邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第182話 魔導卿と碧水の翼 そして墓まで持っていくもの

 

 

夕食の時間まで、まだ時間はある。

いつもの“専用席”に座る“碧水の翼”の面々は、明日の予定を改めて確認する。

ロングスウォード伯の依頼報酬の受け取りと、クレイドルの追加報酬を受け取る事──「よう、丁度お揃いだな」

のそり、と冒険者ギルドマスターのアルバートがやって来た。

 

よいしょ、と、“太く丸い”巨体が席に着くと、ぎしりと椅子が抗議の声を上げる。

「レンディア、もう気付いていると思うが、“兄貴”が来てるぜ」

アルバートがレンディアに告げ、通りがかった従業員にエールの注文をする。

「ええ。兄上はいつもの宿を取っているんでしょ?」

剣と鉄拳亭(ソード&フィスト)──ラーディスの馴染みの定宿だ。

「おう。今頃は、のんびりしているだろうよ。近い内に、おめえさん達のとこに顔を出すだろうな」

お待たせしましたー、と運ばれて来たエールのジョッキを手に取る、アルバート。

それを見たレンディア達も、それぞれ酒を頼んだ。

 

「土地の“浄化”は済んだの?」

「ん? ああ、綺麗さっぱり、魔導卿が魔城門(デモンズゲート)の瘴気を消したよ。後は回収した、悪魔素材と装備やらの浄化が少し残っているくらいだな」

微笑みを浮かべ、エールをガボリ、と喉に流し込むアルバート。

「おう、それより、対魔城門(デモンズゲート)の報酬が、やっと決まったんだよ。冒険者連中には一律、金貨十二枚。武芸者連中には、ロングスウォード伯から、金貨五枚だな」

「金貨十二枚ですか。なかなかに大盤振る舞い……とは言えないですかね」

グランが、ため息混じりに云った。確かに、とクレイドルが呟く──犠牲の事を思うと、素直には喜べない。

 

 

「お腹空いたー、今日の夕食は何かなー」

果実酒炭酸割りをグビリと呷り、シェーミィが云う。

従業員を呼ぶまでも無く、いつの間にかテーブル近くに待機していたラーシアさんが、夕食のメニューを告げる。

「今日の夕食は、魚介のフライと茸のスープですよ」

フライか……うん、いいな。茸のスープというのも悪くない。

「おー、魚介料理かー。楽しみだねー!」

シェーミィの耳が、ピコピコと動く。

「フライか。酒に合うんだよなあ」

アルバートさんが、早くもエールのお代わりを頼んだ。

 

ん、とレンディアが宿の出入り口に目をやる。

冷気が、静かに入ってきた──冬の風では無い。

ああ……この気配、覚えがあるな。

宿内の喧騒が、一瞬止む。静かな冷気が近付いて来た。

「ふむ……“碧水の翼”、久し振りだな」

黒灰色の杖を突いた、金縁の漆黒のローブがテーブル側に佇む。フードの影から、チラリと金色の瞳が瞬いた。

 

「よう、“魔導卿”。今日は世話になったな。本当に報酬は魔石だけでいいのか?」

アルバートさんが、エールを掲げながら気安く声をかける。

「充分です。地獄の騎士(ヘルナイト)と、奈落の貴族(ヘルマスター)の魔石は貴重ですからね」

ラーディスさんは一瞬、俺を見て、壁に杖を立て掛けて席に着くと、フードを下げる。

丁寧に撫で付けた、艶のある漆黒の髪。貴族然とした、精悍さと気品さが合わさった顔立ち。切れ長の目に宿るのは、武人にも似た強い眼差しだ──瞳の色は、漆黒に戻っていた。

「黒ワインを頼む」

テーブル近くに待機していたラーシアさんが、はーい、ただいま! と、厨房に向かっていく。

 

ラーディスさん、アルバートさんと共に、夕食を取った。

魚介のフライは、まんまミックスフライ定食だった。アジフライ、エビフライに、イカリングならぬイカフライ。

付け合わせには、キャベツの千切りとポテトサラダ──文句の無い、魚介のミックスフライ。

茸のスープも、とろみが付いた濃い味わいで、寒い時期に合う、何とも堪らない美味さだった。

前世と、何ら遜色のない食事を堪能した後は、そのまま酒の時間となった。

 

 

アルバートさんは、酒の摘まみにとフライの盛り合わせを頼み、ラーディスさんは豚肉とキャベツ炒めを頼んだ。摘まみはこれで充分、とばかりに、どちらも大盛りだ──はっきり云って、多いのでは?。

「六名もいるんだ。足りないくらいだろう──あと、酢漬け野菜も頼む。酒もな」

と、ラーディスさんが更に追加注文をする。

アルバートさんとラーディスさん、両名の奢りだと云ってもなあ……。

 

