くぐった先の、さらに先に見える道は修羅の道につながる門あり。
そこに至れば、もう引き返せない。心せよ──
拳神ダンの
龍虎の門をくぐる──そういう言い回しがある。
元々は、睨み合う龍と虎の間を通るという意味だったらしいが(それが何を意味するのかは、今となっては分からない)、いつしか、武の道を行くという意味に変化していたそうだ。
それからさらに時を経て、現在では龍虎の門をくぐる──という意味は、武術、武芸で身を立てる覚悟を決めた者が通る道──という意味になっている。
帝都の北西部に位置する、ロングスウォード領の中心部。ロングスウォード伯が住まうその地は、“武門街”という通称で知られている──
ロングスウォード領の南側から、一直線に進むと、武門街に到達出来る。
「直に到着するな……クレイドル、門を見てみろ。なかなかに見応えあるぞ」
グランさんの声に、まどろみから覚めた。武門街の門か……フェイスガードを上げ、馬車の外を見る──おお……これは、凄いな。
睨み合う虎と龍が装飾された、巨大な鉄城門。帝都の門に勝るとも劣らぬ大きさ。そして城壁もまた……そうか、国境の守りを担う場所であるからには、ロングスウォード領は城塞としての働きもするんだよな。
おっと、異世界知識発動──帝都領内の、重要な城塞や砦を設計建設し、鉄壁将と称されたヴォルガンド伯。
そのヴォルガンド伯が、各地の重要拠点を築いた経験と、歴戦の知恵、知識を総動員して、辺境に城塞と砦を築いた。
城塞を囲むのは、互いに連携し合う、四つの砦。
常時、二千の兵が駐屯する砦は、どちらかが攻められれば、すぐに他の砦から救援が送られる様に築かれていた。
城塞を陥落させるには、砦を攻略する必要があるが、それは簡単では無い。
四つの砦を同時に攻め落とす必要がある。例えそれが出来るとしても、城塞には常に、八千から一万の兵が常駐している。砦と城塞合わせ、二万近くの兵が国境を守っているのだ──攻略するのは、容易い事では無い。
それに帝都から近く、事あらばすぐに兵站街道を通って援軍が来る──異世界知識、終了。
歴史講座って感じだったが……うん、ためになった。覚えておこう。
「おおー、久し振りに見たけど、相変わらず凄いねー!」
さっきまで寝転んでいたシェーミィが、窓の外から見える武門街の門を見て云った。
開け放された城門は、まさに睨み合う虎と龍……
「ふん。相変わらずの迫力ね」
レンディアもまた、微笑みながら窓の外を眺めている。
龍虎の門か……間近で見たら、さらに凄いだろうな。
馬車乗り場に到着。夕方前に着く事が出来た。
帝都から出発したのが昼少しだったから、四時間ちょっとか……快適な移動だったな。
馬車内は暖かく、ほとんど揺れを感じなかった。街道整備が行き届いているのが大きいな……馬車にも、揺れを押さえる仕組み、サスペンションが付けられているんだろうか?
荷を下ろし、手早く身支度をする。
肩掛けカバン、ラウンドシールドを肩に掛け、バトルアクスを担ぐ。
腰回りには“
身支度を終えた俺達は、レンディアを待っていた。
レンディアは、ロングスウォード領の近況を聞くため、御者と話をしている──話が済んだのか、御者に手を振り、戻って来た。
「待たせたわね。色々教えて貰ったわよ。ともかく、列に並びましょうよ」
ロングスウォード領、武門街に入るために並んでいる人々の中に交じる。
熱気。並んでいる人々の熱気が普通では無い。 それもそのはず──旅人、行商人よりも、明らかに“
「武術家、武芸者、喧嘩自慢に、力自慢。腕に覚えありの連中が、よりどりみどりよー」
にしし、と笑うシェーミィ。
なるほどな、“武門街”か……改めて周囲を見回すと、やはり冒険者のまとう雰囲気とは違う連中がちらほら。
鞘に収めた、穂先の長い槍を担いだ者。二剣を背負った者。どうやって抜くのか、想像もつかないほどに長い剣を肩掛けにしている者。
流派名が刺繍された胴着の上から、上衣を羽織っている者──様々な、腕に覚えありの連中……まあ、中にはただの荒くれにしか見えないのもいるが。
どこそこの道場はどうだとか、あの流派のやり方はどんなものだろうか、ロングスウォード伯に、是非腕前を認められたい、だとか──そんな会話が聞こえてくる……これらの会話も、何らかの情報になるのだろうな。
「御者さんから、色々聞いたのよ。いい中宿の事もね。お勧めは、冒険者ギルド近くにある、“
ドワーフの宿ね。ふむ……楽しみだな。
何の問題も無く、武門街に到着。
