「酷くないか? 仲間だよな?」
朝食後のお茶の時間。食堂にいる客も、まばらな時間帯だ。
「だってねえ。巻き込まれたら長くなりそうだもの」
香辛料入りのお茶を啜るレンディア。お茶から立ち上る湯気から、香辛料の薫りが漂って来る。
「分かって貰えたから、良かったじゃないか」
レイナさんに、お茶のお代わりを頼みながら云うグランさん。
今、シェーミィはこの場にはいない。一足先に、冒険者ギルドに出掛けている。
「……済んだ事だからいいですけどね」
カップを手に取る。少し温くなっているが、まあいい。
──事は一時間ほど前に、さかのぼる。
早朝。夜明け間近の内に魔力制御を終え、煙草盆と煙管を持ち、一階食堂に降りる。
いつもの、端のテーブル席。他の客はいない。少々早かったかな……食堂内はまだ薄暗い。明るくなるのは、もう少しだろう。はっきりと明るいのは、厨房くらいだ。
忙しなく働く店員達と、アルガドさん。朝食の薫りが、仄かに漂って来る。
声をかけるのは止めておこう。今が一番忙しい時だろうからな……煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰め、パチリと生活魔法で火をつける。
すう──と一息……口の中でゆっくりと味わい、ふぅぅ~、と吐く。
薄暗い宿の中に、白煙が香りとともに舞昇って行く……直に、レンディア達もやって来るだろう。
食堂内が明るくなってきた。夜明けと同時に、店員が明かりを灯している。
外と食堂内の明かりとで、いつもの雰囲気になる食堂内。
やがて、レンディア達も降りて来るだろう。さて、今日の朝食は何かな?
ゆったりと煙管を吹かしながら、朝食に思いを馳せていると──夜明けに来るとは、予想もしていなかった人がやって来た……我が姉、ミザリアスさんだ。
ここからが、長かった……俺の対面に座り込んだミザリアスさんは、赤きジト目の微笑みを浮かべながら、開口一番に云った。
「昨日、一緒に夕食を取ろうと思って、ここに来たんですよ?」
「久し振りに、“碧水の翼”が、揃ったんだ。だから皆で夕食を取る事になったんだよ」
駄目だな、この選択肢──だからどうした、で流されるかも知れん。
「ふうん……まあ、それはいいとして。もう少し、私を待てなかったのかなと思ったのですよ。せめて、行き先でもアルガドさんに告げておくとか?」
テーブル近くに待機しているレイナさんに、炭酸水二つを注文するミザリアスさん。
緊張を顔に浮かべたレイナさんが、畏まった感じで注文を受け、厨房に向かって行く。
朝食の時間だが、全く空腹を感じない──この場を何とか収めないとな。
「まあ、急だったからね。久し振りの合流で、皆気が急いていたんだよ。だから、少し早いけど夕食にする事になったんだ」
お待ちどうさまです。とレイナさんが炭酸水をテーブルに置き、すっ、と距離を取る。
「急……ですか。ふうん……」
炭酸水を、静かに口に運ぶミザリアスさん。何を考えているか全く分からん──俺も炭酸水を手に取り、呷る。
炭酸の刺激で、頭をよりハッキリとさせるのだ。
「私を待っていても、良かったのでは?」
嘘だろ。ループした……? 熱した鉄板の上で土下座しないといけないのか?!
「おはよ~、早いね。今日の朝食何?」
どすどすと、リリンがテーブルにやって来て、席に着いた。
リリンの明るさに毒気を抜かれたのか、ミザリアスさんが、ふう、と息を吐く。
「……まあ、これからは気を付けて下さいね?」
ニコリと微笑む、ミザリアスさん。
助かった……リリンに、今度一杯奢ろう。
「レイナさん、今日の朝食は何です?」
「え、あ、はい。ベーコンと目玉焼き。豆とトマトのスープに、丸パンと酢漬け野菜です」
ミザリアスさんに答えるレイナさん。
「ベーコンと目玉焼きは、固めでお願いします」
「私も、それで」
俺の注文に被さる様に云う、ミザリアスさん。
「あたしはそのままで、いいよ~」
呑気にリリンが云う。少々、お待ち下さいと云い、厨房に向かって行くレイナさん。
何とか、切り抜けたか……レンディア達はどうしているだろう?
ふと、食堂を見渡すと……違う席で、朝食取っていやがる! 覚えてろ──根に持つからな……!
朝食を終え、改めてレンディア達と合流する。
「俺個人の問題にしては、なかなかに重かったんだけどな?」
「ちゃんと、話し合いは済んだんでしょうに、今度から気を付けるわよ」
果実水炭酸割りを啜るレンディア。グランさんは、ただ苦笑している。
まあ、いい……さて、今日の活動はどうするのかな?
シェーミィが、ふらりと宿に戻って来た。何かいい依頼でもあったかな?
