐は冒険者の仕事。異常発生の原因を探るのは、宮廷魔術師と騎士。そして、衛兵の仕事だそうだ。
冒険者ギルドは、宮廷魔術師達と連携を取り、データをまとめ、今までの資料と照らし合わせ、予防と対応策を話し合う。
今、職員達はその作業で多忙との事──そりゃあ、弟の帝都観光に付き合うなんて事は駄目だわな。
「姉さん、今は仕事が大事だよ。観光は一人で大丈夫だから」
俺の言葉に、うむう、と呻くミザリアスさん。
ギリギリで、職務への責任感が勝ったようだ……昼食の約束をされたが。
「討伐達成の報酬ですが、帝都からは、金貨十枚。ギルドからは、銀貨五枚が支払われます。現金でお受け取りになりますか?」
対応してくれたのは、狼族の受付嬢だ……城塞都市のジェミアさんを思い出すな。
「ええと、金貨十枚はギルド口座にお願いします。銀貨五枚はこの場で貰います」
「かしこまりました。冒険者証をお預かりします。少々、お待ちください」
受付嬢に冒険者証を渡す……というか、この受付嬢、全然顔を上げないな。何ぞ?
「あの、クレイドル君……危険ね」
さっきまで、クレイドルの相手をしていた受付嬢が、ため息混じりに言った。
正面から、あの顔を見るのは危険だと、獣の本能が訴えて来たのだ。
その結果、顔を直視せずに対応する事になった……失礼な対応だとは重々承知だったが、あの顔を直視するのは、理性がおかしくなりそうだと思っての対応だった……。
「よく、耐えられましたね。サミア先輩」
後輩達から声をかけられた。なかなかに難しかったけどね……。
「あなた達も、直視しちゃ駄目よ。
サミアと呼ばれた、二十代後半の受付嬢は、ほう、とため息を吐いた。ちらっとだが、クレイドルの
白磁の様に綺麗な白い肌に、濡れた様な形の良い紅色の唇。そこから覗く白い歯……ああ、駄目。忘れないと──夫と娘の顔を思い出し、耐える。
「サミア先輩、大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」
「う……今日は忙しいからね。ちょっと暑くなったみたい」
開け放している、ギルドの出入り口から入って来る冬の風が、今は心地よく感じた。
報酬の手続きを終え、ギルドからでる。ミザリアスさんに、ほぼ強引に連れ出されたので、普段着一つしか身に付けていないから、かなり寒い。
宿に戻り、改めて着替えないと、どこにも行けやしない。戻ったら、香辛料入りの香草茶を頼もう……。
宿に入ったと同時に、宿内の喧騒が、一瞬静まる。いつもフードを深く被っているクレイドルは、今はその顔を普通に晒していた。
それを見た客は、驚き見とれているが、クレイドルはそれに気付かず、カウンターまで進み、席に着く。
「ただいま」
「おう……寒くないか?」
普段着一つのクレイドルを見たアルガドが、思わず言った。
「上着を羽織る間もなく、宿から引きずり出されましたからね。香草茶下さい」
あいよ、とアルガド。顔には、苦笑が浮かんでいる。
ふう、生き返る……香辛料の効いた香草茶、暖まるな。冬の飲み物って感じだ。
さて、帝都観光だけど……どこからにするか?
観光地巡りの、タクシーならぬ馬車とかあるだろうか?
