ふと、目が覚める──訓練場の隅っこにあるベンチに寝かされていた。うん? なぜ寝てた?
「目が覚めたか。気付けだ、飲め」
皮の水筒を、グランさんが差し出してきたので、礼を云って受け取る。これ黒ワインだな……二口飲み、水筒を返す。頭がスッキリとした。
「そういえば、なぜ寝かされていたんです?」
水筒に口を付けているグランさんに尋ねる。
「目が覚めたのね」
レンディアがやって来た。立ち合いの件はどうなったのだろうか?
「レンディア、俺はなぜ寝かされていた?」
「うん。アルバートさんと話している最中に、いきなり倒れたのよ。驚いたわよ」
肩を竦めて云うレンディア。うむ、と頷くグランさん。いきなり倒れたって……怖いんだが。
「なんか首が痛いんだよ……」
首筋を揉みながら、首をゆっくりと回す。
「倒れた時に、軽く頭を打ったのよ。そのせいよ。大した事ないと思うけど、まあ治癒を使うわ」
レンディアが俺の首筋に手を当て、水の精霊術の治癒をしてくれた……お、楽になったな。
「騎士達が、来たみたいよー」
シェーミイも戻って来た。立ち合いは、やるらしい。丁度、昼過ぎになっているみたいだな……。
「クレイドル、用意いいわね?」
もちろん、とレンディアに答える。
ほら、とグランさんが黒鷲の兜を渡してくれた。早速兜を被り、フェイスガードを下ろす──ガン。と兜を叩き、気合い注入完了!
レンディア達が、妙に引いている感じがした……何ぞ?
「よお……目が覚めたかい」
ギルドマスターのアルバートさんがやって来た。
うん? 何か……警戒している様な感じだな。何かあったのだろうか?
「驚いたぜ。いきなり……ぶっ倒れたからなあ。調子はどうだ?」
「さっきまで首が痛かったんですけど、レンディアに治癒して貰ったので、今は大丈夫です」
心配かけてしまった様だな……申し訳ない。
んふふっ、なぜかシェーミイが笑った。何ぞ?
「なら良かったぜ……騎士達が到着した。むこうさんの準備が整い次第、立ち合いを始めたいんだが大丈夫なんだな?」
「はい。構いません」
ふと、訓練場を見渡すと、人気がほとんどない……見物人が多数来ると思っていたんだがな。
貴族らしく着飾ったロングスウォード伯が、護衛を四人連れて訓練場にやって来た。
四人の護衛の内、一際体格に優れている人がいるな……三人が、金属で補強された革鎧の軽装なのに、その人は胸当ての下に
「少しばかり見物人が少ないけれど、まあ、こんなとこでしょうね。どっちが勝つにせよ、面子はまあ、大事だからね」
ロングスウォード伯の云う事は分かる。俺は、仮に負けても問題ないが、“碧水の翼”としては、どうなんだろう?
まあ、レンディア達は気にしないと思うが……。
「おう。騎士達のご入場だ」
アルバートさんが云う。あの年配の人を先頭に、若手達がやって来た。
その中の一人、白い革鎧を着込んでいる、少女の面影を残した金髪の青い瞳の見習い騎士……やはり、彼女が相手か。
俺より年下に見えるが……さて。実力のほどはどうなのだろうか?
