邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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少し、長くなりました。



_〆(。。)


第160話 いざ武門の地へ

 

 

 

シェーミィの案内で、白波の鱗亭に到着。

そこは、港区の食通り広場にあった。

食堂や露店がひしめき合う、猥雑さに満ちた場所、港特有の潮風の匂いがする様な気がした──うん。悪くない雰囲気だ。

炭火や油に、焼かれ炙られる食材の匂いが、そこかしこから漂って来て、夕食を済ませたばかりだというのに、食欲を刺激される──

「こっち、こっちー」

先を行くシェーミィが、手招きしてくる。

 

“白波の鱗亭”──店先に吊り下げられている鱗の形をした看板に、豪快な絵筆で白波が描かれている。

いかにも老舗といった雰囲気の店構え。がっしりとした、木造建築の店だ。

店内は、漁師や港で働く人足。海の男達で、賑わっている──海の匂いがするな……いい雰囲気だ。

「こーんばんわー!」

勢いよく店に飛び込んでいく、シェーミィ。さて、席は空いているか?

「おや、シェーミィかい。久し振りだねえ。碧水の翼でお越しかい……おっと」

大量の空き皿を乗せた盆を片手に持った、恰幅のいい、愛嬌のある顔立ちの、四十代ほどの女性が対応してくれた。女将さんだろうか……俺を見て、目を丸くしている。何ぞ?

 

「参ったね全く。あたしが十も若けりゃ、ぶっ倒れてたねえ」

あっはっは、と豪快に笑う女性。

「女将さん、彼はクレイドル。ちょっと前に加入したのよ。顔を覚えておいて」

「忘れるもんかね。夢に見ちまうよ」

レンディアの紹介に、またも豪快に笑いながら、奥のテーブルに案内してくれた。

「四名様、ご案内だよ!!」

 

メニューにさっと目を通す──海鮮物が中心か。焼きに揚げに、煮物に煮付け。マリネに刺身、生物もあるか……お、山葵の葉漬けに、もずく酢もあるのか。摘まみは決まりだな……。

「飲み物から聞こうかね」

先に酒を注文と決まった。最初は軽く果実酒にしておくか。

「果実酒二つに黒ワイン。オウルリバーの炭酸割りね。摘まみは、なんにすんだい?」

「山葵の葉漬けともずく酢をお願いします」

思わず、食いぎみに云ってしまっていた。仕方ないね。山葵の葉漬けともずく酢だもの。

 

「おや、山葵の葉漬けかい。クセになるらしいからね、あれは。もずく酢はなかなか人気あるよ」

「あと、生姜のすりおろしがあるなら、少し多めに、もずく酢に乗せて下さい」

生姜ね。構わないよ、と女将さん。

「相変わらずの、山葵好きねえ」

呆れた様に云うレンディア。グレイオウル領の特産品だろうに。

「夕食は取った事だし、海鮮鍋は後にしないか。今日はのんびりとやろう」

「そだねー、料理少しずつ摘まみながら、飲もーよ」

グランさんに同意するシェーミィ。うん、賛成だ。

 

「はいよ、飲み物と山葵の葉漬けに、もずく酢だよ。注文通り、生姜たっぷりだよ」

手際よく、品物をテーブルに並べる女将さん。

これこれ、山葵の葉漬けともずく酢。生姜の量もいい感じだ……いただくとしよう。

「イカと大根の煮物、赤身魚のマリネ。あとは……そうねえ、海鮮サラダもお願いよ」

レンディアの注文。何の文句も無いな。

「よし、乾杯といこうか……ロングスウォード伯に」

グランさんが、杯を掲げる。ロングスウォード伯に、と俺達も杯を掲げた。

 

酒も少し進んだ頃に、我が姉──ミザリアスさんがやって来たのが、奥の席からでも見えた。

膝丈の、朱色のレザーコートに同色のズボン。

厚手のシャツは、白地に赤の草花模様。なかなかに、派手だな──客が気圧されている様に見えるのは、気のせいだろうか?

