昼食は、なかなかに豪勢な物が出た。
何でも、ロングスウォード伯が今日のために料理を予約していたそうだ──
それらの料理は、魚とホタテのバター焼き。付け合わせは、塩茹でされたニンジンとブロッコリーだ。
牡蠣と茸のグラタンに、根菜たっぷりのつみれ汁。丸パンに、海草と玉葱の酢漬け──バター焼きは、鉄皿というか、鉄板に乗っていたので驚いた。
グラタンなんて、久し振りだな……さいの目切りにされた根菜が入ったつみれ汁には、生姜の風味が効いていて、何とも堪らない美味さだった。
もちろん、バター焼き。グラタンも。
シェーミィは、よほどつみれ汁が気に入ったのか、二度お代わりをしていた……いや、満足だ。予約を受けた事で、腕によりをかけたのだろうか?
「見習い達を引率して、ロングスウォード領に来た神聖騎士団の副団長が、ある見習い騎士……ちょっとした問題児と立ち合って、鼻っ柱を折って欲しいとの事でね」
今は食後のお茶の時間。優雅な仕草で、ティーカップを手に取る、ロングスウォード伯。
「適当な冒険者や、冒険者登録している武術家には頼めなかったの?」
ティーカップに口を付けるレンディア。まあ、確かにな……何も“碧水の翼”を使わないでもいいんじゃないか?
「単純な事よ。副団長が云うには、それなりに名の通ったパーティーの代表にぶちのめされて、鼻っ柱をへし折って欲しいとの事なの」
「人選が難しいと思います。私は暗黒騎士団所属ですから無理ですね。合同演習での立ち合いならともかく、非公式の立ち合いは遺恨が残りかねません」
グランさんの言葉に、まあ、それは分かるわ、とロングスウォード伯。
「その見習い騎士が貴族出身なら、私が立ち会う訳にはいかないからね」
レンディアが、茶を上品に啜る。とすらならば……「私が相手してもいいよー。弓を使っていいならねー」
にしし、と笑うシェーミィ。微かな声で、“
「シェーミィ、それはちょっとねえ……」
苦笑するロングスウォード伯。待てよ……この流れだと……レンディア、グランさん、シェーミィが俺を見る。
うっうん、とロングスウォード伯の咳払い……。
「……俺がやりますよ」
とうとう、言ってしまった。いや言わされた。
貴族出身の、鼻っ柱の強い見習い騎士か。面倒な事になりそうだな。やれやれだ……。
「ロングスウォード卿、これは依頼になるの?」
レンディアが、従業員にお茶のお代わりを注文し、改めてロングスウォード伯に尋ねる。
「そうね。これは“碧水の翼”への指名依頼になるわ。報酬は、金貨八枚というのは?」
ロングスウォード伯の言葉に、レンディアは、ふうん、と考える素振りを見せた。このやり取り、何を見せられているんだ……?
「指名依頼というのは、特別な物なのよ。それなりに名の通ったパーティーの時間を買うという事だからね……」
「ふ、分かったわ。金貨十二枚ね。それに加えて、立ち合いを受けてくれたクレイドルに追加報酬を出すわ。どう?」
「……了解よ。皆も良いわね?」
レンディアが、俺達を見る──リーダー決定だ。俺達に、否は無い。
丁度、お茶のお代わりが来た。ロングスウォード伯が直々に、お茶を注いでくれる。
「ギルドマスターには話を通しているから、明日、昼食を済ませてから冒険者ギルドに行くといいわ」
「神聖騎士団の人達とは、話は付いているのよね?」
カップに口を付けるレンディアに、ロングスウォード伯が答える。
「ええ、もちろん。立ち合いの場所は、冒険者ギルドの訓練場という事に決まっているわ」
もう、お膳立ては済んでいたのか……ふむ、まあいい。やる事をやるだけだ。
「さて、話はもう済んだわね。夕食も一緒にしましょうか、レンディア?」
「ええ、構いません。ご一緒します。どこにします?」
ここにしましょう、とロングスウォード伯。何も文句は無いな。うん。
宿の女将、イーライさんを呼び、夕食の予約注文をするロングスウォード伯。
どうやら、鍋物になりそうだ。この季節なら、それがいいな……さて、何の鍋になるだろうか?
