邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

208 / 245
第183話 武門街と剣客

 

 

 

 早朝、微かに開けた窓から冬の風が吹き込んで来た。

朝の風が、石造りの部屋の換気を促す。外気に揺れ動くカーテンを開き、窓を半分ほどに開く。

冬の風が、少しばかり酒の残る体を、良い具合に覚ましてくれる──クレイドルは、一つ、二つと深呼吸をした。

 

 すでに陽は上がっている──今日は少々寝過ごしたせいで、ほぼ日課となっている、“魔力制御”をする事が出来なかった……。

昨日、ラーディスさんとアルバートさんに付き合ったのが、よくなかったな……取り合えず『浄化』を行い、寝起きの体を身綺麗にする。顔は後で洗うか……。

煙管の用意をしながら、俺は昨夜の事を思い出す──

 

 とにかく食べるラーディスさんに、とにかく飲むアルバートさん。

大量のフライ盛り合わせと豚肉のキャベツ炒めを口に運び、水の様にエールや黒ワインを胃に流し込む二人に、俺達“碧水の翼”は呆れた──

レンディアだけが、「兄上は、食べる時はとことん、食べるから」と気にする事も無く、杯を傾けていた。

 

「良い魔術師は、大概が健啖家でね。魔術を使うと腹が減る。魔力を充分に回復するために、腹一杯食べるんだよ」

フライと、豚肉のキャベツ炒めを口に運ぶラーディスさん。

「その通りだ……いやあ、面倒事が片付いた後の酒はうめえなあ」

目を細めながら、美味そうにエールを呷り続けるアルバートさん。

 

 呆れ顔の俺達に、ラーディスさんが云った。

「冒険者は体が資本だ。食える内に食っておいた方が良いぞ……明日には、ろくに食えなくなるかもしれないからな」

ラーディスさんは、ニヤリと笑い、追加の料理を注文する。

せっかくの奢りだからと、シェーミィも後追いで料理を注文しだす。おう、頼め頼めとアルバートさん。

まあ、お言葉に甘えよう、とグランさんが苦笑する──にわかに忙しくなる厨房。

リーライやラーシアさん達従業員が、パタパタと忙しなく動き回る姿がここからでも見えた──

 

 

 昨日の事を思い出しながら、ゆっくりと煙管を吹かす──

さて、今日の予定は昼頃に冒険者ギルドに行き、ロングスウォード伯から直々に“ヒルダ”関連の報酬を受ける事──まずは、それが最優先だろう……確かロングスウォード伯は、俺には追加報酬があると言っていたっけか?

 

「起きていたか」

昼の予定の事を、煙管を吹かしながら考えていると、タオルを肩掛けにしたグランさんが戻って来た。

シャワーでも浴びてきたのか、髪が少しばかり濡れている。

 

 朝食の時間までもう少し──食堂に降りるか。

「先に降りていてくれ。もう少し、髪を乾かしてから行く」

タオルで、髪を拭きながらグランさんが云う。ならお言葉に甘えて、先に降りる事にするか。

「では、お先に」

ああ、とグランさんの声を背に、煙草盆を持って部屋から出る。

 さて、今日の朝食は何だろうか。ドワーフ経営の店だから、肉類が多いんだよな……野菜とのバランスもけっして、悪くないが。

 

 

 いつもの“専用席”に座り、煙管を吹かす──食堂内は明るくなっており、宿泊客や朝食を求める客が、テーブルに着いている……ん? ガーランドさん達が、席に着くのが見えた。

ヒルデガルド嬢の姿は無し……だな。彼女は今、どうしているのだろう?

新しい宿舎暮らしは、まだ始まったばかりだからな。

 

 今、初級訓練を受けている冒険者は何人いるのだろうか……?

