「今だ迷える魂。すでに自我無き魂。もはや己れの名をも忘れ果てたる魂達よ、案ずる事無し。汝らの名を、天地は忘れようとも──」
神聖神殿支部で、司祭の粛々たる祈りを
「何だろうな……妙な感覚だ。服を、一枚多く着込んでいる様な感じがするよ」
神聖神殿の支殿で祝福を受けた道すがら、ジョシュが呟いている。
「それが祝福だよ。低級から中級くらいの、不死族の攻撃全般に耐性を得ている状態だね」
ファルが、ニコニコと笑いながら説明してくれた。
「効果はどれくらい持つの?」
「そうだね……大体、半日くらいかな。今は朝だから、昼くらいまでは持つだろうね」
シェリナに答えるファル。という事は、お昼頃が退き時という事ね──
「さて、早速向かおうか。取り合えず今日の予定は、霊体との戦闘を一度は経験する事だね」
ファルが、私達を南門へと先導する。
静寂の祠は、城塞都市の南東に位置するそうだ。
「そうそう、静寂の祠の周囲はね、ちょっとした墓地になっているんだけれど、もう誰の墓なのか判別がつかないほどに、荒れて朽ち果てているんだ」
ファルによると、静寂の祠は荒野を抜けた先にある、墓地のさらに奥だそうだ。
南門を抜ける際に、衛兵達に声をかけられた。
「よう、ファル。依頼か?」
いかにもベテランという感じの衛兵達が、ファルに親しげに声をかける。
砕けた口調だが、隙は感じない──ちらりと、私達に視線を向けた。油断の無い、一瞬の仕草だ……。
「ううん、違うよ。今から彼等、
ふうむ、とベテランの衛兵。私達を見回し、一つ頷く。
「なるほどな。皆、気を付けてな」
衛兵達の言葉に頭を下げて、南門から出る。
「街道沿いに、荒野が見えるまで少し歩くよ」
ファルを先導に、街道を進む私達。
街道では、巡回中の衛兵、旅人や護衛を連れている商人の馬車。荷馬車に農具を乗せた農民達とすれ違う──これが、帝国全域の日常の風景。治安の良さが伺える。
「ほら、リーネ。見えてきたよ、荒野が」
ファルが不意に立ち止まり、珍しくため息混じりに前方を指差す。
指差す先に目を向けると、街道から少し逸れた横道があり、その先にファルの云う荒野が見えた。
剥き出しになった岩肌に、苔むした大地。生き物の姿は全く見えない、不毛の土地が広がっていた……。
「あの荒野からさらに進むと、すぐに墓地が見えるんだ。墓地はそんなに広くはないけれど、スケルトンが数体たむろしているかもしれないからね」
ファルが、スケルトンの事を口にした。下級のアンデッドだけれど、その実力は個体差が大きいと習ったっけ……確か、スケルトンに気を付けなければならない一番の理由は、生前の戦闘能力を引き継いでいるかどうかという事。
特に、“武装スケルトン”──ここ帝都に出現するスケルトンは、元帝国軍兵士の武装スケルトンの確率が高いという。
古戦場跡地、古い廃棄された砦等……そういった場所には、武装スケルトンが当たり前の様にさ迷っていてもおかしく無いと、前に習った事があるのよね……。
「なあ、ファル。“武装スケルトン”は……どの程度の強さ何だ?普通のスケルトンも見た事は無いんだけど……」
移動中、ジョシュが少しばかり不安そうにファルに尋ねる。
「そうだねえ……武装スケルトンはさ、基本、兵士だと思う事だね。連携を組んで向かって来るんだ。つまり、“個”ではなく“隊”として向かって来る……手強いよ」
ファルの答えに、ううむ、と考え込むジョシュ。
「でもまあ、武装スケルトンは墓地には出ないと思うよ。出るとしたなら、静寂の祠の中層くらいかなあ?」
ファルがいつも通りに、明るく楽天的な物言いをする。
「あ、いい忘れるとこだったけど、帝国領内に出現する武装スケルトンの手強さは、覇王公時代の兵と変わらないと言われているね」
