「クレイドルさん!!」
部屋のドアを開け放し、飛び込んで来た狼族の従業員──ラーシア。あまりの突然さに猫族のシェーミィが驚き、尻尾がブワッ!と膨らんだ。
「クレイドルさん……! クレイドルさん!!」
ベッドに横たわるクレイドルに掴みかからんとするラーシアの頭部を、鷲掴みにして止めるグラン。
むぎぎ、と唸るラーシア。呆れた様にレンディアが云う。
「心配無用よ。ただ疲労で寝ているだけよ」
すやすやと、寝息をたてているクレイドル──少し前に、激戦を制した事など思わせ無いような安らかな寝顔。
「少し遅くなったけど、昼食にしましょうよ。ラーシア、まだ昼食は大丈夫?」
レンディアの声に、我に返るラーシア。今までクレイドルの顔を見つめていたのだ──
「あっ、はい! 大丈夫ですよ!!」
ラーシアは、部屋から飛び出して行った。
さて、今日の昼食は何だろうか? レンディアは思った──
宿の食堂は、なかなかに賑わっていた。食堂内の話題は、悪魔を退けた事の話が飛び交っている──やれ、どこそこの武芸者が悪魔連中を退けた。あの道場出身の武芸者が、一人で多数の
冒険者達は、そういう話に同調する事なく、食事をし、酒を飲みながら談笑している──明らかに、武芸者達と冒険者達の空気は違った。
武芸者と冒険者の間で、微かな火種がチリリとくすぶっているのを、分かる者は分かっていた。
レンディア達は、いつもの食堂の奥の席に陣取る。食堂内が見通せる席だ。
「リーライ、今日の昼食は何?」
「今日はねー、豚肉野菜炒めに玉葱スープ。玉葱の酢漬けだよー」
リーライの声に、レンディアが応える。
「じゃあ、それでお願いね。あと追加で、目玉焼きの半熟ね」
はーい、と応えるリーライに、グランとシェーミィも同じ様に注文する──レンディアとシェーミィは丸パン。グランは米。
食事を終え、のんびりと茶を喫している所に、冒険者ギルドのギルドマスター、アルバートがやって来た。
よう、と挨拶をし、席に着く。ギシリと、アルバートの巨体に抗議するかの様に椅子が鳴った。
早速、エールと塩の炒り豆を注文するアルバート。
「まだ昼過ぎよ。今からエール飲むの? 仕事はどうしたのよ」
レンディアは遠慮ない口を利きながら、自分も果実酒炭酸割りを頼んだ。
ついでとばかりに、シェーミィも果実酒とチーズを頼む。
グランはやれやれとばかりに、ティーポットから茶のお代わりをカップに注ぐ。
「報酬は、明日までには決まるだろうと知らせに来たんだよ」
二杯目のエールを口にし、アルバートが云う。
アルバートは、エールを流し込む様に飲む。一口でジョッキの半分ほどが、消える──
「悪魔連中を撃退出来たんだ。酒も進むってもんだ」
明るく云うアルバート。その声に、微かな苦さが混じっていた──冒険者、武芸者、ロングスウォード伯の部下の犠牲──それを良しとしないギルドマスターの感情が、苦さとなって現れていた。
「ああ、それとな、武芸者連中には報酬は出ねえ事になってたんだが、ロングスウォード伯が自腹で少々の銭を配るそうだ」
アルバートは、残ったエールを喉に流し込んだ。
「まあ、タダ働きって訳にはいかないわよね」
レンディアが云う。注文のためにリーライに声をかける。
「それより、クレイドルはどうした?」
アルバートは二杯目のエールを飲み干し、摘まみに頼んだチーズに手を伸ばす。
「疲労で眠っています。前にも同じ事がありました」
茶から黒ワインに切り替えたグランが杯に口を付ける。
「ふうん……前にも、な」
アルバートはリーライに三杯目のエールを頼む。
「そういや、クレイドルの
クレイドルの、異様な出血状態の事だ。
「……う~ん、そうね。外聞良くないから、ギルドで話すわよ」
レンディアが応える。おまたせ、とエールを運んで来たリーライに、果実酒炭酸割りを頼む。
グランとシェーミィも、それぞれ酒を注文した。
「分かった。ロングスウォード伯が来た時にでも聞かせてくれ」
三杯目のエールを、がぼり、と流し込む様に飲むアルバート。一息で、ジョッキの半分が消えた。
ふと、目が覚めた──階下から聞こえるざわめきに起こされた、という訳ではない。睡眠を充分に取れたからだろう。
ん~、とベッドの上で背を伸ばす……窓に目をやると、閉め切ったカーテンの裾が風に揺らいでいる。
換気のために、ほんの少し窓を開けていたのだろう──窓に近付き、カーテンを開く。
窓から見える外は、ほの暗くなっている──今の冬の季節は、陽が暮れるのが早いからな……直に夜か。
さて、シャワーでも浴びるかな……着替えを準備して、シャワー室に向かう。
その後、煙管を一服するとしよう。その頃には、レンディア達も戻っているだろう……。
