邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第154話 何だかとても眠いんだ

 

 

階下から、賑やかな喧騒が聞こえて来る──戻った冒険者達は、約束通りアルガドさんから酒を振る舞われているのだろう。

グランさんに担がれ、部屋に戻ったらしいが、気を失う様に眠っていたらしく、全く覚えていない。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”の使用による、疲労と倦怠感を感じながらも装備を解き、普段着に着替えるのは億劫だったが、何とか着替えた。寝巻きではなく、普段着だ。

 

ふう、と一息吐き、ベッドに腰掛ける。

ベッド近くのサイドテーブルに置いてある水差しを取る。

コップに注ぎ、ゆっくりと飲み干す──染み渡るな……コンコン、とノック音。レイナさんかな?

「どうぞー」声をかける──顔を覗かせたのは、グランさんだった。

 

「……体調はどうだ? 夕方には宴会だそうだが……出られそうか?」

部屋に入って来たグランさんが、向かいあう様に、ベッドに腰掛ける。

「いえ、宴会には出ません……ゆっくり休むつもりです。下の騒ぎが一段落着いたら、アルガドさんに軽食を頼もうと思っています。その後は、たっぷり寝るつもりです」

無理はするなよと、グランさん。

宴会場は、貸し切りで虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭に決まったそうだ……道場酒場か。

今のコンディンションだと、ますます疲れそうだ。パスだな、パス。

 

「レンディア達には伝えておく。何か入り用なものはあるか?」

「……そうですね。お湯を頼んでもらえますか」

シャワーでも浴びたいが、しんどい。体を拭うくらいにしておこう。

「よし、分かった……まあ、ゆっくり休め」

手を振り、グランさんは下に降りて行った──さっきから、気になっている事があるんだよなあ……机の上に置いてある、流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)……手に取り、よく見てみる──呪物鑑定、発!動!

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)”──鮮血石に触れ、「血と苦痛茨となれ」と唱えると茨が外殻となり、全身を包む。茨の外殻は、状態異常と物理に耐性を持つ。

外殻の発動中は、常時痛みを伴う出血状態となり、出血の量によって身体強化がもたらされる(長期使用は危険)。

解除には「血と苦痛は去った」と唱えればいい──

能力追加──“ 最後に残る者(ラストマンスタンディング)”──相手取る敵が多いほど身体強化が増し、集中力も強化される。

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)LMS(ラストマンスタンディング)──とでも名付けるか……やっぱりな、成長の予感がしたんだよ。

良い効果なのだろうが、妙に嬉しくない。呪物は成長するものなのだろうか?

 

 

少しすると、レイナさんがお湯とタオル二枚を持ってやって来た。

礼を言って受け取り、いつも通りに銅貨五枚を心付けとして渡す。

「いつも、ありがとう、ございます」

ポッ、と顔を赤らめながらも、受け取ってくれた。

ついでに、昼過ぎくらいに起こしてくれる様、頼む。軽く食べた後に、ゆっくり休む事にするつもりだ。

 

たっぷりと湯を含ませたタオルで、顔と体を拭う。湯気立つほどの熱さが心地好い──良い気持ちだな……浄化とはまるで違う、心地好さ。

よし、充分だ──乾いたタオルで体を拭き、さっぱりとする。

たらいとタオルを部屋の端に置き、改めてベッドに横たわる。

昼過ぎまで、充分に眠る時間はあるな……毛布を引き上げ、目を閉じる。

すう、と一息吐くと、眠気はすぐにやって来た……眠ろう。

とにかく、疲労回復だ──それには睡眠が一番だ……夢を見る事も無い、暗く深い眠りの底に、クレイドルは沈んでいった───

 

 

アルガドの奢り酒を楽しんだ後、冒険者達はそれぞれの部屋に戻るか、冒険者ギルドへと足を運んでいった。

行商人達は、皆安心した表情を浮かべている。

討伐が済んだ事で、街道封鎖が解除された事が伝えられていたからだ。

夕方には、虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭での宴会が待っている。

ギルドの貸し切りで、食べ飲み放題。参加しない手は無いだろう。

 

