邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

185 / 245
幕間 待雪草(スノードロップス)と青葉の庭

 

 

青葉の庭に侵入する。ここに来るまでに、他の冒険者達とは出会う事はなかった。

ファルが云うには、ここは初級クラスが経験を積むうってつけの場所なので、初級以上はあまり訪れないダンジョンだとの事だ──最も、奥に立ち入る場合は、話が変わってくるそうだけど。

浅く進むのなら、初級向け。それ以上は、難易度が上がるダンジョン──「もう少し進んだら、草原に出るよ」

ファルを先頭に、茂みがある洞窟を移動する。湿り気のある地面を踏みしめながら、慎重に進む。

もうちょっと、いいブーツを新調しようかな、と何となく思った──「さあ、開けた場所に出たよ。ここが、青葉の庭さ」

ファルの明るい声に、顔を上げると──青空に照らされた様な、草原が広がっていた。

草原の端々には、草むらに木々の茂み……これが、ダンジョン?

 

「これが青葉の庭だ。ここは、年中こんな感じだよ。まあ、ダンジョンてのは理屈じゃないからね」

ファルの言葉を聞いても、まだ現実感を感じない……何とも不思議な感覚ね。

「僕が斥候を務めるから、リーネ達は少し距離を取りながら着いてきて」

ファルが杖で地面をつつきながら、音もなく進んで行く。

そして私達も、ファルがある程度進んだ後になるべく静かに進む。

「不思議だよな。太陽は無いのに、陽光に照らされているみたいに明るい……」

ジョシュが、空を見上げながら呟く。

「ほんとに、外と変わらないね。普通の草原みたい」

周囲を見回しながら、シェリナが云う。

 

前方を行く、ファルがしゃがみこんでいた……何かに耳を澄ませている様に見える。

ファルが振り返り、手招きをしたのでなるべく静かに、ファルの元に向かう。

「何か、あったの?」

思わず、小声でファルに尋ねる。右手を右斜め側に差し出すファル。

そこには人の背丈ほどもある、草むらが生えていて、草むらの向こう側から羽音が聴こえて来た。

「聴こえるね。多分蜂だ。数は一匹……やり過ごすのは、お勧めしないよ。後から気づかれて仲間を呼ばれると、とても面倒な事になるからね」

ファルは、どうする? と云うように私を見る。うん、腹は決まった。

「ええ、ここでやりましょう」

背後の、シェリナとジョシュを見る。二人も腹を括ったのか、緊張しながらも頷く。

「作戦は?」

ファルに尋ねると、彼は無邪気な笑みを見せた。

 

ファルが投げナイフで奇襲をかける。その直後に、シェリナの水属性の魔術を使用──攻撃でも拘束でもいい。相手の動きを止める事を優先する事。

そして、私とジョシュが接近して速やかに仕留める……そう決まった。

「よし……静かに、焦らずにね」

ファルが、どこからともなく取り出した投げナイフ片手に、ゆっくりと草むらを進む──いた。巨大な蜂が。

こちらに背を向け、羽根を震わせながら宙に浮いている巨大な蜂。

全身をまだら模様に彩られている、大人ほどの大きさの蜂だ──気持ち悪いわね……ファルが頷く。戦闘開始ね。

 

ファルの投げナイフが、巨大蜂の片羽根を貫いた。

同時に、シェリナが杖を掲げて、水属性の魔術を放つ──「水よ、降り注げ!」

片羽根を貫かれた巨大蜂が、降り注ぐ大量の水に押し潰されて地面に落ちる──今!