騎士達と一緒にやって来た人……スーツを着た、細身の紳士然とした雰囲気の男性。副ギルドマスターのセリオスさんとの事だ。
アルバートさんと同年代らしき、穏やかな雰囲気のベテランといった感じの人だが──やはり、何か油断ならない雰囲気を感じる。
「ギルドマスター、騎士達をお連れしました。すでに準備は整っているとの事ですが……」
アルバートさんに告げる、副ギルドマスターのセリオスさん。
「おう、こっちも大丈夫だ。いつでも始められるそうだ」
ちらりと、こちらを見るアルバートさんに、俺達は頷く。
「ロングスウォード領の代表として、宣言するわ。この立ち合いは、互いに身に付けた技術を持っての立ち合い。つまり、対等な勝負と見なします。互いに磨いた技術を駆使して、やれる事を、やるように」
高らかに宣言したロングスウォード伯。ちらりと、アルバートさんを見る。
「ロングスウォード伯の云った通りだ。互いにやれる事をやれ……とはいえ、少々ルールを決めておく。まず、頭部への攻撃は禁止。降参か、仲間の中止の合図。それか、俺が止めるまで立ち合いは止めない。時間無制限だ」
いいな? とアルバートさんが俺達を見る。もちろん、と頷く俺達と騎士達。
立ち合いのための、訓練用の武器を取りに武具庫に向かう事になった。先に行くのは、見習い騎士だ。
少し待つ──武具庫から出てきた見習い騎士が選んだのは、ロングソードにラウンドシールドか。多分、騎士団の標準装備に近い物を選んだのだろうな……さて、俺はどうするかな。
訓練場の中央に移動する。見物人は最小限──ロングスウォード伯とその護衛四名に、ギルドマスターのアルバートさんと、副ギルドマスターのセリオスさん。
“碧水の翼”の面々に、神聖騎士団四名……以上だ。
「よし、中央に来な」
アルバートさんが、俺達二人を中央に呼び込む。
見習い騎士と、少し距離を取って向かい合った──負けん気の強そうな面構えをしているが、残る幼さは消えていない感じだな。
「さっき伝えたルールは、覚えているな?」
アルバートさんが、改めて聞いてくる──俺達が頷くのを見て、アルバートさんが少し下がった。
真正面に立つ見習い騎士。今だ幼さの残る容姿の金髪の見習い騎士──その武装を確認する。首、脇、腹部周囲を金属で補強された、白い革鎧を身に着けている。
彼女との距離は、大体、十メートル少しくらいか……一応、名前を聞いておくかな。
「クレイドルだ。よろしく頼む」
視線を外さず、軽く頭を下げる……うん?何か、戸惑った様な表情を見せたな。
「……私は、ヒルデガルド・ハインワース」
ぎこちなくも、礼を返して来た……だが、立ち合いの前に、聞いておきたい事があるんだよな。
「ヒルデガルド嬢、一つ聞きたい。魔物、魔獣との戦いの経験はあるんですか?」
「騎士の剣は、そんなものに対してあるのでは無い!」
はっきりと言い放つ、ヒルデガルド嬢。その答えは良くないぞ……騎士は、全ての敵性存在に対しての、“
はあ、と息を吐く。鼻っ柱を折れ、か。なるほどな……うん、今の受け答えで分かった。
少々、苛立ったのか、ヒルデガルド嬢がアルバートさんに云った。
「ギルドマスター、立ち合いの合図を頼む!」
「もう始まってるぜ、お嬢さん」
アルバートさんが、呆れた様に云う。
何とも格好いい台詞だ。一度は言ってみたい、
ガーランドの声に、一瞬気を取られるヒルダ──馬鹿がっ!!ガーランドが胸の内で叫ぶ。
ガーランドの目に、バスタードソードをヒルダ目掛けて振り下ろす、クレイドルの姿が見えた──ガアァンッ!!
