夕食の時間まで、まだ時間はある。
いつもの“専用席”に座る“碧水の翼”の面々は、明日の予定を改めて確認する。
ロングスウォード伯の依頼報酬の受け取りと、クレイドルの追加報酬を受け取る事──「よう、丁度お揃いだな」
のそり、と冒険者ギルドマスターのアルバートがやって来た。
よいしょ、と、“太く丸い”巨体が席に着くと、ぎしりと椅子が抗議の声を上げる。
「レンディア、もう気付いていると思うが、“兄貴”が来てるぜ」
アルバートがレンディアに告げ、通りがかった従業員にエールの注文をする。
「ええ。兄上はいつもの宿を取っているんでしょ?」
「おう。今頃は、のんびりしているだろうよ。近い内に、おめえさん達のとこに顔を出すだろうな」
お待たせしましたー、と運ばれて来たエールのジョッキを手に取る、アルバート。
それを見たレンディア達も、それぞれ酒を頼んだ。
「土地の“浄化”は済んだの?」
「ん? ああ、綺麗さっぱり、魔導卿が
微笑みを浮かべ、エールをガボリ、と喉に流し込むアルバート。
「おう、それより、対
「金貨十二枚ですか。なかなかに大盤振る舞い……とは言えないですかね」
グランが、ため息混じりに云った。確かに、とクレイドルが呟く──犠牲の事を思うと、素直には喜べない。
「お腹空いたー、今日の夕食は何かなー」
果実酒炭酸割りをグビリと呷り、シェーミィが云う。
従業員を呼ぶまでも無く、いつの間にかテーブル近くに待機していたラーシアさんが、夕食のメニューを告げる。
「今日の夕食は、魚介のフライと茸のスープですよ」
フライか……うん、いいな。茸のスープというのも悪くない。
「おー、魚介料理かー。楽しみだねー!」
シェーミィの耳が、ピコピコと動く。
「フライか。酒に合うんだよなあ」
アルバートさんが、早くもエールのお代わりを頼んだ。
ん、とレンディアが宿の出入り口に目をやる。
冷気が、静かに入ってきた──冬の風では無い。
ああ……この気配、覚えがあるな。
宿内の喧騒が、一瞬止む。静かな冷気が近付いて来た。
「ふむ……“碧水の翼”、久し振りだな」
黒灰色の杖を突いた、金縁の漆黒のローブがテーブル側に佇む。フードの影から、チラリと金色の瞳が瞬いた。
「よう、“魔導卿”。今日は世話になったな。本当に報酬は魔石だけでいいのか?」
アルバートさんが、エールを掲げながら気安く声をかける。
「充分です。
ラーディスさんは一瞬、俺を見て、壁に杖を立て掛けて席に着くと、フードを下げる。
丁寧に撫で付けた、艶のある漆黒の髪。貴族然とした、精悍さと気品さが合わさった顔立ち。切れ長の目に宿るのは、武人にも似た強い眼差しだ──瞳の色は、漆黒に戻っていた。
「黒ワインを頼む」
テーブル近くに待機していたラーシアさんが、はーい、ただいま! と、厨房に向かっていく。
ラーディスさん、アルバートさんと共に、夕食を取った。
魚介のフライは、まんまミックスフライ定食だった。アジフライ、エビフライに、イカリングならぬイカフライ。
付け合わせには、キャベツの千切りとポテトサラダ──文句の無い、魚介のミックスフライ。
茸のスープも、とろみが付いた濃い味わいで、寒い時期に合う、何とも堪らない美味さだった。
前世と、何ら遜色のない食事を堪能した後は、そのまま酒の時間となった。
アルバートさんは、酒の摘まみにとフライの盛り合わせを頼み、ラーディスさんは豚肉とキャベツ炒めを頼んだ。摘まみはこれで充分、とばかりに、どちらも大盛りだ──はっきり云って、多いのでは?。
「六名もいるんだ。足りないくらいだろう──あと、酢漬け野菜も頼む。酒もな」
と、ラーディスさんが更に追加注文をする。
アルバートさんとラーディスさん、両名の奢りだと云ってもなあ……。
「せっかくの、兄上とギルドマスターの奢りよ。たらふく食べましょうよ。ラーシア、何かお勧めの料理ある?」
