邪神の子 ~赤き瞳のクレイドル~   作:末末

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第185話 灯台岬の見える個室 クレイドルの呪物について

 

 

エルフの戦闘着(エルブン・アンダーアーマー)──エルフのみが紡ぐ事の出来る特殊な糸を使い、独特の手法で縫われた肌着。

日常で着る物というより、戦いや狩りの前に、防具の下に着込む物。強靭性、保温性に優れ、状態異常にも多少の耐性がある肌着だ──

 

「珍しいわね。こういう逸品は、そう簡単には出回らないわよ」

肌着を手に取り、物珍しそうに眺めるレンディア。

「亡き父がロングスウォード家を受け継いだ御祝いに、祖父の代からの知り合いの冒険者が父に贈った物なの。父は大層気に入ってね、三着を日毎に替えながら、いつも身に付けていたわ」

「そんな物を頂いていいんですか?」

貴族への贈り物が報酬とは……かなり貴重な品みたいだが、本当にいいのか?

「構わないわ。私が父から譲り受けたのは三着。この一着は予備。つまり余っている物なのよ」

何かを懐かしむ様に、ロングスウォード伯が云う。

なるほどな……そういう事なら、遠慮なく頂戴しておこうか。

 

エルフの戦闘着(エルブン・アンダーアーマー)か。このシャツの性能を聞くに、いかにも冒険者向けという感じだ。戦闘着というだけある。良い物を得たな……大事にしよう。

しかし、ちょっと気になる事がある。このサイズは……。

「……少し、小さい気がするのですが?」

小さいんだよな。子供用、とまではいかないが微妙に小さい気がする。

「ああ、その事ね。大丈夫よ。それ(・・)、伸縮性があって、大概の体格にフィットするのよ」

ロングスウォード伯が、アルバートさんからディエンシ茶のお代わりをもらいながら云う。

 

「エルフの戦闘着なあ。話にゃ聞いていたが、なかなか大層な物じゃねえか……待てよ。先々代の知り合いの冒険者から、先代への贈り物って言ったが……誰だ? 相当な歳じゃねえか?」

アルバートさんが、カップを口元に運ぼうとしたまま疑問を口にする。

「その冒険者ね。アッシュさんよ」

ロングスウォード伯が、目を細めながら茶を啜る。

「“雷光剣”アッシュですか……!」

「うわー、その名前久し振りに聞いたー」

グランさんとシェーミイが驚きの声を上げた。

“雷光剣”または“戦場剣”アッシュか……聞いた事あるな。

十人も居ない上級冒険者の一人だったか……。

 

「私と同じハーフエルフで、かなりの先輩だから……優に百は超えていると思うわよ」

「それくらいの歳はいっているだろうよ。ここ(冒険者ギルド)の先代ギルドマスターが駆け出しの冒険者の頃、教官だったとか言ってたからな」

レンディアの言葉に頷くアルバートさん。百歳超えの冒険者か……何か凄みを感じるな。

「私とは、父を同じくする兄でもある。彼は、大いなる父君(暗黒神)の息子だからな」

「そういえば、アッシュさんは暗黒神の信徒だったわね」

グランさんの言葉に、ロングスウォード伯が思い出した様に云う。

上級冒険者、“雷光剣”アッシュか……縁があれば、会える日が来るかな?

 

 

「おっと、もうこんな時間だ。遅くなったが昼飯に行かないか? いい加減腹が減ったぜ」

アルバートさんの言葉に壁掛け時計を見ると、とっくに昼時は過ぎていた。

結構、長々と話していたからな。アルバートさんの言う通り、腹が……減った。

「今の時間から開いている、いい炭火焼きの店があるの。そこに行きましょうか」

と、ロングスウォード伯。炭火焼きの店か……早い内から、飲むつもりだな?

「炭火焼きかあ、いいねー。楽しみ!」

シェーミイが嬉しそうに云う。

「港区にある店に、海が見渡せる良い個室があるのよ。海を見ながらの食事はなかなかに風情があるわ」

今日は私の奢りよ、と云い、ロングスウォード伯が茶の礼を言って立ち上がる。

 

 

港区の喧騒は、大分治まっている。かきいれ時の深夜早朝、朝方から昼前が終われば、こういうものだ。

屋台で、遅い昼食を取りながら一杯やっている人足や漁師達の姿をちらほら見かけるくらいで、あとは魚介類や水産物を扱う露店への買い物客がいるくらいだ。

港区の広場や通りを抜け、食堂通りの少し奥まった場所に、その炭火焼きの店はあった。

まだ、炭火の薫りは漂って来ない──

「今、火を起こしている最中でしょうからね。炭火はもう少し後よ」

店は開いているから、とロングスウォード伯は俺達を先導しながら進む。

 

炭と炙り(チャコール&ロースト)”と店名が刻まれた横看板が、軒下に下がっている。

店の歴史が刻まれているかの様に、看板の端々が煤けていて、何ともいえない風情を感じさせる──店先に立つと、微かに炭の匂いがした。

 

店の造りは、武門街らしく頑丈な木材と石材造りの、年期の入ったどっしりとした構えの建物だ。

「さ、行きましょう」

まだ開店している様には見えないが、ロングスウォード伯は何ら気にする事も無く、店に入っていく。

 

ロングスウォード伯が店内に入ると、短く切り整えられた品を感じる白髪の、背筋の通った体付きをした調理着姿の七十代ほどの男性が、タイミングよく出迎えてくれた。

お嬢様(・・・)、いらっしゃいませ。御待ちしておりました」

ロングスウォード伯に深々と頭を下げる男性……お嬢様?

