邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第157話 ロングスウォード領へ向かう前準備

 

 

オーク討伐の報酬を受け取り次第、ロングスウォード領に向かう事に決まった。

ロングスウォード辺境伯──正式にはロングスウォード女伯との事。

ロングスウォード伯は初代が女性であり、それ以降は基本、女性が優先されているそうだ──とはいえ、優秀なら男性が継ぐのが当然となっているとの事。まあ、当たり前だな。

 

前世では、一部の連中が、女性議員を増やそう! と主張していたが、性別関係無く能力面が大事だからな。才覚無き者が席には座れないだろう。

性別で役職、立場は決まらんのだよ……まあ、いい。

この時代は、性別関係無い才覚と能力の時代だ。どんな立場にせよ、だ。

 

早朝、朝日が宿の裏庭を照らしている──魔力制御を終え、ベンチに腰掛け、朝日を浴びながらのんびりと煙管を吹かしている……いい時間だ。

ぷかりと、煙を吐く──煙草の煙が、朝日に照らされながら空に溶けていった……朝食は、何だろうかな?

 

 

部屋に戻ると、グランさんは居なかった。シャワーでも浴びに行ったかな?

素材回収袋から、ファイアドレイク(火竜)の素材を取り出し、テーブルに並べる──ふむ。腐敗一切無し。

不思議だよな、素材回収袋。早くに買っていて良かったな……ええと、後ろ足の大爪八本と、尻尾から剥いだ皮に、両目に魔石──爪と皮、魔石はともかく、両目の使い道はよく分からないが……錬金術と魔術の触媒にでもなるか?

まあ、後からレンディアに聞くか。

 

「おはよう。魔力制御は済んだのか?」

タオルを首にかけた、グランさんが戻って来た。シャワーでも浴びたのか、髪がまだ濡れている。

「はい、さっき戻ったばかりです」

テーブルに並べられたファイアドレイクの素材を、物珍しそうに見るグランさん。

ガシガシと、頭をタオルで拭きながら席に着く。

「改めて見ると、なかなか凄い。さすが亜竜種だな……」

グランさんの云う通り、大爪と皮は結構な迫力があるんだよな──「大爪は、短刀か短剣にでも、加工出来ますかね?」

大爪を手に取る。ずっしりとした感触。魔物素材としては、なかなかの物じゃないだろうか?

 

ファイアドレイクの素材を前に、色々話し合っていると、ノックも無くドアが開いた。

「起きてるー」

シェーミィだ。相変わらずの派手目な服。オレンジ色の上下。長袖に七分丈のズボンに薄い黄色のベスト姿。

「そろそろ、朝食よ」

シェーミィの後ろから、レンディアがやって来た。ヨレヨレの寝巻き。起きたばかりです、と言わんばかりの格好に、無造作に結った銀髪。

寝惚けた表情でもなく、はっきりとした口調が余計に、服装のだらしなさを強調していた──「ちゃんと着替えろよ……」

グランさんの呟きは、レンディアに届かない。

テーブルに並べられたファイアドレイクの素材を一瞥したレンディアは、「素材(それ)の事は、後で話しましょう」とだけ云った。

 

 

朝食の時間だ。いつもの席に着く。食堂は忙しない雰囲気だ──心地いい喧騒が食堂に満ちている。

いつもの席の側にレイナさんはいない。忙しい時間帯だからな……さて、今日の朝食は何だろうか?

「おはようございます。今日の朝食は、ハムと目玉焼きに丸パン。玉葱とキャベツのスープに青菜の酢漬けです」

従業員が、朝食のメニューを告げに来た。

レイナさんではなく、ベテランぽい四十くらいの従業員。気品さを感じさせる整った顔立と雰囲気を感じる女性──一瞬、目が合ったがすぐ目を逸らされた。

何ぞ? というか、耳とうなじが真っ赤になっているんだが?

「四人……いえ、五人分お願いよ」

レンディアが、宿の出入り口を見ながら云う。

微笑みを浮かべながら、ミザリアスさんがやって来るのが見えた。

 

 

「ロングスウォード領を経由して、ダーンシルヴァス神王国ですか……」

朝食後のお茶の時間。朝の忙しなさは無くなり、のんびりとした時間になっている。

ミザリアスさんは、ゆったりとお茶を楽しんでいるが──仕事の時間は大丈夫なのか?

