邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第153話 騎士と戦士の鋼と猫の牙

 

ガアァンッ──ギリリと刃を合わせる、鉄塊とグレートソード。

ぐうぅぅっ、とハイオーガと獅子族の剣が、押し合い圧し合いする中──「ふうっ!」

騎士の剣が、ハイオーガ目掛けて振り下ろされる。

ハイオーガは獅子族の剣を押し退け、騎士の剣を迎え撃った。

火花散る剣撃──騎士と獅子族の剣を凌ぎ、さて反撃といった瞬間に、タワーシールドへの衝撃。

ガアッアン! 血が迸り、タワーシールドだけでなくハイオーガの身体にまで血が、降り注ぐ。

血塗れの戦士が、執拗に盾を狙って来ている理由は、正面から攻めて来る二人から気を逸らすためだろうと、ハイオーガは直感的に気付いている。

 

──面白い。遠目には、力攻めの応酬にしか見えないだろうが、そうではない。二人は、剣を撃ち込む際、微妙に撃ち込む角度、速度を変えながら攻めて来ているのだ。最も、血塗れの戦士はただひたすらに、盾に撃ち込んで来ているだけだが──ハイオーガは、今の状況を言葉ではなく、思考で捉えていた。

騎士と獅子族の重い斬撃を弾き、受け流す。心地好い衝撃が、腕から身体に伝わって来る。良いぞ……来い!

ハイオーガの顔に、強烈な笑みが浮かんでいる。

 

この撃ち合い──いつまで続く?

弱音を吐くつもりは毛頭無いが、全く衰える事の無いハイオーガの腕力、体力。分かっていたつもりだったが、甘かった。

オーガとはまるで違う。ただ力任せの獰猛なオーガとは別種だ。技術がある。速さもだ──こんなのと、差しで戦おうとしていたのか。

グランとクレイドルが来ていなければ、どうなっていた事か。三対一のこの状況でさえ、勝ち筋が見えて来ない──ガリリッ、と金属が強く擦れる音。グランがカイトシールドで、ハイオーガの鉄塊の一撃をなんとか逸らした音だ。

微かに体勢を崩すグランを援護するために、ハイオーガに斬りかかる。

横合いから、薙ぎ払う一撃。手は抜けない──ギイィンッ! 上から押さえ付けられる様に、グレートソードを受け止められた。

 

ギリギリと、鋼と鉄塊が擦れ合い、不協和音が鳴る──「ぬっ……ううぅ!」

グレートソードを押し込むと、ハイオーガもまた、押し込んで来た。

みりみりと、己の筋肉が震えるのが分かる。さらに押し込むと、それに答える様にハイオーガは押し返して来た──こちらは両手。向こうは片手。信じられないほどの膂力だ。

 

面白い……っ! 獅子族とためを張れるほどの力を持つ種族は限られている。牛人族(ミルスタス)竜人族(ドラグニア)。そしてドワーフ──ハイオーガは、それ以上の膂力を持つというのか?!

面白いっ……!ぎいっ、と歯を食い縛る。ぶるり、と体が震えた。武者震いというやつだ。

血が滾り、むくむくと力が沸き上がって来る。

とことんやり合おうか、ハイオーガ……! 獅子が、牙を剥き出しに笑った──

 

「よし……終わりが近いな」

グランの呟きが、聞こえた──終わりが、近い?

ガアッン! クレイドルが、ハイオーガの構えるタワーシールドを叩く音が聞こえたと同時に、ガクンとハイオーガの左膝が崩れ落ち、地に膝を着く。

何が起きた? 微かに、笑い声が聞こえた気がした──にしし、と……。

 

ギリギリまで、よく気配を隠したものだ……全く猫族の隠密性ときたら、脱帽ものだな。

俺の仕事は二つ──ハイオーガの意識を俺達へ向けさせ、眼前の戦いに集中させる事。シェーミィの影になるよう立ち回る事──前者はともかく、後者はなかなかに気を使った。

いつ、どのタイミングでシェーミィが近付いて来るか、見当もつかなかったからだ……それで、馬鹿の一つ覚えでの、徹底的なタワーシールドへの攻撃。

ハイオーガは、好きにさせてやれとでも思ったか。それとも、二人から気を逸らすためだろうと思っていたか……まあ、もう済んだ事だ。シェーミィは猫族の隠密性と、“影身の刃(シャドウエッジ)”の効果──短時間、影の様な存在になり影に溶け込む──二重の隠密性。

影身の刃は、ハイオーガの膝裏を深く切り裂いただろうな。

シェーミィは、にししと笑うと、バックステップを数度繰返し、身を翻して凄まじい速度でレンディアの下に戻って行った。

 

