邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第166話 冒険者と見習い騎士の立ち合い

 

 

ふと、目が覚める──訓練場の隅っこにあるベンチに寝かされていた。うん? なぜ寝てた?

「目が覚めたか。気付けだ、飲め」

皮の水筒を、グランさんが差し出してきたので、礼を云って受け取る。これ黒ワインだな……二口飲み、水筒を返す。頭がスッキリとした。

「そういえば、なぜ寝かされていたんです?」

水筒に口を付けているグランさんに尋ねる。

「目が覚めたのね」

レンディアがやって来た。立ち合いの件はどうなったのだろうか?

「レンディア、俺はなぜ寝かされていた?」

「うん。アルバートさんと話している最中に、いきなり倒れたのよ。驚いたわよ」

肩を竦めて云うレンディア。うむ、と頷くグランさん。いきなり倒れたって……怖いんだが。

「なんか首が痛いんだよ……」

首筋を揉みながら、首をゆっくりと回す。

「倒れた時に、軽く頭を打ったのよ。そのせいよ。大した事ないと思うけど、まあ治癒を使うわ」

レンディアが俺の首筋に手を当て、水の精霊術の治癒をしてくれた……お、楽になったな。

 

「騎士達が、来たみたいよー」

シェーミイも戻って来た。立ち合いは、やるらしい。丁度、昼過ぎになっているみたいだな……。

「クレイドル、用意いいわね?」

もちろん、とレンディアに答える。

ほら、とグランさんが黒鷲の兜を渡してくれた。早速兜を被り、フェイスガードを下ろす──ガン。と兜を叩き、気合い注入完了!

レンディア達が、妙に引いている感じがした……何ぞ?

 

 

「よお……目が覚めたかい」

ギルドマスターのアルバートさんがやって来た。

うん? 何か……警戒している様な感じだな。何かあったのだろうか?

「驚いたぜ。いきなり……ぶっ倒れたからなあ。調子はどうだ?」

「さっきまで首が痛かったんですけど、レンディアに治癒して貰ったので、今は大丈夫です」

心配かけてしまった様だな……申し訳ない。

んふふっ、なぜかシェーミイが笑った。何ぞ?

 

「なら良かったぜ……騎士達が到着した。むこうさんの準備が整い次第、立ち合いを始めたいんだが大丈夫なんだな?」

「はい。構いません」

ふと、訓練場を見渡すと、人気がほとんどない……見物人が多数来ると思っていたんだがな。

貴族らしく着飾ったロングスウォード伯が、護衛を四人連れて訓練場にやって来た。

 

四人の護衛の内、一際体格に優れている人がいるな……三人が、金属で補強された革鎧の軽装なのに、その人は胸当ての下に鎖帷子(チェインメイル)を着込んでいる様だ。

「少しばかり見物人が少ないけれど、まあ、こんなとこでしょうね。どっちが勝つにせよ、面子はまあ、大事だからね」

ロングスウォード伯の云う事は分かる。俺は、仮に負けても問題ないが、“碧水の翼”としては、どうなんだろう?

まあ、レンディア達は気にしないと思うが……。

 

「おう。騎士達のご入場だ」

アルバートさんが云う。あの年配の人を先頭に、若手達がやって来た。

その中の一人、白い革鎧を着込んでいる、少女の面影を残した金髪の青い瞳の見習い騎士……やはり、彼女が相手か。

俺より年下に見えるが……さて。実力のほどはどうなのだろうか?

 

騎士達と一緒にやって来た人……スーツを着た、細身の紳士然とした雰囲気の男性。副ギルドマスターのセリオスさんとの事だ。

アルバートさんと同年代らしき、穏やかな雰囲気のベテランといった感じの人だが──やはり、何か油断ならない雰囲気を感じる。

「ギルドマスター、騎士達をお連れしました。すでに準備は整っているとの事ですが……」

アルバートさんに告げる、副ギルドマスターのセリオスさん。

「おう、こっちも大丈夫だ。いつでも始められるそうだ」

ちらりと、こちらを見るアルバートさんに、俺達は頷く。

 

 

