邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第164話 冒険者と見習い騎士 そして見物人

 

 

昼食は、なかなかに豪勢な物が出た。

何でも、ロングスウォード伯が今日のために料理を予約していたそうだ──

それらの料理は、魚とホタテのバター焼き。付け合わせは、塩茹でされたニンジンとブロッコリーだ。

牡蠣と茸のグラタンに、根菜たっぷりのつみれ汁。丸パンに、海草と玉葱の酢漬け──バター焼きは、鉄皿というか、鉄板に乗っていたので驚いた。

グラタンなんて、久し振りだな……さいの目切りにされた根菜が入ったつみれ汁には、生姜の風味が効いていて、何とも堪らない美味さだった。

もちろん、バター焼き。グラタンも。

シェーミィは、よほどつみれ汁が気に入ったのか、二度お代わりをしていた……いや、満足だ。予約を受けた事で、腕によりをかけたのだろうか?

 

「見習い達を引率して、ロングスウォード領に来た神聖騎士団の副団長が、ある見習い騎士……ちょっとした問題児と立ち合って、鼻っ柱を折って欲しいとの事でね」

今は食後のお茶の時間。優雅な仕草で、ティーカップを手に取る、ロングスウォード伯。

「適当な冒険者や、冒険者登録している武術家には頼めなかったの?」

ティーカップに口を付けるレンディア。まあ、確かにな……何も“碧水の翼”を使わないでもいいんじゃないか?

 

「単純な事よ。副団長が云うには、それなりに名の通ったパーティーの代表にぶちのめされて、鼻っ柱をへし折って欲しいとの事なの」

「人選が難しいと思います。私は暗黒騎士団所属ですから無理ですね。合同演習での立ち合いならともかく、非公式の立ち合いは遺恨が残りかねません」

グランさんの言葉に、まあ、それは分かるわ、とロングスウォード伯。

「その見習い騎士が貴族出身なら、私が立ち会う訳にはいかないからね」

レンディアが、茶を上品に啜る。とすらならば……「私が相手してもいいよー。弓を使っていいならねー」

にしし、と笑うシェーミィ。微かな声で、“影身の刃(シャドウエッジ)”もねー、と呟くのが聴こえた……短時間、影の様な存在になり影に溶け込む効果を持つ短刀──こいつ、半分本気だな。

 

「シェーミィ、それはちょっとねえ……」

苦笑するロングスウォード伯。待てよ……この流れだと……レンディア、グランさん、シェーミィが俺を見る。

うっうん、とロングスウォード伯の咳払い……。

「……俺がやりますよ」

とうとう、言ってしまった。いや言わされた。

貴族出身の、鼻っ柱の強い見習い騎士か。面倒な事になりそうだな。やれやれだ……。

「ロングスウォード卿、これは依頼になるの?」

レンディアが、従業員にお茶のお代わりを注文し、改めてロングスウォード伯に尋ねる。

「そうね。これは“碧水の翼”への指名依頼になるわ。報酬は、金貨八枚というのは?」

ロングスウォード伯の言葉に、レンディアは、ふうん、と考える素振りを見せた。このやり取り、何を見せられているんだ……?

 

「指名依頼というのは、特別な物なのよ。それなりに名の通ったパーティーの時間を買うという事だからね……」

「ふ、分かったわ。金貨十二枚ね。それに加えて、立ち合いを受けてくれたクレイドルに追加報酬を出すわ。どう?」

「……了解よ。皆も良いわね?」

レンディアが、俺達を見る──リーダー決定だ。俺達に、否は無い。

丁度、お茶のお代わりが来た。ロングスウォード伯が直々に、お茶を注いでくれる。

 

「ギルドマスターには話を通しているから、明日、昼食を済ませてから冒険者ギルドに行くといいわ」

「神聖騎士団の人達とは、話は付いているのよね?」

カップに口を付けるレンディアに、ロングスウォード伯が答える。

「ええ、もちろん。立ち合いの場所は、冒険者ギルドの訓練場という事に決まっているわ」

もう、お膳立ては済んでいたのか……ふむ、まあいい。やる事をやるだけだ。

 

「さて、話はもう済んだわね。夕食も一緒にしましょうか、レンディア?」

「ええ、構いません。ご一緒します。どこにします?」

ここにしましょう、とロングスウォード伯。何も文句は無いな。うん。

宿の女将、イーライさんを呼び、夕食の予約注文をするロングスウォード伯。

どうやら、鍋物になりそうだ。この季節なら、それがいいな……さて、何の鍋になるだろうか?