「今晩は」

ミザリアスさんが、女将に挨拶をする。

「おや、ミザリーちゃんまで来たのかい」

「碧水の翼は来ていますか?」

あ、ミザリアスさんと目が合った──アルガドさんに、行き先を教えていて良かったな……。

「ああ、来ているよ。ほら、奥の席だよ」

ミザリアスさんが女将さんに礼を云い、こちらに向かって来た。

 

「おー、ミザリアスさん。まだ始まったばかりだよー」

シェーミィが云う。丁度料理が来たばかりで、酒のお代わりを頼んだ所だ。

ちなみに、山葵の葉漬けと生姜たっぷりのもずく酢はもう無い──俺がほとんど平らげた。

「今晩で、帝都での飲み納めですか。明日には、ロングスウォード領に向かうのでしたね」

コートを背もたれに掛けながら、ミザリアスさんが云い、オウルリバー炭酸割りを注文した。

「そうよ。少しばかりロングスウォード領で過ごして、ダーンシルヴァスに向かうのよ」

オウルリバー炭酸割りのお代わりを注文し、料理の取り皿を分けるレンディア。

取り皿に、イカと大根の煮物を上手く均等によそってくれる、ミザリアスさん。

 

平皿に広がる、大輪の赤身魚のマリネの上には、スライスされた大量の玉葱。マリネからは、酢の匂いが漂って来ている──酢をベースにしたソースがたっぷりかけ回されているらしい。

陶器のサラダボウルに盛られた海鮮サラダ。彩り豊かな海草と野菜の上から、とろみのあるソースがたっぷり──マリネと海鮮サラダは、各自取るように準備されている。

 

まずは、ミザリアスさんが取り分けてくれたイカと大根の煮物を……イカの皮をプツリと噛みきった瞬間、柔らかい身が口の中で解れていく──美味いぞ。

大根を箸で二つに割ると、湯気が上がる。熱いうちに食わねば……うん。熱く、充分味の染みた大根は、この季節には何とも堪らない。

「イカと大根、美味いな……うむ」

口から湯気を吐き出しながら、グランさんが云う。

シェーミィは、赤身魚のマリネをパクついている──やはり猫族。

レンディアは目を細めながら、優雅な仕草で煮物を口に運んでいる。気に入ったみたいだな──

「クレイ、野菜もたっぷり食べないと」

ミザリアスさんが、取り皿に海鮮サラダを多めに乗せてきた。

うん?……サラダから、微かにチーズの香りがする。粉チーズか何かがソースに混ぜられているのか──食欲が湧いてきたな。

 

「お酒の注文、お願いしまーす」

シェーミィが店員を呼ぶ。残ったマリネは俺が平らげた。レンディアもグランさんも、少ししか口にしなかった。

というより、生魚は俺とシェーミィの担当の様な扱いだ。

我が姉ミザリアスさんは、一切手を付けなかった……解せぬ。

「もう少し飲んだら、海鮮鍋を頼みましょうか」

レンディアが云う。海鮮鍋か……楽しみだな。

 

「女将さん、海鮮鍋の具は何がお勧めですか?」

酒を運んできた女将さんに、ミザリアスさんが尋ねる。

「そうだねえ……今日のお勧めは、エビに白身魚にアサリ……あとは、魚のつみれもお勧めさね。野菜は、白菜とニラがいいかねえ」

「うん。それで六人前お願いよ……味付けは、濃い目でね」

あいよ、と女将さんが厨房に戻って行った。

「さて、ゆっくりと飲み納めと行きましょうか」

レンディアが、杯を掲げる。

 

海鮮鍋をつつきながら、杯を傾ける。濃い目に味付けされた具は酒に合う……魚介の出汁をベースにした、味噌の鍋だ。

あっさりだと、醤油ベースだったのかな?

まあ、いい。美味い事にこした事は無いのだ。

「オーク討伐の報酬が決まりました。参加者には、前線組と後方支援組関係無く、金貨三十枚に銀貨五枚と決まりました。追加報酬は、魔石の売却額に加えて、帝都からも報奨金が出る事になったんですよ」

ミザリアスさんが云い、魚のつくねを口に運ぶ。はふり、と湯気が上がった。

「ふむ……なかなかの大盤振る舞いだな」

グランさんが、取り皿にエビと白菜を乗せながら云う。

「ハイオーガを、早期に始末出来たのが良かったのですよ。撃退が遅れれば、帝都領内でオークとの戦争が起きていた可能性も、有り得ましたからね」

ふふ、と微笑みながら、ミザリアスさんがオウルリバーロックを口にする。

 

口の中でほぐれる白身魚と、白菜の歯触りを楽しみながら、オウルリバー炭酸割りを呷る。

濃い味噌で煮込まれた具材には、炭酸割りが合う──鍋の具は、ほとんど無くなっているが、追加の具を何か頼むのだろうか?