「もう、お嬢様は止めて。そんな歳じゃないわよ。この人はチャイルズさん。この店の大将で、以前は屋敷で料理長を努めていたの」

「お初に御目にかかります。チャイルズと申します。“碧水の翼”の事は、お嬢様からよく伺っておりますよ」

再び頭を下げるチャイルズさん。なるほどな、元お屋敷勤めというだけあって、物腰が丁寧だ。

「もういいから。灯台岬の個室、お願いよ」

「はい。今ご案内いたします。どうぞ、こちらに」

微笑みを浮かべ、ロングスウォード伯と俺達を先導するチャイルズさん。

「今から行く、二階の個室から見える景色は、最高よ」

ロングスウォード伯が楽しげに言った。

 

 

「炭火を起こすのに少々お時間をいただいておりますので、炭火料理と焼き物以外の料理をお出しします。よろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。取り合えず、飲み物から注文頼むわね」

ロングスウォード伯がチャイルズさんに頷き、俺達を見る。

「そうね……タコとワカメの和え物と、魚の燻製盛りをお願いよ。皆も好きな物を頼んで」

早速酒を注文し、他に摘まみになりそうな物を頼む事にする。火を使う物以外なら……お、あったぞ。

「山葵の葉漬けと、もずく酢をお願いします。生姜のすりおろしを、少し多めに」

「生姜はもずく酢にですね?かしこまりました」

微笑むチャイルズさん。おお、分かってくれているみたいだ。

また、山葵の葉漬け……と誰かが云った。

 

酒の注文と摘まみを頼み終え、改めて個室を見回す。

八名は座れるテーブル席に、俺達は余裕を持って座っている。

テーブル、椅子共にしっかりとした造りの上品な感じの物だ。

飾り気の無い壁の色は、落ち着く暖色系。そして、この個室で最も気になったのは、窓だ。

壁の様な大きな窓。窓の外はバルコニーになっていて、テーブルや椅子。観葉植物が置かれている。夏は、海風が気持ち良いだろうな。

バルコニー向こうの景色は海。大海原がここから良く見える。方角は……東側か。

灯台岬の個室と言っていた通り、ここから灯台が見える。夜になると、灯台が海を照らすのだろう──

 

「おお、ここの個室は初めてだが……悪くねえな」

アルバートさんが窓際に寄り、海を眺める。

「ここからの眺めは、夕方から夜にかけてが一番、良い時間帯よ」

アルバートさんに、ロングスウォード伯が声をかける。

「御注文の品、御待たせしました。炭火の用意が済みましたら、お声掛けしますのでもう少し御待ちください」

チャイルズさんが、酒と摘まみを運んできた。

「分かったわ。ありがとう。ここは私がやるから」

ロングスウォード伯に頭を下げ、チャイルズさんが下がって行った。

 

「さて、乾杯しましょうか……そうね、新しい冒険者ヒルデガルド・ハインワース改め、ヒルダに」

杯を掲げるロングスウォード伯。それに合わせ、俺達も杯を掲げる。

 

 

運ばれて来る炭火焼き料理に舌鼓を打ちながら、酒を楽しむ。

焼き鳥の盛り合わせ、豚と茸の炙り焼きに魚介の炭火焼き。

炭火焼き料理だけではなく、刺身の盛り合わせやマリネも美味い。港区だけあって、どれも新鮮だ。

「ああ、そういやクレイドル。おめえに聞きてえ事があったんだ」

エールのジョッキを片手に、アルバートさんが尋ねてきた。

ロングスウォード伯も、杯を片手に俺を見ている……。

聞きたい事か……流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)の事だろうな……。

レンディアからは、何にせよ話しておいた方がいいと言われている。

「出血状態の事ですよね?少しばかり、引くかもしれませんが──」

 

 

流血と苦痛の茨の外殻(ソーンオブマックスペイン)の、一応の説明をした(“ 最後に残る者(ラストマンスタンディング)”の効果と、二つの武器、“魂食み(ソウルスレイヤー)”と“宵闇(トワイライト)”の事は伏せた)。

「……その呪物は、周囲にも何かしらの影響を与えるのかしら?」

説明を聞いたロングスウォード伯が、自分の杯にワインを注ぐ。

アルバートさんは、ふうむと唸り、腕を組む。

「いえ、それはありません。まあ近付き過ぎたら血飛沫がかかるくらいでしょう」

発動時は、周囲の気配等は一切感じず、ただ苦痛のみに意識が向くんだよな……。

 

「アルバートさん、ロングスウォード卿。クレイドルの呪物の事は、他言は控えてくれると嬉しいのだけれど」

レンディアが、珍しく山葵の葉漬けを口にする──目を一瞬閉じ、鼻から息を吸い、口から息を吐いた。山葵が効いたらしい。

「ええ、もちろん。“呪物使い”なんて、あまり良く思われないからね」

ロングスウォード伯が、俺を見てウィンクをする。

「“呪物使い”なあ……たま~にいるとは聞いていたがよ、クレイドルがそうだとはな。まあ回りに悪影響なけりゃあ、問題ないな。ロングスウォード卿、それでいいな?」

構わないわ、とロングスウォード伯。

 

「ふん。じゃ、この話はもうおしまいね。今日はたっぷりと、炭火焼き料理と海鮮料理を楽しみましょうか」

レンディアの言葉に、ロングスウォード伯が嬉しそうに微笑む。

俺達の会話を聞いていたのか、シェーミイが店員を呼ぶためのベルを鳴らす──

 

さて、今日はロングスウォード伯の奢りに甘えて、たっぷり飲み食いさせて貰うかな。

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