_〆(。。)
シェーミィの案内で、白波の鱗亭に到着。
そこは、港区の食通り広場にあった。
食堂や露店がひしめき合う、猥雑さに満ちた場所、港特有の潮風の匂いがする様な気がした──うん。悪くない雰囲気だ。
炭火や油に、焼かれ炙られる食材の匂いが、そこかしこから漂って来て、夕食を済ませたばかりだというのに、食欲を刺激される──
「こっち、こっちー」
先を行くシェーミィが、手招きしてくる。
“白波の鱗亭”──店先に吊り下げられている鱗の形をした看板に、豪快な絵筆で白波が描かれている。
いかにも老舗といった雰囲気の店構え。がっしりとした、木造建築の店だ。
店内は、漁師や港で働く人足。海の男達で、賑わっている──海の匂いがするな……いい雰囲気だ。
「こーんばんわー!」
勢いよく店に飛び込んでいく、シェーミィ。さて、席は空いているか?
「おや、シェーミィかい。久し振りだねえ。碧水の翼でお越しかい……おっと」
大量の空き皿を乗せた盆を片手に持った、恰幅のいい、愛嬌のある顔立ちの、四十代ほどの女性が対応してくれた。女将さんだろうか……俺を見て、目を丸くしている。何ぞ?
「参ったね全く。あたしが十も若けりゃ、ぶっ倒れてたねえ」
あっはっは、と豪快に笑う女性。
「女将さん、彼はクレイドル。ちょっと前に加入したのよ。顔を覚えておいて」
「忘れるもんかね。夢に見ちまうよ」
レンディアの紹介に、またも豪快に笑いながら、奥のテーブルに案内してくれた。
「四名様、ご案内だよ!!」
メニューにさっと目を通す──海鮮物が中心か。焼きに揚げに、煮物に煮付け。マリネに刺身、生物もあるか……お、山葵の葉漬けに、もずく酢もあるのか。摘まみは決まりだな……。
「飲み物から聞こうかね」
先に酒を注文と決まった。最初は軽く果実酒にしておくか。
「果実酒二つに黒ワイン。オウルリバーの炭酸割りね。摘まみは、なんにすんだい?」
「山葵の葉漬けともずく酢をお願いします」
思わず、食いぎみに云ってしまっていた。仕方ないね。山葵の葉漬けともずく酢だもの。
「おや、山葵の葉漬けかい。クセになるらしいからね、あれは。もずく酢はなかなか人気あるよ」
「あと、生姜のすりおろしがあるなら、少し多めに、もずく酢に乗せて下さい」
生姜ね。構わないよ、と女将さん。
「相変わらずの、山葵好きねえ」
呆れた様に云うレンディア。グレイオウル領の特産品だろうに。
「夕食は取った事だし、海鮮鍋は後にしないか。今日はのんびりとやろう」
「そだねー、料理少しずつ摘まみながら、飲もーよ」
グランさんに同意するシェーミィ。うん、賛成だ。
「はいよ、飲み物と山葵の葉漬けに、もずく酢だよ。注文通り、生姜たっぷりだよ」
手際よく、品物をテーブルに並べる女将さん。
これこれ、山葵の葉漬けともずく酢。生姜の量もいい感じだ……いただくとしよう。
「イカと大根の煮物、赤身魚のマリネ。あとは……そうねえ、海鮮サラダもお願いよ」
レンディアの注文。何の文句も無いな。
「よし、乾杯といこうか……ロングスウォード伯に」
グランさんが、杯を掲げる。ロングスウォード伯に、と俺達も杯を掲げた。
酒も少し進んだ頃に、我が姉──ミザリアスさんがやって来たのが、奥の席からでも見えた。
膝丈の、朱色のレザーコートに同色のズボン。
厚手のシャツは、白地に赤の草花模様。なかなかに、派手だな──客が気圧されている様に見えるのは、気のせいだろうか?