「せっかくの、兄上とギルドマスターの奢りよ。たらふく食べましょうよ。ラーシア、何かお勧めの料理ある?」

レンディアが、遠慮無く尋ねる。ラーシアさんが、少し考え言った。

「煮付けですかねえ。根菜と鶏肉を大目に仕入れて、余っていると言っていましたよ。ちょっと時間はかかると思いますけど?」

「構わんよ。先に注文した料理を摘まみながら待つさ」

ラーディスさんが、黒ワインのグラスを傾けながら云った。

分かりましたー! とラーシアさんがパタパタと忙しなく、厨房に駆けて行った。

 

「クレイドル君、聞いたぞ。地獄の騎士(ヘルナイト)を、一騎討ちで倒したとな」

黒ワインのグラスを傾け、ラーディスさんが云う……やはり、目立っていたのだろうな……。

「見てたけどよ、ありゃあ、壮絶なモンだったぜえ」

アルバートさんが、冷えたジョッキに注がれたオウルリバー炭酸割りを、がぼり、と胃にこぼす様に飲んだ。

ふうぅ~、と何とも美味そうにアルバートさんが息を吐く。

 

「あの一騎討ち、見ている分には、なかなかに冷や汗ものでしたけどね……」

グランさんが、杯に口を付ける。まあねえ、とレンディアが云う。

「……あんな真似は、もうしませんよ」

誰にいうともなく、俺は云った。

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)もそうだが、他の武器(呪物)あっての事だからな……やるしか無かった、という所だ……うん。豚肉とキャベツ炒め、美味いな。

「お酒、お待ちどうさまでーす。煮付けはもう少しお待ち下さいねー」

ラーシアさんが、酒をテーブルに並べる。

フライ盛り合わせと豚肉のキャベツ炒めは、まだ残っている。

シェーミィは、フライを片付けんとばかりにパクついている──まあ、放って置こう。

酢漬け野菜に手を伸ばす。今日の酢漬け野菜はキュウリだ──うん、良い歯応えだ。

 

「一騎討ちで地獄の騎士(ヘルナイト)を撃破な……ふふん、それがどういう意味を持つか分からん武芸者連中が、立ち合いを挑んでくるぞ?」

ラーディスさんが、少しばかり意地悪そうに云う。すでに一件、あったんだよなあ……。

 

 

 

 

深夜。食堂内を薄暗い灯りが柔らかく照らしている──厨房と、カウンター内には、深夜担当の従業員が待機している。

彼ら彼女らは、油断無く店内と外を警戒し──見渡している……用心棒を兼ねた従業員だ。

いくら治安が良くても、泊まり客に害を成さんとする、“たわけ者”が来ないとも限らないからだ。

 

少し大袈裟に云えば、宿の知られざる部分といった所か。

深夜に、眠れぬ客に暖かい飲み物を提供したり、人気の無い時間帯でしか出来ない話をする客のために、食堂内の片隅を解放している。

その片隅で、三名の男達がテーブルを囲んでいた──深夜なので、客に提供できるものは飲み物と軽食くらいだ。

三名の男達の前には、酒杯と酒の摘まみに用意された、ソーセージとチーズの盛り合わせに、酢漬け野菜があった。

 

「お久し振りですね、“魔導卿”」

神聖騎士団副団長ガーランドが、酒杯を掲げながら云う。

「……十年にはなりますか。私が魔導士になって、少しして以来ですね」

ガーランドの掲げる酒杯に、手に取る酒杯を軽く打ち合わせるラーディス。

チィン……と微かな乾杯が鳴った。

二人が杯を合わせ、口を付けるのをアルバートが見ている。

「二人が知り合いだったとはなあ……」

アルバートが、ちびりとオウルリバーに口を付けた。

 

「神聖騎士団とは、色々あったんですよ……ある遺跡を騎士団と共に巡ったり、“聖女”認定の為に、聖女付きの友人と“聖遺物”の調査に従事したり……まあ、色々と」

ラーディスが、黒ワインを呷る。

「……墓場まで持っていかなければならない事の一つや二つを、魔導卿とは共有していますからね……」

ガーランドは、オウルリバーのロックを静かに口にする。

からり、と氷が音を立てた──墓場まで、か。

この事は、触れざるもの(アンタッチャブル)だろうと、アルバートは思った。触らぬ神に、何とやらだ……。

 

「確かに……魔導士としても、神聖教国関連で、墓場行きの知識の一つや二つ、有りますね」

ニィッ、とラーディスが牙を見せて笑う。

ラーディスの言葉に、ガーランドが微笑みを浮かべる。

(……二人とも、おっかねえなあ)

二人のやり取りに、妙な緊張感を感じ、喉が渇いたアルバートはオウルリバーを飲み干し、エールの追加注文をする。

ガーランドとラーディスは、酒杯を傾けながら、静かに微笑んでいる──

 

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