「まずは、冒険者ギルドに移動登録に向かうわよ」
はいはーい、とシェーミィが先導して行く。宿を取るのはその後だな。
シェーミィを先頭に通りを少し行くと、四方に道が広がる大きな広場に出た。
その北側正面に冒険者ギルドがあった。大きな石造りの建物。趣のある、独特の造りをしている──
「覇王公の時代から、ほとんど代わっていないらしいわよ」
建物を眺めがら、レンディアが云う。歴史的建造物といった所か……何か感慨深いな。
「さ、行きましょうか。移動登録した後、宿を取りましょうよ」
レンディアが率先して、ギルドに入って行く。
「お久し振りよ。アルバートさん」
正面カウンターで、書類仕事をしている“丸い”人物に声をかけるレンディア。
うん? と書類から顔を上げる丸い人物──濃い褐色の肌。彫りの深い、厳つい顔。切れ長の、形の良い目をしている。歳は四~五十くらいだろうか。
紫がかった黒髪を、丁寧に後ろに撫で付けている。
アイロンがけされた、パリッとした白い長袖のシャツ。袖口には黒いカフスボタン。首が太いので、第一ボタンを開けている。
シャツの上から赤茶色のベストを着ている、どことなく気品の様なものを漂わせた人物だ──
「おお、お嬢か。久し振りだなあ」
アルバートと呼ばれた“丸い”人物が微笑みながら、立ち上がる。
その体は、丸かった。ごつりとした、厳つい顔以外の部位は丸かった──肩、腕、手指、胴。恐らく下半身も。
“丸い”、という言葉以外に付け加えるならば、“太い”が適切だろう。
「ええ、移動登録お願いよ。帝都から移動して来たのよ」
「ふむ、帝都から移動な」……再度椅子に腰掛け、書類をカウンター内から取り出すアルバート。
「碧水の翼、冒険者証出してくれ……うん?」
ここで、アルバートは気付いた。一人多い事に。
ハーフエルフのレンディア。暗黒騎士のグラン。斥候のシェーミィ──そしてもう一人……黒鷲を模したフルフェイスの兜に、禍々しささえ感じる、赤闇色の鎧と籠手を身に付けた、戦士然とした雰囲気の冒険者──下ろしたフルフェイスからは、何の表情も伺えない。ただ、視線だけは感じる……まあいい。
碧水の翼から、冒険者証を受け取る。
「ふむ、中級Cランクに到達したか。ベテランの仲間入りだなあ……さて、新顔はクレイドルか」
「少し前に、加入したのよ。腕前は保証するわよ。まあ……たまに無茶するけど」
レンディアが云う。無茶なあ……クレイドルが差し出した冒険者証を確認する。
「二枚羽とはな……二ヶ月、初級訓練受けたのは、何か理由でもあるのか?」
冒険者証に刻印された、名前の左右を挟み込む様に翼が二つ……中級のEランク、か。
「城塞都市で初級訓練を受けたんですが、一月の訓練後、せっかくだからともう一月の訓練を頼んだんです」
性別を感じさせない、よく通る声でクレイドルが云った。
ふむ……追加で訓練を頼んだのか……変わっているなこいつは。
「良し、いいだろう。移動登録完了だ。お嬢、宿は決まっているのか?」
レンディアに、まとめて冒険者証を返すアルバートさん。
「
「そこは確かにお勧めだなあ。飯も美味いし、良い酒を出す。俺も食事はそこで済ませてるよ」
レンディアとアルバートさんの会話からするに、荒野の髭は、なかなかの良宿らしい……荒野の髭か。
改めて聞くと、凄い宿名だな。
ギルドから出て、早速宿を取りに行く。場所は本当に近く、ギルドの裏通りにあった。
“
宿も頑丈な石造り。ここもまた、歴史的な雰囲気がある。城塞の名残なんだろうな。
「ごめんくーださーい!」
シェーミィが、勢いよく宿に入って行った。さて、四人取れるといいが。
「二人部屋、二つね。互いに近い方がいいだろ?」
「そうして貰えるとありがたいわ」
看板娘ならぬ、看板女将とレンディアのやり取り。部屋は無事取る事が出来た。まずは、一安心といった所か。
宿泊期間は、取り合えず一週間。週区切りの宿泊という事で割り引きをしてもらった。
「ちょいと多いよ?」
「追加の食事代だと思って、取っといて頂戴」
レンディアが気前よく、金貨七枚を払った。何となく、貴族っぽい振る舞いだと思った。
「ありがとさん。こりゃ、おもてなししないとね」
あっはっは、とドワーフらしく豪快に笑う女将さん。
女将さんの名前は、イーライ。旦那さんは、鍛冶工房の大将だそうだ。
「夕食は、もうちょい後だね。それまでのんびりしてるといいよ」
イーライさんが従業員を呼び、部屋の案内を頼んだ。奥の方から、明るい返事が聞こえた。
ドワーフの宿か、どんな部屋か楽しみだ……。