「明日、午後。“覇王の訓練場”での訓練許可が降りました。期間は約三日。騎士見習いを、二十名選抜して下さい。冒険者経験のあるグラン。そして、ルドガーと教官達がサポート役。いいですね?」
訓練教官達とグラン、ルドガーに説明をする、暗黒騎士団副団長ヴァルモア・ダルヴァイル。
すらりとした長身。引き締まり、鍛え込んだ体格が、漆黒の軍服の上から見てとれた。
男女問わず魅了する様な、艶やかさを感じさせる、眉目秀麗の面立ちではあるが──その内面は、苛烈である事を知る者は少なくない。
「教官達と、グランとルドガーは、あくまでサポート役です。極力、戦闘には手出しはしないように。いざという時の判断は、それぞれでお願いします。では、見習い達の選抜を……グラン、少し残って下さい」
教官達と、ルドガーが去って行く中、グランが残された。
「冒険者視点から、“覇王の訓練場”を見る必要があると思います。あなたの目に叶う冒険者がいたなら、同行して貰いたいのですが?」
艶やかな笑みを浮かべ、尋ねるヴァルモア。その色気は、自分には通用しませんよ。と思いながら、グランは答える。
「……そうですね。“碧水の翼”の一員何ですが、腕が立つ奴がいます。多少、
グランの発言を聞いたヴァルモアが、にいっ、と嬉しそうに笑う。
「曲者、ですか……面白そうですね。是非、声をかけてみて下さい。もし同行してくれるならば、報酬は暗黒騎士団から出ると伝えて下さい」
「分かりました……では、失礼します」
一礼し、グランはヴァルモアの下を辞す。
(少し急になったが、明日の朝食後にでも、クレイドルを訪ねてみるか……)
朝食前の魔力制御──夜明け前の穏やかな時間。魔力制御にはいい時間だ……カーテンの隙間から吹き込んでくる冬の風が、心身を引き締める……まずは、深呼吸を一つ、二つ。
体の中心。心臓と鳩尾の間に意識を──じわりと、体の中心から、魔力が全身に広がっていく……。
朝食にはまだ早い、いつもの時間に奥のテーブル席に着く。宿内はまだ静かだ。
席に着いている人はまばら。それぞれ、茶を飲み、煙草をくゆらせている……のんびりとした時間。
もう少しすれば、朝食時の喧騒が訪れるだろう。
「……ええと、お茶をお願いします」
当然の様に、すぐ近くで待機している、十代後半ほどの、いつもの女性従業員に注文を頼む。
はい! と明るく答え、厨房へ駆けて行った。名前、聞いておくかな……。
「アルガドさん、今日の朝食は何です?」
「いい茸と山菜を仕入れたから、それのシチューとハムエッグだ。朝食はもう少し待ってな」
冬のシチューは、ほんと堪らないから楽しみだ。
「はい。直に姉も来るでしょうから」
あとでな、とアルガドさん。さっきの従業員も、厨房に入り、朝食の準備に入っている。
いつの間にか、テーブルにティーポットとカップが置かれていた。薫りからすると、香辛料入りのお茶だ。
カップにお茶を注ぎ、一口啜る……うん。体の中から温まる、心地いい感じが何とも堪らない。
ミザリアスさんが来るまで、お茶を楽しもう……。
ミザリアスさんと朝食。にこにこと機嫌良さそうに、茸と山菜のシチューを口に運んでいる。
美味いよな、このシチュー。鶏ガラで出汁を取った、トロミのあるシチューだ。茸と山菜の歯触りがいい。今日は、パンで正解だった。
軽く火を通したハムと、半熟の目玉焼きもいいし、付け合わせの茹でたジャガイモは、塩と香辛料で味付けされていて、これも美味い。
そして、いつもの酢漬け野菜は玉葱だ。
朝食後のお茶の時間が終わり、ミザリアスさんは冒険者ギルドに、出勤して行った……さて、今日の予定はどうするかな? 観光でもいいが、他にやっておきたい事は、あったっけか?
そういえば、ラザロさんの同期の鑑定師、ミラーさんと、顔合わせをしてないな……今から冒険者ギルドに行くか? その前に、炭酸水でも……。
ふと、宿の出入り口に目をやると、黒ずくめの男が見えた──グランさんだ。
「急な話何だが、今日の午後は空いているか?」
グランさんが、茶を啜りながら尋ねてきた。特に予定は入れていないが……。
「はい。予定は無いですが、何かあったんですか?」
「手短に言おう。“覇王の訓練場”は知っているな? そこで、今日の午後。騎士見習い連中の実践訓練を行う事に、決まった。そのサポートに協力して貰いたいんだ」
騎士見習いのサポート。冒険者視点が必要という事、か……?