うんうん、と一人納得しながら他人事の様に云うファルに、私達は呆れる。
「乱世の兵の強さか……尋常じゃないって事だな」
ジョシュがため息混じりに呟き、シェリナが顔をしかめる。
覇王公時代の兵士の強さは、歌にもなっているのよね……武装スケルトンに出会うまでに目的を達成して、撤収する事を考えておきましょうか。
「ファル、今日の目的は対霊体だからね。武装スケルトンの事は考えないで……もし出会ったら撤収よ」
何となく、ファルに釘を刺す。もちろんだよ!と明るく云うファルに、少しばかりリーネは不安を覚えた──
荒野をさらに進んで行くと、荒廃した墓地が見えてきた。その入り口、崩壊した門と墓地を囲む朽ち果てた柵。
かろうじて形を残す、建ち並ぶ無数の墓石群。墓碑銘は崩れ果て、読む事は出来ない──荒廃した墓地へ続く道は、獣道の様になっている。
来訪者に踏みしめられ、獣道の様になっている墓地への通路。
そうなっているのは、ダンジョン化した墓地と霊廟──‘’静寂の祠‘’で、対
「さて、到着だね」
墓地の入り口。崩壊しかけの古びた門が、キイ、と微かに鳴っている。
門と柵の間から墓地の様子を伺うと、ファルから聞いていた通り、崩れた墓碑があちこちに建ち並んでいる──「僕が先行して、様子を見てくるよ。ちょっと待ってて」
ファルが、音も無く門の隙間から墓地内に入って行った。
一息吐き、周囲を見渡す。生き物は見当たらず、自分達以外の訪問者はいない。
風に吹かれて、キイと鳴る門だけが、存在を主張しているだけ……この場所は、街から隔絶された場所なのだ。
「静寂の祠、ね……」
シェリナは、最近新調したばかりの杖──中級入門用の品。魔力消費を少々抑える効果を持った、頑丈な複合木材製──に寄りかかり、ボソリと呟いた。
数分立たずに、ファルが戻って来て報告してくる。門の隙間から顔を出しながら、云った。
「ん。大丈夫。スケルトンもいないし、霊体もいない。このまま墓地を突っ切って、静寂の祠に向かおうか……のんびり出来ないよ。命の気配を感じて、
顔を引っ込めるファル。がちゃり、と古びた門が綺麗に開いた。
「ちょっと、急ごうか。ここから真っ直ぐ行けば、祠だから」
ファルが私達を急かす。私は頷き、すぐに指示を出す。
「ジョシュが先頭。私とシェリナは中央。ファルは殿で、警戒お願いよ」
私の指示に、皆が頷く。よし……準備万端ね。
ジョシュが盾を構え、剣を抜くとしっかりとした足取りで、私達の先を行く。
その背を見ながら、周囲に気を配りつつ墓地を進む。
今の時間は、まだ朝方といってもいいくらいだけど、場所が場所だけに、やはり陰気な感じがする。
朽ち果てた墓碑が、更に陰気さを際立たせるのだろうか……。
杖をつきながら、音を鳴らさない様に慎重に進む。
静寂の祠に着くまで、戦闘が起きない事を祈りつつ、シェリナは歩みを進める。
(
う~ん、とシェリナは唸り声を上げる。
城塞都市で、先輩冒険者のレンケインさんがそう教えてくれたんだっけ……うん、私のやるべき事は分かっている……。
己の魔術が、不死族にどれだけ通用するのかという気持ちと、パーティーの補佐役としての役割を、しっかりとこなすという思いを強く持ったシェリナの瞳は、静かに輝いていた。
「そう、そのまま真っ直ぐ。うん、墓地を刺激しない様にね~」
後方から、ファルがのんきな口調で先頭を進むジョシュに指示を出す──(よく、声が通るわね……)
殿からの声にかかわらず、ファルの声は静かに先頭を行くジョシュの耳に届いていた。
ジョシュは振り返らず、落ち着いた足並みで墓地内を進んでいる。
ジョシュとは長い付き合いだ。考えている事は、何となく分かる──
今多分、やれやれと笑みを浮かべているでしょうね。
私の隣を進むシェリナも、笑みを浮かべている……