「……この武器を持ち込んだのは、誰だ!!」
大声で喚きながら、鍛冶場から店内に飛び込んで来たモヒカン頭のドワーフ。
丁寧に織り込まれた髭に、細工が成された髭輪をしている。
「俺ですが……」
ごまかし様は無いしな……ドワーフ相手に、嘘はないだろう。
キッ、と俺を睨み付け、向かって来るドワーフ。
「どこで、手に入れた?!」
喧嘩腰で、尋ねて来るドワーフ……ちと腹立つな。
「……言う必要は、ありません」
きっぱり云う。教えた所で、何だよな……邪神と深淵の女王から貰いました、ブヘヘ──何て言えないからな。
むううう……唸るドワーフ。言えないんだよ、邪神から貰った何て。
まず、録な事にならないからな……ともかく、言うつもりは無い。
睨み付けてくるドワーフから、目を逸らさない。言えないものは、言えないのだ──
「もういいでしょ。訳有りな事はあるものよ」
レンディアが、明るく云った。
店の空気が、和らいだ──ふう、とドワーフが息を吐く。
「……いや、すまなかった。“魔剣”を久し振りに見たんでな。俺の名は、ゴォレス。よろしくな」
頭を振り、手を差し伸べてくるドワーフ。少し間を置き、その手を握る。
「……クレイドルです」
今だ、腹立ち収まらず。第一印象は、良くないからな……ゴォレス、さんから少々距離を取る。
「武器の手入れを頼みたいのだけど、どう?」
レンディアが、ゴォレスさんに尋ねる。
「もちろんだ。ただ……“魔剣”については、少し時間を貰いたいがな」
ちらりと、俺を見るゴォレスさん。時間なあ……。
「あまりかかる様だったら、他に回しますよ。帝都には、腕利きがいますからね」
下らん駆け引きは、止めて貰いたい。レンディアには悪いが、手入れを急ぐ理由は無いからな。
ゴォレスさんの顔が、また赤くなった。俺は、根に持つ人間でね。
「……俺の腕前が、帝都の鍛冶屋に劣ると?」
「知りませんよ。ただ、下らん駆け引きめいた物言いをする人はいませんでしたね……俺の武器を返して下さい」
俺の言葉に、殺気さえ滲ませて睨み付けて来るゴォレスさん……構うものか。
「武器を、返してくれますかね」
「……二日、時間をくれ」
絞り出す様な声で、ゴォレスさんが云った。
「二日あれば、あの魔剣と
最初からそう言ってくれれば、喧嘩腰にならなくて済んだのに。
「……では、お願いします」
「ふん。じゃあ、私のもお願いね」
ああ、と頷くゴォレスさん。この店に、もう用は無い──「宿に戻りましょうか」
「イーライさんに、悪い事になったかな……」
あの店主が、イーライさんの旦那ならば、怒らせた事は不味かったか……いかんな、いかん。ついカッとなってしまった……。
「気にしなくていいわよ。何も間違った事は無いもの。客と鍛冶師がぶつかる何て事、珍しくないわよ」
あっさりと言うレンディア。そんなものかねえ……。
「時間はあるわ。じっくりと露店巡りしましょうよ。掘り出し物、あるかも知れないわよ。最も、魔導具関連はダメだけどね」
様々な露店が立ち並ぶ露店通り。 雑貨、日用品、武具、魔術系を扱う露店商が客を呼び込んでいる。
「飯屋は出ていないんだな」
露店通りを、冷やかしながら歩く。いや、熱気がすごいな。冬の気配を感じさせないほどだ。
「ああ、飯屋はね、この先の広場に色々あるわよ」
屋台広場てやつか。まあ、もう少し露店を見て回るか──
「うん?ちょっと待って」
レンディアが、ある露店の前で不意に足を止めた。店とも言えない、店。机が一つ。例えるなら、街角に出ている、路上占いの様な店だ。
机の上には、様々な色と形をした水晶や、液体が満ちた小瓶が並べられている。
椅子に腰掛けている、白髪のローブ姿の老婆が煙管を燻らせている。油断ならない、強かそうな面構えをしていた。
「おや、ハーフエルフなんて久し振りに見たね」
老婆がレンディアを見る。意外に声が若いな……レンディアの見た目で、ハーフエルフと見抜いた。言われなければ、外見はエルフと変わらないのにな。
「ねえ、ここにある品物はこんな風に置いていて大丈夫なの?」
「ふむ……分かるかい。精霊と契約しているだけはあるね。大丈夫さ、ちゃんと
レンディアの質問に、笑って答える老婆。
「レンディア、この水晶と小瓶は何だ?」
「水晶は、精霊の魔力を魔石化したものさ。小瓶は、同じく精霊の魔力をポーション化したものさね」
老婆が、レンディアに代わり答える……精霊の魔力、か。どういう使い道があるのだろうか?
「水晶は、精霊の力を一時的に強化するのよ。小瓶は、魔力回復に使えるのだけど、普段の魔力が、“精霊力”に置き換えられるのよ」
「精霊の力を使えないなら、普通の回復ポーションさ。ある意味、精霊術師専用と言ってもいいかねえ」
レンディアと老婆の説明を聞いた。これらの品は、中々高価な物じゃないだろうか?