「注文お願いします」

オウルリバー炭酸割りに、もう一度、山葵の葉漬けを頼む。

まーた山葵、とのシェーミィの声は聞き流す。

 

「鍋の〆は、雑炊とそば、どちらにしましょうか?」

ミザリアスさんが云った。具の追加より、〆にするのか……その方がいいかな。

「そうねえ……雑炊が良いかしらね。味噌雑炊といきましょうよ」

皆同意したので、レンディアが早速店員を呼ぶ。

「〆は雑炊ね。汁を少し足して暖め直すから、ちょいと待ってなね。飲み物はどうする?」

注文を取りにやって来た女将さんの言葉に、それぞれが飲み物を注文する。酒はここまでにしておこう。

オウルリバー炭酸割りをちびちびとやりながら、山葵の葉漬けを摘まむ。

 

 

宿に戻る頃には、深夜少し前になっていた。結構長く飲んだな……。

〆の味噌雑炊は、何とも堪えられないほどに美味かった。

魚介の出汁と味噌の相性の良さに、そこに米が混じれば──それは美味いに決まっている。

前世日本人である以上、味噌に米。そして海産物。こんな満足感は、そうそう無い。うむ。

さて……帝都での飲み納めは終わった。

明日、昼に冒険者ギルドに出向き、オーク討伐戦の報酬を受け取って、ロングスウォード領に向けて出発──しばし、帝都とはお別れだ。

 

「私は、シャワーを浴びてくる。クレイドルはどうする?」

身支度を整えながら、グランさんが聞いてきた。シャワーか……朝方にするかな。

「浄化で済ませておきますよ。シャワーは朝にでも浴びます」

魔力制御後に、シャワーといくか……朝、起きれたならな。

「む、そうか……先に休んでいるといい」

タオルと着替え片手に、グランさんが部屋から出ていった。

水差しからコップに水を注ぎ、一息に飲む──冷たい水が、酒で火照った体に染み渡る。

 

寝巻きに着替え、ベッドに横たわり冬用の毛布に潜り込むと、枕に頭を持たせかける。

新しく取り替えたシーツに、洗濯済みの毛布と枕カバーが心地いい。

心地良さに、思わず笑みがこぼれる。すぐに眠る事が出来そうだ……深呼吸を一つ、二つ──夢見る事無き深い眠りに、クレイドルは沈んでいった。

 

 

カーテンの隙間から射し込む明かりに、顔を照らされた──うん……朝、か。

ふう、と一息つき起き上がり、ベッドに腰掛ける。

テーブルを挟んだ向かい側のベッドは空だ。

毛布が丁寧に畳まれ、その上に枕が置いてある。

妙な几帳面さに、思わず笑ってしまう。

ふむ……相変わらずの早起きだな。魔力制御にでも行っているのだろうか。

ベッドから立ち上がり、水差しを手に取る。コップになみなみと水を注ぎ、ゆっくりと飲み干す──冷えた水が、体に染み渡る。

 

さて、今日の予定は、と身支度を整えていると──ドアが開いた。

「グランさん、おはようございます」

クレイドルが戻って来た。タオルを首にかけ、煙草盆を手に下げている──シャワーを浴びたばかりなのか、少し濡れた金髪が額にかかっていた。

白磁の肌は微かに紅く染まり、唇も濡れた様になっている。

この妖艶さは、直視出来ない……全く、目に毒過ぎるぞ。

「直に朝食の時間だな。先に降りているぞ」

一言告げ、ベッドに腰掛けてタオルで頭を拭いているクレイドルを横目に、部屋から出る。

朝から、妙に気力を使った……朝食は少し多めに取ろうか?

 

 

「報酬を受け取る以外の用事は、もう済んだという事ね」

レンディアが、香草茶を啜りながら云う。まあ、そうだな。

グランさんも、騎士団支部に挨拶も済ませ、レンディアも俺も、露店商のロディックさんとラーディスさんに挨拶を済ませている──シェーミィは、特に無いとの事だ。

アルガドさんとレイナさんには、旅支度を終えた後に、挨拶を交わした。

 

「おう。少しばかり、寂しくなるな……今の時季、ロングスウォード領は冷えるだろうからな、体には気を付けな」

にいっ、とリザード族特有の獰猛な笑みを見せ、明るく云うアルガドさん。

「……また、戻って来ますよね……?」

レイナさんが、ちょっと面倒だった。

今生の別れの様な雰囲気を見せながら、涙ながらに挨拶して来たのだ。

「当たり前です。帝都は、碧水の翼の拠点です……どこに行こうと、必ず帰ってくる場所何です。戻って来ますよ」

レイナさんの手を握る……久し振りに、邪神の加護が発動した! 無い事無い事ぬかしやがって!!

感極まった様に、潤んだ瞳で俺を見つめるレイナさん。

呆れ顔のアルガドさん──これは違うんです。

碧水の翼の面々が、どういう表情をしているか、容易に想像がつく……邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!