「もちろん、私もサポートに付くし、他にも何名かいる。昨日紹介した、ルドガーも一緒だ」
「それで、騎士見習いの人数は決まっているんですか?」
グランさんのポットに茶を注ぎ、俺もお代わりをする。礼をいい、両手のひらでカップを包む、グランさん。
「二十名と決まった。十名ずつで、“覇王の訓練場”に入る事になっている」
グランさんは目を細めながら、ゆっくりと茶を啜る。
「日程は、どれくらいになるんですか?」
「そうだな……今日を入れて、三日は見ている。午前と午後に分けて、十名ずつが交代で入る事に決まった」
なるほどな。交代制で実戦訓練か……。
「騎士見習いの実力は、どの程度ですか?」
ここが肝心だ。いつかの、武人の練武場の若手の衛兵程度だと、少し不安だ。
「実力、か……隠しても仕方ない。いつかの若手の衛兵達と、どっこいだ」
グランさんは軽くため息を吐くと、カップの中身を飲み干した。おおう、不安的中……。
「見習い達に、暗黒神の加護や恩寵は付かないんですか?」
もう、一杯飲んでおこう。グランさんにポットを向けると、もう充分だ。という様に、手を振る。
「大いなる父君の加護が付くには、まだ未熟なんだ。まずは、己の力で困難を乗りきれ、というのが教えの最初にあるから、未だ実戦を経験していない見習い達には、加護や恩寵は与えられない」
グランさんの言っている事は、なかなかに厳しいが、云われてみれば納得はいく。己を守れないで、人が守れるか──という事なのだろう。
この世界での騎士の本分は、“守護”という事か……。
少し、騎士団の話をする。騎士団と帝都民の距離を、少しでも縮めるための行事があるそうだ。
帝都騎士団、神聖騎士団、暗黒騎士団、三つの騎士団の実戦形式の、合同演習の見学。
各騎士団を代表しての、トーナメント形式で行われる試合。
「まあ、お祭りみたいなものだな」
とは、グランさんの言葉。屋台だとかが出店されて、大層賑わうとの事。
「分かりました。その話、受けます」
いつかの、武人の錬武場みたいにならないといいけどな……しっかり統制取れているのだろうか。
「ああと、この事は冒険者ギルドに話を通さなくてもいいんですか?」
「その事なら、心配はない。副団長から話は通っている。報酬は、暗黒騎士団から出る事になっているな。それと、倒した魔物や魔獣の素材と魔石、そして宝箱の回収は出来ない事になっているからな」
ギルドの問題はないか。回収の件も構わない……まあ、俺に出来る事をしっかり果たそう。
「助かる。昼食後に迎えを寄越そう。なるべく、宿に居てくれると有り難い……じゃあ、あとでな」
宿の外まで、グランさんを見送る。さてと、昼まで一眠りしておこうか……その前に、アルガドさんに三日ほど宿を留守にすると、伝えておこう。
コン、ココン……控え目なノックの音に、目を覚ます。もう、昼か──よし。
どうぞ、と声をかけると、いつもの従業員さんが顔を出す。
「そろそろ、昼食です」
「分かりました。これ、取っておいて下さい」
銅貨五枚を心付けとして渡す──ああ、そうだ。名前を聞いておかないとな。
「あの……よければ、名前を教えてくれませんか?」
ひゃいっ?! と、一瞬固まる従業員さん……。
「ええ、あの……レイナ、といいます」
うん、レイナさんだな。覚えたぞ。
「これからも、よろしくお願いします。レイナさん」
顔を赤らめ、ふわあ~と妙な鳴き声を上げるレイナさん。何ぞ?
昼食はシンプルに、貝と山菜の雑炊。刻んだベーコンとキャベツのサラダ。そして、青菜の酢漬け。
カリカリに焼いたベーコンがいい味を出している、文句のない昼食──のんびりしたいところだが、昼食後には迎えを寄越すとグランさんが言っていたな……昼食代をテーブルに置き、部屋に戻る。
いい機会だ。深淵の女王から下賜された、“
馬車にゴトゴトと揺られている内に、目はすっかり覚めた。
迎えに来てくれたのは、グランさんだけでなく、ルドガーさんも一緒だった。二人ともに、漆黒の鎧姿。
「少し気になったんですが、見習い達も黒い鎧何ですか?」
ふとした疑問だ。その疑問に、グランさんが答えてくれた。
「いや、正式に騎士の資格を得て、一端と認められて初めて、漆黒の装備が支給される」
グランさんの言葉に、ルドガーさんが沁々といった感じでいった。
「二年ほどで、芽が出なけりゃ退団勧告で、一年の猶予を貰えるんだが、それで駄目なら退団だ」
「やっぱり、楽じゃないですね……」
騎士の門を潜るのはやはり簡単じゃないか。守護者の看板背負う訳だしな……。
「若い内に見切りをつける事も、簡単じゃないだろうがな……」
窓の外を見ながら、ルドガーさんが呟く様にいった。
「そろそろ、騎士団支部に着くぞ。一度、副団長に顔見せだ。兜は脱いでおけよ」
ああ、そうだった。ずっと兜着けたままだ。体の一部みたいになってるな……フェイスガードを引き上げて、兜を脱ぐ……ルドガーさんと目が合った。
「うおっ……」
ルドガーさんが、驚いた顔で絶句した……何ぞ?
「ああ、そうか。うっかりしてた。私はある程度慣れているから、大丈夫だが」
あっはっはっ、と笑うグランさん。
俺から顔を背けるルドガーさん。耳が赤くなっているんだが……。