邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第179話 魔導卿と司祭と神官

 

 

今だ冒険者の来ぬ、夜明け間近の閑散とした冒険者ギルドに、黒灰色の杖を突いた金縁の漆黒のローブが訪ねてきた──ギルド職員達はギルドマスターから、早朝に“魔導卿”が訪ねて来るという事を聞いている。

受付カウンターに待機していた副ギルドマスターのセリオスが、魔導卿に声をかけた。

「ギルドマスターから聞いています。早速、部屋にご案内いたします」

副ギルドマスターのセリオスが、漆黒のローブを案内して行った──冷ややかな空気が、ギルド内に流れて行く……ふう、と誰かのため息と共に、ギルド内に通常通りの雰囲気が戻った。

 

 

「おう、来たか……早速向かって貰いたいんだが……人が来るのを、待ってて貰えるか?」

茶を準備するアルバートの背中を見ながら、ラーディスが尋ねる。

「私以外に、瘴気抜きをする者を呼んでいるんですか?」

ローブのフードを下ろし、どこからか煙草盆を取り出すラーディス。

煙管に煙草葉を詰め、生活魔法でパチリと火をつける──一、二度吸うと、ぷかり、と煙を吐く……。

 

「いや、そういう訳じゃねえ。後学のためにも、土地の瘴気抜きを学びたいって奴等がいるんだよ」

テーブルに、ティーポット。そしてカップを三つ置き、ラーディス、セリオス、自分にと茶を注ぐアルバート。

ラーディスとセリオスが礼を言い、カップに口を付ける──「この芳醇な薫り……ディエンシの茶ですか。うん、良い味だ……」

ラーディスが目を細めながら、美味しそうに啜る。

 

ディエンシの茶葉──南大陸。通称、南部。中央大陸より南下した、帝国領の国境沿いに位置する、王都クラウンオブサウスの特産品の一つ。

その領内にある、ディエンシの村で栽培されている、高級茶葉。数多く栽培できず、一般にはほとんど出回らない逸品。

少しの酸味が、口の中でまろやかな甘味に変わる、爽やかな喉ごしの茶だ。

 

「おう、さすが知っていたか。南都の知り合いの商人が、この時期に送ってくれるんだよ。美味いよなあ。薫りも味も、他の茶とは一線を画すぜ……」

アルバートは、目を細めながら美味そうにゆっくりと啜る。

「栽培も軌道に乗り、もう少し値を抑えられる様になるらしいですね……」

セリオスも、薫りを楽しみながら啜っている。

「まだ先の話だろうが、これが普通に出回る事になったら、茶の文化がより良くなるだろうなあ……」

アルバートの言葉に、セリオスとラーディスが頷く。

 

 

「ギルドマスター、神聖司祭のミハルさんと暗黒神官のラドエルさんがお越しです」

職員が、ギルドマスター室にやって来た。

「おう、今行く。身支度するから、喫茶室に案内して、茶でも出してやれ」

分かりました、と職員が階下に降りて行った。茶を干し、アルバートが立ち上がる。

「セリオス、留守を頼むぜ。ラーディス、準備するまで、ちっと待っててくんな」

ええ、とラーディスが頷き、ポットに残った茶をカップに注ぐ。

 

神聖司祭と暗黒神官か……そういえばロングスォード領にも、神聖神殿と暗黒神殿の支殿があったな……ここの用が済んだなら、ロングスォード伯に顔を見せに行き、“碧水の翼”にも会っておくか。

ラーディスは、温くなった茶を啜る。

ディエンシの茶は温くても、充分に美味かった。

 

 

早朝の冒険者ギルド。良い依頼を求めて冒険者達がやって来るまでは、まだ時間はある──

神聖司祭のミハルと暗黒神官のラドエルは、職員の案内で、ひとまず喫茶室に通された。客はまだいない。

少しして、案内してくれた職員がティーポットとカップを運んで来た。

手際よくカップに茶を注ぎ、どうぞ、と勧めてくる。

礼を云うミハルとラドエルに、ギルドマスターが来るまで少々お待ちください、と職員は一礼して、仕事に戻って行った──その立ち振舞いは、どこぞの屋敷の使用人みたいだと、ミハルとラドエルは思った。

 

どちらからともなく、カップを手に取り、茶を啜る。

冬の外気にさらされた身に、茶の温もりが身に沁みた──「……“魔導卿”に会った事は?」

暗黒神官のラドエルが、カップを目に向けたまま、神聖司祭のミハルに尋ねた。

ラドエルとミハルは、同年代の二十歳少し。それなりに面識はある。同じ街で支殿を構えているので、神官と司祭は少なからず交流はあるのだ。

 