「今晩は」
ミザリアスさんが、女将に挨拶をする。
「おや、ミザリーちゃんまで来たのかい」
「碧水の翼は来ていますか?」
あ、ミザリアスさんと目が合った──アルガドさんに、行き先を教えていて良かったな……。
「ああ、来ているよ。ほら、奥の席だよ」
ミザリアスさんが女将さんに礼を云い、こちらに向かって来た。
「おー、ミザリアスさん。まだ始まったばかりだよー」
シェーミィが云う。丁度料理が来たばかりで、酒のお代わりを頼んだ所だ。
ちなみに、山葵の葉漬けと生姜たっぷりのもずく酢はもう無い──俺がほとんど平らげた。
「今晩で、帝都での飲み納めですか。明日には、ロングスウォード領に向かうのでしたね」
コートを背もたれに掛けながら、ミザリアスさんが云い、オウルリバー炭酸割りを注文した。
「そうよ。少しばかりロングスウォード領で過ごして、ダーンシルヴァスに向かうのよ」
オウルリバー炭酸割りのお代わりを注文し、料理の取り皿を分けるレンディア。
取り皿に、イカと大根の煮物を上手く均等によそってくれる、ミザリアスさん。
平皿に広がる、大輪の赤身魚のマリネの上には、スライスされた大量の玉葱。マリネからは、酢の匂いが漂って来ている──酢をベースにしたソースがたっぷりかけ回されているらしい。
陶器のサラダボウルに盛られた海鮮サラダ。彩り豊かな海草と野菜の上から、とろみのあるソースがたっぷり──マリネと海鮮サラダは、各自取るように準備されている。
まずは、ミザリアスさんが取り分けてくれたイカと大根の煮物を……イカの皮をプツリと噛みきった瞬間、柔らかい身が口の中で解れていく──美味いぞ。
大根を箸で二つに割ると、湯気が上がる。熱いうちに食わねば……うん。熱く、充分味の染みた大根は、この季節には何とも堪らない。
「イカと大根、美味いな……うむ」
口から湯気を吐き出しながら、グランさんが云う。
シェーミィは、赤身魚のマリネをパクついている──やはり猫族。
レンディアは目を細めながら、優雅な仕草で煮物を口に運んでいる。気に入ったみたいだな──
「クレイ、野菜もたっぷり食べないと」
ミザリアスさんが、取り皿に海鮮サラダを多めに乗せてきた。
うん?……サラダから、微かにチーズの香りがする。粉チーズか何かがソースに混ぜられているのか──食欲が湧いてきたな。
「お酒の注文、お願いしまーす」
シェーミィが店員を呼ぶ。残ったマリネは俺が平らげた。レンディアもグランさんも、少ししか口にしなかった。
というより、生魚は俺とシェーミィの担当の様な扱いだ。
我が姉ミザリアスさんは、一切手を付けなかった……解せぬ。
「もう少し飲んだら、海鮮鍋を頼みましょうか」
レンディアが云う。海鮮鍋か……楽しみだな。
「女将さん、海鮮鍋の具は何がお勧めですか?」
酒を運んできた女将さんに、ミザリアスさんが尋ねる。
「そうだねえ……今日のお勧めは、エビに白身魚にアサリ……あとは、魚のつみれもお勧めさね。野菜は、白菜とニラがいいかねえ」
「うん。それで六人前お願いよ……味付けは、濃い目でね」
あいよ、と女将さんが厨房に戻って行った。
「さて、ゆっくりと飲み納めと行きましょうか」
レンディアが、杯を掲げる。
海鮮鍋をつつきながら、杯を傾ける。濃い目に味付けされた具は酒に合う……魚介の出汁をベースにした、味噌の鍋だ。
あっさりだと、醤油ベースだったのかな?
まあ、いい。美味い事にこした事は無いのだ。
「オーク討伐の報酬が決まりました。参加者には、前線組と後方支援組関係無く、金貨三十枚に銀貨五枚と決まりました。追加報酬は、魔石の売却額に加えて、帝都からも報奨金が出る事になったんですよ」
ミザリアスさんが云い、魚のつくねを口に運ぶ。はふり、と湯気が上がった。
「ふむ……なかなかの大盤振る舞いだな」
グランさんが、取り皿にエビと白菜を乗せながら云う。
「ハイオーガを、早期に始末出来たのが良かったのですよ。撃退が遅れれば、帝都領内でオークとの戦争が起きていた可能性も、有り得ましたからね」
ふふ、と微笑みながら、ミザリアスさんがオウルリバーロックを口にする。
口の中でほぐれる白身魚と、白菜の歯触りを楽しみながら、オウルリバー炭酸割りを呷る。
濃い味噌で煮込まれた具材には、炭酸割りが合う──鍋の具は、ほとんど無くなっているが、追加の具を何か頼むのだろうか?
