でなけれゃ、流れを大きく変えるか──
マルザス・グルスの数え歌
冒険者ギルドには出向かず、部屋でゴロゴロと過ごす事にする。
リリンとミザリアスさんと、宿内で食事をして酒を飲むくらいだ。外に出るつもりは無い。
“再始動”まで、のんびりとしたいんだよな──何も考えず、だらだらとする時間も大事だと習ったんだよ。
“碧水の翼”の面子が集まるのは、いつになるかな……もうじきとはいえ──それぞれ、都合があるだろうしな──ちらりと、部屋に備え付けの時計を見る。
午後の一時少し、か……昼食は、どうするかな。
面倒だな。夕食まで眠るか──眠るのは、得意だからな…………すう、ふうと鼻で息をする。
うん、気持ちが落ち着く──ゆったりと枕に頭を沈め……意識が、ふわりと消えた。
コン、コココン──遠慮がちだが、ちゃんと部屋に響く音。
「はーい」
ふう、とベッドから起き上がる。時間は──午後の五時少し。そういえば、夕食前に起こしてくれと頼んでいたっけか。
カチャリ、とドアが開き、レイナさんが顔を見せて来た。
「夕食、少し前ですよ」
それだけを告げ、一礼すると去って行った。もうそんな時間か──大きく欠伸をする。夕食は、何だろうな──一応、浄化で体を清める。
夜にでも、一風呂浴びるか……妙にだらついている感じだが、今は休暇中という事でいいだろう──よし、食堂に行くか。
一階、いつもの端のテーブル席に付く、夕食目当ての宿泊客もちらほら見える。談笑していたり、お茶を飲んでいたりと、様々だ。ちょっと、一服するか──「レイナさん、煙草盆を貸してくれませんか。あと、香草茶を冷たいのでお願いします」
当然の様に、テーブル近くに待機していたレイナさんに注文をする。
前に、付きっきりでいいんですか? とアルガドさんに聞いたら、曰く──「忙しくない限りは、好きにさせとくよ」との事だった。
「直ぐに、お持ちしますね!」
明るく応え、奥に戻って行くレイナさん。さて、そろそろミザリアスさんとリリンが、来る時間かな……煙草盆と香草茶が運ばれて来た。
レイナさんに礼を云い、早速煙管に煙草葉を詰め、生活魔法で火をつける──
“深風”だ。苦味と甘味を同時に味わえる、爽やかな香りの煙草。
ぷかり、と煙を吐く──微かな苦味と甘味と、爽やかな香りが吹き抜けて行く。
今日の夕食。鶏と根菜のシチューに、鶏の照り焼き。酢漬け野菜──パンか米の二択。うん、米だな。
「クレイと同じ物で。あと、目玉焼きを半熟でお願いしますね」
「あたしも、米でおねがーい。エールお代わりねー」
食事の時間が、だいぶ賑やかになった。ミザリアスさんとリリンと一緒に夕食を取る事が、ここ最近の習慣みたいになっていた。
「“碧水の翼”の活動も、直に始まるんでしょ?」
がぶり、とエールを飲み干しながらリリンが尋ねてくる。食後は、酒の時間だ。
「ああ、メンバーが集まるのを待っているんだよ」
果実酒炭酸割りを口に含む。うん、いい香りと味わいだ。
摘まみは、塩の炒り豆と香辛料をまぶした生ハム。
「あたしの仲間達も、直に帝都に戻って来るでしょうね。注文、お願いしまーす!」
リリンが、エールとオウルリバーをショットグラスで頼んだ。
「確か、リリンさん達のパーティー名は──“
優雅な手付きで、生ハムにフォークを刺すミザリアスさん。
オウルリバー炭酸割りを、ぐびりとやる。炭酸割りは、チビチビやるものじゃない。炭酸の刺激と、オウルリバーの香りを楽しむものだ。
「クレイドルのパーティーは、いつくらいに戻って来るの?」
リリンは、オウルリバーをちびりと含むと、エールで一気に飲み下す。
ウィスキーのチェイサーに、水ではなくエールか。そういう飲み方、この世界にもあるんだな……まあ、ドワーフらしいな。
「休暇は一週間程度だから……明日か明後日には、合流出来るだろうな」
オウルリバー炭酸割りを飲み干し、塩の炒り豆に手を伸ばす。
早朝、夜明け前に目が覚めた。目覚めは悪くない……カーテンの隙間からは、明け方前の冬の空が覗き見えた。
魔力制御には、うってつけの時間──よし。顔を洗ったあと、裏庭で魔力制御といこうか……。
夜明け。裏庭のベンチに腰掛け、魔力制御を行っている。
裏庭が陽光に照らされると共に、魔力制御終了とする──一、二時間くらいはやったか?
軽い倦怠感を感じるが、頭はスッキリとしている……悪い気分じゃない。
煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰める。生活魔法で火をつけ、ゆっくりと吸い込み──ぽかり、と煙を吐く。
煙草の煙が、陽光の中をゆうらりと漂って行く。
今日の朝食は、何だろうか?
