ロングスウォード伯との食事は、中々に賑やかなもので、皆、特別注文の料理に下鼓を打っていた。
牡蠣とアサリ鍋に、
もちろん、ワサビの辛さで後頭部が痺れたが……レンディア達は引いていた。グレイオウル領の特産品だろうに……。
食事が済んだ後は、酒の時間。明日に残らない様に、俺は酒を抑える。
果実酒炭酸割りをちびちびやりながら、レンディア達とロングスウォード伯の会話を聞く。
明日の立ち合いは、見物人が多くなるだろうという事。神聖騎士の見習いと、冒険者の立ち合いはそう見られる事はないので、俄然見物人が増えるらしい……まあ、やる事をやるだけだ。
「ふん。噂をすれば何とやらよ」
レンディアが杯を掲げる。その視線を追うと……おっと、白を基調とした、神官の様な装いをした一行が宿に入って来たのが見えた。
五人組で一人は年配……年配の人、見覚えあるな。
四人は若者だが、その内三人はまだ顔に幼さが残っている。
その中の一人、まだ少女の面影が残る金髪の女性──が、こっちのテーブルを一睨みした。
明日の立ち合いの相手は、彼女っぽいな……年配の人が、三人になにかしらの指示を出している。
三人は頷き、階段を上がって行った。
それを見届けた年配の人と若者は、そのままカウンターに向かって行く。
「レンディア、グラン、あの年配の人。神聖騎士団の副団長、ガーランドさんよ。覚えておくといいわ」
何でもない様に、ロングスウォード伯が云った。グランさんが、カウンター席に着いた年配の人──ガーランドさんを見て目を見開く。
「……副団長直々に、来ているんですか。挨拶した方が──」
「グラン、落ち着きなさいな。今はただの神聖騎士よ」
席を立とうとするグランさんを、嗜めるロングスウォード伯。
暗黒騎士として、神聖騎士団副団長に敬意を払おうとするグランさん。
何となく気持ちは分かる……それにしても、副団長直々に、見習い連中を引率する理由があるのだろうか?
目覚め。魔力制御に慣れたせいか、夜明け前には目が覚める様になっている──今だ寝入っている、グランさんの邪魔にならない様に窓に近付き、カーテンの隙間から外を伺う。街の衛兵達が、街灯を灯しながら行き来しているのが見えた。魔力制御の時間だ……。
宿の裏口から、厨房を横目に裏庭に出る。前にも座った石と木で作られたベンチに腰掛ける。
ふと、少し離れた広場に目をやると……いた。
昨日と同じ様に、剣の素振りをしている年配の男性──神聖騎士団副団長、ガーランドさんだ。ここまで風切り音が響く様な勢いで、剣を振っている……見たところ、五十代くらいに思えるが、並大抵の鍛え方をしていないのだろう。
凄いな騎士というのは……さて、俺も魔力制御を始めるとするか。
素振り千本を終える──夜明け前の空気は、静かに澄んでいて気持ちが良い。特に冬は。
水筒の水を、二口。 さて、今日のひとまずの予定は、昼過ぎに冒険者ギルドに行き、訓練場でヒルダと冒険者の立ち合いか……“碧水の翼”というパーティーから、立ち合い相手が選ばれると、ロングスウォード伯から聞いた。若手の有望格だそうだ……。
少々冷えてきたな。シャワーを浴びて、朝食までゆっくり茶でも飲むか……。
おっと。いつの間に来たのか、ベンチに腰掛け煙管を燻らせている青年。またしても気付かなかった。
彼は確か、食堂でロングスウォード伯とテーブルを囲んでいた一人だな……。
顔立ちはここからではよく見えないが、眩いほどの金髪に、白磁の様な肌をしている……男、だよな?