「クレイドルの調子はどうだった?」

香辛料入りの茶を啜りながら、グランに尋ねるレンディア。

「かなり疲れている様子だったな。一眠りした後、軽く食事を済ませてから、ゆっくり休むと言っていた。宴会には出ないとも言ってたな」

「ふうん……分かったわ。昼までまだ時間あるけど……早めに昼食でも取る?」

レンディアが宿の時計を見る。つられて、グランとシェーミィも時計を見た。

「そーだねー。ここで済ませてもいいけど……何か食べに行かない?」

「そうだな。夕方の宴会でたらふく食べられるだろうから、軽く済ませるくらいがいいか?」

シェーミィとグランの言葉に、頷くレンディア。

「じゃ、屋台で済ませましょうか。露店通りでもいいし、港区に行くのも悪くないわね……お茶代置くわよ」

 

銀貨を置き、席を立つレンディアとグラン。シェーミィは、一足先に素早く宿から出ていった。

「いってらっしゃい」

レンディア達に、頭を下げるレイナ。

その言葉に答える様に、レンディアがひらりと手を振った。

 

 

レイナさんが起こしてくれた、昼過ぎ。

食堂に降りると人はまばらだった。

遅い昼食を取っている市民や、商人らしき人達──いつもの奥のテーブル席に着く。あくび混じりに、用意してくれていた煙草盆を引き寄せる。

煙管に“深風”を詰め、生活魔法で火をつける……すう、と一吸い──深風独特の、苦味と甘味が口の中に広がっていく。

ふう、とゆっくり煙を吐いた。爽やかな香りが心地好いな……。

 

当たり前の様に、テーブル近くに待機するレイナさんに炭酸水を注文し、何か軽く食事が出来ないか聞いた。

「そうですね……夕食の仕込みが始まっていますから、雑炊かスープ、簡単な物ならすぐに出せると思いますよ?」

との事だ……だったら、そうだな。

「雑炊をお願いします。酢漬け野菜も一緒に」

「はい! 少々お待ちくださいね!」

妙に嬉しそうに云うと、レイナさんは身をひるがえし、厨房へと駆けて行った……何ぞ?

ふう~、と煙管を吹かす。煙が、ふうわりと宙に溶けていく──

 

「おう。白身魚と青菜の雑炊お待ち。今日の酢漬け野菜は、玉葱だ」

アルガドさんが、遅い昼食を持って来てくれた。

「ずいぶん、疲れている感じだな。オーク狩りは、相当にしんどかったか?」

「はい……想像以上でしたよ。ハイオーガともやり合いました」

「ハイオーガが出たか……そりゃあ、大事(おおごと)だったな……随分てこずったろう?」

アルガドさんが、驚いた様に呟く。

「はい……あれは、尋常ではなかったですね。いい経験になりましたよ」

あの力強さ、速さ、戦闘技術──あれ以上の存在は、考えたくないな。

 

ハイオーガ戦を思い出しながら、雑炊に口を付ける──熱く、美味い。

鶏出汁が充分効いていて美味い。口の中でホロリと崩れていく白身魚と、煮込まれた青菜が何とも堪らない。

「……美味しいです」

アルガドさんに云う。弱った体に、染々と染みるなあ……うん、美味い。

「そうかい。ゆっくりと食べろ。酢漬け野菜もな」

嬉しそうに微笑むアルガドさんが、厨房に戻って行った。

酢漬けの玉葱を摘まむ。酢が、疲れた体に染み渡る──玉葱の歯触りが心地好い……。

 

雑炊と酢漬け野菜を平らげ、〆の炭酸水を飲み干す。良い具合に、腹八分に治まった。

さて、食後は再び睡眠だ──昼をとうに過ぎ、もう少しで陽が暮れるだろう。

皆が宴会中、俺は眠りの中だ。目覚めは、明日早朝になればいいかな──たっぷりと、眠らせて貰おう。

レイナさんとアルガドさんに礼を云い、部屋に戻る。

 