「注文お願いします」
オウルリバー炭酸割りに、もう一度、山葵の葉漬けを頼む。
まーた山葵、とのシェーミィの声は聞き流す。
「鍋の〆は、雑炊とそば、どちらにしましょうか?」
ミザリアスさんが云った。具の追加より、〆にするのか……その方がいいかな。
「そうねえ……雑炊が良いかしらね。味噌雑炊といきましょうよ」
皆同意したので、レンディアが早速店員を呼ぶ。
「〆は雑炊ね。汁を少し足して暖め直すから、ちょいと待ってなね。飲み物はどうする?」
注文を取りにやって来た女将さんの言葉に、それぞれが飲み物を注文する。酒はここまでにしておこう。
オウルリバー炭酸割りをちびちびとやりながら、山葵の葉漬けを摘まむ。
宿に戻る頃には、深夜少し前になっていた。結構長く飲んだな……。
〆の味噌雑炊は、何とも堪えられないほどに美味かった。
魚介の出汁と味噌の相性の良さに、そこに米が混じれば──それは美味いに決まっている。
前世日本人である以上、味噌に米。そして海産物。こんな満足感は、そうそう無い。うむ。
さて……帝都での飲み納めは終わった。
明日、昼に冒険者ギルドに出向き、オーク討伐戦の報酬を受け取って、ロングスウォード領に向けて出発──しばし、帝都とはお別れだ。
「私は、シャワーを浴びてくる。クレイドルはどうする?」
身支度を整えながら、グランさんが聞いてきた。シャワーか……朝方にするかな。
「浄化で済ませておきますよ。シャワーは朝にでも浴びます」
魔力制御後に、シャワーといくか……朝、起きれたならな。
「む、そうか……先に休んでいるといい」
タオルと着替え片手に、グランさんが部屋から出ていった。
水差しからコップに水を注ぎ、一息に飲む──冷たい水が、酒で火照った体に染み渡る。
寝巻きに着替え、ベッドに横たわり冬用の毛布に潜り込むと、枕に頭を持たせかける。
新しく取り替えたシーツに、洗濯済みの毛布と枕カバーが心地いい。
心地良さに、思わず笑みがこぼれる。すぐに眠る事が出来そうだ……深呼吸を一つ、二つ──夢見る事無き深い眠りに、クレイドルは沈んでいった。
カーテンの隙間から射し込む明かりに、顔を照らされた──うん……朝、か。
ふう、と一息つき起き上がり、ベッドに腰掛ける。
テーブルを挟んだ向かい側のベッドは空だ。
毛布が丁寧に畳まれ、その上に枕が置いてある。
妙な几帳面さに、思わず笑ってしまう。
ふむ……相変わらずの早起きだな。魔力制御にでも行っているのだろうか。
ベッドから立ち上がり、水差しを手に取る。コップになみなみと水を注ぎ、ゆっくりと飲み干す──冷えた水が、体に染み渡る。
さて、今日の予定は、と身支度を整えていると──ドアが開いた。
「グランさん、おはようございます」
クレイドルが戻って来た。タオルを首にかけ、煙草盆を手に下げている──シャワーを浴びたばかりなのか、少し濡れた金髪が額にかかっていた。
白磁の肌は微かに紅く染まり、唇も濡れた様になっている。
この妖艶さは、直視出来ない……全く、目に毒過ぎるぞ。
「直に朝食の時間だな。先に降りているぞ」
一言告げ、ベッドに腰掛けてタオルで頭を拭いているクレイドルを横目に、部屋から出る。
朝から、妙に気力を使った……朝食は少し多めに取ろうか?
「報酬を受け取る以外の用事は、もう済んだという事ね」
レンディアが、香草茶を啜りながら云う。まあ、そうだな。
グランさんも、騎士団支部に挨拶も済ませ、レンディアも俺も、露店商のロディックさんとラーディスさんに挨拶を済ませている──シェーミィは、特に無いとの事だ。
アルガドさんとレイナさんには、旅支度を終えた後に、挨拶を交わした。
「おう。少しばかり、寂しくなるな……今の時季、ロングスウォード領は冷えるだろうからな、体には気を付けな」
にいっ、とリザード族特有の獰猛な笑みを見せ、明るく云うアルガドさん。
「……また、戻って来ますよね……?」
レイナさんが、ちょっと面倒だった。
今生の別れの様な雰囲気を見せながら、涙ながらに挨拶して来たのだ。
「当たり前です。帝都は、碧水の翼の拠点です……どこに行こうと、必ず帰ってくる場所何です。戻って来ますよ」
レイナさんの手を握る……久し振りに、邪神の加護が発動した! 無い事無い事ぬかしやがって!!
感極まった様に、潤んだ瞳で俺を見つめるレイナさん。
呆れ顔のアルガドさん──これは違うんです。
碧水の翼の面々が、どういう表情をしているか、容易に想像がつく……邪神じゃ! 邪神の仕業じゃ!!
