邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第131話 覇王の訓練場 隣り合わせの現実

 

 

 

「下がれ! 無事な奴は、負傷者を後方に運べ!!」

がっしりとした体格の教官、サイモン──が叫ぶ。

ちっ、思わず舌打ちをする。見習い達が、倒れた仲間を担ぎ、引き摺りながら後方に退いて行く──「俺達が始末する! A隊を後方に下げろ!!」

背後から、ルドガーの声。サイモンはA隊の指揮を取るため、速やかに下がる。すれ違うルドガーに頷くと、A隊の下に向かった。

 

血の匂いが、意識をはっきりとさせ、気持ちを高揚させる──サイモンに頷き返し、コボルトの群れに突き進む。

数、十と少し……「大いなる父君よ。盾となり刃となりて、あなたへの信仰とします……」

犬頭にカイトシールドを叩き付け、横にいるコボルトを袈裟斬りにする。

不意に、横合いから黒灰色の何かが飛び込んで来た──クレイドルだ。

クレイドルは、カイトシールドを叩き付けたコボルトを蹴り飛ばし、その首を踏み潰すと同時に、次のコボルト目掛け、濃い夕陽の色をした戦鎚(メイス)を振り下ろす。コボルトの頭部が弾け散る──無茶な戦い方をするものだな、とルドガーは思った。知らずの内に、笑みを浮かべる。

 

コボルトの数──十二……いや、二体殺したから十。その前に、ルドガーさんが一体殺ったから九体か。

コボルトと会敵したA隊の動揺は、かなり激しかった。

コボルトは馬鹿では無い。A隊の動揺を見て取り、強襲をかけてきた。

先頭の二人は剣を抜く間もなく、コボルトから痛打をくらい、ダウン。それを見た教官のサイモンさんが、即撤退を決め、A隊に指示を出した。見切りの早さは、さすがだった。

「クレイドル、コボルトを押し返すぞ」

ルドガーさんは、俺の返事を待たず、コボルト達に駆けて行く……見習い連中、大丈夫だろうか?

 

コボルト達を、全て始末した矢先──グオォォ!

通路奥から、怒号の様な雄叫びが聞こえた。

「クレイドル、今の雄叫びは心当たりあるか……?」

奥に視線を向けたまま、ルドガーさんが尋ねて来た……心当たりは、一つ。

「多分、コボルトリーダーです。戦った事は?」

「いや、話に聞いた事があるくらいだ……お前は?」

碧水の翼(へきすいのつばさ)”の加入直後で、戦ったんだっけな……ルドガーさんと二人で、やれるか?

「碧水の翼で、仕止めた事があります。タフで素早い相手で、腕力もコボルトとは比べ物になりませんね」

「……なるほど。補助の魔術が必要か。それは任せてくれ」

ルドガーさんの言葉に頷く。グランさんは、コボルトリーダーの視界を暗黒属性で、短時間奪っていたな……ズン、と通路に響く足音。

 

姿を見せたのは、並のコボルトとは一線を画す、筋肉質の巨体のコボルト。俺達を見下ろすほど背が高い。優に百八十は越えているな。

目に付いたのは──少々錆び付いている胸当てと籠手。手にしている武器は、サイス。両手持ちの大鎌だ……この通路で、そんな武器を充分に振るえるか? 狗面(いぬづら)が……。

──闇は集いて 黒き刃となり 心身を刻む──

ルドガーさんの詠唱と同時に、コボルトリーダーに漆黒の刃が複数襲いかかる。

コボルトリーダーの全身から血飛沫が舞うが、致命傷には浅い──だが、それで充分だ。

グウゥゥッ!と呻く、コボルトリーダー。術とルドガーさんに気をとられ、俺の事が見えていないな?

宵闇(トワイライト)”──打撃の際に「宵闇(トワイライト)」と囁く事で、対象に対して何らかの状態異常を与える──を試してみるか。我が“深淵の女王”から下賜された逸品を……。

フェイスガードの奥。クレイドルの瞳が赤く瞬いた。

 

──宵闇(トワイライト)──囁きながら、コボルトリーダーの横腹に宵闇を叩き付け、通り過ぎる……ズンッ、重量のある物音に振り返る。コボルトリーダーが、地に片膝をついていた──どうなった?