レンディアが、遠慮無く尋ねる。ラーシアさんが、少し考え言った。
「煮付けですかねえ。根菜と鶏肉を大目に仕入れて、余っていると言っていましたよ。ちょっと時間はかかると思いますけど?」
「構わんよ。先に注文した料理を摘まみながら待つさ」
ラーディスさんが、黒ワインのグラスを傾けながら云った。
分かりましたー! とラーシアさんがパタパタと忙しなく、厨房に駆けて行った。
「クレイドル君、聞いたぞ。
黒ワインのグラスを傾け、ラーディスさんが云う……やはり、目立っていたのだろうな……。
「見てたけどよ、ありゃあ、壮絶なモンだったぜえ」
アルバートさんが、冷えたジョッキに注がれたオウルリバー炭酸割りを、がぼり、と胃にこぼす様に飲んだ。
ふうぅ~、と何とも美味そうにアルバートさんが息を吐く。
「あの一騎討ち、見ている分には、なかなかに冷や汗ものでしたけどね……」
グランさんが、杯に口を付ける。まあねえ、とレンディアが云う。
「……あんな真似は、もうしませんよ」
誰にいうともなく、俺は云った。
「お酒、お待ちどうさまでーす。煮付けはもう少しお待ち下さいねー」
ラーシアさんが、酒をテーブルに並べる。
フライ盛り合わせと豚肉のキャベツ炒めは、まだ残っている。
シェーミィは、フライを片付けんとばかりにパクついている──まあ、放って置こう。
酢漬け野菜に手を伸ばす。今日の酢漬け野菜はキュウリだ──うん、良い歯応えだ。
「一騎討ちで
ラーディスさんが、少しばかり意地悪そうに云う。すでに一件、あったんだよなあ……。
深夜。食堂内を薄暗い灯りが柔らかく照らしている──厨房と、カウンター内には、深夜担当の従業員が待機している。
彼ら彼女らは、油断無く店内と外を警戒し──見渡している……用心棒を兼ねた従業員だ。
いくら治安が良くても、泊まり客に害を成さんとする、“たわけ者”が来ないとも限らないからだ。
少し大袈裟に云えば、宿の知られざる部分といった所か。
深夜に、眠れぬ客に暖かい飲み物を提供したり、人気の無い時間帯でしか出来ない話をする客のために、食堂内の片隅を解放している。
その片隅で、三名の男達がテーブルを囲んでいた──深夜なので、客に提供できるものは飲み物と軽食くらいだ。
三名の男達の前には、酒杯と酒の摘まみに用意された、ソーセージとチーズの盛り合わせに、酢漬け野菜があった。
「お久し振りですね、“魔導卿”」
神聖騎士団副団長ガーランドが、酒杯を掲げながら云う。
「……十年にはなりますか。私が魔導士になって、少しして以来ですね」
ガーランドの掲げる酒杯に、手に取る酒杯を軽く打ち合わせるラーディス。
チィン……と微かな乾杯が鳴った。
二人が杯を合わせ、口を付けるのをアルバートが見ている。
「二人が知り合いだったとはなあ……」
アルバートが、ちびりとオウルリバーに口を付けた。
「神聖騎士団とは、色々あったんですよ……ある遺跡を騎士団と共に巡ったり、“聖女”認定の為に、聖女付きの友人と“聖遺物”の調査に従事したり……まあ、色々と」
ラーディスが、黒ワインを呷る。
「……墓場まで持っていかなければならない事の一つや二つを、魔導卿とは共有していますからね……」
ガーランドは、オウルリバーのロックを静かに口にする。
からり、と氷が音を立てた──墓場まで、か。
この事は、
「確かに……魔導士としても、神聖教国関連で、墓場行きの知識の一つや二つ、有りますね」
ニィッ、とラーディスが牙を見せて笑う。
ラーディスの言葉に、ガーランドが微笑みを浮かべる。
(……二人とも、おっかねえなあ)
二人のやり取りに、妙な緊張感を感じ、喉が渇いたアルバートはオウルリバーを飲み干し、エールの追加注文をする。
ガーランドとラーディスは、酒杯を傾けながら、静かに微笑んでいる──