「アルガドさん、お勧めの観光場所ってありますから?」
「お勧めなあ……まあ、色々あるが、騎士団の訓練は、なかなかに見応えがあるぞ」
グラスを磨きながら、アルガドさんがいう。騎士団の訓練か……グランさんにも勧められたな。
「香草茶のお代わりをお願いします」
あいよ、とアルガドさん。訓練見学か、興味はあるな。
ギルドマスターのシュウヤさんもお勧めしてくれた、帝都美術博物館に皇妃の庭園……まあ、時間はある。ゆっくりと廻るさ。
一旦部屋に戻り、着替える。といっても、最近買ったワインレッドのレザーコートと、ロディックさんの露店で買った、革の手袋に流砂柄のマフラーを身に着けるだけだ。
さて、出掛けるか。ミザリアスさんとは、昼頃に宿で待ち合わせとなっているから……観光名所は、一つか二つ見る事ができればいいか。
階下に降りると、朝食後なので宿内の喧騒は、だいぶ収まっていた。
「アルガドさん、少し出掛けます」
「おう。気をつけてな」
アルガドさんの言葉に頷き、宿から出る。
冬の青空に雲が広がり、清々しい空気が満ちている気がする……観光日和だな。
流砂柄のマフラーを、鼻から下に巻き付ける。長めなので、首回りに巻きながら、胸元に垂らす。
垂らした部分を、ロングコートで覆い、コートのボタンを止める──よし、顔半分を冬風からしのげる様にした。手袋をはめる──おお、暖かいな。
まずは、皇妃の庭園からかな。近くの馬車乗り場は、どこだっけか……。
乗り合い馬車を使い、城の城門近く、馬車の停留場で降ろしてもらった。
御者がいうには、皇妃の庭園には城門から、見学申請をして連れて行ってもらうとの事だそうだ。
なるほど。皇妃の庭園は、一般に開放されているとはいえ、城の範囲内だから、衛兵達の目が常時光っているらしい。それは当然だな。
早速城門に向かい、皇妃の庭園見学の申請を頼む事にする──おう、異世界知識発動──皇妃の庭園。ミルゼリッツの正室、メリエーナが手ずから造り上げた庭園。長年かけて育てた庭は、特定日にのみ一般に開放され、多くの帝都民に今も愛される場所となった。庭園の中央にある、東屋はメリエーナとミルゼリッツのお気に入りの語らい場であり、後にメリエーナの臨終の場所となった──ふむ、なかなかにロマンチックだな。
「皇妃の庭園の、見学申請──ですね。ここに、サインをお願いします。あ、あと入園料として銅貨三枚を、お願いします、ね」
顔を赤らめ、妙にぎこちなく手続きをする女性の衛兵さん。慣れていないのだろうか……?
「申請は、これで終了です。何か、ご質問はありますか?」
特には、ないんだが……見学の終了時間が気になるかな。
「庭園見学の終了時間は、夕方までです。それまで、ゆっくりと庭園を楽しんで下さい」
分かりました、と頭を下げて庭園へと向かう。
開け放しになっている門を潜ると、目の先に見えたのは、色とりどりの花。
目を引いたのは、水辺近くに咲いている、白の花弁の花……水仙か?
一番目を引くのは、道沿いに並んでいる椿だ……赤、白、淡いピンク色等。
他に様々な花があるが、椿に惹かれる……椿の並木道を、ゆっくりと歩く。
そういえば、この世界には俺が知っている水仙や椿以外にも、花や草木はあるんだよな。俺は花に詳しい訳じゃないが……まあ、そこらの事は、考えても仕方無いか。
この世界でどう生きるかだ。うん……〈そうだよ~、んふふっ。古人曰く、今を生きる! だよ~〉このタイミングで慰めか!? 父上!?
全く……前世の価値観や記憶が、今だ消えていないのは良し悪しなのか?
いいや、それが転生者の定めなんだろうな。そうでなければ、俺自身の意味が無い……違いますかね? 父上?
〈それは君次第だよ。我が息子よ……〉
邪神の声が、遠くに聞こえた……。
椿の並木道を抜けると、噴水広場に出た。冬だからなのか、人はまばらで噴水周囲のベンチに腰掛けている人はいない。
案内板を見ると、花壇広場が近く、さらには屋台があるみたいだな……次は花壇広場だ。
人はまばらだなんだが、カップルが目立つ。皇妃の庭園は、デートスポットなのか?
花壇広場までの道のり。綺麗に整えられた芝生の上を、明るい色の野鳥がたったかと駆けている。
芝生の向こう側は、まだ紅葉が残っている林になっていて、間から林道が見える。紅葉の時期っていつだっけか?
ピィィ~、とどこからか、鳥の鳴き声。
のどかだな……冬の庭園の雰囲気は、寒々しいと思っていたが、そんな事は無いな。人こそ少ないが、意外と野鳥が多い。目の前を、芝生で駆けていた野鳥と同じ鳥が横切って行った。
花壇広場行く前に、屋台で一息付くか。屋台というより、キッチンカーの様な、お洒落な造り。
看板に注意書──『飲食はテーブルでのみお楽しみ下さい』との事。
庭園で、ゴミ箱見かけなかった理由がこれだな。
さて、メニューは何がある? 基本は、サンドイッチとホットドッグ。具材は、ハムにベーコンに、ソーセージ。サイドメニューは、チキンサラダにポテトサラダ。チーズ乗せトマトスライス、か……よし、決まりだ。
玉葱たっぷりのソーセージのホットドッグ。飲み物は炭酸水。
ほどよく焼けた、下味の付いたソーセージと、玉葱の歯触りが何ともいえない味わいだ……うん、美味い。
炭酸水が、心地よく喉を通って行く。
小腹を満たしたあとは、煙管を使いたかったが、持ってきていない。
冬の花も、独特な風情があるんだな……花壇広場を見学して、庭園中央の東屋を見に行くか。
覇王公の正室、メリエーナ皇妃の臨終の場所に参るのも、いいな……。