俺の時は同期は誰も居ず、少しばかり寂しい気分になった事もあったな。

だが、その分腕利きの先輩達に鍛えられる時間があったんだよな……ジャンさん、レンケインさん、ミルデアさん──いずれは顔を見せないと。

「クレイドルさん、お早うございます!」

ラーシアさんが早くもやって来た。元気良く、尻尾が揺れている。

 

 朝食までは少し早いので、炭酸水を頼んだ──「今日の朝食は、何かな?」

「はい、今日は鶏玉葱炒めに、茸のスープです。パンかライスを選べますよ!」

うん、なかなか良い朝食だな──皆が揃ってから、改めて注文するよと伝える。

「分かりました。じゃ炭酸水、直ぐお持ちしますねー!」

尻尾を振りながら、厨房に戻って行くラーシアさん。その姿を見送りながら、煙管を吹かす──ふわり、と煙が食堂の天井に向かって行った。

 

 食堂内の喧騒が普段通りになる頃。

“碧水の翼”の面子が揃った──いつもより遅めなのは、やはり昨日のラーディスさんとアルバートさんの 宴会が響いていたのだろう。

さすがに、身だしなみはきちんとしていた。

「ちょっと遅れたねー」

あくびをしながら、席に着くシェーミィ。柑橘色の厚手のシャツを着込んでいる。

「朝食のメニュー聞いた?」

珍しく、銀色の髪を高く結い上げているレンディア。

髪型一つで雰囲気変わるものだな……。

今日は、鶏玉葱炒めに茸のスープだと告げる。

「ふむ、茸のスープか。悪くないな」

いつもと変わらぬ、黒ずくめのグランさん──全員が席に着いたのを見計らったかの様に、リーライがやって来た。

「おはよー。朝食の用意していい?」

リーライの明るい声に、俺達は頷く。

レンディアは、スープに卵を落として頂戴と追加注文をした──

 

 

 少し遅い朝食後、改めて午後の予定を確認する──昼頃に、冒険者ギルドに出向いて、対魔城門(デモンズゲート)の報酬を受け取る。

それとは別件の、ロングスウォード伯の依頼の報酬と、俺に対しての追加報酬を受け取る……追加報酬は何だろうな。想像もつかないが……?

「ふん。今日の予定はこんなとこね」

茶を啜り、レンディアが云う。

昼までは、多少時間はある。街をぶらつくには中途半端な時間だな。

 

 昼食前には、冒険者ギルドに向かう事に決まる。ロングスウォード伯との用事が済んだ後に、昼食を取る事になった。

誘えるなら、ロングスウォード伯とアルバートさんと共に食事をしようと、レンディアが云う。

うん、それも良いな……さて、それまでどう時間を過ごすか。

 

 

 グランさんは、“猛き咆哮の腕(ウォークライ・ハンド)”に昨日預けた剣を受け取りに出掛け、レンディアとシェーミィは連れ立って露店通りに行った……。

双方から誘われたが、のんびりしたい気持ちだったので、レンディア達の誘いを断り、部屋で過ごす事にした──

半分開け放した窓から吹き込んで来る風に、カーテンがふわりと揺らめいている。

 

 窓を正面に見ながら座り、煙管に煙草を詰める──“深風”。苦味と甘味を同時に味わる、爽やかな香りを持つ煙草葉だ──煙管に火をつけ、ゆっくりと吸いながら吹かす。

甘味と苦味が混じり合い、爽やかな香りが口の中を通り抜けて行く──吐き出した“深風”の煙が、開け放した窓からふわりと流れ去って行く。

冬の外気が心地良い、ぼんやりとした時間……こういう時間こそ、大事にしたいものだ──おっと、この気配は……。

 

 煙草盆に吸い殻を落とし、煙管を吹く。もう一度、吸い殻を落とす。

煙草盆と煙管を仕舞う。あの人の前で、煙管を吸うのは、どうもな……最も、本人は気にはしないだろうが。

軽く身だしなみを整え、食堂に降りる準備をする──

 

 

 碧水の翼の“専用席”に、違和感無く着席しているラーディスさん。

いつもの様に、金縁の漆黒のローブ姿。

チーズと一口大のクラッカーが乗った皿を前に、黒ワインのグラスを傾けている。

「一人か?」

席に着くと、ラーディスさんが尋ねてきた。

「ええ、珍しく皆、別行動です」

ふむ、とラーディスさんが微笑み、グラスを干す。

いつの間にかテーブル側に待機していたラーシアさんに、果実酒炭酸割りを頼む……というか、ラーディスさんが一人の時は居なかったな。

「……黒ワインのお代わりも頼む」

「はい、果実酒炭酸割りと黒ワインですね!」

ラーディスさんに対して、清々しいまでの愛想笑いを浮かべ、ラーシアさんが厨房に向かって行った。

「……大分、私と態度違うな」

尻尾を振りながら厨房に向かうラーシアさんを見送りながら、苦笑するラーディスさん。

 