魔力制御後の一服を終え、部屋に戻る頃にはもう朝陽は上がっていた。
グランさんが窓を開け放し、部屋の空気を入れ換えている所だった。
「おはよう。魔力制御は済んだのか?」
暗黒神への祈りも済ませただろうグランさん。
「はい、済ませました。朝食まで早いですけど、先に降りてますか?」
「そうだな。行くか」
大きく背伸びをし、グランさんが云う。のんびり一服しながら、レンディア達を待つか……。
早朝の食堂。少し早かったので、俺達以外の客はいない。食堂はすでに明るく、厨房からは朝食の準備の慌ただしさを感じる。
持ってきた煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草を詰めていると、狼族の従業員、ラーシアさんがやって来た。
「お、おはようございます。相変わらずお早いですね……朝食まで、時間があるのでお茶など、どうでしょう?」
やや、ぎこちなく注文を聞いてきた、ラーシアさん。
「ラーシアさん、おはよう。お茶を頼むよ」
少しお待ちくださいね! と明るく云い、厨房に向かって行くラーシアさん。尻尾が勢いよく振られている……何ぞ?
茶を飲みながら、今日の事を話す。昼過ぎの立ち合いの事はさらりと流す。取り立てて話す様な事は無いからな。
「昼過ぎからだから、昼食を取る時間は充分あるな」
煙管を咥えるクレイドルの横顔に見とれそうになりながら、茶を啜るグラン。
「そうですね……俺は立ち合いに備えて、軽く済ませるつもりです」
コン、と煙草盆に灰を落とす。昼は、屋台で済ませるか……前に行った、うどんの屋台にでも行くか?
朝食の時間。食堂は、賑やかな雰囲気になっていた。
冒険者、武芸者達がテーブルに揃い、喧騒に満ちている──丁度、レンディア達が降りてくるタイミングに合わせて、リーライが朝食の注文を聞きに来た。
「おはよー。今日はね、ベーコンエッグに海鮮サラダ。アサリのスープと大根の酢漬けだよ」
朝食らしいメニューだな……よし、米とパン抜きで、卵は半熟に決まりだ。
「それで頼むよ。米とパンは無しで、卵は半熟。ベーコンは強めに焼いてくれ」
はいはーい、と注文を取るリーライ。レンディア達も、それぞれ注文する。
「昼までは、時間あるけれど何か用事はあるかしら?」
茶を口にするレンディア……用事か。朝食が済み次第、行ってみるかな。
ああ、そうだ、鑑定だ。
「そうだ、レンディア。鑑定出来る人に心当たりないか?」
ふうん? と首を傾げるレンディア……。
「ああ、それなら冒険者ギルドに行けばいいわよ。大概の品を鑑定してくれる職員さんがいるわよ」
冒険者ギルドか。そういえば、ギルドには鑑定技能を持った人が雇われている事があると聞いた事があったな。
立ち合いの後にでも頼んでみるか……。
昼までは自由行動となったが、立ち合いの事もあるので、“碧水の翼”で行動する事に決まった。
ちょっとした観光をしながら、軽食を取ろうと、レンディアが云った。
うん、悪くないな……少し早いが、昼はうどん屋にしようとシェーミィが提案し、グランさんが賛同した。
レンディアは、悪くないわね。と云った……さて、今日の日替りうどんは何だろうか?
前にも来たうどん屋の屋台の名は、白波亭といった。コシのある中細麺と、たっぷりの具が売りの店だという。
今日の日替りは、アサリとワカメにネギたっぷりのうどんと、刻んだ干し魚と鶏皮のうどん。それぞれ両方に、炙った魚の練り物が付く。そして、無料で卵を落としてくれるそうだ──あっさり目でいきたいから……そうだな。
アサリとワカメうどんを頼む。卵は……無しだ。
レンディア達も注文をする。皆、卵を頼んでいた……玉子とじかあ。美味いんだよなあ……。
軽く昼食を終え、宿に戻る。軽く腹ごしらえをした体のコンディションは、万全といっていい。
冒険者ギルドに向かうには、少々時間はあるが準備をする──赤闇の鎧、籠手を身に付け、ハンドアクスを背後に付け、黒灰色のマントを身にまとう──よし、こんなものかね。
「ふむ……万全だな。クレイドル」
「見惚れましたか?グランさん」
馬鹿な、と言い捨てるグランさん。顔が赤くなっているのですが……いや、冗談ですよ。何ぞ?
