邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第181話 碧水の翼 一時の休息

 

 

 

魔力制御を終え、石と木のベンチに腰掛け、一服する。

冬の夜明けは少し遅いが、感覚的に夜明けはもう間もなくだろう……煙管の煙が、薄暗い空に流れて行く。

少し先の広場でガーランドさんが、素振りをしている。

俺が来る前から広場にいたので、どれ程の回数をこなしているのか……。

素振りを終えたガーランドさんが、水筒を口に含むのが見えた──よし、部屋に戻るか。

 

部屋に戻ると、グランさんは居なかった。ベッドの上には、畳まれた毛布。その上に、枕が丁寧に置かれている。シャワーでも浴びに行っているのだろうな。

下に降りて、茶でも飲んでようか……煙草盆を持って、食堂に降りる。

 

 

いつもの“指定席”に着き、煙管に葉を詰める。食堂内は今だ薄暗く、厨房の明かりがわずかに、食堂内に漏れている。

明るくなるまで、もう少し時間はあるだろう……生活魔法で煙管に火をつけ、ゆっくりと吹かす。

薄暗い食堂内に、煙管の煙がゆらりと流れて行く。厨房の喧騒共に、料理の匂いが流れてきた。

さて、今日の朝食は何だろうか?

 

ぽかり、と煙を吹いていると、食堂内に明かりが灯る──席に着く客が、ぽつりぽつりと増えてきた。

厨房からの喧騒と、料理の匂いが強くなってきたな。直に朝食の時間だ。

「クレイドル、早いな。お早う」

早速、グランさんがやって来た。挨拶を交わし、水でも頼もうかと思っていた矢先──「おはよー、相変わらず早いねー」

女将のイーライさんの娘、リーライがやって来た。今日の朝食を尋ねる。

 

「今日はね、豆腐と青菜炒めに、鶏皮とキャベツのスープ。玉葱と海草の酢漬けだよ」

うん、いいな。朝食として、ほどよいメニューだ……玉葱と海草の酢漬けが、気になる。

「ふむ。取り合えず、炭酸水を二つ貰えるか? 朝食はレンディア達が来てから、改めて頼むよ」

グランさんが、注文をする。

はいよー、とリーライが厨房に戻って行く──煙草盆に煙管の灰を落とし、煙管をしまう。さて、今日の予定は何だったかな?

 

 

レンディア達が降りて来た。

改めて朝食の時間だ──食堂内に、客が集まり始めている。

ガーランドさん達、神聖騎士達も席に着くのが見えた。

「今日の予定は、ヒルデガルド嬢──ヒルダが、改めて初級訓練の手続きを受けるのを、見届ける事よ」

レンディアが、今日の予定を云う。今日から、ヒルデガルド改め──ヒルダは、冒険者の第一歩を歩み始める事となる。生まれも育ちも、経歴も関係無い、ただの──初級冒険者としての、一ヶ月が始まる。

ヒルダが初級訓練を受けたのなら、俺達が出来る事は、たまに様子を見に来る事だけだ……。

 

 

「お早うございますー。朝食の用意をしてもよろしいですか?」

ラーシアさんが、人数分の水のグラスを運んで来て、注文を聞きにやって来た。

朝食のメニューは、レンディア達に伝えている。

「ん。構わないわよ。ああと、目玉焼き追加でお願いよ」

レンディアが、追加の品を頼んだ。

 

朝食後のお茶の時間もそこそこに、冒険者ギルドに向かう事になった。

ガーランドさんと合流し、ヒルダの手続きを見届けるためだ。

「先に行ってましょうか」

レンディアが席を立つ。茶代として、銀貨一枚を置いた。

あの……!、とラーシアさんが云うのを、レンディアが釣りは取っておいて、と言わんばかりに手を振って答える。

 

 

朝方の冒険者ギルドの賑わいは、慣れた身としては心地いいものだ。

我先にと、割りのいい依頼を探す冒険者達に、冷静に吟味する冒険者達や、初級の常設依頼を、地道に選ぶ者──人それぞれだ。

「お早うございます。相変わらずの賑わいですね」

ガーランドさんが、最小限の荷物を持ったヒルデガルド嬢と共に、やって来た──「お早う。じゃあ、早速、改めてヒルダの初級訓練の手続きをするわよ」

レンディアが、受付嬢とやり取りをして、ヒルダを手招きした……結構、面倒見良いんだよな。

 

前日に話が通っていた事もあり、すんなりとヒルダの受け入れが済んだ──ここから先は、ヒルダ次第。

俺達や、神聖騎士団が介入する事は無い。これから宿舎に案内され、色々説明を受けるのだろうな……。

ヒルダは、振り返らず、案内役の受付嬢に付き従って行った。

ヒルダを見送りながら、ガーランドさんが、沁々とした声で云う。

「少しばかり、肩の荷が降りましたよ」

疲れた様な物言いだが、その顔は晴々としていた。

「これから一ヶ月は、ヒルダは宿舎暮らしね。他の新人連中と上手くやれるといいけどね……」

レンディアが、何か懐かしそうに言った。俺の場合は、誰も同期は居なかったからな……ううむ。

 

「ま、いいわ。とにかく一ヶ月、根を上げなければいいだけの事よ」

パンッ、と掌を撃ち鳴らして、レンディアが明るく云う。

「まあ、大丈夫でしょう。あれでなかなか、タフですし、社交性も……まあ、よく言って聞かせましたし、大丈夫でしょう」

ガーランドさんが、明るく云う。

ガーランドさん曰く、昨日の内に、ヒルダは同期の見習い騎士と、暫しの別れを済ませたそうだ。

 