「ロングスウォード領の代表として、宣言するわ。この立ち合いは、互いに身に付けた技術を持っての立ち合い。つまり、対等な勝負と見なします。互いに磨いた技術を駆使して、やれる事を、やるように」

高らかに宣言したロングスウォード伯。ちらりと、アルバートさんを見る。

「ロングスウォード伯の云った通りだ。互いにやれる事をやれ……とはいえ、少々ルールを決めておく。まず、頭部への攻撃は禁止。降参か、仲間の中止の合図。それか、俺が止めるまで立ち合いは止めない。時間無制限だ」

いいな? とアルバートさんが俺達を見る。もちろん、と頷く俺達と騎士達。

 

 

立ち合いのための、訓練用の武器を取りに武具庫に向かう事になった。先に行くのは、見習い騎士だ。

少し待つ──武具庫から出てきた見習い騎士が選んだのは、ロングソードにラウンドシールドか。多分、騎士団の標準装備に近い物を選んだのだろうな……さて、俺はどうするかな。

 

 

訓練場の中央に移動する。見物人は最小限──ロングスウォード伯とその護衛四名に、ギルドマスターのアルバートさんと、副ギルドマスターのセリオスさん。

“碧水の翼”の面々に、神聖騎士団四名……以上だ。

「よし、中央に来な」

アルバートさんが、俺達二人を中央に呼び込む。

見習い騎士と、少し距離を取って向かい合った──負けん気の強そうな面構えをしているが、残る幼さは消えていない感じだな。

「さっき伝えたルールは、覚えているな?」

アルバートさんが、改めて聞いてくる──俺達が頷くのを見て、アルバートさんが少し下がった。

 

真正面に立つ見習い騎士。今だ幼さの残る容姿の金髪の見習い騎士──その武装を確認する。首、脇、腹部周囲を金属で補強された、白い革鎧を身に着けている。

彼女との距離は、大体、十メートル少しくらいか……一応、名前を聞いておくかな。

「クレイドルだ。よろしく頼む」

視線を外さず、軽く頭を下げる……うん?何か、戸惑った様な表情を見せたな。

「……私は、ヒルデガルド・ハインワース」

ぎこちなくも、礼を返して来た……だが、立ち合いの前に、聞いておきたい事があるんだよな。

「ヒルデガルド嬢、一つ聞きたい。魔物、魔獣との戦いの経験はあるんですか?」

「騎士の剣は、そんなものに対してあるのでは無い!」

はっきりと言い放つ、ヒルデガルド嬢。その答えは良くないぞ……騎士は、全ての敵性存在に対しての、“守護者(ガーディアン)”──民の盾になるべく存在だ。その答えは良くない……。

はあ、と息を吐く。鼻っ柱を折れ、か。なるほどな……うん、今の受け答えで分かった。

 

少々、苛立ったのか、ヒルデガルド嬢がアルバートさんに云った。

「ギルドマスター、立ち合いの合図を頼む!」

「もう始まってるぜ、お嬢さん」

アルバートさんが、呆れた様に云う。

何とも格好いい台詞だ。一度は言ってみたい、(おとこ)の台詞だな──アルバートの言葉が終わらない内に、クレイドルは訓練用のバスタードソードを肩担ぎにし、ヒルデガルドに突き進んでいく──「ヒルダ、来るぞ!!」

 

ガーランドの声に、一瞬気を取られるヒルダ──馬鹿がっ!!ガーランドが胸の内で叫ぶ。

ガーランドの目に、バスタードソードをヒルダ目掛けて振り下ろす、クレイドルの姿が見えた──ガアァンッ!!

ギリギリの所で、ラウンドシールドの防御が間に合った。

だが、クレイドルの攻撃はそれで終わらない。強襲を受けたヒルデガルドに、クレイドルは前蹴りを放った。

ヒルデガルドは、蹴りの直撃を受けて、後方に弾き飛ばされた──

 

 

対戦相手と向き合う──フェイスガードを下ろした鷲の兜。表情は見えない。禍々しさえ感じる、赤闇色の鎧と籠手を身に着けている性別不明の冒険者……何にしろ、冒険者は荒くれ──正式な剣を学んでいない、腕っぷしだけが取り柄の連中だ。

