_〆(。。)
渦潮亭で食事会を終え、宿に戻る頃には、洗濯に出していた物が戻って来ていた。
俺とグランさんとで、それぞれ着替えを分けた──最も、グランさんの着替えは全て黒だったので、仕分けには手間取らなかったが。
「朝方まで、寝る時間はあるな……うん、先に眠らせてもらうぞ……」
自分の洗濯物をまとめたグランさんは、そのまま寝床に潜り込んだ。
深夜というほどの時間では無い……眠気は全く無いんだよな。
この調子だと、朝まで起きていられる感じだな……煙管を一服するか──部屋は、柔らかな蒼白い灯りに照らされている。
その灯りの下で、煙管を吹かす……少し開けた窓の隙間から、煙が流れて行く。
直に、朝食の時間がやって来る──煙草盆に灰を落として、煙管をしまう。
グランさんは、今だ毛布にくるまって静かに寝息を立てている。
魔力制御の時間は無かったな……まあ、夜に回すか。
「グランさん……もう、夜明けです。朝食の時間まで、すぐですよ」
グランさんに声をかける。
顔を洗って戻って来た頃には、グランさんは起きていた。
昨日、結構飲んでいたんだよな──俺に絡んだ事を覚えているだろうか……?
「クレイドル……何も言わないでくれ。お前に……うん」
「酔いの事ですよ。シャワーでも浴びてきたらどうです?」
やはり、多少なりとも覚えているのだろうな……。
「……ああ、酔いを覚まさないとな。行って来る」
まだ酒の残るグランさんは、ふらりと部屋から出て行った。
茶を注文しておくかな……早速、ベルを鳴らす。
夜明け前、直に朝陽が登るだろう頃の街道の外れで、衛兵達は待機していた── 「目撃情報は確かだった。間違いない、
報告に戻って来た、同期の衛兵に頷く。
「……よし、すぐにロングスウォード伯と冒険者ギルドに報告だ。それと、街道に人員をやって警告を出せ。俺達は、もう少し監視を続ける」
了解、と応じ、衛兵は速やかに離れていった。
「隊長、五体程度のインプなら、我々で殲滅して、
若手の衛兵の発言に、隊長と呼ばれた衛兵が答える。
「いや、無駄だ。インプの湧いた場所は、悪魔側に
ざわめく若手達に、ベテランの隊長が云った。
「対悪魔戦になるのは確実だ。我々は後方任務に付く事になるだろうが、場合によっては前線に出る可能性もあるからな。覚悟しておけ」
隊長の言葉に、若手達の顔に緊張が浮かんだ。
茶を飲みながら、朝食の時間を待つ。時間になったら呼びに来て下さいと、ラーシアさんに頼んでいる。
「……お茶が沁みるな」
静かに茶を啜る、グランさん。さっきより顔色が良くなっている。
うん、美味いな……いい味だ。さて、今日の朝食は何だろうか。朝食を取ったら、少し眠ろうか?
俺に絡んできた事を抜きにして、グランさんと昨日の事を話す。主に、羊肉の事だ。
「羊肉は、高級品の部類に入るんですか?」
「まあ、そうだな。南大陸では食用として牧畜が盛んなんだが、中央では羊毛のための牧畜なんだ。食用の羊肉のほとんどは、南からの輸入だな」
茶のお代わりを注ぎながら、グランさんが云う。
手掴みで食べる、骨付きの羊肉は美味かったな……炙り肉に思いを馳せていると、ドアがノックされた。どうぞ、とグランさんが答える。
「そろそろ、朝食だよー」
ラーシアさんでは無く、ドワーフ娘のリーライがドアを開けながら云った。
「分かった。ああと、後でお茶の片付けを頼むよ」
はいはーい、と答え、リーライが去って行った。
茶を飲み終え、下に降りる。いつもの指定席だ。
レンディア達は、まだ来ていないようだが席に着く。もう一度お茶を頼むのもな……さて、どうするか?