「ええ、そうよ。明後日後には、向かうつもりよ」

香辛料入りの茶を啜りながら、レンディアが云う。

ふうん、とミザリアスさんが呟きながら、俺の方をチラリと見た。

何だろうな、厄介事の予感がした──

 

「今の時期の暗黒都市は、だいぶ冷えるのでは?」

皆のお茶のお代わりを注文し、ミザリアスさんが云う。テーブル側に控えていたのは、レイナさんではなく、さっきのベテランさん。

名は、ラーナさんというそうだ。レイナさんの叔母らしい……言われて見れば、どことなく面影あるな。

一切、俺の方を見ないのが気になるが……何ぞ?

「そうだな……まあ、帝都よりは寒くなっているだろうが、本格的な冬はもう少し先かな」

運ばれて来たお茶に礼を云いながら、グランさんが答える。

ふうん、と呟き茶を啜るミザリアスさん。本格的な冬か。帝都ではまだ雪は降っていないが、ダーンシルヴァスはどうなのだろうか?

 

出発は明後日、報酬を受け取り次第と改めて決まった。それまでは自由行動──さて、どうするか。買い足す物は何かあったか。挨拶する人は誰かいたか……ああ、そうだ。

ハイオーガ戦で使った、“魂食み(ソウルスレイヤー)”を鍛冶屋に見てもらおうか。

散々、頑丈なタワーシールドに叩き付けたので、ぱっと見では分からない刃こぼれや歪みが出来ているかも知れないからな……後で、グランさんに声をかけてみるか。

とはいえ、どこかいい鍛冶屋は……ああ、あそこだな。紹介状を書いて貰った、あの鍛冶屋──“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”、ネエラミーナさんの店……そこでいいか。グランさんと一緒なら、それほど厄介な事にはならないだろう……多分。

 

「取り合えず、お昼までは自由行動ね。昼には、一度宿に戻ってちょうだい。皆で昼食食べましょうよ」

レンディアが云い、お茶の時間が終わる。ミザリアスさんはギルドに戻って行った。

「グランさん、ちょっと鍛冶屋に行きたいんですけど、付き合って貰えませんか?」

「……そうだな。ハイオーガ戦で使った剣を見てもらうかな。かなり撃ち合いをしたから、気付かない歪みでもあるかもしれない」

俺とグランさんは、“青葉の鋼”に行く事になった。

レンディア曰く──「ネエラミーナさんの店ね。帝都で、三本の指に入る一流の鍛冶師よ……ちょっと変人だけど」

との事だ……うん、知っている。

レンディアは、特に予定無く街をブラつくそうだ。シェーミィは、昼までもう一眠りするとの事。

 

一度部屋に戻り、剣を取る……他に見てもらうものは、無いな。直接、攻撃は受けていないしな。

しかし、あのハイオーガ戦……改めて思い出すとなかなかに、ハードな闘いだった。一手間違うと、瞬殺されてもおかしくない程の闘い──グランさんとレイナルドさんは、よく真正面からやりあえたものだな……尊敬するよ、全く。

「鍛冶屋の後は、街でも散策するか。港区に行くのもいいな。貿易船はまだ見た事ないだろう?」

帯剣しながら、グランさんが云った。

貿易船か。前にシェーミィが一見の価値ありって云っていたな……。

「貿易船ですか……是非、見たいですね」

「凄いぞ。特に大型の船はな」

グランさんが、何とも楽しそうに少年の笑みを浮かべた。

 

 

“青葉の鋼”は露店広場の北側、商店街通りを少し奥に進んだ所にある。

レドック商会を、横目に通り過ぎる──ロングスウォード領に行く前に、何か補充する物があったかな?

交差する、緑の葉が付いた枝が描かれた、“青葉の鋼(スティールオブリーブス)”の看板が見えた。

改めて見ると、エルフの店って感じがするな──よし、入るか。早く済むといいが。

 

 

店に入ると、グランさんが要件を告げた。剣の補修依頼──この店で購入した物ではないが、頼めるだろうか?と。

「ええ、構いません。武器をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

深緑をモチーフにした制服を身に付けた、十代少しの顔立ちの整った若い店員さん。確か、前に来た時に対応した人と、同じ人だな。

「ああ、これだ」

グランさんが剣を店員に渡し、それに続いて俺も渡す。

「……クレイドル、様でしたよね……?」

店員さんがまじまじと俺を見て、何かはにかむ様な物言いをした。何ぞ?