「レイナさん、果実水下さい」
席に着き、妙に真面目な口調で注文を頼むシェーミィ。それに何かを感じたのか、直ぐ厨房に向かうレイナさん。
俺達は顔を見合わせ、シェーミィから話を急かさない。
運ばれて来た果実水を、くうっ、と一息に半分飲み、云った。
「緊急依頼だって。街道近くに、オーク数十体が確認された見たいねー」
食堂内に響く様な声で、シェーミィは報告する。
ざわり……と食堂内の雰囲気が一変した。
食堂には、
頑丈そうな革鎧を着た、ベテラン風の冒険者が近付いて来た。
「確か、なのか?」
「うん。緊急依頼として、最優先事項になってたよー」
緊張感に満ちた冒険者に対し、明るく答えるシェーミィ。
ありがとよ、と手短に云いながら仲間の元に戻って行くベテランの冒険者。
にわかに、食堂が騒がしくなった。特に行商人風の人達が、忙しない雰囲気を見せている。
「ふん。冒険者ギルドに出向きましょうか……いい功績稼ぎになるでしょうからね」
何の気負いもなく、レンディアが云う。オーク数十体……とならば、それを指揮するオーガ。それに加えて──オーガの上位種、ハイオーガのお出ましかな……?
「お茶代を置いておくぞ」
グランさんが、銀貨四枚をテーブルに置く。多すぎます、とのレイナさんの声に、釣りは取っておいてくれと、グランさん。
「身支度整えて、合流しましょうか」
席を立つレンディア。はいはーい、とシェーミィ。
さて……オークとオーガなら経験はあるが、ハイオーガ、か。ただのオーガの上位種ではないとは聞いているな。まあ、いい。行けば分かるか……。
「クレイドル、身支度といくか」
席を立つグランさんの後に続く。レイナさんに、どうか、お気を付けて下さい、と声をかけられた。片手を上げ、応える。
手早く、漆黒の鎧を着込むグランさん。金属音をほとんど鳴らさず、滑らかな動きで装着する。
腰に帯びる剣は、前に武人の練武場で手に入れたやつだ──ラザロさんの鑑定で、衝撃属性に刺突強化。二属性持ちの名剣──わざわざ、鍛冶ブレイズハンドのドルヴィスさんに、鞘を黒く染めてもらったんだよな。
「その剣、武人の練武場で手に入れたやつですよね」
「ああ、初披露の時だと思ってな」
グランさんが鞘から剣を抜き、灯りにかざす。
切っ先鋭い、幅広の刀身は、薄く灰色に輝いている……魔力を感じとる事が出来た。
「よし、行こう」
剣を納め、カイトシールドを肩掛けにするグランさん。
「オーク狩りといきますか」
黒鷲の兜を被り、フェイスガードを下ろし、ガンガンと兜を叩く。
「もう、癖だな」
グランさんが苦笑する。気合い注入ですよ。気合い。灯りを消して、部屋から出る。
食堂でレンディア達と合流。自分達と同じ様に、身支度を整え終えた冒険者達が数組。
何人かの顔見知りと、軽く挨拶を交わす。
「おう、皆気を付けてな。無事戻ったら、一杯奢ってやるよ」
リザード族特有の、猛々しい笑みを浮かべながらアルガドさんが、俺達を激励してくれた。宿が、活気に溢れる。
他の冒険者連中と共に、冒険者ギルドに入る。もうすでに、ギルド内は熱気に溢れていた。
カウンター内にいたのは、我が姉ミザリアスさんだ。目が合うと、ニコリと微笑んだ……ジト目じゃないな。
ギルドマスターのシュウヤさんは、階段の踊り場に立ち、ギルド内を見渡している。
「すでに知っている人もいると思いますが、改めて、伝えます。緊急依頼が入りました。巡回中の衛兵が、西街道の外れに、多数のオークの群れを発見。その数、数十との事……オーガの姿は確認出来なかったとの事ですが、間違いなく現れているでしょう。二、三体はいると思って間違いない……そして、ハイオーガも」
ギルド内がざわめく。焦りや不安ではない。その逆。士気の昂りから来る、喧騒だ。
「すでに街道は封鎖済みになっていると、連絡がありました。今回の依頼は、初級のB以上はなるべく前線に出て下さい。ソロで行動している人は、なるべく即席でパーティーを組むか、先輩パーティーに志願して下さい。初級のB以下は、ギルド内で待機。職員達と、補助に回ってもらいます──レイナルドさん、皆のまとめ役をお願いしてもよろしいですか?」
シュウヤさんが、壁に寄りかかり話を聞いていた獅子族の冒険者──レイナルドさんに声をかけた。
背に大剣を担ぎ、がっしりと引き締まった筋肉質の体の上から、重装備を着込んでいる。
ベテランからも人望のある、中級Bランクの若手──皆の注目が集まる中、何の気負いも感じさせないまま、レイナルドさんが応えた。
「了解した」
きっぱりと頷き、応えるレイナルドさん。確か、前の
あの時は、
「ふん。レイナルドの指揮ならば問題ないでしょう。まあ、私達なりにやるべき事をやるだけよ……いいわね?」
レンディアが、強かな笑みを浮かべながら俺達を見回す。
「ああ、やる事をやるだけだ」
グランさんの言葉に、俺達は笑う。
「では皆さん、準備が出来次第、現場に向かって下さい。レイナルドさん、後は頼みます」
シュウヤさんは踊り場から一階に降り、副ギルドマスターのライザさんと職員達に、指示を出している。
「さ、行きましょうか。いい場所を取らないとね」
レンディアが緑のケープコートを翻し、ギルドから出る。
ふと視線を感じ、振り返るとカウンター内のミザリアスさんと目が合った。
その赤い瞳が笑みを浮かべ、チラリと光っていた。
「クレイドル、行くよー」
シェーミィの明るい声に応え、ギルドから出た。
オークはともかく、オーガにハイオーガか……楽しくなりそうだな──クレイドルは首に掛けた、