朝食後、荷物をまとめて兵舎を出た。見習い達を先行させ、馬車で帝都に帰還する。帝都と覇王の訓練場は、距離にして一時間少し。
帝都から、三日と少し離れていたが、何か懐かしい気がする。軽く揺れる、六人乗りの馬車の中──妙に眠気を感じていると、グランさんが声を掛けてきた。
「そういえばクレイドル。お前の姉、ミザリアスさんに
そういえば──ぞ……く──眠気が、消えた。
帝都に到着。見習い達の馬車は、そのまま暗黒騎士団の兵舎に向かっていく。
教官のルドガーさん達は、副団長に直接、報告に行くそうだ……一先ず、俺は街中で馬車から降りた。
「後から、暗黒騎士団支部に呼ばれるかもしれないからな。なるべく、宿に待機していてくれ」
グランさんから、馬車内でそう云われた。
約、四日の留守か……“黒山羊の蹄亭”、アルガドさんの宿に戻ろう……何か妙な胸騒ぎがするんだよな。
「いらっ……おう、クレイドル。今帰りか」
グラスを研いている途中のアルガドさん。
「ええ、ただいま。荷物を置いてくるので、鍵をお願いします」
はいよ、と鍵を渡してくるアルガドさんに礼を云い、階段を上がる。
随分、長く家を空けていたような気分だ……それだけ、ここの宿に馴染んでいるという事か。
部屋に入ると、目に写るのは見慣れた風景。武器棚に掛けられた“
そして、武器棚の横に立て掛けられたバトルアクス。机にテーブル、きちん整えられた清潔なベッドにカーテン。何もかも変わってなく、安心する。
さて、着替えるか──帰ってきたんだ。
この沁々とした気持ちが、直ぐに打ち破られる事になるのを、クレイドルはまだ知らない──
「お茶をお願いします」
いつものカウンター席に座る。おお久しぶり。思わず撫で回してしまう。
「あいよ、お待ち」
コトリ、と湯気立つ大きめのティーカップ。香辛料入りの香草茶を啜る……はあ~、安心する味だな──「クレイ」──久しぶりに、実家のリビングでお茶を飲んでいるという感じだ──「クレイ」──もう一杯、頼むか。
「アルガドさん、もう一杯──」
「クレイドル」
アルガドさんが、グラスを研く手を止め、俺の背後を見つめていた……何ぞ?
その視線を追い、振り返る──ジト目の微笑みを浮かべた、我が姉。ミザリアスさんが立っていた。
カウンターから席を移して、一階食堂の端の席。ミザリアスさんと食事を取る、いつもの席だ──「クレイ? この四日間、何処に行っていたんです?」
果実水に口を付けながら、ミザリアスさんが尋ねてきた。
というか、ミザリアスさんは受付嬢姿なんだが、仕事を抜けて来たのか?
それを聞くとやぶ蛇になりそうので、聞かないでおこう。正直に、話す以外ないな。
「三日ほど前に、覇王の訓練場での暗黒騎士団の見習い達の訓練補佐を、依頼されたんだよ。それを受けたんだ」
うん。正直に話したぞ──香草茶を啜る。
「何故、それをお姉ちゃんに話さなかったのです? 私はそれほど、頼りにならない姉なのですか?」
頼りにならない、という部分はよく分からないが、ミザリアスさんからしたなら、一言云って貰いたかった──という事なのだろうな……そう考えたならば、まあ……うん。
「姉さん、ごめん。心配……かけたくなかったんだよ。姉さんが聞いたら、絶対に反対しただろう? だから、その……わざと云わなかったんだよ。心配かけて、本当に、ごめん……」
邪神の加護、発動せず! 脳をフル回転させ、無いこと無いことを口に出した! 我ながら、なんて台詞回しだ! これで、通じろ!
「なるほど……私に心配をかけたくなかったというのね。ふふ、当然よね。もう、本当に心配したんだから……」
やれやれ、とばかりにミザリアスさんは果実水を飲み干す……済んだか、この話し合いは──
「……覇王の訓練場から、帝都まで一時間少しよね? 手紙なりで、連絡出来たと思うのだけれど……?」
マジか!? 第二ラウンドか! どうするればいい? どうすりゃしのげる?
