カッーカカカカッ(笑い声)
「こんにちわ~」
ギルドにやって来たのは、薄化粧、肩出しの派手目の衣服を纏った、巨漢……オーガの拳亭の、マダムミランダだった。
ギルド正面カウンター。その中央に陣取るはギルドマスター、ダルガンデス。
「おう……久し振りじゃねえか? ここに直々に来るのは、よ」
ミランダの巨駆から滲み出る威圧感は、相変わらず並みではない。ギルド内の冒険者達を威圧するには充分だ。邪魔になるな……。
「ほら、二階に行くぞ」
「はいは~い」
二人の巨漢が、ノシリノシリと階段を上がっていく……。
「クレイドル君にね。多少、体術教えておきたいのよ」
「ふうん。悪くねえがな……体格違いすぎるだろうが。クレイドルのためになるとは、思えねえが?」
茶を啜りながら、ダルガンが言う。
「まあ……そうなんだけどお。ただの喧嘩を教えるって事よりも、それなりの技術を教える事が出来るなら、教えておきたいじゃない?」
「そうだなあ……おめえもちゃんとした流派を修めているしなあ……ま、クレイドル次第だな。おめえから、体術訓練を受けるかどうかは、な」
「うん。とりあえず、聞いてみてくれる?」
「え……う~ん、嫌です」
「だとよ。帰ってくれ、ミランダ。残念だったな」
愕然とする、マダムミランダ。いや、体格差を考えていただきたい。身長、体重……身長はともかくさあ、体重がね、五十キロ以上は差があるんだよ。異世界知識で見えたんだよ──ダメだろ。無差別級にも程度があるだろ。
「ね、ね、ちょっと待って、待って。うん、体格差をね、技術でカバーする事が出来るような技をね、教える事が出来ると思うのよ。覚えていて、損は無いと思うのよ~」
いや、その体格で言われてもなあ。説得力ねえです。
しかし、体格差を技術でカバー出来るかあ……正直、心動くけどなあ。経験か……これも経験なのか……。
「分かりました、受けます。ただ、何時でも辞められる事が条件です」
これは言って置かなければ。
「うん、それでいいわ。うん」
ミランダさんが、微笑んでいる。
胴着姿のミランダさん。元は黒だったのだろうが、すっかり色が褪せ、灰色に近くなっている。帯もだ。襟元、裾は、ほつれている。
筋肉の邪魔になるので、袖はひきちぎったのだろうか?ノースリーブの元黒胴着……拳には、オープンフィンガーグローブの様な物を着けているのだが、それも色褪せている……胴着もそうだが、かなり年季が入っているな。
それと、今気付いたのが、胴着の左側、胸元に“柔”の一文字。ミランダさん、どう見ても……“剛”だろうが!
「クレイドル、ミランダの修めた流派はな、“柔心流”って流派だ。元は、力無き者が理不尽な暴力から、己の身ならず、他者を守るために編み出された、護身を基本とした武術なんだよ」
ダルガンさんが、そう説明してくれたが……。
「まあ……ミランダの体格を見て、合点がいく奴はいねえだろうがなあ。あとミランダは、冒険者時代は頭蓋砕きって、通り名で通っていたぜ」
頭蓋砕き……改めて、ミランダさんの体格を見る……この体格に、どうダメージを与える事が出来る?
そうだ、ただ一ヶ所。打撃を与える事が出来る場所……。
「ああ、クレイドル。そいつに金的、効かねえぞ。何でも腹筋使って、玉を腹ん中に引き上げちまうらしい」
「も~金的とか玉だとか、はしたないわねえ」
マジか。古武術か……金的、引き上げるって……俺の、たった一枚の与ダメージの持ちカードじゃなかったんですか!!
「さあ、クレイドル君。私を好きにしていいわよ~」
やや、前屈みになり、両腕を左右に大きく広げるミランダさん……。
好きにしていいって、使いどころ違うだろ……こんな時に聞きとうなかった!
はっきり言って、俺の格闘技知識なんてものは、漫画、小説、ゲーム、映画でしかない。そういえば、前世の家庭では『年末年始で男のどつき合い見たくない』という理由で、家族揃って歌番組を観たっけな……俺の格闘技経験は、中学までの剣道に体育の授業での柔道。高校の時もそうだったなあ。
ヤケクソだ。やれる事をやってやる。見よう見まねの構え──両腕を頭より上に上げ、やや、前傾姿勢。
片膝を少し上げ、トントンとリズムを刻む──見よう見まねのムエタイの構え。
ジリジリと距離を詰め──左のローキック。バチリとした感触。固いっ! 右っ! 同じく固いっ!
くそっ! やってやる! 好きにぶっ叩いてやらあっ!
左右のローキック。叩き下ろし、蹴り上げ、蹴りを叩き込む。
分厚い胴を叩く、叩く──叩く……叩く。
何だこれ。きりないな……どうする?
どうすればいい? どうすりゃ、ダメージを与えられる!?
「なかなか、悪くないわねえ、クレイドル君」
ぬうっと、ミランダさんが俺の襟首を掴んできた──今っ!! ここだっ!
ミランダさんの手首を掴み、肘に手をかける。
同時に、腰を浮かせながら跳ぶ。左膝裏をミランダさんの後頭部、首筋に巻き付け固定する。
右膝を、ミランダさんの顔面、顎に向けて跳ね上げる──“獣の顎が、こう、獲物の首を挟み込むように”──曰く、獣王。小説、そのコミカライズで学んだ技だ。
ガコッ!と、確かな手応え。抱えた腕を思い切り捻り……捻れないっ!?
「う~ん。なかなか、効いたわよ~クラっときたわ~」
ミランダさんが言う……完了したよな獣王。終了したよな、獣王!? 何で立ってるのこの人……?
「えいっ」
ミランダさんが俺を腕に抱えたまま、地面に振り下ろす。受け身、取れるか? 無理だな。無理……ぞ、く──鳥肌。受け身は、無理だなあ──
「あ~あ。やっぱり、無理だぜ」
「体格差、考えてないってのは……良くないですよ、ミランダさん」
「レンケイン、治癒を頼む」
「まあ脳震盪ですね。あとは、軽い打撲と擦り傷くらいですから大した事はないですよ」
「無理に目覚めさせる事ねえやな。眠らせておけ」
シュン、と落ち込んでいるミランダ。
「なあ~にが、体術教える事が出来るだ。馬鹿が。体格差考えねえでよ……全く」
「いや、ね。あのね……」
「黙ってろ。クレイドルを宿舎に運ぶぞ」
クレイドルは、しばらくの間オーガの拳亭に寄らなくなった。
「嫌な事をされたから」との事だ。
ミランダによる体術訓練を辞めたのは言うまでもない。