 

ベッドに横たわり、ふう、と一息吐く。毛布を引き上げ、目を閉じる──すぐに眠気がやって来る……深い眠りの中に入る前に、微かな声が響いて来た──〈混沌に身を沈めよ。我が甥よ……そなたの安らぎは、混沌の中にある……休め。混沌に身を委ねるがよい…… 〉

頭の中に、静かに響いて来る声──聞き覚えのあるこの声は──深淵の女王だ。

 

〈ゆるりと、休むがいい……〉

深淵の女王の声は、柔らかで優しく響いて来る──言葉に甘えておくか……今はただ、眠りたいだけ。再び、夢を見ないほどの深い眠りを──クレイドルの意識は、深淵に沈んでいく───

 

 

「うん? クレイドルは……来ていないのか?」

蜂蜜酒(ミード)片手に、レイナルドが隣のテーブルのレンディア達に尋ねる。

「ああ、相当に疲れたらしい。ゆっくり休みたいと言っていたよ」

黒ワインを口に運ぶグラン。なるほどな、とレイナルドが頷き、蜂蜜酒をグビリと呷る。

「すいませーん! 鶏むね肉味噌焼きと、果実酒くーださい!」

シェーミィの注文に、はーい、と腹筋バキバキの店員が明るく応える。

「……クレイドルが気を引いてくれたから、かなり助かったが……あの血塗れは何だ?」

「あれね……後から説明してもらう事になってるのよ。まあ、何となく分かるけどね」

レイナルドの質問に、レンディアが答える。ふうむ……と唸るレイナルド。

 

「あれ? クレイドル、やっぱり来てないんだ」

エールのジョッキ片手に、リリンがレンディア達の席にやって来た。

花柄の装飾がなされた髭輪でまとめられている、三つ編みにされた栗色の髭が揺れている。

「まーた、血塗れになってたよね。よくあんなの使えるね」

ぐびり、とエールを流し込むように呷るリリン。

「……リリン? あんなのって何?」

果実酒を片手に、レンディアが尋ねる。

「あー……まだ聞いてないんだ。あれは、本人から直接聞いた方がいいよー」

リリンの言葉に、ふむ、と頷くレンディア達。

 

「鶏むね肉味噌焼きと果実酒、お待たせしました。他に注文ありましたらどうぞ!」

腹筋店員が、注文の品を運んできた。食欲をそそる、味噌の薫りがテーブルに広がる。

「そうねえ……鶏の根菜煮込みとチキンサラダに、ささみ照り焼きをそれぞれ、四人前。それと、果実酒炭酸割りお願いよ」

レンディアの注文の後、それぞれが酒の注文をする──

賑わう虎と龍(タイガー&ドラゴン)亭。この賑わいは、明け方まで続くだろう。

 

 

ふと、目が覚める──暗い部屋の中、少し開け放した窓から仄かな灯りが射し込んでいる。

街灯の灯りか──街に並べられた街灯が消えるのは、朝陽が上ってから……という事は、まだ夜明け前か。

グランさんもまだ、戻っていない様だ。というか──ミザリアスさん? 部屋の隅にひっそりと佇むのは、止めて頂きたいのですけど?

「ええと……姉さん。お願いがあるんだけど?」

「何でも言って頂戴?」

枕元に椅子を運び、腰掛けながらミザリアスさんが微笑みを浮かべて云う。

聞いてくれるかなあ……?

眠気が再び寄って来る──ベッドに改めて横たわり、はっきりと云う。

 

「……何だかとても、眠いんだ。姉さん……また、後で」

ただ、深淵に沈む──夢見る事なき深い眠りがあるだけ。クレイドルは、再び、深淵に沈んでいった。

「お休みなさい。クレイ……」

ミザリアスはクレイドルの手を握り、頬を優しく撫でた──




天使は迎えに来ません。

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