朝食の時間──今日の朝食は、鶏肉と野菜たっぷりの雑炊に、ゆで玉子に酢漬け野菜。
シンプルな朝食だが、肉と野菜のバランスが良く取れている朝食だ。
朝食が並ぶテーブルを前に、レンディアが不審の声を上げた──「うん?」
飲みかけた水の入ったグラスをテーブルに戻し、何か考える様に、首を傾げる。
「どうした?」
レンディアの振るまいに、声をかけるクレイドル。グラン、シェーミィも訝しげにレンディアを見る。
「……兄上が来ていたわね」
そう云い、グラスに口を付ける。
「へー、分かるんだー?」
シェーミィの言葉に、頷くレンディア。
「近ければね。父上か姉上の場合も分かるわよ」
縁の繋がり、絆というやつか。俺の場合、
食後の茶の時間──今日の予定は、見習い騎士のヒルダを、冒険者ギルドへと案内する事。
冒険者登録は、昼食前か、後にするかはガーランドさんに聞いてから、という事になった。
「初級訓練の期間は一ヶ月。それが終わるまで、ロングスウォード領を拠点にする……それでいいわね?」
レンディアの言葉に、俺達は頷く。
「昼食前に、ガーランドさん達と合流しましょうか。それまで、自由行動にしましょうよ」
さて、自由時間と決まったが何をしようか?
“
武門街らしい、何か面白い店があるかもしれないからな──
結局、“碧水の翼”の面々で商店街を巡ることになった。
消費した雑貨や日用品の補充を済ませた後は、屋台広場で軽食を取る。
肉と野菜の串焼きの立ち食い──釣りは取っといてと、レンディアが銀貨一枚を支払う。
毎度!と、屋台の大将の声を背に、屋台広場に背を向ける。
一旦宿に戻り、“碧水の翼”の身の回りの整理を済ませる。携帯食、雑貨、その他──それらを皆、新しく入れ換えた。前の物は、まだ使えるだろうが全部廃棄だ。
「ん。そろそろ、ガーランドさん達と合流する時間ね」
レンディアが云った。ヒルダが初級訓練の申請をする時に、ガーランドさんも立ち会う事になっている。
待ち合わせ場所は、冒険者ギルド──少し早いが、ギルドに移動する。
ギルド内は、以前ほど慌ただしい雰囲気ではなかった。受付嬢がカウンターに数名、依頼受付のために待機している。
「前より、落ち着いているねー」
ギルド内を見渡しながらシェーミィが云う。
確かにな。依頼を物色中の冒険者は、少数。初級冒険者達が、常設依頼を受付に申請している。
「昼前だからな。こんなものだろう」
と、グランさん。
一番混む時間帯が朝。割りのいい依頼を求めるのなら朝だからな。
次に混むのは、夕方。依頼を終えた冒険者達が、依頼達成の手続きをしたり、回収した魔物、魔獣の素材を買い取りカウンターに持ち込んだりする時間帯だ。
昼前の現在は、そんな喧騒は無く、穏やかな時間だ。奥の喫茶室も暇な時間だろう。
レンディアが受付嬢に、ガーランドさんという人が来たら、喫茶室に案内してと伝言を頼む。
「お茶しながら、待っていましょうよ」
早速、喫茶室に向かう。
思った通り、喫茶室に客は居なかった。俺達、“碧水の翼”だけ。
何しろ、従業員が暇そうにあくびをしていたくらいだ。俺達が来ると、慌てて挨拶をしてきた。
四人で、のんびりと茶の時間だ。
「喫茶室も忙しくなるのは、朝方よねー」
茶を啜り、シェーミィが云う。何かしらの依頼を受けた後、計画を立てながら茶を飲む事も珍しくないからな──
「遅れましたか?」
柔らかな声に、振り返る。神聖騎士団副団長ガーランドさんだ。その後ろには、ヒルデガルド嬢が立っていた。
「いえ、私達が早すぎただけよ」
レンディアが、どうぞ、とガーランドさんとヒルデガルド嬢をテーブルに誘う。
「お茶のお代わりとー、カップ二つ追加ねー」
シェーミィが、追加注文をした。
ガーランドさんは、冒険者登録は急ぐ必要も無いですが、昼食前にしましょうと言った。ヒルデガルドも反対は無いようだ。
ただ登録後は、直ぐに初級訓練に移らずに、他の見習い騎士達と別れがてらの食事を取らせてやりたいとの事──「という訳で、初級訓練を始めるのは明日からです」
と、ガーランドさん。その判断に、俺達は否は無い。構わないわよ、とレンディア。
「とにかく、お茶を済ませましょうよ」
ガーランドさんとヒルデガルド嬢のカップに、レンディアが茶を注ぐ。
受付で、ヒルデガルド・ハインワース改め、ただのヒルダとして、冒険者登録が完了した。
受付嬢とのやり取りの後、初級訓練を始める前に準備があるので、明日の朝、改めて来ますとヒルダが受付嬢に告げた。
はい、お待ちしています。と受付嬢──これらのやり取りは、ヒルダ自身が終えた。