昼食は取らない事に決まった。ロングスウォード領で、たらふく食べようとシェーミィが提言したからだ。
何でもロングスウォード領には、安く、美味く、量のある店が、数多くあるのだと云う。
「まあ、土地柄ね。体力自慢の連中の胃袋を満足させる店が、軒を連ねっているのよ」
レンディアが云う。武門の領地ゆえか……?
昼の冒険者ギルド内は、落ち着いた雰囲気だ。
オーク討伐の報酬は、皆受け取ったのだろうか……。
正面カウンターで、ギルドマスターのシュウヤさんが書類仕事をしていた。
「今日は。報酬の受け取りに来たわよ」
レンディアが声をかけると、書類から顔を上げるシュウヤさん。
灰色のローブを身にまとった、細面の整った顔付きの男。落ち着いた雰囲気からは、わずかな威圧感が漂っている。
三十代半ばで、ギルドマスターになるだけの実力者──魔導士でもある。
「待っていましたよ」
シュウヤさんが、職員に──「報酬はこちらですよ」
ミザリアスさんが、四つの袋を乗せた平たい盆を持って、カウンター奥から向かって来た。
なかなか重そうな袋だな……。
「改めて報酬を伝えます。魔石の売却額と帝都からの報奨金を合わせ、計金貨三十枚に銀貨五枚となります」
シュウヤさんが、淡々と告げる。改めて報酬を聞くと、かなりの大金だ。
その場で、各々の口座に入金。ついでにパーティー口座にも入金した。大金、持ち歩けないからな。
さて、帝都でやるべき事は、全て終わった。今の時間は、昼少しを過ぎたところか……。
「さて、ギルドマスター、ミザリアスさん。お世話になりました」
ギルドの外で、シュウヤさんとミザリアスさんに、取り敢えずの別れの挨拶をするレンディア。
「ええ、お気をつけて……皆さん、またお会いしましょう」
シュウヤさんは微笑みながら、軽く目礼をする。
「クレイ……体にだけは気を付けるんですよ」
なかなかに距離を詰めて来る、我が姉ミザリアスさん。
俺の両肩、両腕をさするのは止めて頂きたい──ギルド前を行き交う人々の視線が刺さる。
何とか距離を取り、グランさんを盾にする事にした。
「じゃあ、ギルドマスター、ミザリアスさん、行ってくるわよ」
レンディアが改めて、シュウヤさんとミザリアスさんに挨拶をする。さて、出発の時だ──
当たり前の様に、俺達に付いてこようとしたミザリアスさんを、シュウヤさんがどうやってか拘束したのを横目に見つつ、俺達“碧水の翼”は馬車乗り場に向かう。
後ろから、俺を呼ぶ悲鳴じみたミザリアスさんの声が聞こえたので、急ぎ馬車乗り場を目指した。
「ロングスウォード領行きの馬車、間もなく出発しまーす。お急ぎくださーい!!」
複数の御者の声が、馬車乗り場に響く。ロングスウォード領行きは、四台ほどが待機している。
「ふん。あの馬車にしましょうよ」
レンディアが指差すのは、装飾もなく、武骨な感じのする、大型の馬車だ。馬は二頭引き。馬もまた、でかい。
「あれか……あの大きさだと、八人乗りか。馬も良さそうだな。私は構わない」
グランさんが賛同する。広いスペースがあるに越した事は無いからな。
「ああいう馬車って、ちょっーと値が張ると思うけど、快適なんだよねー」
うんうん、と頷くシェーミィ。
「そうしよう。懐は暖かいからな」
初級訓練の時、馬車で移動する時は、なるべきケチらないほうが良い、と習ったからな……それに、あの武骨な感じが気に入った。
武骨な八人乗りの馬車に決まった。ロングスウォード領まで、一人銀貨四枚。計金貨一枚に銀貨六枚──安くは無い。
馬車に似て、御者も武骨で無愛想な雰囲気だが、レンディアは気前よく金貨二枚を出し、釣りは取っておいてと渡した。その時、無愛想な御者はほんの少し微笑み、毎度、と言葉少なく礼を云った。
手荷物を荷台に乗せ、早速乗り込む。客は俺達だけ──おお、広いな。
「おー、ちゃんと暖まっているねー」
シェーミィが気持ち良さそうに目を細める。
馬車内は、冷温の魔方陣で良い案配に暖められている……ロングスウォード領に到着するまで、眠れそうだな。
早速馬車が動き出す。到着は夕方。早ければ、夕方前には着くそうだ。
ロングスウォード領。武門の地へ、いざ──