明け方前の、いつもの魔力制御を終えて、部屋に戻る。
いよいよ冬の気配が強まって来たので、明け方はかなり冷える。そんな中、外での煙管の一服はキツいので、大人しく部屋に戻る。
千の素振りを終えたガーランドさんも、「お先に」と早々に宿の中に引き上げて行ったくらいだ……。
部屋に戻るとグランさんは居なかった。ベッドの上には丁寧に畳まれた毛布、その上に枕。シーツも整えられている。
きちんと寝床を整え、シャワーにでも向かったのだろうな。
よし……一服といこう。その後、熱いシャワーを浴びるかな。
「今日の予定何だけれど」
宿の一階。朝食前に、いつもの“指定席”に着く、碧水の翼──その顔触れを前に、レンディアが云う。
ヒルデガルドの──ヒルダの様子を見に行く事と、ロングスウォード領のダンジョンの一つ、“ピックマンの霊園”を訪れる事の二つを予定として考えているとの事。
ヒルダの様子を見に行く、か……それはいいが、ピックマンの霊園とやらには何か用があるのだろうか?
「用という用は無いわよ。ピックマンの霊園には、中級の
クレイドルの疑問に答える様に、レンディアが云う。
「中級のアンデッドか……鬼火やダスター、アッシャーとは格が違ってくるな」
グランさんが、ふむ、と考える。暗黒騎士として、何か思う事があるのだろう。
対アンデッドでいえば、暗黒神の信徒であるグランさんが適任者何だよな。
「中級からのアンデッドで、実体があるのは、“
とシェーミィ。バンシーにグール、ロッティコープスか……名前と存在は聞いた事はあるな。
武装スケルトンの強さは、場所によって変わるそうだからな……ピックマンの霊園に出現する武装スケルトンの強さは、どの程度だろうか……?
それより、聞きたいことは“ピックマンの霊園”についてだ──
「ピックマンの霊園ね。兄上から聞いたのは、霊園としては広めで、中央に霊廟。その霊廟奥に、地下二階まで降りる階段があって、二階奥は洞窟になっているそうなのよ」
なるほど。霊廟って事は、ただの墓地ではなく、それなりの歴史があるのだろうな。
「ピックマン、というのは人名なのか?」
「ん、そうよ。生前は、良くも悪くも名の知れた芸術家だったみたいね」
レンディアが俺の疑問に答え、ピックマンという芸術家が、どんな人物だったかを簡単に説明してくれた──
レイノルズ・ピックマン──一世を風靡した抽象画家。しかし、ある時期から“奇妙”な抽象画とも、風景画とも言えない画風になり、それがきっかけで画壇から距離を置く事になった──そして問題作の、極めて冒涜的な“棄てられし者達の宴”を発表した事で、完全に画壇、画家達から絶縁を言い渡された──(この作品は破棄される寸前、ピックマンの親族と少数の友人達により、帝都美術博物館に寄贈された)──その際のピックマンの言い分は、「君らは幸いであり、不幸だ。この世の暗き部分を見ていないのだから」
この言葉を最後に、不世出の異才、レイノルズ・ピックマンは姿を消した──ピックマンの霊園との名が付いたのは、この霊園にピックマンが足しげく通い、霊園をモデルにした絵を描き続けたからとも、この霊園で姿を消したからとも言われているが、本当の所は誰にも分からない……いずれにしろ、昔の話だ──
ピックマンの霊園。なかなかに曰く付きの場所だな……。
「まあ、ピックマンの霊園については、そんな感じよ。そういう背景がある以外は、他所の墓地や霊廟と変わらないわよ。それに、冒険者以外に霊園に立ち入るのは、“浄化”や“浄霊”の経験を積むために訪れる神官や、司祭くらいのものよ」
「基本的に、
レンディアの言葉を引き継ぎ、グランさんが云った。
「そろそろ、朝食の時間だよー。今日のメニューは何だろねー?」
シェーミィが、俺達を現実に引き戻す発言をする──気付くと、朝食に良い時間になっていた。
「ふん。話は食事の後ね」
レンディアが、いつの間にか“指定席”近くにいたラーシアさんを呼んで、尋ねた──「今日の朝食は?」
少しばかり遅い朝食の内容は、青菜と鶏肉の雑炊に豆とトマトの煮物。それと、玉葱の酢漬けだった。
雑炊もそうだったが、豆とトマトの煮物が中々に美味かった……豆の甘味とトマトの酸味が良い風味を出していて、それを気に入ったシェーミィがお代わりをしていた。
朝食後の茶の時間──さて、改めて今日の予定だが、“ピックマンの霊園”を先にして、ヒルデガルド嬢──いや、今はただのヒルダか……。
