キメラ──獅子と山羊の頭に、大蛇の尾。獅子の上半身に山羊の下半身。炎と毒の
森林の奧や荒野等が棲息地。基本的に人里で見る事はまずない。とはいえ、極希に人里近くに寄ってくる可能性はある。そうなれば、即座に領主が討伐隊を組み、付近の住民は避難する事になる。
冒険者ギルドで討伐依頼が出たなら、最優先事項となるほどの脅威といっても過言ではない──と、異世界知識が発動した。こんなのがダンジョンに現れるとはな……“
そんな大物と向かい合う、俺達三人。
サイモンさんが山羊に、ルドガーさんが獅子に、そして俺が大蛇に向き合っている──ゆらゆらと、その身を揺らしながら大蛇が俺の様子を伺っている……感情の見えない蛇の瞳。その視線を、真正面からしっかりと受けてやる。
さて、どうするか。大蛇までは距離が遠い。俺の手にする
大蛇も馬鹿ではないだろうからな、むやみに噛み付いては来ないだろう……ならばやる事は──
山羊頭が、ズウゥゥ、と息を吸い込む。
ブレスを吐いた直後のキメラは、多少なりとも弱体化する……どこまで本当か分からないが、試す価値はある。
大いなる父君よ、ご覧あれ……あなたの加護は我に有り──山羊頭、さあ来い!
山羊の頭が仰け反り──ガアッ、と頭を前に付きだした。
炎の吐息。一と抱えほどの火球が、向かって来た──ゴシャアッ! カイトシールドで、火球を弾き散らす。 なるほど……こういう感じか。
熱より衝撃が強く、すでに熱気は消えている。爆発系のブレスか──さて、ブレスは凌いだぞ?
ルドガーの視線を感じ、横目で見る。
獅子が吠え、前足を振り下ろして来た──ギィンッ! 鋭い爪をカイトシールドで防ぐ。なかなかの衝撃が、盾から腕に伝う……反撃のタイミングが無いほどの衝撃だ。
先ほど、山羊頭が炎の吐息を吐き出し、それをサイモンが盾で弾いたのを、横目で確認した──ブレス後は、多少弱体化するというのは、本当だろうか?
頭部、というか部位事に、体力等は別なのか気になるな──グウゥゥル……唸る獅子頭。切り裂いた片目からの出血は収まっている。
前足の一撃を防がれた事で警戒しているのか、それともブレス後の弱体化というのは、本当だったのか……何にせよ、攻め時だ。
クレイドルの事も気になるからな……ちらりと、サイモンを見る。
一瞬、目が合った─今が、攻め時と。
ゴシャアッ、と爆裂音がここまで聞こえてきた。微かな熱気が、流れてくる──山羊頭のブレスをサイモンさんが受けたのだろう……それとほぼ同時に、ギィンッ! と打撃音。これは、獅子と向かい合うルドガーさんだろうな──大蛇が俺から視線を外し、前方、山羊と獅子の方向に目を向けた。
本能的な動き──「やはり獣だな」
腰の後ろに指している、ハンドアクスを素早く取り出し、大蛇目掛けて投擲する──
シィッヤアァァァッッ!! 大蛇が、突如甲高い金切り声を上げた。
大きく身を捩りながら、荒れ狂っている。後頭部から見える物──ハンドアクス。クレイドルが常に身に付けている物だ。それを頭部に食い込ませた大蛇が、血を撒き散らしながら荒れた。
山羊と獅子が、明らかに戸惑った動きを見せる。大蛇が司令塔か?──今だ。
サイモンと歩調を合わせ、一気に片を付ける。
クレイドル、大蛇は頼んだ──獅子の頭部に、剣を振り下ろす。血飛沫が上がるが、少し浅いか?よろめくキメラ。まあいい、決着まで時間の問題だ──大いなる父君、ご覧あれ。
バギィンッ! 山羊の片角を砕いた。
ギィエェェ~!! 山羊が悲鳴を上げる。弱体化しているかどうかは分からないが大蛇が怯んだと同時に、山羊と獅子までもが戸惑った。
ザシッ! ルドガーが、獅子の眉間に一撃を加えるのが横目で見えた。
多少よろめくキメラ。絶命には至らないか。
さすが大物、しぶとくタフだ。だが──時間の問題だ。
ルドガーにクレイドルがいる。俺達で充分だ。
大いなる父君の加護も感じるしな……このキメラをあなたに捧げます──
命中。投擲したハンドアクスは、綺麗な放物線を描き、しっかりと大蛇の後頭部付近に食い込んだ。
さすがに仕止めきれなかったものの、かなりのダメージを与えた様に見えた──同時に、キメラが妙な動き、というか雰囲気を見せた。
混乱というほどではないが、明らかに戸惑いの雰囲気を見せている──今、勝機だな。
横合いからキメラに近付き、その背にしがみ付いて登る。大蛇と目が合った──その瞬間、フシィィッ! と薄い青色の
これが、毒ブレスか。ツン、と臭う刺激臭に包まれる──それだけだ。
何の不調も感じない。さすが赤闇の鎧。状態異常耐性は並みじゃない……目を見張る様に、こちらを見る大蛇。毒が効かなかった事くらいは分かるのか?