「ガーランドさん達は、これからどうするんですか?」

宿に戻る途上で尋ねる。ロングスウォード領に留まる理由があるのだろうか、と思ったのだ。

「……そうですね。しばらくは、ロングスウォード領に滞在して、暗黒都市に向かいます。その後は、北方都市(ハイ・ランズ)の厳冬を、見習い達に経験させるつもりです」

「北方都市にまで行くのですか……確かに、あそこの冬はなかなかに厳しいですからね」

ガーランドさんの言葉に、グランさんが云う──北方都市(ハイ・ランズ)。確か、ダーンシルヴァス神王国の、北に位置する国だっけか。

見習い騎士に、様々な国の風土を体験させるべく、他国を巡る事があるのだという。これは、各騎士団も同じだとの事。

 

「なら、また会う事もあるでしょうね」

北まで行ったならば、後は南に戻るだけだ。ガーランドさん達の拠点は、神聖教国だからな……。

「ええ、もちろん。北方都市(ハイ・ランズ)からの帰りにでも、ヒルデガルドがどれ程、世間慣れしているか、改めますよ」

明るく笑うガーランドさん。グランさんと俺も、思わず笑う。

北方都市(ハイ・ランズ)か……そこにも、いずれ行く事になるだろう。俺もまた、もっとこの世界の事を知らないとな……。

〈……んっふふふ、この世界はなかなかに広いよ~〉

邪神(父上)の声が、微かに聞こえた気がした。

 

 

宿に戻ると、女将のイーライさんが、ロングスウォード伯から伝言を預かっていると言って来た。

「依頼の報酬と、クレイドルに約束の追加報酬を渡すから、明日の昼にでも冒険者ギルドに来てくれとの事だよ」

追加報酬……そういえば、ロングスウォード卿はそんな事言っていたな。

分かりました、と答え、部屋に戻ろうとすると、レンディアに声をかけられた。

 

「夕食前に、ゴォレスさんとこに行くわよ。頼んでいた武器を引き取らないと」

そうか、今日には仕上がるとの事だったな──夕食には、まだ時間は充分にある。

「ああ、分かった。後でな」

ん、とレンディアが頷き、シェーミィと共に、部屋に戻って行った。

「武器を磨きに出していたのだったな……私も見て貰うかな」

グランさんが云う。

「店は、イーライさんの旦那さんの工房ですよ……少しクセが強い人ですけどね」

ゴォレスさんに、怒鳴り付けられた事を思い出した。

 

イーライさんにお茶を注文し、俺達も部屋に戻る──やがて、茶を運んで来たリーライに俺とグランさんとで、銅貨五枚ずつの心付けを渡す。

「ありがとねー、“碧水の翼”は、気前良いよね」

何でも、レンディア達も心付けを渡しているそうだ。

宿の従業員に、心付け(チップ)を渡すと、明らかに店からの扱いが変わる──とは、初級訓練の時に習ったんだよな。

懐に余裕があるならば、心付けを弾んでも損は無いと──現金なものだが、分からないでもない。

 

グランさんと茶を飲みながら、今後の話をする。ヒルダの初級訓練が済むまで、ロングスウォード領に留まる事──初級訓練は、基本一ヶ月。俺みたいに二ヶ月続けるのは、まず、いないとの事だ。

城塞都市グランドヒルで過ごした日々が、早くも懐かしい感じがする──またいずれ、行く事になるだろう。

扉をノックされた──返事をする間もなく扉が開き、レンディアが顔を出した。

「クレイドル、ゴォレスさんとこに行くわよ」

もう、そんな時間か──よし、と椅子から立ち上がる。

「レンディア、私も行こう」

グランさんが、武具棚から剣を取り出し、帯剣する。

例の、衝撃属性に刺突強化の属性が付与された業物だ。

 

レンディア、グランさんとゴォレスさんの工房、“猛き咆哮の腕(ウォークライ・ハンド)”に出向く事になった。

ちなみに、シェーミィは夕食まで眠るそうだ。

 

 

「おう! 仕上がってるぜ!」

ゴォレスさんに、磨きを頼んでいた武器を見せて貰う──いや、さすがだ。

魂食み(ソウルスレイヤー)”と“宵闇(トワイライト)”が、新品同様に磨きあげられていた。

「欠けも、歪みも無かった。俺が出来る事は、磨きあげるぐらいだったが、いい仕事が出来たと思ってるぜ。レンディア嬢の剣も、同様だ」

ニヤリと笑い、ゴォレスさんが云った。

改めて、“魂食み(ソウルスレイヤー)”と“宵闇(トワイライト)”を眺める──確かに、いい仕事をしている。

「うん、さすがですね……」

「だろ?……“魔剣”を磨くのは、鍛冶師に取って、そうある事じゃねえからな……いい経験させて貰ったぜ」

 

レンディアも、磨かれた剣をじっと見つめている。

「……流石ね。うん、いい具合だわ」

ピイィンッ、と剣を一振りし、鞘に納める。

レンディアの言葉に、嬉しそうに微笑むゴォレスさん。

 

「ゴォレスさん、俺の剣も頼めるか?」

グランが、剣をゴォレスに渡す。

どれ、とグランの剣を受け取り、鞘から抜くゴォレス──しばらく眺めると、うんうんと、頷く。

「……ほう。ダンジョン産だな?魔剣てほどじゃないが、なかなかの業物だな。よし、いいだろう。一日くれ。キチンと磨きあげてやるよ」

剣から目を離さず、ゴォレスが云う。頼む、とグラン。

 

 

剣の手入れ代で、ゴォレスとクレイドルが揉めた。

払う、要らないと揉めた揚げ句、レンディアが、ゴォレスの女房である女将のイーライに手入れ代を渡せばいいと、耳打ちした事で、その場を治めた。

「無駄に頑固だな。二人とも」

とは、グランの言葉だった。

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