「ふん。まずはピックマンの霊園ね。陽のある内に行きましょうよ。ヒルダの様子を見に行くのは午後からでもいいでしょうからね。皆、準備して」
さりげなく、後輩のヒルダ嬢に気を使う様な発言をするレンディア。俺達は何も云う事は無い。
「よし。陽のある内に、ピックマンの霊園にお邪魔するか」
グランさんが、香草茶を飲み干し席を立つ。
「ごちそうさまー!」
シェーミィが席を立ち、さっ、と自室に戻って行く。
俺は茶代として、チップ込みで銀貨四枚を直接ラーシアさんに渡す。
「いつもありがとうございます!」
パタパタと尻尾を振りながら礼を云うラーシアさん。狼族は感情が分かりやすいな……。
まーた、とレンディアが呆れた様に云った。
ピックマンの霊園は武門街、ロングスウォード領から、北西にある。
馬車は霊園には止まらないので、近場で降ろしてもらい、あとは徒歩だ。
といっても、近場から十分もかからないらしい──
「気い付けてなあ」
近場まで運んでくれた御者が、手を振りながら去って行った。
「……さて。行きましょうか。シェーミィとクレイ、斥候を兼ねて先頭を進んで。グランは殿ね」
馬車を見送り、レンディアの指示の元、速やかに隊列を組んだ。
「あの、大きな柵向こうがピックマンの霊園よ」
皆に、と云うより、ここが初めての俺に向けてのレンディアの声──ピックマンの霊園、中々の雰囲気だな……。
錆びながらも、頑丈そうな鉄柵が延々と霊園を囲んでいる様に見える。
柵の高さは、見上げるほどに高い。侵入者を防ぐというより、
「グラン、不死者探知お願いよ。シェーミィとクレイは、斥候お願いよ。ゆっくり進んで」
レンディアが、錆び付いた霊園入り口の門を軽く押す──キ、ギイィィと門が簡単に開いた。
霊園の中は、想像以上に圧巻だった──朽ち果てた墓標群が、数え切れないほどに並んでいる。
墓標に刻まれた文字は、どれ程の年月が経っているのか、今ではほとんど読めないほどにすり減っていた。
微かに地面が踏み固まり、道の様になっている所があるのは、レンディアの言っていた様に“浄化”や“浄霊”の経験を積むために訪れる、神官や司祭達の足跡だろう……。
「朝方だからか、不死者探知には何も反応無し、だな」
殿を務める、グランさんの声。不死者探知──神の信徒ならではの術だ。
「ふん。このまま中央の霊廟に向かうわよ」
レンディアが云う。
古ぼけた石造りの建物──霊廟がここからでも見えた。
シェーミィを先頭に、周囲に気を配りながら進む。霊園の空気は澱んでいるものの、陰鬱な雰囲気は感じない──朝方の空気がそう感じさせているのだろうか……?
「ん……ちょっと待って」
少し先を行くシェーミィが立ち止まる。そして地面に片膝を付くと、前方に目を向け、弓を構えた。
「……どうした?」
矢をそっとつがえるシェーミィに、尋ねる。
シェーミィの耳が数度、小刻みに動く……何かを聴いたか?
後方を振り返り、レンディア達に止まる様、ハンドサインを出す。
「……何か、お香みたいな匂いがするのよねー」
ここは霊園だからな、そういう匂いも……いや、違う。
朽ち果てた墓標が並ぶこの場所。
剣の鯉口を切り、臨戦体勢に入る。シェーミィは矢をつがえながら、身動き一つせずに前方を見つめている──
ザッ……ジャッ、ザッ……不意に聞こえてきた音。足音、だな。
「……シェーミィ、何か向かって来るぞ……」
静かに剣を抜く。シェーミィもまた、キリリと矢を引き絞る──背後から、レンディアとグランさんの気配が近付いてくるのが分かる。
すぐに、“碧水の翼”が臨戦体勢の構えを取るだろう──足音が、少しずつ近付いてくる。
「おや……人、とはな。これは、珍しいね」
足音の正体は、古びた三つ揃いのスーツを身に付けた──
干からびた顔立ちに、妙に整えられた頭髪が印象的な、紳士然とした人物(不死者)だ……ミイラの様な容姿と言ったらいいだろうか。
その雰囲気からは、敵意や害意は全く感じられない佇まいをしている──呆気に取られる俺達。
先に口を開いたのは、レンディアだった。
「ええと……不躾な質問何だけど、あなたは、その……何なの?」
剣を収めながら、レンディアがスーツ姿の紳士(不死者) に尋ねる。
会話が出来る相手に、戦意は無いとのレンディアの判断に、俺達は従う。
「おお……話が、通じる人達で良かった、よ。私が姿を見せ、ると大概は、襲いかかって、来る、からね」
うん、うんと嬉しそうに頷く、不死者。
「まあ、
悪名高い、かの画家──レイノルズ・ピックマンとの出会いは、“碧水の翼”との縁になる。