後方にいる、ルドガーさんと目が合った。ルドガーさんは一つ頷き、剣を片手にコボルトリーダー目掛けて、勢いよく駆け出す。

 

まずは、様子見を兼ねて先制攻撃を仕掛けるとするか……少しの集中。

──闇は集いて 黒き刃となり 心身を刻む──

手のひらサイズの、回転する黒い三日月状の刃。その数、十。

本来なら、小型サイズの群れをなす魔獣や魔物に対して使用する暗黒属性の術。

だが、コボルトリーダーの体格と武装状態。防具に遮られ、かすり傷程度だ。

(まあ……目眩ましだ。この程度の威力で充分だ……なあ、クレイドル?)

 

怒りに曇ったコボルトリーダーの側面を、クレイドルが通り抜け様、妙な色の戦鎚(メイス)でコボルトリーダーの腹を殴りつけて行った──胴体への一撃。それが痛打とはいかないだろうが……何か、妙だ。

腹を撃たれたコボルトリーダーが、グラリと上体を揺らすと地に膝をつき、眠気を振り払う様に、頭をしきりに振っている。クレイドルを見ると、目が合った……クレイドルが頷く──勝機だな。

片膝をつくコボルトリーダー。取り落としたサイスを拾い上げる前に、ルドガーがサイスを踏みつけ、コボルトリーダーの頭部を剣で断ち割る。

コボルトリーダーは頭部から血肉を撒き散らし、もう動かない……。

 

ふうっ、と一息吐き、ルドガーは周囲を見回す。 コボルトの死体十二に、コボルトリーダーの死体。

(済んだか……)しばし、ぼんやりとするルドガー。見習い連中の様子が気になる……死人が出ていない事は、大いなる父君の計らいで分かるが、問題は……A隊連中の心だ。

「ルドガーさん、敵の気配はもう感じません。戻りませんか?」

静かで、落ち着いたクレイドルの声。

クレイドルを見ると、フェイスガードを引き上げていた──白磁色の肌。端正な目鼻立ちに、吸い込まれる様な漆黒の瞳。濡れた様な艶やかな薄紅色の唇……目に毒過ぎる。

んんっ! と咳払い。俺を魅了するな、クレイドル……「よし、戻るぞ。見習い達の様子を見たい」

クレイドルの容姿を脳裏から振り払い、負傷した見習い達の事を考える……鍛え直す必要があるな……。

 

「ルドガー、クレイドル、退こう。A隊連中の治癒が最優先だ。急ごう」

グランさんが、声をかけてきた。魔物の気配は感じない今、撤収といこうか。

「よし……戻るか。クレイドル、行くぞ」

「分かりました。殿(しんがり)は任せて下さい……まあ、魔物の気配は感じませんけど」

フェイスガードを引き下げ、ルドガーさんに声をかける……ルドガーさんの様子がおかしいが……まあいい。

「ルドガー、来てくれ。治癒の人手が必要だ」

サイモンさんが呼び掛けて来る。俺も治癒の手伝いは出来るが、軽治癒くらいなので助けになるかどうか……まあ、やれる事をやろう。

 

無事、地上に帰還。負傷者の治癒は済んだが、少々手間取ったそうだ。理由は単純。見習い達の信仰心がまだ未熟だからとの事。

グランさん曰く「大いなる父君の加護を得ていない者に対してへの癒しは、効果がなかなか発揮されにくい」だそうだ……暗黒神、結構厳しいな。

「初日でこれか……幸先が良いとは言えないな」

ルドガーさんが、苦い顔でため息混じりに云う。

先行したA隊は、見るからに疲労していた。肉体的というより、精神の方だろうな。

「ルドガー、少しばかり早いが、B隊と交替しよう」

引き締まった体格の教官、イアンさんがやって来て云った。

「……そうだな。午前と午後に分ける予定だったが、前倒しでやるか。状況次第だが、午後も潜らせよう」

「よし、私が指揮を取る。ルドガーはグランと交代……クレイドル、引き続き補佐を頼めるか?」

「大丈夫です。何の問題もありません」

頼む、とイアンさん。しかし、見習い達はツイてないな。コボルトの群れにいきなり出くわすなんて……いや、逆か?

コボルトリーダーが統率していたら、あの程度の被害では済まなかっただろうからな。

もしかしたら、暗黒神の加護が働いた可能性もあり得るな……だとしたら、俺の父上(邪神)よりもだいぶマシだ。

 

〈ひどいなあ。僕もちゃんと君を見守っているよ~。まあ、暗黒神(兄上)ほど細かい加護は与えられないけどね~〉

 

うん!? クスクス笑いに混じって何か、聞こえたな?

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