夕食にはまだ早いので、それまで自由時間となった。
ロングスウォード伯が席を立つと、カウンターで茶を飲んでいた、お供兼護衛の二人がロングスウォード伯の後に付く。
その際に、こちらに軽く会釈をした。
軽装の、がっしりとした体格の二人だ。
「じゃあまた、夕食で会いましょう」
ひらり、と手を振って、女傑は宿から出ていった……不意に、宿内がざわつく──今の、ロングスウォード伯じゃなかったか?!と、冒険者や武芸者連中がざわめいた。
「さっきの護衛二人、隙が無かったな。周囲に視線をやらず、見る事なく見ている感じだった」
茶を啜りながら、宿の出入り口を見るグランさん。
「ロングスウォード卿の所の衛兵は、みなあんな感じよ」
レンディアが、お茶と一緒に注文していた砂糖まぶしの炒り豆を、ぽり、と口に含む。
「油断なら無いよねー、ロングスウォード伯のとこの衛兵さん達はー」
炒り豆を、口に放り込む様に食べるシェーミィ。
夕食まで時間はある……さてどうするか。街を見て回るのもいいが、少しばかり眠気がするんだよな……よし、夕食まで一眠りするか。
「レンディア、俺は夕食まで一眠りさせてもらう」
構わないわよ、とレンディア。お言葉に甘えさせて貰うかな……に、しても眠い。
ふと、目が覚める……馴染みのある応接室に、俺はいた──ここは邪神の、つまり俺の父上の応接間だ。派手さを抑えながらも、けして地味では無い調度品で飾られた応接間……何か、久し振りだな……。
純白のテーブルクロスがかけられた、いつもの漆黒のテーブル。その席に、俺は着いていた。
執事のデルモアさんが俺に頭を下げる。
「お久し振りでございます。クレイドル様」
頭を下げるデルモアさんに、俺も返礼を返す。
デルモアさんが、手際よくお茶の用意をしてくれる。
邪神、父上殿の姿が見えないが……いや、いた。
純白のインコ。羽先と尾羽、くちばしは金色。瞳は深紅のセキセイインコがテーブルの上にちょこん、と乗っていた……「ヂュッ、チチッ! チチッヂュッヂュッ!!」
俺を見上げながら何事かを呟いているが、何を言っているのか分かりません。父上──純白のインコは、てててて、とテーブル上を駆け巡り、テーブル中央に立てられている花瓶を、くちばしでつつき始めている。
「相変わらず、自由ですね……我が父上は」
デルモアさんが淹れてくれたお茶は、美味い。何とも落ち着く味だ……。
「チュッチュッチュッ、チュッチュッ、チュッチュッチュッチュッ──」
機嫌良く囀ずる我が父……いや、まて止めろ。
それ以上はいけない。その囀ずりはウォルトさんの国のマーチだ。止めないか。
「あるじ様より、こちらをお預かりしております」
デルモアさんが、純白の鞘に納められた短剣を差し出してきた。
早速受け取る。鍔は無く、白い柄には蔦が巻き付いた様な装飾が施されている──鞘から抜き、刀身を確認する。
切っ先から柄頭まで、四十センチほどで刃渡りは三十センチくらいか。刀身は少し細目で十センチあるかぐらい。少々短めの短剣だ。色合いは、白銀色といった感じか……うん?
妙な違和感を感じる……ああ、分かった。この白銀の短剣、呪物じゃないのか。
「珍しいですね……父上からの贈り物なのに、呪物ではないとは」
まじまじと、白銀の刀身を眺めると微かに魔力を感じるな……魔力付与されているというより、刀身自体に魔力が備わっているといった所か……鑑定に出してみないと、分からないな。
「父上に、礼を伝えておいて下さい。良い品を貰ったと」
これは良いものだ……白銀の刀身を鞘に納める。予備の武器はいくらあっても困らないからな。
「はい。お気に召した様で何よりです。お父上も、喜ぶ事でしょう」
デルモアさんが微笑みながら、頭を下げる。
まあ、伝えるも何も、テーブル上をたかたかと駆け回る純白のインコが、我が父上なのだが。
「あるじ様、失礼します」
デルモアさんが、無造作に我が父上を鷲掴みにすると、いつの間にか用意していた鳥籠に放り込んだ。
鷲掴みにされた父上は、デルモアさんの手指を噛んで抗うも、抵抗空しく鳥籠に納められた。
父上は抗議の囀りをしつつ、柵を破壊せんと行動するが、戒めの鳥籠はびくともしない──
「クレイドル様、どうかお身体にはお気をつけ下さい」