グウゥゥッ! タワーシールドを支えに立ち上がろうとするハイオーガの、左手側面に回り込み……その肘を“魂食み(ソウルスレイヤー)”で両断する。

バヅンッ、と肉と骨を断つ感触。心地好いものではないな……グワァァン、とハイオーガの肘から下を付けたまま、タワーシールドが倒れた。

後は、グランさんとレイナルドさんに任せるか……“流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”に触れながら、そのまま数歩下がり──「血と苦痛は、去った……」

流血と苦痛の茨の外殻を解除する。

少し長く使いすぎたせいか、体が重い……まあ、仕方無い。

一瞬で茨と苦痛が消え去り、後に残るは血塗れの俺──「浄化」

血塗れの体が、綺麗になる。もう一度だ……「浄化」……血生臭さが消えていればいいけどな。

ゴオォォオァァッ!! ハイオーガの雄叫びが聞こえた──後はグランさんとレイナルドさんが始末を付けるだろう……疲れたな。少し、休ませて貰うか──

 

地に左膝を着くハイオーガ。ほぼ同時に、タワーシールドを持つ左腕がクレイドルに切断されたのが、見えた。

目まぐるしい状況──ゴオォォオァァッ!! 苦痛なのか、怒りなのか、片腕を斬り落とされたハイオーガが咆哮を上げる。

鉄塊を支えに、何とか立ち上がるハイオーガ──グランが即座に動いた。

すれ違い様に、ハイオーガの胴体に剣を横薙ぎに叩き付ける。

ドンッ、と衝撃音──グランの一撃に、両膝を着き、ゴバリと血を吐くハイオーガ。

 

レイナルドが素早く駆け寄り、なおも立ち上がろうとするハイオーガの首目掛け、グレートソードを下段から振り上げ、その首を跳ね飛ばした──宙高く舞う、ハイオーガの首が陽光に照らされながら、地に転がり落ちる。

少しの間を置き、ハイオーガの体がズシリと倒れた──静寂。“(いくさ)”は終わったのだ。

 

「レイナルド、ハイオーガ討伐の証を示せよ」

剣を収めながら、グランが云う。

「あなたの、役割ですよ……レイナルドさん」

地に座り込み、疲労を隠そうともしないクレイドルが云う。

「クレイドル、黒ワインだ。気付けに良い」

「……ありがとうございます」

グランから水筒を受け取り、ゆっくりと飲むクレイドル。

その様子から、相当な疲労が見てとれた──ふう、と一息吐き、ハイオーガ討伐の証を手に取るレイナルド。

 

敬意を持ち、ハイオーガの首を掲げる。その顔には、武人然とした落ち着いた表情が浮かんでいた。

何の悔いなく、戦い抜いた果ての顔付き──レイナルドは、何か昔からの友を無くした様な気持ちになった──いや、気のせいだ……。

頭を振り、改めてハイオーガの首を掲げて、冒険者達に告げた。

 

(いくさ)は終わった! 犠牲は出ただろう、無傷の者がどれだけいるだろうか! だが、俺達の勝利だ! 皆、戻ろう! 傷を癒す時間は充分にある。戻るぞ!!」

高々と、ハイオーガの首を掲げてレイナルドが、冒険者達に告げる。

歓声──どよめく歓声が大地に響いた。昼近い陽光が、明るく戦場を照らす。

戦後処理は、時間がかかるだろう──それは、自分達が考える事ではないな、と前線に出張っていた冒険者達は思った。

戦後処理は待機組の仕事──それぞれの役割だ。前線組と待機組の、名誉と報酬は等しい。

 

 

「あの血塗れ、説明してもらうわよ。クレイドル?」

レンディアが、座り込んでいる俺を見下ろしながら云った。

その顔には、呆れとも慈悲とも言えない妙な表情が浮かんでいた。

「ああ……後でな、後で。今は、疲れているんだ……何しろ、血を、流しすぎたからな……」

ふっ、と気が抜ける。眠りたい……レンディア達がいるから大丈夫だ……後は、任せよう。

ふらりと、倒れ込む──がしり、と抱えられた。

グランさんだな……力強いその腕に身を持たせかけ、目を閉じる──休もう……その時間は、充分にある……。

 

「やれやれね。グラン、宿まで運んで」

慈悲の笑みを浮かべ、レンディアが云う。グランはクレイドルを丁寧に、肩担ぎにする。

「……宿に戻ろうよ。お腹すいたー」

ある意味、対ハイオーガ戦で最も気を使ったといってもいい、シェーミィがか細い声で云った。

ふふっ、とレンディアが笑う。

「そうねえ、何か美味しいものを作って貰いましょうか」

「いいな。アルガドさんなら、美味いものを出してくれるだろう。そういえば、戻ったら一杯奢ると言っていたな」

 

 

静かに眠るクレイドルを担ぎながら、グランが云う。

にひひ、楽しみーと、シェーミィが笑いながら先を行く。

クレイドルは、ただ静かに寝息を立てているだけだった……。

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