部屋に戻り、身支度を整える。朱色を基調とした服──いつ買ったっけか? この服……まあいい。
朝食の時間はレイナさんが知らせてくれるから、少しのんびりするとしようか……ごろり、とベッドに横たわる。
「私は茹で玉子を、半熟でお願いします」
朝食の時間。ミザリアスさんが丁度の時間にやって来た。
朝食のメニューは、鶏と葱の雑炊に玉葱の酢漬け。それにプラス一品で、茹で玉子。朝ならではの、シンプルなメニューだ。
「“碧水の翼”が再始動したなら、その後の行動はどうするか考えているんですか?」
茹で玉子の殻を、丁寧に剥きながらミザリアスさんが尋ねて来た。
今後の行動なあ……正直、分からん。
リーダーのレンディアとシェーミィが帰還して来ない限りは、分からん。
俺の茹で玉子を、ひょいと取り上げ殻を剥くミザリアスさん。
ペキ、パリと茹で玉子の殻が、テーブルに落ちる。
俺の茹で玉子は、固茹でだ──「はい」とツルツルの茹で玉子を差し出してくるミザリアスさん。
共に朝食を終え、ミザリアスさんは職場に戻って行った。
その際、「帝都から出るなら、必ずギルドに報告して下さいね」と、釘を刺してきた──
朝食後は、相変わらずだらだらと過ごす。少しの眠気を覚えつつ、ベッドの上で左右に反転しながら、だらりと過ごす──なかなかにいい時間だ。
怠惰に、のんべんだらりと過ごす時間──いずれやって来る、新しい流れに備えての時間だと、直感的に感じている。
……さて、“碧水の翼”の再始動も近いだろうな。
直感が囁いている──本格的に眠気がやって来た……毛布を首元まで引き上げ、身を縮ませて眠りの体勢に入る。
昼までは、ゆっくりと眠れるな──クレイドルは、夢を見る事も無い、深い眠りに沈み込んでいった…………。
コココ、コン──遠慮がちだが、よく通るノックの音。レイナさんか。部屋に備え付けの時計を見る。昼少し前といった時間か。
「どうぞ」
ノックに応えると、レイナさんがドアを開ける。
「レンディアと名乗る方が、お越しです」
来たか。眠気が消えた。“碧水の翼”再始動までもう少しだ──「すぐ行きます……ちょっと待って下さい」
銅貨五枚を、レイナさんに手渡す。
少しもじもじとしながらも、礼を云い受け取るレイナさん。
グレイオウル領の定宿、“灰月亭”のルーリエちゃんを思い出した。
「あ、ありがとうございます……」
頬を少し赤く染め、囁く様に礼を云うレイナさん。
一階に降りる。カウンター席に、見慣れた緑色のケープコートを羽織った女性が座っていた。
足元に、無造作に旅の荷が放り置かれている──銀色の髪が、コートの背に綺麗に流れている。
「アルガドさん、香辛料入りの茶を下さい。塩の炒り豆もお願いします」
おう、少し待ちな、とアルガドさん。
「香辛料入りのお茶は、この時季には何とも堪えられないわよね」
ふう、と茶に息を吹き掛けながら啜るレンディア。
レンディアは当然の様に、ここ“黒山羊の蹄亭”に宿を取った。取り合えず三泊。俺も、三泊で再更新した。
グランさんは直ぐに連絡が付くが、シェーミイがいつ戻るかは、少し分からない。猫だからな。
皆が揃ってからが、“碧水の翼”再始動だ。
荷物を部屋に置いたレンディアと合流。昼食は、ここで取る事にした。
久し振りに、黒山羊の蹄亭の食事を楽しみたいとの事だ。
それを聞いたアルガドさんが嬉しそうに微笑み、「腕によりをかけるからな」と云った。
「ねえ、あの店員さん何なの?」
小声で尋ねてくるレンディア。いつもの、端のテーブル席に着くと、当たり前の様に近くに待機するレイナさんの事だ。
「うん。まあ、そういう係り何だよ」
「係りって何の!?」
アルガドさんに呼ばれたレイナさんが、俺達に一礼すると厨房に向かって行った。
「おう、お待ちどうさん。豚と根菜の香辛料たっぷりシチューに、白身魚と赤身魚の炙り焼き。青菜と茸のバター炒めだ。そうは店に出ないぞ」
アルガドさん直々に、料理を運んで来てくれた。
「ゆっくりしていきな、お嬢」
アルガドさんは、厨房に戻って行った。
シチューの、食欲をそそる香辛料の薫りが、何とも言えない。
炙り焼きにされ、一口大に切り分けられた魚の炙り焼きも美味そうだ。
青菜と茸のバター炒めからは、バターの良い香りが漂って来ている──レイナさんが取り皿に、魚の炙り焼きと、青菜と茸のバター炒めを取り分けてくれた。
レンディアが、礼を云う。
「お飲み物の注文は、何かありますか?」
尋ねてくるレイナさんに、レンディアが果実酒炭酸割りを頼む。
昼から酒か、と思いながらも同じのを注文した。
少々、お待ちくださいとレイナさんが一礼し、厨房に戻って行く。
「アルガドさんの、心尽くしを楽しみましょうよ」
レンディアが、早速シチューに手を伸ばす。俺は、まず魚の炙り焼きかな──