ギリギリの所で、ラウンドシールドの防御が間に合った。
だが、クレイドルの攻撃はそれで終わらない。強襲を受けたヒルデガルドに、クレイドルは前蹴りを放った。
ヒルデガルドは、蹴りの直撃を受けて、後方に弾き飛ばされた──
対戦相手と向き合う──フェイスガードを下ろした鷲の兜。表情は見えない。禍々しさえ感じる、赤闇色の鎧と籠手を身に着けている性別不明の冒険者……何にしろ、冒険者は荒くれ──正式な剣を学んでいない、腕っぷしだけが取り柄の連中だ。
理論だった剣や槍の技術の前に、どれほどの事があるだろうか──そう思っていた矢先。
「ヒルデガルド嬢、一つ聞きたい。魔物、魔獣との戦いの経験はあるんですか?」
何を尋ねてきたかと思えば……下らない。
騎士の剣は、護国の剣。
魔物、魔獣に向けるものでは無い。冒険者にはそれが分からない──だから、賤業でしかないのだ。
「騎士の剣は、そんなものに対してあるのでは無い!」
ヒルデガルドの背後。ガーランドと若手の騎士が、苦い顔をしているのを、ヒルデガルドは当然気付いていない。
暗黒騎士のグランは、ただただ呆れていた。
強襲を、何とか防いだ──と思った瞬間、胴に強い衝撃を受けた……気付いたら、空を見上げている。仰向けに倒れているのだ──急ぎ、立ち上がる。盾を持つ腕が痺れ、胴には鈍い痛み──息が乱れている。
深呼吸を、一つ、二つ……こちらが息を整えているのを、クレイドルと名乗った冒険者が待っている様だ──落ち着いて、落ち着くのよ。ただ先手を取られただけ。真っ当な剣技を使えば、荒っぽいだけの剣なんて通用しない事を、見せつけてあげるわ……。
ヒルデガルド嬢が立ち上がり、息を整えるのを待つ。
舐めている訳ではない……ただ、何をしても通用しないという事を、身に沁みさせた方がいいと思ったのだ。
改めて、剣と盾を構えるヒルデガルド嬢。様にはなっているんだよな……。
「今度はそっちの番だ。来い」
訓練用のバスタードソードを片手で肩に担ぎ、半身のみを、ヒルデガルド嬢に向ける。挑発だ。
ついでに、軽く手招きをしてやる……おお、怒ったな?
分かりやすく、顔が赤くなっている。こめかみに青筋でも立っているかもしれないな。
真っ直ぐに向かって来る、ヒルデガルド嬢。剣を、袈裟斬りに振り下ろしてきた──横に回り込みながら避ける。続いて、横薙ぎに払って来る剣を少し下がり、避ける──中段、上段、突き、薙ぎ払いの攻撃を繰り出してくるヒルデガルド嬢。
遅い訳ではない。それなりに鋭い剣……なのだが、何をしてくるか、読めるのだ──“真っ直ぐな剣と、単純な剣とは違うからな。真っ直ぐな剣は、防ぐのは簡単じゃねえ。単純な剣てのは、すぐ読める”──と云っていたのは、マーカスさんだったか……。
ムキになったのか、ただひたすらに攻め立ててくるヒルデガルド嬢。剣捌きが雑になっている──俺の番だな。
下段からの切り上げを避け、バスタードソードの柄頭でヒルデガルド嬢のこめかみを打つ。
こめかみを打たれ、動きを止めるヒルデガルド嬢の腹に膝を撃ち込み、強く足を払う。どさり、とヒルデガルド嬢が仰向けに倒れた……。
もう、こんなものだろう。ヒルデガルド嬢を見ると、だいぶ疲労している。
「もう、充分だろう……降参しても恥にはならない。たかが、立ち合いだ」
ヒルデガルド嬢は歯を食い縛り、俺を見上げている。
目に涙を浮かべて──「……まだ、やれるわ」
声が、屈辱に震えている──だよなあ。悔しいよなあ。何も出来なかった。通じなかった。たかが冒険者に対して、騎士の剣が通用しなかった……うん。楽にしてやろうか。
仰向けになり、身動き一つの取れないヒルデガルド嬢に近付く……楽にしてやろう。
ヒルデガルド嬢の、頭部を踏みつける動きを見せるクレイドル──誰も、声をかけられなかった。
クレイドルの動きが、あまりにも自然な動きだったからだ……「クレイドル、もう終わりよ」
鈴の音色の様な声が、響いた──レンディアの声だ。
ドン、と大地を踏みしめる音。クレイドルの足が、倒れているヒルデガルドの頭部の横を、踏みつけていた。
すすり泣きが聞こえる──クレイドルは、その声を聞かなかった事にした。