夕食にはまだ早いので、それまで自由時間となった。

 

ロングスウォード伯が席を立つと、カウンターで茶を飲んでいた、お供兼護衛の二人がロングスウォード伯の後に付く。

その際に、こちらに軽く会釈をした。

軽装の、がっしりとした体格の二人だ。

「じゃあまた、夕食で会いましょう」

ひらり、と手を振って、女傑は宿から出ていった……不意に、宿内がざわつく──今の、ロングスウォード伯じゃなかったか?!と、冒険者や武芸者連中がざわめいた。

 

「さっきの護衛二人、隙が無かったな。周囲に視線をやらず、見る事なく見ている感じだった」

茶を啜りながら、宿の出入り口を見るグランさん。

「ロングスウォード卿の所の衛兵は、みなあんな感じよ」

レンディアが、お茶と一緒に注文していた砂糖まぶしの炒り豆を、ぽり、と口に含む。

「油断なら無いよねー、ロングスウォード伯のとこの衛兵さん達はー」

炒り豆を、口に放り込む様に食べるシェーミィ。

 

夕食まで時間はある……さてどうするか。街を見て回るのもいいが、少しばかり眠気がするんだよな……よし、夕食まで一眠りするか。

「レンディア、俺は夕食まで一眠りさせてもらう」

構わないわよ、とレンディア。お言葉に甘えさせて貰うかな……に、しても眠い。

 

 

ふと、目が覚める……馴染みのある応接室に、俺はいた──ここは邪神の、つまり俺の父上の応接間だ。派手さを抑えながらも、けして地味では無い調度品で飾られた応接間……何か、久し振りだな……。

純白のテーブルクロスがかけられた、いつもの漆黒のテーブル。その席に、俺は着いていた。

執事のデルモアさんが俺に頭を下げる。

「お久し振りでございます。クレイドル様」

頭を下げるデルモアさんに、俺も返礼を返す。

デルモアさんが、手際よくお茶の用意をしてくれる。

 

邪神、父上殿の姿が見えないが……いや、いた。

純白のインコ。羽先と尾羽、くちばしは金色。瞳は深紅のセキセイインコがテーブルの上にちょこん、と乗っていた……「ヂュッ、チチッ! チチッヂュッヂュッ!!」

俺を見上げながら何事かを呟いているが、何を言っているのか分かりません。父上──純白のインコは、てててて、とテーブル上を駆け巡り、テーブル中央に立てられている花瓶を、くちばしでつつき始めている。

「相変わらず、自由ですね……我が父上は」

デルモアさんが淹れてくれたお茶は、美味い。何とも落ち着く味だ……。

「チュッチュッチュッ、チュッチュッ、チュッチュッチュッチュッ──」

機嫌良く囀ずる我が父……いや、まて止めろ。

それ以上はいけない。その囀ずりはウォルトさんの国のマーチだ。止めないか。

 

「あるじ様より、こちらをお預かりしております」

デルモアさんが、純白の鞘に納められた短剣を差し出してきた。

早速受け取る。鍔は無く、白い柄には蔦が巻き付いた様な装飾が施されている──鞘から抜き、刀身を確認する。

切っ先から柄頭まで、四十センチほどで刃渡りは三十センチくらいか。刀身は少し細目で十センチあるかぐらい。少々短めの短剣だ。色合いは、白銀色といった感じか……うん?

妙な違和感を感じる……ああ、分かった。この白銀の短剣、呪物じゃないのか。

 

「珍しいですね……父上からの贈り物なのに、呪物ではないとは」

まじまじと、白銀の刀身を眺めると微かに魔力を感じるな……魔力付与されているというより、刀身自体に魔力が備わっているといった所か……鑑定に出してみないと、分からないな。

「父上に、礼を伝えておいて下さい。良い品を貰ったと」

これは良いものだ……白銀の刀身を鞘に納める。予備の武器はいくらあっても困らないからな。

「はい。お気に召した様で何よりです。お父上も、喜ぶ事でしょう」

デルモアさんが微笑みながら、頭を下げる。

まあ、伝えるも何も、テーブル上をたかたかと駆け回る純白のインコが、我が父上なのだが。

 

「あるじ様、失礼します」

デルモアさんが、無造作に我が父上を鷲掴みにすると、いつの間にか用意していた鳥籠に放り込んだ。

鷲掴みにされた父上は、デルモアさんの手指を噛んで抗うも、抵抗空しく鳥籠に納められた。

父上は抗議の囀りをしつつ、柵を破壊せんと行動するが、戒めの鳥籠はびくともしない──

「クレイドル様、どうかお身体にはお気をつけ下さい」

デルモアさんの、丁寧な仕草に礼をする……眠気が再びやってくる──インコの、甲高い囀ずり声が聴こえた気がした……。

 