「何かの縁さね。水属性の“精霊石”か小瓶でも買っていかないかい?」
ふむ。とレンディア。というか、今気付いたが値札が無いな……交渉次第という事か。そう思った目の前で、早速交渉が始まった。
長くなるかもな……他の露店を見て廻るか。
「ダメね。このサイズなら、銀貨三枚。小瓶は言い値で良いけど」
「おやおや、小瓶はいいけど、このサイズなら銀貨五枚が妥当だよ?」
我らがリーダーと、強かそうな店主の攻防を背に、クレイドルはその場から離れた──
結局、レンディアは水の“精霊石”を二つに、精霊のポーションを一つ購入したそうだ。
計銀貨六枚に、銅貨六枚──との事。パーティー口座からではなく、自腹だそうだ。
「ま、互いに損はしてないわよ」
何か嬉しそうに言うレンディア。良い買い物だったらしいな……俺の方は、特に何も気になる店は見つけられなかった。
露店ではなく、普通の店に行った方がいいな。
「昼まで、間も無いわね……屋台広場も気になるけど、宿に戻りましょうか。皆でお昼にしましょうよ」
「よし、戻るか……」
多少、露店通りに後ろ髪引かれながら、レンディアの後を追う。
また、いずれ来る機会もあるさ……背後から、またおいで、と老婆の声。
レンディアは振り返らず、手を振って応えた。
昼食は、皆で揃って宿で取る事にした。
赤身魚のソテー。付け合わせには、塩茹でしたブロッコリーとニンジン。玉葱とワカメのスープに大根の酢漬け。
いい昼食だ──丸パンか米を選べるので、当然、米で頼んだ。うん、何の文句も無い昼食。
昼食後は、茶の時間だ。腹休めに飲むお茶は、心と体に沁みる──「ちょっと冒険者ギルドの様子を見てくるわ。どれだけ忙しいか気になるのよ」
レンディアが云う。確かに──ギルドが忙しければ、俺達冒険者達にも何かしらの影響はあるだろうからな。
「俺も行くよ」
身支度を整えるため、席を立つ。
何かしら、緊急の依頼があるかもしれない──結局、全員でギルドに向かう事になった。
ギルド内は、思ったよりも落ち着いていた。冒険者達がテーブルに着き、談笑している。奥の喫茶室からは、笑い声が聞こえて来る。
何か拍子抜けしたな──と思っていたが、受付内に目をやると、髪が乱れ、血走った目をした職員達が忙しなく立ち働いていた。
「依頼を受けるどころじゃないな……」
グランさんが呟く。そーだねー……とシェーミィ。戻りましょうか──とレンディアが言いかけた矢先、受付嬢が受付カウンターから回り込んで来た。
「受けて貰いたい依頼があるんですよ~! どうか話だけでも、お願いします!!」
受付嬢が、レンディアにしがみつく……何が起こったのやら……。
依頼内容は何の事は無い──とある若い武芸者が、俺との立ち合いを望んでいるとの事。
その武芸者は、ある貴族の一門だと云う……
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てる。貴族の興味本位に付き合いたくない……馬鹿馬鹿しい。
「……受けて貰えると、ギルドへの貢献度が上がるのですけど──」
受付嬢の言葉を無視する。馬鹿馬鹿しい……。
「見世物になるつもりはありませんよ?馬鹿馬鹿しい」
馬鹿貴族に付き合うつもりはないが……レンディアは貴族の出自だからな……無関係、という訳にはいかないか?
レンディアは、気にしなくていいとは言っているが……さて、どうしたものか──「条件付けたら、いいんじゃないー。もちろん対等な条件をねー」
シェーミィの言葉に、気付く。
「その依頼を受けるに当たって、条件が三つあります。真剣勝負。結果生死問わず。代理を認めない。これを飲んだなら、やりますよ」
「まあ、その条件は妥当ね」
レンディアが、受付嬢に云う。だろうな、とグランさんが呟く。
結果──依頼は、取り下げられる事になる。当然の事だった。
夜。ロングスウォード領内の中心、“武門街”の門は閉ざされている。
この時間になれば、いかなる身分であろうと、閉ざされた門は潜る事は基本出来ない。
領主本人と、緊急の用で訪れた貴族のみが潜る事が出来る──無論、例外はあるが。
「うん?」
門番をしている、若手の衛兵達が気付いた──篝火が、暗くなっていると……篝火は門から数メートル置きに配置され、その周囲を明るく照らしている。
数十メートル先まで、それなりに見通せるほどに明るいのだが──妙に暗く感じる。
じっ、と前方に目を凝らすと──黒い何かが見えた。
それは、真っ直ぐこちらに向かって来る。やがて、その黒い何かの正体が見えた。
黒灰色の杖をついた、漆黒のローブ姿の魔術師だ。目深に被ったフードからは、顔がよく見えない──冷たい空気が、漂うのを衛兵達は感じた。
冬の空気とは違う、異質な空気。
近付いてくる漆黒のローブ姿の魔術師に、待ったをかける──「……すまないが、夜明けまで向こうの宿舎で過ごしてくれないか? 宿舎には余裕がある。ゆっくり過ごせるだろうから──」
宿舎。どの街の門近くにある、素泊まりの宿の様な物だ。門が閉まるまでに到着できなかった旅人が、夜を明かす宿。
身分関係無く、泊まらざるおえない場所となっている──漆黒のローブ姿の魔術師が、懐から何かを出した。
一瞬、身構えた衛兵達だったが、その何かを確認する──
銀で縁取られた黒いカードだ。そのカードには、
☆ ラーディス・グレイオウル ☆と刻まれていた。
名と姓の両端を銀の星印で囲まれ、同じく銀色で彫印された名前……銀で縁取られた黒いカード。
上級冒険者……そのカードは、資料でしか見た事は無い──「通してくれるか?」
否も何も無い。上級冒険者が通せと言ったならば、そうするしかないのだ。
「……通用口に案内します」
「助かる」
案内され、通用口に向かって行く漆黒のローブ姿の魔術師を見送る、衛兵達。
今更ながら、冬の風を感じていた。