グランさんとの昼食と、昼下がりの宴会が終わった後はレンディア達と夕食を取りながら、今後の行動を決める事となった。
カートワゴンの片付けは、レイナさんを呼ぶまでもないと、グランさんが運んで行った──いいのかな?
夕食まで、まだ少々時間はあるな……腹も満たされ、酒も入っている……ふむ。
ベッドに横たわる。あれだけ眠ったからな、さすがに──意識はすぐに、離れていった。
「……まだ眠れるのか」
すう、と寝息を立てるクレイドルを、呆れた様に見るグラン。
部屋を出て、カートワゴンを階下に運ぼうとした所、見るからにベテランの女性従業員から、やんわりと注意された。
曰く──「そういう事は、お店の仕事です」と。面目ない事をしてしまったな……ワゴンを渡しながら、ついでに茶も注文した。そして部屋に戻ると、クレイドルがまた寝入っていたのだ。
時計を見ると、午後四時少しか……ふむ、夕食までは時間はある。私も寝るか。
明け方まで飲んでいたので、ちゃんと寝ていないからな。それに昼過ぎにも飲んだし、少し寝て酒を抜くか……レンディアが、迎えに来ると云っていたしな。
ノックの音──そうか、茶を頼んでいたな。眠気覚ましにでもするか……。
「どうぞ」
失礼します、とドアが開く。先ほどのベテランの従業員。歳は、四十少しだろうか?……整った顔立と、所作からは気品さを感じる。
「お待たせしました」
軽く一礼し、テーブルにティーポットとカップを並べ置く。
その時、ベテラン従業員がちらりと、ベッドに横たわるクレイドルに目をやる──固まってしまった。
すやりと眠るクレイドルの顔立ちを見た、ベテラン従業員が目を瞬かせ、硬直している。
釣られて、クレイドルを見る──輝く様な金髪に白磁の肌。異様に整った目鼻立ちと……妖艶に濡れた紅色の唇。
安らかな顔で眠るクレイドルの顔は、どういう表現もしようがないからな……多少慣れているとはいえ、私にしてもちと目の毒だ。
初めてクレイドルの顔を間近に直視した人には、なかなかに耐え難いかも知れない──よし。
「ああ、後は自分でやります」
ほとんど硬直している従業員に声をかけ、我に返らせる。
一瞬、ぴくりと体を震わせ、はあ、と熱っぽいたため息を吐き、我に返る従業員──顔が赤い。
「少ないですが、取っておいて下さい」
「……あ、どうも、ありがとうございます」
銅貨五枚を、心付けとして受け取ってもらう。その間も、チラチラとクレイドルの顔を見る従業員。まあ、仕方ない。
「他にご注文がありましたなら、いつでもお呼び下さい」
一礼し、部屋から出て行く従業員。最後まで、チラチラとクレイドルに視線を送っていた……。
さて、起こさないで放っておくか。レンディア達が来るまで寝かせておこう……さて、眠気覚ましに茶を──どうも、クレイドルが気になるな……。
ベッドに向かい、クレイドルを転がして、顔を壁際に向ける。全く起きる気配無く、ゴロリと体を向けた──これで、落ち着いて茶を飲む事が出来る。
今後の活動予定か……ふむ。クレイドルが、暗黒都市に行ってみたいと云っていたな。
しばらく、実家にも顔を見せていない事だし、騎士団本部にも、たまには顔を出さないとな──レンディアに提案してみるか……。
少し開いた窓から吹き込む風に、カーテンが揺れ、冬の風が部屋に入って来る……いい風だな。
茶を啜りながら、故郷のダーンシルヴァス神王国に想いを馳せる──今の時季、雪はどれくらい降っているだろうか?
ココン、とノックの音。どうぞ、答えるとレンディアが入って来た。
「直に夕食よ……クレイドルは?」
「ああ、さっき目を覚まして顔を洗いに行ったよ」
ふむ、とレンディアが頷く。
外を見ると、夕暮れの時間が訪れていた。
茶を片付けてもらうために、従業員を呼ぶベルを鳴らす──すぐに、先ほどのベテランの従業員がやって来た。
「ティーポットを下げて下さい。ご馳走さま」
従業員に礼を云う。はい、と微笑みながら一礼するベテラン。
部屋から出ていく際に、チラっとクレイドルがさっきまで寝ていたベッドに、視線を向けていた。
「取り合えず降りましょうか。多分ミザリアスさんも来るでしょうね」
レンディアが云う。丁度、クレイドルもタオル片手に戻って来た。
食堂の、いつもの端のテーブル席。当然の様にレイナさんが近くに控えている。
夕食は、ここ“黒山羊の蹄亭”で取る事になった。
話し合いをするには、ここがどこより落ち着けるとの事だ。“碧水の翼”の定宿だしな。
「あら、皆さんお早いですね」
我が姉、ミザリアスさんがやって来た。ギルドの制服ではなく、普段着だ。
朱色を基調としたワンピースの上から、厚手の濃い茶色のハーフコートに、黒のブーツ──シックな装い。金髪と褐色の肌に、妙に合っている。
「上着をお預かりします」
レイナさんが、ミザリアスさんからコートを受け取り、壁際のハンガーにかける。
「ん。ありがとう」
礼をいい、俺の隣の席に着くミザリアスさん。
「さて、皆揃った事だし、食事を注文しようかしら。レイナさん、夕食のお勧めは?」
レンディアが云う。さて……今日は何があるだろうか……?