デルモアさんの、丁寧な仕草に礼をする……眠気が再びやってくる──インコの、甲高い囀ずり声が聴こえた気がした……。
ん……目が覚めて、最初に目にしたのは天井に備え付けられたランプだ。部屋を照らす、仄かな青い光。
日暮れに灯るんだよな。店のどこかで操作しているのだろうか? グランさんは部屋には居ない。レンディア達と出掛けているのだろう。
顔を洗って下に降りて、一服しながら皆を待つか……。
“専用席”の札が立てられた、奥のテーブル。この席に着くと、少し注目されるんだよな……。
夕食までは、まだ時間はあるようだ。テーブルに煙草盆を置き、煙管に煙草を詰める。“深風”の気分だな。生活魔法でパチリと火をつける。
軽く吸い込む──苦味と甘味が口の中で広がる。
ふうぅっ、と煙を吐き出すと同時に、爽やかな風味を感じる……うん、いいな。
「あれ、クレイドル一人?」
ドワーフ娘が話しかけてきた。そういえばこの子、イーライさんの娘さん何だよな。
「ああ……夕食まで、時間あるのか?」
「まーだ、大分あるよ。お茶でも飲みながら待ってる?」
「そうだな。うん、茶を頼む」
さて……レンディア達が来るまで、一服の時間だ。深風を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。邪神から貰った短剣。鑑定してもらうか……。
深風の爽やかな香りが、煙と共に食堂内に流れて行く。
「今、来たわけじゃないわよね?」
レンディア達が戻って来たのは、宿内に夕食の賑わいが出始めた頃だった。
「いや、夕食まで早い時間に来たんでな、のんびり一服していた」
ぼんやりと、煙管や茶を喫する時間は穏やかなものだったな。
茶のお代わりを頼んだ際に、ドワーフ娘の名も教えてもらった。
リーライというそうだ。後、狼族の従業員の名も教えてもらった。彼女は、ラーシアとの事──レンディアと話している内に、グランさんとシェーミィが降りてきた。
皆が揃った所で、イーライさんがやって来た。
「ロングスウォード伯は、まだみたいだね。鍋にする予定だけど構わないね?」
夕食の確認だ。何の問題もない。レンディアがイーライさんに尋ねる。
「ええ、大丈夫よ。具材は何?」
「良い牡蠣とアサリが入ったんでね、牡蠣とアサリ鍋さ。野菜は白菜、大根、長ネギだね」
牡蠣鍋か。いいな。早くも〆の雑炊が頭に浮かぶ。
「ふん。良いわね。他の料理は何が出るの?」
「トゥーナの刺身だね。新鮮なやつだから、マリネにするより、刺身の方がいいらしいね」
トゥーナ……ツナ。マグロかカツオ、どちらかか?
「後は、ホタテと海老のバター焼きに海鮮サラダってとこだね。酒の注文から先にしとくかい?」
「そうね。お酒から先にするわ。それと、適当に摘まみもお願いよ」
それぞれ酒を注文する。酒の摘まみには炙った干し魚とチーズ盛合せを頼んだ。
ロングスウォード伯が来るまで、軽く飲んでおくか……。
ロングスウォード伯が来たのは、酒を一杯干したタイミングだった。
お供兼護衛の人等は、こちらに一瞬目をやり、カウンターに座った。前とは違う人等だ……隙の無い事には変わり無い。
「うん? 遅れたかしら?」
席に着くロングスウォード伯に、レンディアが云う。
「丁度いいとこよ。皆、お酒のお代わりを頼もうとしていたとこよ」
「鍋は、もう少し時間かかるってー。だから、軽く一杯飲んでるとこなのよ」
ロングスウォード伯に、レンディアとシェーミィが云う。
それなら、とロングスウォード伯が従業員を呼び酒の注文をする。
「それで明日の事何だけど、改めて伝えるわ。立ち合いは昼過ぎ。場所は、冒険者ギルドの訓練場。細かいルールは、ギルドマスターのアルバートが決めるでしょうね。見物人は結構来ると思うわよ。無論、私も見させてもらうわ……碧水の翼の新しい面子の実力をね」
ロングスウォード伯が、強い笑みを浮かべて俺を見てきた……やる事をやるだけだ。何の気負いも無い。
「精々、恥にはならない様に頑張りますよ」
チーズを摘まみ、口に放り込む。うん、いい味だ……鼻っ柱をへし折る、か……さて、どうなることかな。
感想あれば、是非。励みになると思います。
(゚∈゚ )チヨチヨ