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クルッポー。
暗黒騎士団の訓練風景を、交差する二つの短剣が刺繍された、黒いマントを羽織った男が黙って見ていた。
シャツ、ベルト、ズボン、靴──上下全て黒。おそらく、肌着も。
艶のある黒髪を結い上げている、黒ずくめの男だった。艶のいい肌だけが、黒色ではなかった。
歳の頃は、二十代前半。がっしりとした体格をした、精悍な顔付きの美男。美丈夫といった雰囲気の男だ。
「……甘い」
騎士団の訓練を見ながら、美丈夫がぽつりと、呟いた。
今、訓練をしているのは、見習い連中だった。訓練教官が、発破をかけてはいるが、どうも真剣さが足りないように感じる……「甘い」
再び、呟いた。
「まあ、そういうな。基本訓練を修了したばかりの連中だからな。少し大目に見てやれ」
黒ずくめの美丈夫が振り返る。同じく、黒ずくめの男が立っていた。
この男は、美丈夫よりも大柄で、厳つい顔付きをしているが、妙に愛嬌のある男だ。美丈夫の同期。
「ああ、ルドガーか……分かってはいるんだがな」
「そろそろ、昼飯の時間だ。少し早いが、たまには外で食わないか?」
ルドガーと呼ばれた男が、懐中時計を見ながら、言った。
「そうだな……“
“
「おう、構わないぞ。お前が長く帝都を開けていたから、大将心配していたぞ」
「それは悪い事したな。よし、行くか。久し振りに、大将に顔を見せないとな」
男二人連れだって、帝都の街並みに移動する。
「だいぶ、寒くなってきたな……故郷のダーンシルヴァスほどじゃないが、寒い事は寒い」
はあ、と掌に息を吐きつけるルドガー。
ダーンシルヴァス──正式名、ダーンシルヴァス神王国。通称、暗黒都市。
中央大陸の北西に位置する、ミルゼリッツ帝国と同等の領土を持つ大国だ。
「弟から、黒ワインと手紙が送られて来たんだがな、ダーンシルヴァスには、もう雪が降っているんだと」
「そうか。もう、そんな時期になっているんだな」
ルドガーに先導されながら、店に入る美丈夫。
賑やかな店内は、身分関係無く賑わっている。心地いい喧騒──「二人だが、席は空いているか?」
ルドガーが店員に尋ねる。
「はい。大丈夫ですよ。奥にどうぞー」
十代少しの少女が、物怖じせずに、明るく案内をする。
「まずは、黒ワイン二つ」
はーい、と少女が明るく答える。
「おい、ルドガー、昼から飲むのか」
「一杯だけだよ。それより、ランチでいいんだよな?」
昼のランチ。鶏肉と根菜のシチューに、海鮮サラダ。丸パンに酢漬け野菜。
「構わんよ。この時期のシチューは、たまらないからな。チーズも頼もう」
ルドガーが、黒ワインを運んで来た店員にランチと、厚切りチーズを注文した。
「そういや、グラン。“碧水の翼”だったか……いつ冒険者活動を再開するんだ?」
ルドガーが、ワインを口に運ぶ。
「……そうだな。一週間の休暇だから、あと三、四日といったところかな」
グランがグラスを傾ける。ふうん、とルドガー。
「見習い連中だがな、実戦訓練をさせようとの声があるんだ」
「実戦訓練? 私としては、賛成できないな」
さっき見た、見習い連中の訓練風景を思い出すグラン。
「いや、さっきの連中じゃない。ある程度様になっている連中をだ。もちろん、サポートはつくさ」
ふうん、とグラン。ワインに口をつける。
「場所は、“覇王の訓練場”を予定しているらしい。碧水の翼で、潜った事はあるか?」
ルドガーが、ワインを干す。
「半年ほど前だったか、一度な。一階から三階までは、大した事はなかったが、四階からは急にキツくなり、撤収した」
ワインを飲み干し、グラスを置くグラン。なるほどな、と頷くルドガー。
「ランチ、お待たせしましたー! ごゆっくりどーぞー!」
快活な少女の声とともに、ランチがテーブルに乗せられる。
暗黒騎士二人は、シチューの薫りに顔を綻ばせた。
昼食後のお茶の時間。冬定番の、香辛料入りの香草茶を啜る、グランとルドガー。
「“覇王の訓練場”の事なんだが、決定なのか?」
「ほぼ決定といっても、いいだろうな。暗黒騎士団本部から通達が来ていた」
本部からの通達か……となれば、本決定だな。グランが呟く様にいう。
「それと、ヴァルモア副団長が来るそうだ」
ルドガーがポットに手を伸ばし、香草茶のお代わりを、グランと自分のカップに注ぐ。