 

ん……目が覚めて、最初に目にしたのは天井に備え付けられたランプだ。部屋を照らす、仄かな青い光。

日暮れに灯るんだよな。店のどこかで操作しているのだろうか? グランさんは部屋には居ない。レンディア達と出掛けているのだろう。

顔を洗って下に降りて、一服しながら皆を待つか……。

 

“専用席”の札が立てられた、奥のテーブル。この席に着くと、少し注目されるんだよな……。

夕食までは、まだ時間はあるようだ。テーブルに煙草盆を置き、煙管に煙草を詰める。“深風”の気分だな。生活魔法でパチリと火をつける。

軽く吸い込む──苦味と甘味が口の中で広がる。

ふうぅっ、と煙を吐き出すと同時に、爽やかな風味を感じる……うん、いいな。

「あれ、クレイドル一人?」

ドワーフ娘が話しかけてきた。そういえばこの子、イーライさんの娘さん何だよな。

「ああ……夕食まで、時間あるのか?」

「まーだ、大分あるよ。お茶でも飲みながら待ってる?」

「そうだな。うん、茶を頼む」

さて……レンディア達が来るまで、一服の時間だ。深風を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。邪神から貰った短剣。鑑定してもらうか……。

深風の爽やかな香りが、煙と共に食堂内に流れて行く。

 

 

「今、来たわけじゃないわよね?」

レンディア達が戻って来たのは、宿内に夕食の賑わいが出始めた頃だった。

「いや、夕食まで早い時間に来たんでな、のんびり一服していた」

ぼんやりと、煙管や茶を喫する時間は穏やかなものだったな。

茶のお代わりを頼んだ際に、ドワーフ娘の名も教えてもらった。

リーライというそうだ。後、狼族の従業員の名も教えてもらった。彼女は、ラーシアとの事──レンディアと話している内に、グランさんとシェーミィが降りてきた。

 

皆が揃った所で、イーライさんがやって来た。

「ロングスウォード伯は、まだみたいだね。鍋にする予定だけど構わないね?」

夕食の確認だ。何の問題もない。レンディアがイーライさんに尋ねる。

「ええ、大丈夫よ。具材は何?」

「良い牡蠣とアサリが入ったんでね、牡蠣とアサリ鍋さ。野菜は白菜、大根、長ネギだね」

牡蠣鍋か。いいな。早くも〆の雑炊が頭に浮かぶ。

「ふん。良いわね。他の料理は何が出るの?」

「トゥーナの刺身だね。新鮮なやつだから、マリネにするより、刺身の方がいいらしいね」

トゥーナ……ツナ。マグロかカツオ、どちらかか?

「後は、ホタテと海老のバター焼きに海鮮サラダってとこだね。酒の注文から先にしとくかい?」

「そうね。お酒から先にするわ。それと、適当に摘まみもお願いよ」

それぞれ酒を注文する。酒の摘まみには炙った干し魚とチーズ盛合せを頼んだ。

ロングスウォード伯が来るまで、軽く飲んでおくか……。

 

ロングスウォード伯が来たのは、酒を一杯干したタイミングだった。

お供兼護衛の人等は、こちらに一瞬目をやり、カウンターに座った。前とは違う人等だ……隙の無い事には変わり無い。

「うん? 遅れたかしら?」

席に着くロングスウォード伯に、レンディアが云う。

「丁度いいとこよ。皆、お酒のお代わりを頼もうとしていたとこよ」

「鍋は、もう少し時間かかるってー。だから、軽く一杯飲んでるとこなのよ」

ロングスウォード伯に、レンディアとシェーミィが云う。

それなら、とロングスウォード伯が従業員を呼び酒の注文をする。

 

「それで明日の事何だけど、改めて伝えるわ。立ち合いは昼過ぎ。場所は、冒険者ギルドの訓練場。細かいルールは、ギルドマスターのアルバートが決めるでしょうね。見物人は結構来ると思うわよ。無論、私も見させてもらうわ……碧水の翼の新しい面子の実力をね」

ロングスウォード伯が、強い笑みを浮かべて俺を見てきた……やる事をやるだけだ。何の気負いも無い。

「精々、恥にはならない様に頑張りますよ」

チーズを摘まみ、口に放り込む。うん、いい味だ……鼻っ柱をへし折る、か……さて、どうなることかな。




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