ガーランドさんと俺達は、離れた場所でそのやり取りをただ見守っていた。
「さて、昼食にしましょうか。港区にいい店があるのよ、そこに行きましょうよ」
レンディアが云う。そういえば、ロングスウォード領には、港町があるんだよな。
「港町の食事処ですか……いいですね。神聖教国は港が無いですから、干物ばかりで新鮮な魚介類が、なかなか入って来ないんですよ」
ガーランドさんが、沁々と云った。
「なら、たっぷり堪能すると良いよー。新鮮なマリネに刺身。焼き物、煮物、色々あるからねー」
シェーミィが、にししと笑いながら、楽しそうに云う。
受付を終え、今だ緊張した面持ちのヒルデガルド──ヒルダが戻って来た。
そのまま、港区に食事に出向く事になった。先導するシェーミィが、何とも楽しそうだ。
マリネに刺身もある……そして、ワサビもあったな。
とにかく、昼食は海鮮尽くしになるか。うん……楽しみだ。
昼食には少し早い時間という事もあり、港区は静かだった。
ここが忙しいのは、夜明け前と昼だそうだ。陽が上る前に出港し、昼前には戻る漁師達で賑わう港区。今はのんびりとした雰囲気になっているが、いくつかの店は開いている。
「せっかくだから、屋台って事も無いしね……え~と」
「レンディア、あそこにしよーよ。前に行った“渦潮亭”」
シェーミィの言葉に、レンディアが頷く。
「そうね、そうしましょうか。せっかくだし、ちょっと豪勢なお昼にしましょうよ」
“渦潮亭”といえば……骨付きの羊肉を食べたあそこか。うん、いいな。
港区の食通りに、“渦潮亭”はある。石造りの頑丈な建物は、城塞の雰囲気を残している──「こんにちは。六名だけど、大丈夫?」
レンディアが店に入り、店員に尋ねると、ちらりと、店員が店内を見る。
「大丈夫ですよー。奥のテーブル席にご案内しますねー!」
俺達を先導しながら、店員が声を上げる。
「六名様、テーブル席奥にご案内しまーす!」
以前、ロングスウォード伯とアルバートさんと来た時と、同じ席に通された。
さて、まずは飲み物の注文かな……?
「おや、いらっしゃい。また来たね」
注文を取りに来たのは、この店の女将さんだ。
恰幅のいい、四十半ばの愛想のいい女性だ。俺達の事を覚えているようだ。
「こんにちは、今日のお勧めは、何がある?」
尋ねるレンディアに、女将さんが答える。
「今日はね、特に活きのいい魚と貝が入ってるんだよ。マリネと刺身がオススメだね。あと、煮物と焼き物もオススメだよ」
「ふうん……じゃ、まずはマリネと、刺身の盛り合わせをお任せでお願いよ。飲み物から先に注文するわ」
レンディアが早速注文をする。取り合えずはお任せか。俺達も、各々で飲み物を注文する。
「ガーランドさんもヒルダも、好きに注文するといいわ。今日は、“碧水の翼”のお祝いよ……刺身とか
レンディアが、ガーランドさんとヒルデガルドに声をかける。
ガーランドさんは大丈夫だといい、ヒルデガルドは、初めてだが是非、試したいと云った──なかなかに勇気がいるだろうが、刺身を試してもらいたいものだ……ワサビの良さにも、目覚めるかもしれないからな。
女将さんが、直々に注文を運んで来た。果実酒炭酸割り、エールに黒ワイン。
「はいよ、飲み物お待ち。料理が来るまで、これでも摘まんどいておくれ」
酒と一緒に運ばれて来たのは、そぼろ肉と揚げ豆腐……早速、揚げ豆腐を口にする。
うん、悪くない。良いお通しだ。ガーランドさんも、これはいいな……と呟いている。
「昼から飲めるって、いいよねー」
シェーミィが、果実酒炭酸割りをグビリと飲む。
昼酒は、酔いが早いんだよ……自重しないとな。
最初に、マリネが運ばれて来た。大皿に広げられた、赤身と白身のマリネ。
その上に、たっぷりと玉葱が敷かれ、酢がかけ回されている──レンディアが、それぞれの取り皿にマリネを取り分ける。
「さあ、食べましょうか」
レンディアが率先して、マリネに手を伸ばす。
「これが、マリネという物ですか。話には聞いていましたが……」
ガーランドさんが、興味深そうに赤身魚をフォークですくい、口に入れる……。
「これは、いい歯応えと味わいですね……うん、美味い。玉葱の風味も良く効いている」
どうやら、ガーランドさんは気に入った様だ。
恐る恐る、口に運んでいるヒルデガルドも、目を見開いている。
「まだ、海鮮料理は来るわよ」
レンディアが、嬉しそうに云う。そうだ、ワサビを追加で頼んでおくか……。
「すいませーん!」
早速、店員を呼ぶ。やがて刺身も来るだろうし、ワサビが無いと物足りないからな。