「あー! クレイドル、どーこ行ってたのよぉー!」
ドワーフの冒険者、リリン・ウィンターヒルがずかずかと、黒山羊の蹄亭に入って来た。
俺達のテーブル席にどかりと座り、エールと厚切りチーズを注文する。
いつの間にか、テーブル席近くに位置取っていた黒山羊の蹄亭の店員、レイナさんが注文を手早く受け付け、厨房に去って行く。
「まあ、いいわ……クレイドル、帝都から離れるなら、私に一言伝えてね」
じっ、と目を覗き込んで来るミザリアスさん。目を逸らさず、「はい」と、しっかりと答えた。
「エールと厚切りチーズ、お待たせしました。他に、ご注文ありますか?」
レイナさんの明るい声。明るい内から酒はな……まあ、たまにはいいか。
「果実酒炭酸割りと、ソーセージと卵焼きを頼めますか?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
ハキハキと明るく答えるレイナさんが、頷く。
注文を受け、何とも嬉しそうに厨房に駆けて行くレイナさん。
「……ああいう娘が、好みなの?」
赤く輝くジト目で、レイナさんを見送るミザリアスさん。危険だな、これ……。
「違います」
きっぱりと云っておく。
朝っぱらから軽く飲み、少しばかり雑談してお開きとなった。
ミザリアスさんからは、帝都外に出るなら、必ずギルドに報告する様にと釘を刺され、リリンからも同様な忠告を受けた──部屋に戻るか。
時間は、昼前になっている……昼食は、いいかな。
今は、ゆっくりと眠りたい。覇王の訓練場での疲労を、しっかりと回復しとかないとな──ベッドに横たわり、ふう、と大きく息を吐く……直ぐに、意識が離れていった──
ココ、ココン……ノックの音に目が覚める。
「はい、大丈夫ですよ」
ベッドから起き、答える。開いたドアから、レイナさんが顔を出した。
「お休みのところ、すいません。グランさんという方がお越しです」
覇王の訓練場の件だな……よし。着替えは必要ない。一休みする前に浄化で小綺麗にしているからな……「直ぐに、行きます……これ、取っておいて下さい」
銅貨五枚を、レイナさんの手に滑らせる──ひゃっ、とレイナさんの声。
漆黒の髪を結い上げた、黒ずくめの男がカウンター席に座っている。グランさんだ。
その隣に座り、アルガドさんに炭酸水を頼んだ。
グランさんは、香辛料入りの香草茶を飲んでいる。香辛料の香りが漂って来た。
「ゆっくり休めたか?」
目を細めながら、香草茶を啜るグランさん。
「ええ、充分に……姉がらみで少し怖い事がありましたが」
「ほら、炭酸水だ……ミザリアスはなあ」
アルガドさんが苦笑しながら、炭酸水をカウンターに置く。
「騎士団支部に行けばいいんですか?」
炭酸水を喉に流す。いい刺激だ。
「ああ、それは大丈夫だ。私達で報告書をまとめて、副団長に提出したよ。近い内に他の騎士団と情報を共有する事になった」
二杯目の香草茶を啜るグランさん。
「それと、もう一週間過ぎようとしている。“碧水の翼”もそろそろ活動再開だろう」
くうっ、と香草茶を干すグランさん。そうか……そろそろ、か。
「今回の報酬だが、冒険者ギルドで受け取ってくれ……確か、金貨三十枚だ」
「多すぎませんか?」
二杯目の炭酸水を注文する。三日の約束で、金貨三十枚は多いよなあ。
あいよ、とアルガドさん。炭酸水を受け取る。
グランさんに、冒険者ギルドに付き合ってもらう。金貨三十枚は、俺一人の手に余る。
通帳係りのグランさんに頼んで、パーティー口座に入金してもらおう。
ギルド内の正面カウンターには、ギルドマスターのシュウヤさんが、書類仕事をしていた。テキパキと、手際が良いな。
俺とグランさんに気付いたシュウヤさんが、書類から顔を上げた。
「ああ、クレイドル君にグランさん。暗黒騎士団支部から話は聞いていますよ。部屋で話しましょう」
ギルドマスター室に案内するため、すい、と立ち上がるシュウヤさん。
副ギルドマスターの、魔族のライザさんに促され、シュウヤさんの後を追う俺達。さて、どんな話かな……。
「まずは、暗黒騎士団支部からの報酬、金貨三十枚。それとクレイドル君は昇格です。暗黒騎士団への貢献は、冒険者ギルドへの貢献と認めます……初級は卒業、今日をもって中級のEクラスです。冒険者証を出してください」
金貨の入った袋を、磨かれた応接テーブルに置くシュウヤさん。俺はライザさんに、冒険者証を差し出す。
「確かに、お預かりします。更新いたしますので、帰りにでもお受け取りください」
ライザさんが、側に控えていた職員に冒険者証を渡す──中級のEクラスか。
レンディア達に、少しずつ近付いたかな……。
「グランさん、報酬の内、金貨二十五枚をパーティー口座に入金しておきましょう」
俺一人の収入としていいような、額とは思えないからな──「いいのか?」とはグランさんの言葉。
「いいんです。手持ちに、金貨五枚あれば充分過ぎますよ」
「……分かった。後で手続きしよう」
ギルド内では、ミザリアスさんには会わなかった。まあいい……リリンも見当たらなかったな。
昼食まではまだ早いのだが、さてどうするか?
中途半端に時間が出来たな……「グランさんは、この後どうするんです?」
「今は公務中なんだ。用が済んだなら戻らなければならない……すまんな」
「いえ。気にしないで下さい。近い内に、“碧水の翼”が再活動と、覚えておきます」
うむ、と微笑むグランさん。じゃあ、と冒険者ギルド前で別れる。
さて……宿に戻って、少し昼寝でもするか。
昼食は、抜かしてもいいかな……。