「そうですね……いい魚介類が入ったと云っていましたから、海鮮料理がお勧めですかね」
レイナさんが答える。
「じゃあ、海鮮料理を中心でお任せにするわよ」
レンディアが俺たちを見回す。否、は無く、皆頷く。食の好みが合うのは、何よりだ……うん。お任せか、楽しみだな。
アルガドさんの事だ、まず外れは無いだろう。
「先に、飲み物注文しよーよ」
シェーミィが酒を注文し、俺達も続く。
各自の酒が届くと同時に、料理の前の一品が届いた──平皿に盛られた、蛸と大根の煮付け。刻まれた生姜が、上に乗っている……。
「後の料理は、少しお時間かかるのでこれを摘まみながら、待っててくれとの事です」
酒を配りながら、レイナさんが云う。
「ふん。大丈夫よ」
レンディアが取り皿を分け、ミザリアスさんが手早く、蛸と大根の煮付けを各自の皿に均等に盛っていく。
杯を手に取ったレンディアが、「じゃ、乾杯ね」といい、杯を上げる。
蛸と大根の煮付けは美味かった……柔らかく煮えた蛸の歯応えと、トロリと中まで味が染み込んだ大根は、何とも堪らない味だった。
酒の摘まみにも、飯のおかずにも合う一品──また食べられるだろうか……?
蛸と大根の煮付けを食べ終え、酒のお代わりが来ると同時に、お任せの料理が運ばれて来た。
平皿に、大輪の花の様に並べられた赤身と白身魚のマリネ。
海老と大振りの貝の揚げ物と、小魚の素揚げ。
イカと貝の刺身と、魚のアラから取った出汁を使った〆のすまし汁──たっぷりと海の幸を楽しんだ。
これからが本題だ──まあ、大袈裟な事ではない。この後、どう活動するのかという事だ。
「ダーンシルヴァスに行かないか?」
グランさんが提案する。もしかして、前に俺が暗黒都市を見てみたいと云ったを、覚えていたのか?
ああ、そういえば、
後ろ足の大爪八本と尻尾から剥いだ皮に、両目に魔石。素材回収袋に入れっぱなしだったな……後で確認しよう。
「ダーンシルヴァスね……そうねえ、しばらく行っていないわね。シェーミィ、クレイドル、どう?」
「う~ん、今の時期は寒いからな~。ま、構わないよー。ダーンシルヴァスのホットワイン、寒い日には格別だからね~」
にしし、と笑い、果実酒を呷るシェーミィ。
「漆黒と黒銀の都、ダーンシルヴァス神王国……か。見応えあるだろうな。この眼で見てみたい」
グランさんが、俺をチラっと見た。何か驚いた様な顔だったな。
「ふん、決まりね。出発は……そうねえ。ミザリアスさん、先のオーク討伐の報酬はいつ決まるの?」
オウルリバーの炭酸割りに口を付け、レンディアが尋ねる。
確か報酬は、一人当たり、金貨十五枚に銀貨五枚と決まってたんだったか。後は、回収した魔石の計算が済み次第、追加報酬だったな──
「そうですねえ。魔石の数はともかく、質をちゃんと鑑定するのに、少々手間取っていますので、明後日まではかかると思いますよ」
追加で注文したチーズ盛り合わせを摘まみながら、ミザリアスさんが答える。
「明後日ね。まあ、急ぎという訳じゃないから、出発は明後日以降ね……ああと、ダーンシルヴァスに向かう前に、ロングスウォード領に寄りたいのだけど?」
「ふむ。ロングスウォード辺境伯とは、知り合いだったな」
レンディアの言葉に、グランさんが答えた。
「そうよ。辺境伯と、父上のロウディスは同期なのよ。その関係で、付き合いがあるのよ。しばらく顔を見せていないから、会いに行きたいのよ」
テーブル側に控えているレイナさんに、オウルリバーのボトルと、氷を頼むレンディア。
「果実酒お代わりね。それとソーセージ盛り合わせと、酢漬け野菜もお願いねー」
シェーミィの注文。グランさんも黒ワインを頼んだ。
よく食べて、よく飲む事だな──まあ、冒険者だからな。
「レイナさん、山葵葉の刻み漬けとオウルリバー炭酸割りをお願いします」
はーい、と明るく応え、厨房に向かって行くレイナさん。
ダーンシルヴァス神王国に、ロングスウォード辺境伯か……また、何か新しい縁が出来そうだな。
出発は明後日以降。ロングスウォード領を経由して、ダーンシルヴァス神王国に向かうという事に決まった。
「ロングスウォード領には、しばらく留まる事になるかもしれないわよ」
と、レンディアが云った……ロングスウォード領か、どんな所だろうな。