暗黒騎士団副団長、ヴァルモア・ダルヴァイル。四十代の筆頭騎士──ダーンシルヴァス神王国三公の家系の一つ、ダルヴァイル家の出──最も、副団長という地位は、家系や血筋で得られるものでは無い──「副団長が、直々にか」
香草茶を啜り、ふう、と息を吐くグラン。
「帝都支部の様子を見に来るのか、それとも他の用事があるのかは、分からんがな」
ルドガーは、ゆっくりと茶を啜る。
「まあ、確かにな……覇王の訓練場の事に、関係あるのかな?」
「どうかな……もしそうだとしたら、サポート役として、お前に声がかかってもおかしくないぞ。帝都支部で、冒険者活動をしているのは、お前だけだからな」
ルドガーの発言に、グランは眉をひそめた。
「む……そうなったら、なったで私にも心当たりはある。碧水の翼のメンバーがな」
グランの脳裏に、帝都にいるパーティーの一員の顔が浮かんだ。
「まあ、実戦訓練が決まったら、具体的に話が来るだろうな……心の準備をしておけよ」
ルドガーの言葉に、グランは笑みを浮かべる。
ルドガーとグランは、見習い連中の今後を話し合いながら、訓練場に向かう──ふと、グランが立ち止まる。
「ん? どうした?」
「前を歩いている、金髪の奴いるだろう?」
グランが前方を指差す。その先に目をやる、ルドガー。
輝く様な金髪をした、ワインレッドのレザーコートを着込んだ人物──後方からでも、整った体格と姿勢が見てとれた。
「ああ、知り合いか?」
「碧水の翼の、四人目のメンバーだ」
ふうん、とルドガー。その背を見ながら、グランに尋ねる。
「……あいつ、大いなる父君の……俺達の兄弟では、ないよな?」
訝しげにいうルドガー。グランは苦笑しながら答える。
「ああ、違う。私も最初はそう感じた。いい機会だ、紹介しておこう」
金髪の人物に、近付いて行くグランのあとを、急ぎ追うルドガー。
「クレイドル」
声をかけられ、立ち止まる。グランさんだ。グランさんと同じ様に、黒ずくめの人物と一緒だ──この人も、暗黒騎士だな。妙な物を見る目で、俺を見ているんだが? 何ぞ?
「これから昼食か?」
「いえ、もう済みました」
ミザリアスさんに連れられて、二度目の“
今回のランチは、塩と油のみで味付けした、刻み唐辛子とガーリックチップが具のパスタ。塩茹でしたハムと水菜のサラダに、大根の酢漬け──シンプルで、上品な味付けの満足な昼食だった。
「ああ、同僚を紹介しておこうか。同期のルドガーだ」
グランさんの横にいるのは、厳つい顔付きではあるが、何か愛嬌を感じさせる雰囲気の人だ。
体格は、グランさんより一回りほど大きい。
「クレイドルといいます。初めまして」
手袋を脱ぎ、手を差し出す。意外にも、柔らかく握り返してきた。
「おう。ルドガーだ、よろしくな」
明るい微笑みに、愛嬌と人懐っこさが見えた。
その顔を見た時に、白磁の様な肌をしているな、と最初に思った。
輝く様な金髪と、整った目鼻立ちに漆黒の瞳──鼻元から下は、流砂の様な柄のマフラーで口元を覆っているので、顔の全体はよく分からないが、女が放っておかない顔立ちをしているだろうと、何となく感じた……いかんな、気を抜いたら見惚れそうだ。
「じゃあ、またな……っと、もしかしたら近い内に、ちょっと声をかけるかもしれない。何の用かはまだ言えないが、覚えておいてくれ」
何の用かは言えない、か……想像もつかないが。まあ、覚えておこう。
「分かりました。じゃ失礼します。ルドガーさんも」
「……あ、ああ。またな」
ぼんやりとしていたのか、ルドガーさんが慌てて挨拶を返してくる。
「凄いな、あのクレイドルて奴は……」
街の喧騒の中に溶け込んでいくクレイドルの背を見送りながら、ルドガーが呟く様に言った。
「まあな。あいつの容姿は、普通じゃない。顔半分隠れていたから、まだ直視出来たんだぞ」
グランが、街並みに姿を消したクレイドルを探す様な目で、言った。
「何か、怖いな……よし戻るか。何か、通達が来ているかもしれないからな」
「ルドガー、通達が来次第、覇王の訓練場に、直ぐに向かうのか?」
グランの質問に、どうかなとルドガー。
「いや。決まった後に、見習いの選別をしないとな」
「覇王の訓練場か……決まったら、私もサポートに付こう」
頼りにしてるぜ、とルドガー。微笑みながら、静かに頷くグラン。