まあ、俺も何かテンションが妙に上がっているんだよな。
「先に冒険者ギルドに向かっていますか」
黒鷲の兜を被り、フェイスガードを下ろす。いつもの気合い注入のため、兜を叩く──よし、行くかね。
「先に行っているか。レンディア達もやがて来るだろう」
グランさんが、俺を先導する様に階段を降りていく。
昼の食堂は、喧騒に満ちている。神聖騎士団の姿も見えた。この後に、立ち合いがあるというのを分かっているのだろうな……神聖騎士団副団長のガーランドさんが、ちらりと、俺達を見た。グランさんが、黙礼を返す。
レンディア達と合流し、のんびりと茶を楽しむ。
昼食はもう済ませたので、ゆったりとした時間を過ごす──この後の、立ち合いにたいしての緊張感は、何も無い……。
ふうあぁぁ~、とシェーミィが大きなあくびをする。
「少し早いけど、冒険者ギルドに向かいましょうか」
茶を飲み干し、レンディアが席を立つ。シェーミィが、茶代に銅貨数枚を置いた。
「よし……行くか」
グランさんが、先導する様に出入り口に向かって行く。
俺達の動きを見た神聖騎士団が、席を立つのが、目の端に見えた……。
冒険者ギルドに着くと、なぜか歓声が上がった。
カウンター正面に座っていたアルバートさんが、立ち上がり云った。
「まあ、あれだ。神聖騎士団の有望株と、名も無き冒険者との立ち合いという事で、盛り上がってんだよ」
ふむ……そういう事か。何だろうな……気に入らない。
うん、気に入らない……見せ物にするつもりか?
ガン、ガンガン……ガンガンガン……ガン。
「クレイドル。クレイドル……落ち着いて」
兜を叩き続けているクレイドルに、レンディアが声をかける。
クレイドルは、アルバートに向き合い、兜を叩き続けている──無言で、ガンガンガン、と兜を叩いている。異常な行動だ。
まずい──これは、なかなかにまずい行動だ。レンディアは思った。
立ち合いを、見せ物扱いした事について、クレイドルは怒っているのだと、レンディアは思った──「立ち合いを何だと思っている? 見せ物にしたいのか?」
ガンガンガン、ガン……兜を叩き続けるクレイドルが云う。
「……いや、そういう訳じゃねえが、ロングスウォード領の土地柄、どうしてもこうなっちまうんだ……仕方ない事なんだと割り切ってくれねえか?」
アルバートが、なんとかクレイドルを鎮めようとするが、その言い方はよくないとレンディアは思った……クレイドルをどう鎮めるか考える。
「……土地の流儀に従え、という事ですか。なるほど……分かりました」
分かってくれたか、とアルバートが安堵のため息を吐く。
だが、クレイドルの次の言葉に、アルバートは凍った──「立ち合いのルールは、どちらかが死ぬまでにしてください」
淡々と、命のやり取りを提案するクレイドル──本気ね、これは……レンディアが、シェーミイとグランに目配せをする。
グランがクレイドルの側面に付き、シェーミイが、そっとクレイドルの背後に回り込む──そして、首に腕を絡めた。
ぐっ、とクレイドルが呻き声を上げる……五秒ほどで、クレイドルが崩れ落ちた。グランが、クレイドルを丁寧に抱える。
「これで、目が覚めたら少しは頭が冷えるでしょ」
絞め落とされ、グランに抱えられたクレイドルを見下ろしながら、レンディアが云った。
ふう、とシェーミィが息を吐く。まあ、しょうがないな、とグランが呟いた。
「アルバートさん、クレイドルが目覚め次第、立ち合いを始めましょうよ」
「……ああ、そうしよう。助かったぜ」
レンディアの言葉に、アルバートが額の汗を拭う。