「朝食前に、何か軽く頼むか?」
体調が回復したらしいグランさんが云う。
そうだな……お茶は飲んだし、そうだ。
「果実水か、炭酸水頼みましょうか。あと、酢漬け野菜を」
「うん、そうするか……注文頼む!」
グランさんが、従業員を呼ぶ。
食堂内もそろそろ賑わい始めた頃、レンディア達がやって来た。
昨日はそれほど深酒をしなかったのか、顔色は悪くない。
挨拶を交わし、レンディア達が席に着くと、リーライが注文を聞きにやって来た。
「おはよー、今日は豚挽肉と青菜の雑炊に、揚げ鯖の甘酢がけと、青菜の酢漬けだよ」
雑炊か、いいな。揚げ鯖の甘酢がけも良さそうだ。レンディアが、それでお願いと、注文をする。
朝食を済ませ、お茶の時間を過ごしている所、宿に衛兵が駆け込んできた。
それに気付いた人達が、何事かと注視する──「南街道を少し離れた場所に、
そう告げると、イーライさんに一礼して、速やかに宿から去って行った。
一瞬の静けさの後、イーライさんが声を張り上げる。
「あんたら聞いたね! 悪魔連中が来るってよ! ここらで名を上げる、いい機会だよ!!」
パンパン、と手を打ち鳴らし、発破をかけるイーライさん。
おおっし!、と冒険者、武芸者達が席を立ち、装備を整えるべく部屋に戻っていく。
その中に、神聖騎士団副団長のガーランドさんと、四名の騎士の姿もあった──神聖騎士団も、対悪魔戦に参加するのか……心強いな。
それ以外の客達は、そわそわと落ち着かない雰囲気を見せている。
「さて、私達も行くわよ。身支度整え次第、入り口で合流よ」
茶を飲み干し、レンディアが席を立つ。
ふと気付くと、近くにラーシアさんが立っていた。獣の耳がぺしゃりと垂れている……何ぞ?
「悪魔が現れると、聞いたんですけど……クレイドルさんも、出向くのですか?」
涙目で、訴える様に云うラーシアさん。
「はい、行ってきます。心配しないで下さい……必ず、ラーシアさんの下に戻って来ます」
あああ! 邪神、邪神の仕業じゃ!! 無い事無い事、言いやがって!!
「クレイドルー、急ぐわよー」
レンディアの呆れ声。シェーミィの、まーた、女殺しとの声。
「こういうとこ何だよな……行くぞ、クレイドル」
グランさんの声。俺は、悪くない──すがり付く様な雰囲気の、ラーシアさんの視線を振り切り、部屋に戻る。
“
赤闇の防具をしっかりと身に付け、ラウンドシールドを肩担ぎにし、腰回りのポーチを確認する。ポーチの中は、各種回復ポーションが常備されている──準備、ヨシ。
ハンドアクスと、白銀の短剣はまとめて腰の後ろに装着する──よし、準備は済んだ。
黒灰色のマントを身に付け、黒鷲の兜を被る──フェイスガードを下ろし、ガン、と叩き気合いを入れる。
「よし、準備万端だな……行くか」
グランさんが、苦笑混じりに云う。何ぞ?
宿の入り口で、レンディア達と合流。冒険者パーティーに、バラバラに集う武芸者達──武芸者達は、即席のパーティーを組むのだろうか?
「ふん。ギルドに向かうわよ」
先導するレンディアに着いて行く。さて……対悪魔戦か。どうなる事か。
冒険者ギルドに着くと、ギルド内は喧騒に満ちていた。
少しもしない内に、武装したギルドマスターのアルバートさんが二階に続く踊り場に立ち、冒険者達に声をかけた。
「今の状況を伝える。
おおぉう!! と皆が声を上げる。
ふむ。ギルドマスター直々に前線にな。それは士気も上がるだろう……ロングスウォード伯も、すでに前線に出向いている、か。
「ふん、私達も急ぎましょう」
レンディアが身を翻し、ギルドから出る。熱気が上がるギルドを背に、俺達はレンディアを追う。
南街道を通る門は、衛兵達に堅く守られていた。
「対
先頭に立つレンディアが、冒険者証を提示すると、話が通っていたのか、すぐに通行は許可された。
「ロングスウォード伯は、どこに行ったか分かる?」
レンディアが、衛兵に尋ねる。
「真っ直ぐ行けばいい。簡易の兵舎を造っているそうだからな……
ベテランの衛兵が、頭を下げる。レンディアが微笑み、答える。
「ええ、私達の仕事よ。街の守りをお願いよ」
「……任せろ。ここは、通さんよ」
ニヤリ、と強かな笑みを浮かべる衛兵。何とも頼もしい面構えだ。
「さあて、ロングスウォード伯に挨拶しに行きましょうか」
明るく云うレンディア。そうだな、まずは一声かけてからだな……対悪魔か。楽しみだ。
クレイドルは、無意識に“
フェイスガードから覗く瞳が、赤く瞬いているのを、クレイドルは気付いていない──