 

 

昼食は取らない事に決まった。ロングスウォード領で、たらふく食べようとシェーミィが提言したからだ。

何でもロングスウォード領には、安く、美味く、量のある店が、数多くあるのだと云う。

「まあ、土地柄ね。体力自慢の連中の胃袋を満足させる店が、軒を連ねっているのよ」

レンディアが云う。武門の領地ゆえか……?

 

昼の冒険者ギルド内は、落ち着いた雰囲気だ。

オーク討伐の報酬は、皆受け取ったのだろうか……。

正面カウンターで、ギルドマスターのシュウヤさんが書類仕事をしていた。

「今日は。報酬の受け取りに来たわよ」

レンディアが声をかけると、書類から顔を上げるシュウヤさん。

灰色のローブを身にまとった、細面の整った顔付きの男。落ち着いた雰囲気からは、わずかな威圧感が漂っている。

三十代半ばで、ギルドマスターになるだけの実力者──魔導士でもある。

「待っていましたよ」

シュウヤさんが、職員に──「報酬はこちらですよ」

ミザリアスさんが、四つの袋を乗せた平たい盆を持って、カウンター奥から向かって来た。

なかなか重そうな袋だな……。

「改めて報酬を伝えます。魔石の売却額と帝都からの報奨金を合わせ、計金貨三十枚に銀貨五枚となります」

シュウヤさんが、淡々と告げる。改めて報酬を聞くと、かなりの大金だ。

 

その場で、各々の口座に入金。ついでにパーティー口座にも入金した。大金、持ち歩けないからな。

さて、帝都でやるべき事は、全て終わった。今の時間は、昼少しを過ぎたところか……。

「さて、ギルドマスター、ミザリアスさん。お世話になりました」

ギルドの外で、シュウヤさんとミザリアスさんに、取り敢えずの別れの挨拶をするレンディア。

「ええ、お気をつけて……皆さん、またお会いしましょう」

シュウヤさんは微笑みながら、軽く目礼をする。

「クレイ……体にだけは気を付けるんですよ」

なかなかに距離を詰めて来る、我が姉ミザリアスさん。

俺の両肩、両腕をさするのは止めて頂きたい──ギルド前を行き交う人々の視線が刺さる。

何とか距離を取り、グランさんを盾にする事にした。

 

「じゃあ、ギルドマスター、ミザリアスさん、行ってくるわよ」

レンディアが改めて、シュウヤさんとミザリアスさんに挨拶をする。さて、出発の時だ──

当たり前の様に、俺達に付いてこようとしたミザリアスさんを、シュウヤさんがどうやってか拘束したのを横目に見つつ、俺達“碧水の翼”は馬車乗り場に向かう。

後ろから、俺を呼ぶ悲鳴じみたミザリアスさんの声が聞こえたので、急ぎ馬車乗り場を目指した。

 

「ロングスウォード領行きの馬車、間もなく出発しまーす。お急ぎくださーい!!」

複数の御者の声が、馬車乗り場に響く。ロングスウォード領行きは、四台ほどが待機している。

「ふん。あの馬車にしましょうよ」

レンディアが指差すのは、装飾もなく、武骨な感じのする、大型の馬車だ。馬は二頭引き。馬もまた、でかい。

「あれか……あの大きさだと、八人乗りか。馬も良さそうだな。私は構わない」

グランさんが賛同する。広いスペースがあるに越した事は無いからな。

「ああいう馬車って、ちょっーと値が張ると思うけど、快適なんだよねー」

うんうん、と頷くシェーミィ。

「そうしよう。懐は暖かいからな」

初級訓練の時、馬車で移動する時は、なるべきケチらないほうが良い、と習ったからな……それに、あの武骨な感じが気に入った。

 

武骨な八人乗りの馬車に決まった。ロングスウォード領まで、一人銀貨四枚。計金貨一枚に銀貨六枚──安くは無い。

馬車に似て、御者も武骨で無愛想な雰囲気だが、レンディアは気前よく金貨二枚を出し、釣りは取っておいてと渡した。その時、無愛想な御者はほんの少し微笑み、毎度、と言葉少なく礼を云った。

手荷物を荷台に乗せ、早速乗り込む。客は俺達だけ──おお、広いな。

「おー、ちゃんと暖まっているねー」

シェーミィが気持ち良さそうに目を細める。

馬車内は、冷温の魔方陣で良い案配に暖められている……ロングスウォード領に到着するまで、眠れそうだな。

早速馬車が動き出す。到着は夕方。早ければ、夕方前には着くそうだ。

 

 

ロングスウォード領。武門の地へ、いざ──

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