地面でもがく巨大蜂目掛け、私とジョシュは駆け寄り──棒を叩き付け、剣で突くと、蜂は動かなくなっていた。

 

「うん。もう充分だよ」

ファルが止める。その声に私達は我にかえった。

ふう、と一息吐く……あちこちが潰れ、切り裂かれた巨大蜂の死体が、目の前に転がっている──ちょっと、やり過ぎたかな……。

「なかなかに、手早く仕留める事が出来たねえ。酷い有り様だけど。まあこんなものかな」

うんうん、と巨大蜂の死体を調べるファル。回収素材は魔石と尻尾の針に、牙と触角。

 

「捌くから、ちょっと見ててね」

ファルが解体ツールを取り出し、鼻唄交じりに小刀で手早く蜂の胸部を切り開くと、魔石を抜き取る。

次いで、尻尾の先に切れ目を入れて、慎重な手付きで針を抜き取った。

「あとは、牙と触角だね~」

牙を指で押さえ、根元を小刀で切り裂き、引き抜いた。

触角に小刀を当て、さくりさくりと切り取る──早い。三十秒もかかっていないかも。

捌く、という言い方がちょっと嫌だったけど、小刀だけで素材を回収したのは、素直に凄いと思う。

ジョシュとシェリナも、感心して見ていた。

 

「まあ、こんなとこかな。回収品は、ジョシュの素材回収袋に納めておこうか」

「あ、ああ」

素材回収袋を出すジョシュ。袋に、丁寧に納めていくファル。

「取り合えず、手ぶらで帰る事はなくなったね。さて、もう少し進めると思うけど?」

うん……引き返すのはまだ早いわね。

「進みましょう。ジョシュ、シェリナ、どう?」

「うん、構わないよ。魔術の実戦訓練がまだまだ足りないわ」

ふんす、と気合いを入れるシェリナ。

「俺も賛成だ。さっきの戦闘、熱くなりすぎた……もう少し、冷静に動ける様にならないとな」

剣の柄に手をかけているジョシュが、さっきの戦闘を反省している。私もそうだったな……よし。

「ファル、さっきの様に先導お願いね」

「うん、任せておくれ」

にこりと笑い、先を行くファル。青葉の庭か。今度は集団戦になるかもね……棒を強く握り、腹を括る。

 

しばらく進むと、先行していたファルが立ち止まった。

左右を見回しながら、何か考え込む様な仕草をしている……何かあったのだろうか?

ファルの元に向かい、話を聞いてみた。

「ああ、うん……ここを真っ直ぐ行くと、庭園という場所に出るんだけど、難易度が極端何だよ。でもね、宝箱が出現する可能性が高いんだよね」

何か、私達を試す様な物言いのファル。

宝箱の出現……なかなかに魅力的な事だけどね。

 

「止めておきましょう。極端な事はしたくないわ」

危険は、最小限に抑えたい。私達はまだ新人だものね──“無謀は、いつでも死と隣り合わせだからね。気を付けるんだよ”──初級訓練を浮けた際の、先輩の言葉が思い出された。

「他の場所に行きましょう。私達に、手頃な場所はある?」

「もちろん、あるよ。ここらで手頃な場所と相手といったら……昆虫系か、爬虫類が棲息している横穴があったっけか……」

ふうむ、と少し考え込むファル。

ダンジョン初心者の私達としては、ファルに任せるのが正解よね……。

 

「よし、こっちだ。ちょっと脇道に移動するよ」

巨大な蜂と戦闘をした場所から、横に逸れて移動する。

草むらを進むにつれ、一つ気付いた。獣道の様に道筋が出来ている。

「うん、道が出来ている……人もそれなりに通るのかな」

ジョシュも気付いたのか、頷きながら呟く。

しばらく道なりに進むと、草むらを抜けた。そこはちょっとした広場になっていて、広場中央を見ると、焚き火の跡があった。

「だいぶ前の野営跡だね……丁度いいや。休憩しようか」

ファルが、肩に掛けていたバッグを下ろし、布を取り出すと大きく広げた。

私達が座っても、多分横になっても充分に余裕があるほどの布──「凄いんだよ、これ。魔導卿から譲って貰ったんだ……言っておくけど、拾った(・・・)訳じゃないからね」

 

