邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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~♪
序盤、インペリアル・マーチの脳内再生をお薦めします。


第178話 魔導卿ラーディス 初級訓練者ヒルダ

 金色に縁取られた漆黒のローブが、黒灰色の杖を突きながら大通りを行く。宵の口といった時間帯。酒場や食堂から、客の喧騒が賑やかに溢れている。

人通りもそこそこあり、家路を急ぐ者、連れ立って、どこかしらの店に向かう者達に、巡回中の衛兵達──漆黒のローブを避ける様に、人々は歩んでいる。

意識的にでは無い。本能が──“それ”と関わらない方がいい──と告げている。通りを行く人々は、無意識の内に漆黒のローブを避けて通っているのだ──漆黒のローブの歩みと共に、微かな冷気が大通りを漂う……。

 

 

 「うん?」

最後の書類にサインをしようとした時、アルバートは異変に気付く──急に静かになったな……。

ダンダンダン! 誰かが、階段を勢いよく駆け上がって来る音。ノックもなく、勢いよくドアが開き──半泣きの受付嬢が飛び込んで来た。

「“魔導卿”が……殴り込みに来ました!!」

アルバートは、無言で顔をしかめた。

 

「その受付嬢からは、私はどう思われていたんですか……」

呆れながら、香草茶を啜る“魔導卿”ラーディス。

「すまねえな。さっきの受付嬢は新人でよ、おめえさんがロングスウォード領に来るって知った他の職員連中に、面白半分、ある事無い事吹き込まれたんだろうな」

苦笑し、砂糖まぶしの焼き菓子を、太い指で摘まむアルバート。

「……全く。それで、瘴気抜きを頼みたいとの事ですが、悪魔の遺留品以外に何か?」

 

「まずは土地だな。上級悪魔の、奈落の貴族(ヘルマスター)地獄の騎士(ヘルナイト)まで出現して来やがったんだよ」

アルバートが茶を飲み干し、ポットからお代わりを注ぐ。

「土地か……各神殿から、司祭や神官を派遣すれば事足りるのでは?」

「連中が言うには、上級悪魔が出現したほどの魔城門(デモンズゲート)跡地を浄化するには、本神殿から高位の司祭や神官を呼ばなきゃ無理だそうだ」

アルバートが、ラーディスのカップに茶を注ぐ。

礼をいい、茶を啜るラーディス。

 

「そっちを優先しましょう。放って置くと、残留した瘴気に、大地が浸食される恐れがある。悪魔の遺留品の浄化は、その後で」

茶を干し、席を立つラーディス。

「早い方がいい。明日、早朝にでも向かいますよ。案内をお願いします」

おう、とラーディスに応え立ち上がるアルバート。

「宿はいつもの、剣と鉄拳亭(ソード&フィスト)かい?」

「はい、定宿ですので。では明日……」

ギルドマスター室から出て行くラーディスの背を見送る、アルバート──コツコツ、と杖を突く音が聞こえなくなるまで、アルバートは立っていた。

  (相変わらずの威圧感、だな……)

ふう、と息を吐いた──

 

 

 「冒険者登録は、明日の……昼くらいが良いわね。その時間だと、ギルド内は落ち着いているだろうし」

レンディアが、オウルリバー炭酸割りを啜る。

今は、宵の口を少しばかり過ぎた時間。酒を飲むのに一番いい時間だ。

いつもの席に着いているのは、“碧水の翼”の面子の他に、神聖騎士団副団長カイル・ガーランドに、騎士見習いヒルデガルド・ハインワースだ。

ヒルデガルドは、明日、正式に冒険者ギルドに登録する事に決まった。

 

 「初級訓練は必ず受ける事ね。受けて損な事は何一つ無いからね。むしろ、受けないと損よ」

レンディアの言葉に、ヒルデガルドが頷く。

 「ヒルダ、初級訓練は一ヶ月です。前にも言った通り、自分が騎士見習いという事は忘れて、訓練に励みなさい……いいですね?」

 ガーランドは、言い聞かせる様にヒルデガルドに云う。

 「……分かりました」

ヒルデガルドは、ガーランドに向き合い、はっきりと言った。

ガーランドは、ヒルデガルドに優しく微笑みを返した。

 

 「前祝いね。“碧水の翼”の奢りよ。ゆっくり飲みましょうか」

レンディアが、従業員を呼ぶ。

しょーがないなー、と言いながらも嬉しそうなシェーミイ。

深酒にならなければいいがな……とグランさん。ガーランドさんは、ただ微笑んでいる。

戸惑っているヒルデガルドに、思わず声をかける。

 「……酒が飲めないのだったら、無理する必要はないぞ?」

ヒルデガルドの年齢は、いくつなのだろうか?