宿の食堂内の片隅。二人の神聖騎士と三名の神聖騎士見習いが席を囲んでいる。
五名は、少し早めの夕食を取っていた──鶏とジャガイモにニンジンの煮物。玉葱のスープ、大根の酢漬け。丸パンか米──量も味も、何の文句も無い夕食だ。
「ふむ……本気なのですね。ヒルダ」
食事を終え、口許を紙ナプキンで丁寧に拭う、ロマンスグレーの髪色の、初老の紳士──神聖騎士団副団長、カイル・ガーランドが云った。聴く人の気持ちを穏やかにする声だ。
丁度、ガーランドの席正面に座って、俯いているヒルダ──ヒルデガルド・ハインワースを、優しい目で見つめる、ガーランド。
「……はい」
ヒルダは、絞り出す様な声で返事をする。
『見習い騎士でも、冒険者活動は出来るのでしょうか?』
少し前に、ヒルダは副団長のガーランドに相談に来たのだ──理由は、分かっている。クレイドルという冒険者に、あしらわれ打ち倒されたからだ。
彼は、依頼通りの事をしてのけた。
『鼻っ柱をへし折る』──という依頼を。同じ神聖騎士にやらせると、要らぬ禍根が出来かねないと判断し、ロングスウォード伯を通して依頼をした事は正解だったようだ。
ヒルダと同じ見習い騎士の二人は、考え直したほうがいい──と説得するが、ヒルダは静かに首を振る。
二人は、ヒルダの同期の女性。歳はヒルダと同じ、十六。友人、といってもいい仲だ。心から心配しているのが、よく分かる──「早速、神聖騎士団本部と、あなたの父上に手紙を出します」
ガーランドが、ヒルダに云う。
ヒルダが、冒険者活動をする事についての、是非を問う手紙ではない──神聖騎士団副団長として『ヒルデガルド・ハインワースが決めた事を、尊重する』という内容の手紙を送るつもりだ。
ガーランドの言葉に、ヒルダが頷く。
「……よろしい。手紙の返信が来るまで、ロングスウォード領で待機ですね」
ヒルダの同期二人が何か言いたそうにしたが、もう一人の神聖騎士、ガルスが視線で押し止めた。
「三名とも、部屋に戻りなさい。自由時間にします」
ガーランドの言葉に、ヒルデガルド達は頭を下げ、席を立った──
「よろしいのですか? 副団長」
部屋に戻って行く見習い三名を見送りながら、ガルスが云う。
ガルス・ヴァンガルン──神聖騎士副団長ガーランド付きの騎士。二十代少しの若手の代表格。頑健な体格をした、紫がかった黒髪の美丈夫。
見習い達から、相談役として慕われている若手だ。
「……彼女自身が、世間を知りたいと願った以上、止める事は無いでしょう」
ガルスに、ガーランドが云う。ガルスが頷く……さて、とガーランドが明るく声を放つ。
「ここからは、酒の時間にしますか」
ガーランドが従業員を呼ぶ。すぐに、明るい返事が聞こえた。
その声を聞きながら、酒のつまみは何があるかな、とガルスは思った。
うん……? ふと目覚める──煙管を一服した後、ベッドに横たわったまでは覚えているが、記憶はそこまでだ……二度寝ならぬ、三度寝をしたのだろうか?
部屋は、天井に備え付けられたランプの仄かな青い光に照らされている──ならば、時間は夜になっているという事か……そう自覚したと同時に、腹が減った……まだ、食事は出来るだろうか?
食堂に降りる。いつもの“指定席”には、レンディア達はいない。どこぞに飲みに行っているのだろうな……まあ、いい。
腹が減ってたまらない。早速、従業員を呼ぶ──ガゴン! 椅子ごと倒された──何ぞ?!
「クレイドルさん……! クレイドルさん!!」
ラーシアさんが、俺の体にしがみついている。ちょっ……ええ?
「……ラーシアさん。離れてくれ、ませんか?」
ラーシアさんの額に手をやり、引き剥がそうとするも……力、強いな……!
スンスンスンスンスン、と凄い勢いで匂いを嗅いでくる。止めて!
パカァン!! と打撃音。女将のイーライさんがラーシアさんをお盆でひっぱたいたのだ。
「何やってンだい! いい加減にしな!!」
我に返ったラーシアさんは、顔を真っ赤にして厨房に駆けて行った……。
「……全く。すまないねうちのやつが。でもね、ここに担ぎ込まれてきたあんたの事が心配だったんだよ、あの娘はさ……許してやっておくれな」
イーライさんが云う……もちろん、責める気はない。むしろ俺が余計な心配をかける側なんだよなあ……ん、それはそうと。
「いえ、気にしていません……腹が減っているんですが、今からでも食事出来ますか?」
椅子を片しながら、イーライさんに聞く。
「もちろん。いいシチューがあるよ。揚げ物に出来る魚も残っているからね。どうだい?」
シチューに揚げ物か……いいな。うん。
「じゃあ、それで。あと、パンでお願いします」
あいよ。パンだねとイーライさん。
ふむ、シチューに揚げ物か。パンでいいだろう。何の揚げ物が出て来るか楽しみだ。