「どうかね。“武門街”、ロングスウォード領には慣れたかね」

チーズを口に運び、ラーディスさんが尋ねてきた。

う~ん。どうかな? 街の雰囲気には慣れたが、冒険者(同業者)と武芸者連中の、微妙な距離感には少しばかり、違和感を感じるな……。

「ふむ。今、君が何を考えているか何となく分かるな。冒険者(同業者)と武芸者連中の事だろう?」

ラーディスさんは、薄塩味のクラッカーの上にチーズを乗せながら、俺の心を読んだように云う……というか、クラッカーとチーズ、そんな感じで食べるのか。真似しよう……。

 

「はい。どうも、互いに良くない感じで意識しあっているというか……上手く言えませんが」

ふむ、とラーディスさんが黒ワインを傾ける。

「まあ……どっちもどっちなんだ。武芸者連中から見れば、冒険者達は“武”を切り売りして日銭稼ぎをしている連中。冒険者達から見れば、武芸者は日銭も稼ごうともせず、各道場に食わせて貰っている──と思っているんだよ」

チーズ乗せのクラッカーを、さくりと口にして、黒ワインを傾けるラーディスさん──さすが貴族の出自。立ち振舞いが様になっているな……武芸者も冒険者達も、どっちもどっちか。

 

 うん? ちょっと気になる事を言っていたな。

「各道場に、食わせて貰っているというのは何です?」

ラーシアさんに、黒ワインと果実酒炭酸割りのお代わりを頼むラーディスさんに尋ねる。

「あと、酢漬け野菜を──うん? 武芸者の事か。皆がという訳ではないが、武門街に来る武芸者の中には、伝を頼って各道場を訪れ、そこで剣客として世話になる者がいるんだ」

 ラーディスさんが云うには、剣客は道場で生活の面倒を見て貰う代わりに、道場生に稽古をつけ、場合によっては、挑んでくる他流の武芸者の相手をする事で、いくばくかの報酬を得るそうだ。

 

 

「そういう連中は、なかなか腕が立つんだ。私の知り合いにも──ああ、ありがとう。剣客を生業にしている連中がいる……世間で云う、剣客商売というやつだ」

ラーシアさんが運んで来た黒ワインのグラスと、酢漬け野菜を受け取りながら、ラーディスさんが剣客の説明をしてくれた……剣客商売ねえ。うん? 確か、前世で聞いた事があるような──「クレイドル君、君に客らしいぞ?」

果実酒炭酸割りを、ラーシアさんから受け取る俺に、ラーディスさんが云う。

 

 客? 心当たりは無いが──ラーディスさんの視線を追い背後に目をやると、髪を短く刈り込んだ厳つい顔付きの、がっしりとした体格の剣士が立っていた。

年齢は……二十歳ちょっとくらいだろうか?

その背後には、それなりの体格の剣士が一人。何となくだが、この一人は仲間というより従者っぽい感じがした。

「クレイドル殿……だな?」

厳つい顔の剣士が尋ねてきた。何だろうな、この言葉足らずの不躾感。まあいいけど。

 

「そちらは?」

肯定を兼ねて、名を聞き返す。一瞬、眉をしかめたな……何ぞ?

「名乗りが先だったな……俺はロイド。一介の剣士だ」

眉をしかめたのは、自分の不躾さに気付いての事だったか。剣士ね……用件は何となく分かったな。

地獄の騎士(ヘルナイト)を、一騎打ちで討ったと聞いている。その腕前を是非とも」

「立ち合い希望という事ですか……」

 

『一騎討ちで地獄の騎士(ヘルナイト)を撃破した。それがどういう意味を持つか分からん武芸者連中が、立ち合いを挑んでくるぞ?』

 ラーディスさんが言っていたな……ラーディスさんをチラリと見る──前に、言ったろ?

と云う様に、ワイングラスを掲げる。

 

「いかにも。どうだろうか?」

やや興奮ぎみの厳つい剣士。どうだろうか、じゃないんだがなあ……。

「断る」

俺には、というより冒険者には何の意味も無いからな、剣士との立ち合いなんて。

 

「まあ、そうだろうな」

断固たるクレイドルの答えに微笑みを浮かべ、黒ワインを干すラーディス。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。