この世界の成人年齢は、確か十五歳だったな……この質問が、良くなかった──「飲める! 子供扱いしてもらっては、困るな!」

意気揚々と云い放つヒルデガルド。

 

 結果──酔い潰れたヒルデガルドを、ガーランドさんが担ぐ。

 「では、明日。冒険者ギルドで」

会釈をし、ガーランドさんが部屋に戻って行く。

ヒルデガルドは、酒はそれほど強くないようだ──酒に強いという事は、あまり自慢にならない様な気がするんだよな……酒はほどほどに、だ。

 

 ガーランドさん達が去った後も、レンディアは飲む気だ。

 「注文、お願いー!」

レンディアが、従業員を呼ぶ。

はーい、とリーライの声──長くなりそうだな……まあ、いい。ゆっくりと飲むか。

 「オウルリバー炭酸割り。あと、チーズとソーセージの盛り合わせに、酢漬け野菜お願いします」

いつの間にか側にいた、ラーシアさんに注文を頼む。

 「はい。少々、お待ち下さいねー」

パタパタと尻尾を振りながら、ラーシアさんが厨房に向かって行った。

 

 「黒ワインと果実酒炭酸割りに、オウルリバー炭酸割りと、蛸と大根の煮物に、チーズ入り練り物、お待たせー」

リーライが、注文の品を運んで来た──チーズ入り練り物、だと……?

何ともそそるメニューじゃないか。食べねば。

素早くチーズ入り練り物を取り、取り皿に乗せ、今だ湯気立つ練り物を口に入れる──うお、練り物の歯触りと味わいの中、チーズの風味が広がる──美味いな……これは良いものだ。

 「この練り物、美味いな……」

普段、食事の感想をあまり言わないグランさんさえも、チーズ入り練り物を気に入った様だ──そうでしょう。これは、良いものですよ。

 

 俺達が練り物を味わっている間に、蛸と大根の煮物を一人で平らげんとしている、シェーミィを防ぐ。

 「練り物を食べてみろよ」

 「むー」

蛸と大根の皿を取り上げ、練り物の皿をシェーミィに差し出す。また、頼めばいいんだけどな……。

 

 

 剣と鉄拳亭(ソード&フィスト)──食堂内の喧騒が、外まで賑やかに溢れている。

その喧騒が、一瞬、ピタリと止んだ。外から冷気が差し込んで来たからだ。

 冬の冷気とは、明らかに異質なモノ──黒灰色の杖をついた、金縁の漆黒のローブは、店内の雰囲気を何ら気にせず、真っ直ぐにカウンターに向かって行く。

 「おう、ラーディス。久し振りだな!」

亭主の声で、食堂内の雰囲気が元に戻った。

先ほどまでの沈黙が、あっという間に無かった事になった──ラーディスと亭主は、全く気にしていない。

 

 「部屋を取りたいんだが、空いているか?」

 「もちろん。いつもの部屋でいいな?」

亭主の言葉に頷くラーディス。亭主とラーディスは昔からの顔馴染みだ。

 剣と鉄拳亭(ソード&フィスト)の亭主──ブレナン。三十代後半の、鋭い顔付きと目付きをした、引き締まった体格の男。

元冒険者。現役の頃は、ラーディスと幾度かパーティーを組んでいた、元中級Bランクの腕利き。

父親の病をきっかけに、冒険者稼業から足を洗い、宿を継いで、そして現在に至る──

 

 「ああ。それと、夕食を食べ損ねてな。何か出せるか?」

 「魚と貝のシチューが残っているな。それでいいか?」

それで頼む、とラーディス。

 「あと、パンとベーコン。それにチーズと、酢漬け野菜も頼む」

おう、とブレナン。飲み物はどうする? との声に、ラーディスは珍しく、エールを頼んだ。

 「エールと酢漬け野菜から、先に出すぜ」

 「頼む」

フードを下ろし、ふう、と大きく息を吐くラーディス──一息つけるな、とばかりに椅子に身をもたせかけた。

 

