邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第152話 武人と騎士と戦士達

 

 

オーガの振り下ろす、ウォーハンマーの圧力を感じながら、すれ違い様にオーガの胴を薙ぎ払う──腹から脇腹までを、滑る様に斬り裂く感触が体に伝わる──鋭さの魔力付与が施された、レイナルド愛用のグレートソード。重量と同時に鋭さを帯びた大剣は、獅子族のレイナルドに相応しい逸品──ズシイィン……オーガの体が、大地に崩れ落ちた。

「ふう……っ」

グレートソードの血を払い落とし、一息吐くレイナルド。こめかみから、微かに血が滲んでいる。

オーガのウォーハンマーが、掠めていたのだ。

おおぉぉぉっ、と歓声が上がる。

オーガとの一騎討ちが、冒険者達の士気を上げている──だが、まだ大物が残っている……。

 

 

それは巨岩に見えた。横倒しの大木の上に、巨岩が置かれている。巨岩の側には、大きな盾が立て置かれていた。タワーシールド。

少し湾曲した、長方形のほぼ金属製の盾。縦幅百二十センチ以上、横幅八十センチはあるか──大きく、重く、頑丈。冒険者が持つような物ではない。かさばり、重いのは邪魔になるからだ──少々錆び付きが見られるものの、それが頑丈さには影響する事はないだろう。

その反対側には、剣の形をした鉄塊。

何とか剣に見えないでもないという代物。持ち手には、革がしっかりと巻き付けられている。

全長は、優に百五十センチは越えているだろう。幅は、三十センチはある──人に扱える様な代物ではない……巨岩が、のそりと立ち上がった。

 

オークもオーガも、皆打ち倒された。だが、歓声は上がっていない。

静寂が、緊張感と共に戦場に満ちていた。冒険者達の視線の先に、立ち上がった巨岩がいた。

巨岩は、ハイオーガだ──全身の岩めいた外見は、どこで手に入れたか、ちぐはぐに防具を身に着けているからだ。

肩当て、籠手、胴体、ブーツ。全て金属製──冒険者達は、ハイオーガの一挙手一投足に注視している。

でかい。オーガとは、明らかに一線を画す体格と身にまとう雰囲気。オーガ特有の獰猛さは見受けられない。

ただ、ただ武人の気配をその身から溢れさせていた。

 

魅入られたかのように、己を見つめる冒険者達を他所に、ハイオーガはタワーシールドを軽々と持ち、鉄塊を掴むと片手で振った。ゴウッ──風切り音が響く。静まり返る戦場を見渡すと、ふむ。といった風情で、のしりのしりと冒険者達に向かって来る。

誰も動かない、動けない──物質的な重量を感じさせるほどの威圧感に気圧され、立ち向かう事も逃げ出す事も出来ないのだ。

 

「いざ」

レイナルドがグレートソードを両手に構え、充分な距離を取りハイオーガの前に立った。ハイオーガの顔に笑みが浮かぶ。

「推参なり!」

そう言いたげな表情が、その顔に浮かんでいた。武人の笑み。

それに対して、レイナルドは硬い笑みを浮かべていた。

(改めて向かい合うと……凄まじいな)

獅子族以上の体格と、圧──気圧されるな。腰が引けたら、おしまいだ……気を張れ、気を抜くな……すう、はあ、と深呼吸一つ。

グレートソードを横構えにして、ハイオーガと距離を詰める。

ヒリつく様な緊張感が、うなじを逆撫でる──さて、どうするか……ジリ、とハイオーガに近付く。

 

ガイィン! ハイオーガが、タワーシールドを振った。いきなりの動きに、レイナルドが立ち止まる。

「ちっ。やはり気付くか」

何か嬉しそうに呟く冒険者が、いつの間にか近くにいた。フェイスガードを降ろした冒険者──クレイドルだ。

「小細工は通じないか……ふむ」

漆黒の装いをした冒険者。暗黒騎士──確か、グランといったか……碧水の翼の面々が、やって来た。

「勘が鋭いな。いやさすが」

グランはカイトシールドを構え、薄く灰色に輝く切っ先鋭い、幅広のロングソードを下段に構えている。

どこかのんびりとした口調で、闘志が感じられないが……。

 

「気付かれにくい角度で投げたんですがね」

クレイドルが、ちらりと遠くを見る。その視線を追うと──ハンドアクスが、地に転がっていた。クレイドルが投擲したのだろう……。

「レイナルドさん、あんなのと差しで戦うのは、無茶ですよ」

クレイドルが、ラウンドシールドを構え、剣を抜く。フェイスガードの中は見えないが、クレイドルの声は嬉しそうに弾んでいた。

「ああ、確かにな」

クレイドルの、静かに通る声に気持ちが落ち着く。良い意味で、緊張感が治まった。

改めて、ハイオーガを見る。どっしりとタワーシールドを構え、剣状の鉄塊を肩に乗せてこちらを見下ろしている。

「……よし、始めるか」

ハイオーガに、クレイドルに、グランに──そして自分にも言い聞かせる様に、云った。

中央は自分。左右にクレイドル、グラン。さて、やるか──

 

三人の冒険者と一体のハイオーガとの戦いは、凄まじい物だ。

三人で、半包囲状態に持ち込みながらも、ハイオーガはタワーシールドと剣状の鉄塊を振るい、三人の攻撃を跳ね返し、反撃をしている。

鉄塊を振るい、カイトシールドを構えるグランを押し返し、レイナルドのグレートソードを弾く。

横合いから迫るクレイドルを、蹴りで跳ね退ける。クレイドルはラウンドシールドで受けながら、後方に飛び退く。

明らかに、ハイオーガはこの場を楽しんでいる。

“良き敵、ござんなれ”──そう云っている様に見えた。

 