ファルが云うには、この布は保温性に優れ、季節通してシーツや寝袋代わりになるそうだ。

小さく畳めて、広げれば大きくなる魔力付与がされた魔道具だという──譲ってくれた理由は「試作品(プロトタイプ)」だからだそうだ。

魔導卿から譲って貰った──という事を聞いたシェリナが、興奮しながらファルに尋ねた。

「ファル、魔導卿と知り合いなの!?」

「うん? 知り合いというか、友人付き合いしてるよ。何度か一緒に冒険者活動してるし、遺跡やらダンジョンに潜った事もあるからね」

ファルはシェリナに答えながら、皿の上に干し果物と携帯食のビスケットを並べ、軽食の準備を始めている。

手際よく、食事の準備をするファルを見ながら、ジョシュはそれを参考にしようと考えていた──

 

「軽く腹ごしらえしてから、あそこに向かおうか……ちょっとした戦闘があると思っていてね」

ファルが、広場奥を指差す──その奥には、ぽかりと開いた洞窟があった……。

「あの洞窟は、それほど深くないよ。雰囲気から感じるに、爬虫類系かなあ……多分ね」

ぱり、と薄い塩味のビスケットを噛りながらファルが云う。

私達もそれぞれに、ビスケットや干し果物を口にする──「僕が先行して、あのねぐらに引っ込んでいる相手を引きずり出すから、君達が倒す……そんなとこかな。どうする?」

ファルの話を聞く限りには、単純に思えるけど……ここが、腹の括り所ね。

 

「やりましょうか。ファル、あまりにも厄介な相手だったら、逃げましょう……それでいい?」

ジョシュとシェリナ、ファルに尋ねる。

構わない──とばかりに、皆が頷く。よし……皆の腹が決まった。

「うん、もちろんだよ。じゃあ、行ってくるね。皆、周囲に気を配っていてよ。油断しない様にね……」

ファルが、何の音も立てずに洞窟の中に入って行った──なら、私達は覚悟を決めて待つだけ。

 

 

シイィィア~! 甲高い鳴き声が洞窟の奥から響いてきた──「よし。皆、準備して……何か来るわよ」

言ったと同時に、洞窟からファルが飛び出して来た──その後から、蜥蜴とも何とも言えない様な、異質な魔獣が洞窟から這い出して来る。

口先長く、全体を鱗で覆われた長身の蜥蜴。蛇に太い手足が生えている様な、太く長い体付きの獣だ──「そいつ硬いからね! 横腹、手足の付け根狙って、頭は打撃で!」

ファルがこちらに駆け寄って来るなり、叫んだ。そのまま、私達の背後に回り込む。

「噛みつきと爪、尻尾に気を付けて。意外と小回りきくからね」

ふう、と一息付きながら、ファルが云う。

 

私達を見た魔獣が、少し驚いた様に怯んだ。ファルの事しか意識していなかったのだろう。

とはいえ、隙になるほどではない──改めて、魔獣と向かい合う。

すっ、と自然にジョシュが前に出る。盾を構え、剣先を魔獣に向けた。

私の背後で、シェリナが集中するかの様に、深呼吸をしているのが聞こえる──魔獣は、私達を威嚇する様に大口を開け、少し距離を取る。

「来るよー」

後方からファルの声。何とも気の抜けた声に、肩の力が抜けた──悪くないわね。

 

シャアアッ! 魔獣がバタバタと駆け寄って来た。何とも不格好だが、意外に速い。

ジョシュが腰を落とし、真正面から迎え撃つ構えを見せた──ジョシュなら、大丈夫。

私は、魔獣の側面に回り込む準備をする。背後から、シェリナの声。

「魔術の用意は出来ているから。いつでも」

シェリナの心強い言葉に頷く。大丈夫、やれる……何の心配も無い。

「ふうっ!」

ガアァンッ! と打撃音。ジョシュが真正面から、魔獣の攻撃を受け止めた──よし、今ね。

ジョシュの左側から、魔術の側面に回り込む。シェリナの詠唱が聞こえた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。