 

 早朝。魔力制御を終え、裏庭のベンチで煙管を燻らせる。ガーランドさんも素振りを終え、汗を拭っていた──冬の外気に当てられたその体から、熱気が湯気となって立ち上っていた。

 がっしりとした歴戦の体格が、シャツから浮き上がっているのが分かる……凄いな。

ガーランドさんが俺に気付き、会釈をしてきた。それに返礼する。

 

 部屋に戻る。窓は開け放され、部屋の換気中だ。カーテンが外からの風にはためいている。

冬の風が心地いい──グランさんはいない。シャワーでも浴びに行っているのだろう。

 椅子に腰掛け、今日の予定を考える──昼に、ヒルデガルドが冒険者ギルドで、冒険者登録をするのを見届ける……今の所、それくらいか。

 うん? 確か、レンディアがラーディスさんが来ると云っていたな。

もう、ロングスウォード領に来ているかもな……。

 

 一足早くに、食堂内に降りる。いつもの“指定席”──食堂内に灯りが灯るのは、もう少し後だろう。今だ食堂内は薄暗く、客もまばらだ。

持ってきた煙草盆を引き寄せ、煙管に煙草葉を詰める──煙草葉は、“朝日”だ。口当たり爽やかで吐き出す時には、辛口──朝に吸うには、眠気覚ましによく効く、煙草葉だ。

 

 「クレイドルさん。お早うございます」

いつの間にか、ラーシアさんが近くに待機していた。

 「うん、お早う。お茶を頼むよ」

はいっ、と明るく返事を返し、厨房に向かって行くラーシアさん。

ラーシアさんの、その尻尾が嬉しげにパタパタと揺れていた。

 

 「相変わらず、早いな」

グランさんが、席に着く。シャワーを浴びたばかりなのだろう、こざっぱりとした感じだ。

『浄化』で済まさず、俺も後でシャワーを使うかな……。

 「朝食のメニューは聞いたか?」

そういえば、まだだったな。

 「いえ、まだです。まあ、楽しみにしていましょうか」

だな、とグランさん。お茶、お待ちどうさまで~す、とラーシアさん。

 「カップをもう一つ。あと、今日の朝食は何かな?」

 「はい、直ぐにお持ちします……今日の朝食はですね、ハムエッグにポテトサラダ、キャベツのスープにパンと酢漬け野菜です」

文句の無い、朝食だ。ふむ、とグランさんが頷く。

「じゃあ、後で」

はーい、とラーシアさん。

 

 そういえば、グランさんに聞きたい事があったんだよな。

 「グランさん、暗黒騎士や神聖騎士が、騎士見習い中に、何かしらの術を使える様になった例はあるんですか?」

 「……見習い騎士が、か。無い事もないが──」

失礼しまーす、とラーシアさんがカップを持ってきた。そして、カップに茶を注ぐと、茶を入れ換えるため、ポットを持って行った。

 

 「無い事もないだろうが、可能性があるなら、入団以前から敬虔な信徒だった場合だろうな」

茶を啜り、 続ける。

 「見習い中も、早朝と夜に祈りの時間はあるが、それだけで加護を得られる事は無い。これは、神聖騎士も同じだろう」

ならば、ヒルデガルドが何かしらの神聖術を使える可能性は、無いではないという事か……。

 「早いわね」

レンディアの声。後ろには、大あくびをしているシェーミィがいた。

レンディア達が席に着くと、食堂内に灯りが灯る──丁度、朝食の時間だ。

 

 

 朝食を終えた後は、お茶の時間だ。今日の予定を話し合う──昼に冒険者ギルドに出向き、ヒルデガルドの冒険者登録をする。その後は、未定。

 「レンディア、ラーディスさんが来ているんじゃないか?」

ふと、レンディアに尋ねる。

 「そうね……昨夜の内に到着しているかもね。まあ、冒険者ギルドに行けば、分かるわよ」

茶を、のんびりと啜るレンディア。

 

 確かに……今日の予定はまず、ヒルデガルドの冒険者登録を確認する事だ。

 「昼前に、ガーランドさんとヒルデガルドと合流して、ギルドに向かう手筈になっているわよ」

その後、交流を兼ねて昼食を取る事になっているという──うん、悪くない。

ヒルデガルド嬢の人となりを知る、いい機会にもなるだろう

な……。

 

 

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