理論だった剣や槍の技術の前に、どれほどの事があるだろうか──そう思っていた矢先。

「ヒルデガルド嬢、一つ聞きたい。魔物、魔獣との戦いの経験はあるんですか?」

何を尋ねてきたかと思えば……下らない。

騎士の剣は、護国の剣。

魔物、魔獣に向けるものでは無い。冒険者にはそれが分からない──だから、賤業でしかないのだ。

「騎士の剣は、そんなものに対してあるのでは無い!」

 

ヒルデガルドの背後。ガーランドと若手の騎士が、苦い顔をしているのを、ヒルデガルドは当然気付いていない。

暗黒騎士のグランは、ただただ呆れていた。

 

 

強襲を、何とか防いだ──と思った瞬間、胴に強い衝撃を受けた……気付いたら、空を見上げている。仰向けに倒れているのだ──急ぎ、立ち上がる。盾を持つ腕が痺れ、胴には鈍い痛み──息が乱れている。

深呼吸を、一つ、二つ……こちらが息を整えているのを、クレイドルと名乗った冒険者が待っている様だ──落ち着いて、落ち着くのよ。ただ先手を取られただけ。真っ当な剣技を使えば、荒っぽいだけの剣なんて通用しない事を、見せつけてあげるわ……。

 

 

ヒルデガルド嬢が立ち上がり、息を整えるのを待つ。

舐めている訳ではない……ただ、何をしても通用しないという事を、身に沁みさせた方がいいと思ったのだ。

改めて、剣と盾を構えるヒルデガルド嬢。様にはなっているんだよな……。

「今度はそっちの番だ。来い」

訓練用のバスタードソードを片手で肩に担ぎ、半身のみを、ヒルデガルド嬢に向ける。挑発だ。

ついでに、軽く手招きをしてやる……おお、怒ったな?

分かりやすく、顔が赤くなっている。こめかみに青筋でも立っているかもしれないな。

 

真っ直ぐに向かって来る、ヒルデガルド嬢。剣を、袈裟斬りに振り下ろしてきた──横に回り込みながら避ける。続いて、横薙ぎに払って来る剣を少し下がり、避ける──中段、上段、突き、薙ぎ払いの攻撃を繰り出してくるヒルデガルド嬢。

遅い訳ではない。それなりに鋭い剣……なのだが、何をしてくるか、読めるのだ──“真っ直ぐな剣と、単純な剣とは違うからな。真っ直ぐな剣は、防ぐのは簡単じゃねえ。単純な剣てのは、すぐ読める”──と云っていたのは、マーカスさんだったか……。

 

ムキになったのか、ただひたすらに攻め立ててくるヒルデガルド嬢。剣捌きが雑になっている──俺の番だな。

下段からの切り上げを避け、バスタードソードの柄頭でヒルデガルド嬢のこめかみを打つ。

こめかみを打たれ、動きを止めるヒルデガルド嬢の腹に膝を撃ち込み、強く足を払う。どさり、とヒルデガルド嬢が仰向けに倒れた……。

もう、こんなものだろう。ヒルデガルド嬢を見ると、だいぶ疲労している。

 

「もう、充分だろう……降参しても恥にはならない。たかが、立ち合いだ」

ヒルデガルド嬢は歯を食い縛り、俺を見上げている。

目に涙を浮かべて──「……まだ、やれるわ」

声が、屈辱に震えている──だよなあ。悔しいよなあ。何も出来なかった。通じなかった。たかが冒険者に対して、騎士の剣が通用しなかった……うん。楽にしてやろうか。

仰向けになり、身動き一つの取れないヒルデガルド嬢に近付く……楽にしてやろう。

 

ヒルデガルド嬢の、頭部を踏みつける動きを見せるクレイドル──誰も、声をかけられなかった。

クレイドルの動きが、あまりにも自然な動きだったからだ……「クレイドル、もう終わりよ」

鈴の音色の様な声が、響いた──レンディアの声だ。

 

ドン、と大地を踏みしめる音。クレイドルの足が、倒れているヒルデガルドの頭部の横を、踏みつけていた。

すすり泣きが聞こえる──クレイドルは、その声を聞かなかった事にした。

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