レイナルドの真正面からの斬り込みを、鉄塊で弾きながらタワーシールドで押し込んで行く。

それをグレートソードで受けながら、無理に踏ん張る事なく下がり、体勢を素早く整える。

にいっ、と牙が浮き上がる様な笑みを浮かべるハイオーガ。

余裕のあるその笑みを見ながら、レイナルドは勝てるのか? と思っていた。

三人共に、余裕は無い。ここぞ、という一撃を加えているものの、皆防がれ、弾かれている。

そして、ハイオーガの一撃は非常に重く、受け方を間違えれば戦闘不能になるほどの攻めだ──無尽蔵の体力と腕力を持つハイオーガ。長期戦になるほど不利になるのは、充分に分かっている──ここで退いて、冒険者達で一斉にかかる様に指示を出そうか? 魔術を惜し気無く使う様に指示を出そうか?──いや、駄目だ。

それをやれば、間違いなく死人が出る。こちらがなりふり構わない戦い方を選べば、ハイオーガもそうするだろう。

さて──ならば、俺達で始末を着けないとな。

一旦下がり、息を整える。こちらの意図を汲み、グランとクレイドルも下がる。

ハイオーガは、迫って来ない。小休止を認めてくれたのか──

 

「……少し、見苦しい所を見せます」

唐突に、クレイドルが云った。何の事だ……?

「血と苦痛、茨となれ……」

微かな囁きを、クレイドルが口にした──その瞬間──首元から、茨がクレイドルの全身に這い出し、その身を包み出した。同時に、クレイドルの体から血が滴り、迸った。

何だ? これは……グランを見る。グランがぼそりと呟く。

「ああ……これがか。クレイドル、あまり無茶するなよ」

 

この状況を思い出した。いつだったか、甲殻ムカデ(メイルセンチピード)戦の時だ。

全身血塗れになりながら、荒れ狂うクレイドルの姿。あの時の事を思い出す──ハイオーガに目をやると、同じくこの状況に戸惑っている様に見えた。

ぎりり、と歯を食い縛る音が聞こえた──クレイドルだ。唇の端から、血が垂れている。

苦痛に耐えるかの様なうめき声を上げ──ハイオーガに突撃して行く。止める間もないほどの速度 だ。

「俺達も行こう。二回戦だ」

ブンッ、と剣を振り、クレイドルの後を追うグラン。

「ああ。やろう」

深呼吸一つ──無茶するなよ、クレイドル。

 

 

どっしりと構えるハイオーガ。タワーシールドめがけ、飛び蹴りを放つ。ゴォン、と金属音。

びくともしない──分厚く、重く、並みの体格ならば、体を隠せるほどの大型の盾。まあ、ハイオーガは大柄なので、隠せないが──隠す必要もないだろう。

盾と剣の扱いの巧さは、尋常じゃないのが見てとれた。

オーガ以上の、腕力と体力に戦闘技術──真っ向勝負は、まず無理だ。

俺はタワーシールドを叩き、気を逸らす。ハイオーガへの攻撃は、グランさんとレイナルドさんに任せる……そして、三対一という事に、ハイオーガに意識を持たせる──この戦いの少し、前──

 

 

「シェーミィ、影身の刃(シャドウエッジ)持って来てる?」

オーガとオークを殲滅後の、一休み。残るはハイオーガだけ。

「うん。持ってるよー……ははあ、分かった」

レンディアに答え、にししと笑うシェーミィ。

「グラン、クレイドル、レイナルドさんと協力して、ハイオーガの注意を引いて」

俺とグランさんは、顔を見合わせ、ニヤリと笑う。なるほどな、影身の刃か……ふふん。

「平地だけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ。猫族の隠密性、馬鹿には出来ないよー」

レンディアの質問に、にしし、と笑うシェーミィ。

 

猫族の隠密性と、影身の刃の効果(・・・・・・・)──なるほどな。

「よし。クレイドル、急ごう」

「はい、急ぎましょうか。一騎討ち始めかねないですよ」

急ぎ、レイナルドさんに合流すべく、駆け出す。

「私は後から合流するよー」

シェーミィの明るい声を背後に、レイナルドさんの所に急ぎ、向かう──

 

 

魂食み(ソウルスレイヤー)”を、タワーシールドに叩き付ける。ガシィィン、火花が散った。

同時に、血飛沫がタワーシールドに飛び散る──(相変わらずの痛み……くっそ!)

八つ当たりの様に、ひたすら魂食みを振るう。

痛みが少しでも紛れる様に──「オアァァァッ!」

動く度に、血飛沫が舞い散る。

同時に、血を流せば流すほどに身体強化が成されるという事が、実感出来ている──さらに強く、剣を打ち込む、打ち続ける。

血飛沫の中、ひたすらに打ち込む。血溜まりが出来ているなあ……アァァァッ! 痛えなぁっ!

 

クレイドルが、タワーシールドを執拗に攻め続ける事に、少々の疑問を持ったが──「盾を引き付けているんだよ」

グランの声……ああ、なるほどな。分かりかけてきたぞ。

「よし、俺達のやるべき事をやるかね」

グランの言葉に、気が楽になった。

「そうだな……急ごう。あれ以上血を流させるのは、よくない」

グランとレイナルドの視線の先には、血塗れで荒れ狂うクレイドルの姿があった。

 

ガギッイィィンッ! 魂食みとタワーシールドが火花を散らし、血飛沫が舞い散る。

「オオァァアッ!」

苦痛と激昂の、悲鳴じみたクレイドルの雄叫びが響いていた。

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