ジャァァッ! 口を大きく開き、直接毒を注ぐべく、噛み付こうとしてくる大蛇……「
ブシィッ! 顎が砕け、牙が弾け散る感触。大蛇の頭部が、ゆらゆらと蠢く──その頭部に、止めの一撃を振り下ろす。
肉と骨が砕け、押しつぶれる感触が、戦槌から腕に伝わる。
大蛇は、ぺしゃりとその身を沈ませる──宵闇の効果は分からなかった。
大蛇の始末は済んだ──さて、あとはキメラ本体だ。
ルドガーさんとサイモンさんは、キメラを相手取っている。俺はキメラの体を移動しながら、その頭頂部に向かう。
キメラは、ルドガーさんとサイモンさんに全神経を向けているので、俺がその背をゆっくりと移動しているのに、気付いていない……俺を背に乗せた時点でおしまいだ。
獅子の頭と山羊の頭の接合部──その近くに立ち、戦槌を振り上げ、接合部目掛けて思いきり叩き付ける。
肉を潰し、骨にまで到達する感触が、しっかりと伝わって来た──がくん、とキメラの体勢が前のめりに崩れた。
おっと、キメラの背から飛び降りる。ルドガーさんとサイモンさんが、剣を振るうのが見えた。
もう、決着だな──血の臭いが漂ってきた。
「今日は、こんな所にしておくか。B隊の事もあるからな」
キメラの死体を横目に、サイモンさんが云う。
「ああ、引き上げだな……待てよ。クレイドル、後で説明する事があると言っていたな?」
ルドガーさんが、訝しげな表情で尋ねてきた。
やはり、あの件か──〈んっふふ~
ルドガーさんとサイモンさんが、顔を見合わせる。
「……分かった。推測だろうが、聞いておいていた方がいい気がしてきた」
ルドガーさんが言い、サイモンさんが頷く。
なかなか、衝撃的な話になると思うぞ~。だが、信じてもらえるかどうか……〈んふふ、大丈夫だよ~〉うるさいな!
地上に帰還。A隊を下げ、グランさんとイアンさん。そしてルドガーさんにサイモンさん。四人を前に、俺の推測を話した。
(邪神の云う事なのでどこまで本当か……まあ、信頼していない訳じゃないが)
沈黙……まあ、そうなるか。そう容易く信じられる事じゃないだろうからな。
「立ち入った者の強さに応じて、出現する魔物魔獣の種類が、決まるか……」
グランさんが考え込む。ふうむ、とイアンさん。
「通りでな、妙だと思った。一階で出現する魔物魔獣のバランスがよく分からなかったからな」
サイモンさんが云う。ルドガーさんが、やれやれと首を振る。
「クレイドルの推測は、充分考えるに値すると思うが?」
グランさんが、皆を見回しながら云う。
「……だな。一考すべき事項だ。試すべき事柄だと思う。B隊で、少し試してみるか」
サイモンさんが云う。グランさん達が頷く。
試す……かあ、見習い達だけを行かせるという訳ではないだろうけどな。
さて、どうなる事か……。