 

少々お待ち下さいと言われ、奥に通されてお茶を出された。

お茶を啜りながら、グランさんと雑談。ロングスウォード領の事や、冬場の暗黒都市の事等──「まあ、直に見た方がいいな。ダーンシルヴァスの冬景色は」

ふむ──暗黒都市の冬景色か……楽しみだな。

「待たせたかしら?」

雑談を続けていると、声がかけられた。

 

エプロンを身に付けた、鍛冶師姿のネエラミーナさんがやって来た。

すらりとした体型に、ピンッと長く伸びた長耳。輝く様な銀髪の、美麗な顔立ち。

エルフ特有の、威厳に満ちた美貌ではあるが……「クレイドル様、聞きましたわよ。オークとの戦いで……血塗れになりながらも──」

俺の隣に座り、手を握りながら、うぅっ、と涙ぐむネエラミーナさん……距離近いな。

あのハイオーガ戦、何か曲解されて伝わっているのだろうか?

思わず、グランさんを見る。

「いや……私は何も、特に聞いていないが?」

困惑の表情で、ささやく様に云うグランさん。

 

気を取り直したネエラミーナさん曰く、俺がオークやオーガの苛烈な攻撃を受け、血塗れになりながらも屈する事無く、戦い続けていた──と、いう風に、店に来た冒険者達から聞いたそうだ……ちょっと違うんだがなあ。何か、曲解してないか?

「……血塗れだったのは、そうなんだがなあ……」

ぽつりと呟くグランさん。その呟きは、ネエラミーナさんの耳には、届いていない。

 

ネエラミーナさんからは、怪我はどうだとか無茶をしないで下さい、冒険者稼業は止めて、私の元で働いて下さいませと、涙ながらの懇願を受けた──ネエラミーナさんに良く言い聞かせ、剣の補修依頼を、改めて受けてもらうまでなかなかに時間がかかった。

 

何とか、冷静さを取り戻したネエラミーナさんから、改めて俺とグランさんの剣を見てもらう事となった。

まずはグランさんの剣。鞘から引き抜き、剣をじっと見詰めるネエラミーナさん。口に、布を咥えている──刃に吐息がかかり、曇らない様にらしい。

剣を鞘に納め、ネエラミーナさんがグランさんに云う。

「手入れは必要ありませんよ。歪みも欠けもありませんし……観た所、衝撃属性に刺突強化の属性が付与された、業物ですね。大事になさって下さいね」

にこり、と微笑み、剣を納めてグランさんに返すネエラミーナさん。

ふむ。さすがだな……やはり鑑定眼を持っているか。

 

「さて、クレイドル様の剣を観させて頂きますね」

この“魂食み(ソウルスレイヤー)”を観てもらうのは少し気が引けたが、まあ観てもらうか──ネエラミーナさんが魂食みを手にすると、ぴくりと眉を動かした。

沈黙──口に布を加えたまま、魂食みを鞘からゆっくりと引き抜き、見詰め続けるネエラミーナさん。

「こちらも、手入れは必要ありませんね」

微笑み、丁寧に魂食みを鞘に納めると、俺の耳元でささやく様に云った。

「……魔剣は人を選びます……呪物なら、なおさらですよ。扱いを間違えない様にしませんと……クレイドル様」

魂食みを返しながら、そっと俺の手に触れるネエラミーナさん。その瞳が潤んでいた──

「……はい。分かりました」

きっぱりと答え、手を握り返す。やはり、分かるか……。

 

 

青葉の鋼(スティールオブリーブス)”を出る。ネエラミーナさんから、どういう剣の鑑定を受けたのか、グランさんは聞いてこなかった。

個人的な事だと判断したのだろう──さて、昼まで時間はあるが、どうするか?

「ふむ……昼まで時間は充分あるな。港区にでも行ってみるか? 貿易船が見られるかもな」

グランさんが云った。ああ、そうか。貿易船は一度は見たいと思っていたんだよな。

「よし、行きましょう」

何だか楽しくなってきたな。うん、貿易船か……。

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