ミハルは、ラドエルに目をやる。黒髪に褐色の肌、ダークブラウンの瞳──暗黒神の信徒らしい容貌だと、ミハルは思った。

「いえ、無いわ。帝都に滞在していた時、遠目に見かけたくらいね」

カップに口を付けるミハル。ふむ、と頷き、ラドエルはカップから目を離し、ミハルを見る。

栗色の髪に血色の良い肌。ヘーゼルグリーンの瞳──神聖神の信徒の見本という雰囲気だな。

「……あなたは?」

ミハルの質問に、目を瞬かせるラドエル。

「会った事も見かけた事も無いが……ダーンシルヴァス神王国で、暗黒神殿と暗黒騎士団内で、“魔導卿”が何を(・・)したのか、聞いたくらいだ──ああ、聞くなよ。箝口令が出ている」

ラドエルは眉をひそめ、気を取り直す様に、カップに茶のお代わりを注ぐ。

 

顔見知り同士の司祭と神官は、ぽつりぽつりと、身の回りの出来事を語り合っていた──会話が、止まる。

一瞬、冷気にも似た異質な雰囲気を感じたのだ。

喫茶室入り口を見ると、そこには、“太く、丸い”体格のギルドマスター、アルバートが立っていた。

軽装備の上から、青いマントを羽織っている。

「待たせか。すまねえな」

アルバートは太い笑みを浮かべ、片手を軽く上げる。

 

ミハルとラドエルは、椅子から立ち上がり、アルバートに一礼する……さっきの冷気は、もちろんアルバートからではない──アルバートの背後に佇む、漆黒の影。黒灰色の杖を持った、金縁の漆黒のローブ姿の魔導士から発せられたものだ。

二人ともに、己が信じる神に祈りたい気持ちをグッと抑えた。

「“魔導卿”とは初めてだったな。まあ、今日は勉強させて貰うといいぜ」

アルバートが、太い笑みを浮かべながら言った。

 

漆黒の影が少し前に出て、アルバートの横に並ぶ。

「……ラーディス・グレイオウルだ。初めまして、だな?」

深淵から、響いてくる様な声。少なくとも、二人にはそう聞こえた──目深に被ったフードの影になった顔立ちからは、何の表情も伺えないが、微かに、微笑んでいる様に感じる……ミハルとラドエルには、一瞬、ラーディスの瞳が、金色に瞬いた様に見えた。

 

「アルバートさん、丁度良い時間だ。案内してくれませんか」

「おう、場所はそれほど遠くねえ。南街道の外れ。森向こうの荒野側に顕現したんだ」

ラーディスに答えながら、のしのしとギルドの玄関に向かって行く。

その背後を、ラーディスが静かに追う。

迷い無く歩を進めるアルバートとラーディスに遅れないように、ミハルとラドエルは慌てて後を追った。

 

 

馬車乗り場に行き、予約を取っていた馬車で移動する。

「歩いてもいいんだが、なるべく早く終わらせたいからな」

と、アルバート。

予約の馬車は、余裕を持っての六人乗りの馬車だった。馴染みの御者らしく、アルバートが少し立ち話をして、行き先を告げている。

「よし、出発だ」

アルバートが、御者に代わって馬車のドアを開き、ラーディス達に搭乗を促す。

「先に」

ラーディスが、ミハルとラドエルに云う。二人はやや戸惑いながらも、馬車に乗り込んだ。

 

馬車内は、なかなかに居心地の良い空間となっていた。まず、座席の座り心地。自分達がいつも使う馬車とは快適さが違う。

「……柔らかいな」

ラドエルが、ポツリと呟く。それに同意する様に、ミハルが頷いた。

馬車内部も、ほんのりと暖かい──“魔導卿”が開発設計した冷温陣が、床に設置されている。

座席の座り心地の良さと、設置された冷温陣による快適な空間。この馬車は、なかなかに良い馬車なのだろう。

自分達が普段使いしている馬車とは、まるで違う──ミハルとラドエルが、乗り心地の良さを堪能していると、魔導卿とギルドマスターが乗り込んで来た。

ミハルとラドエルの直ぐ正面に、二人は座る。

ギルドマスターの重量で、馬車が一瞬、軋んだ様に感じた──ガチャ、と馬車のドアが閉まると、ギルドマスターが発進の合図を出す。

間を置かず、直ぐに馬車が動き出した。これから“不浄の地”へと向かうのだ……。

 

 

「……そう堅くなるな。土地の瘴気抜きを見るのは、初めてか?」

ミハルとラドエルの真正面に座っている、フードを被ったままの魔導卿が、二人に声をかける。

武具や装飾品、魔石の瘴気抜きの補助をした事はあるが、土地の瘴気抜きを見た事も、補助をした事は無い──ミハルとラドエルが、そう答えようとした時。

「そうか。土地の瘴気抜きは初めてか」

二人の言葉を、いや、気持ちを読んだ様に魔導卿が云う。

「“魔導卿”は、ある程度人の心を見抜くからよ、妙な事は考えねえ方がいいぜ」

ニヤリ、と笑うアルバート。

座り心地の良い座席に体を持たせかけ、目を閉じている魔導卿。

居心地の良い馬車は、揺れ少なく目的地に向かって行く。

 

(土地の瘴気抜き……浄化、か……)

神聖司祭と暗黒神官の両名は、改めて気を引き締めた。

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